というか、こういうテンプレ物読みたい。
……読みたくない?
気づいたら海の上だった。
船の旅とかではなく、文字通り海の上に立っていた。
「…………」
右を向いても左を向いても霧ばかり。10メートル先はもう見通せない。
どちらへ向かえばいいのか、道しるべは何もなく。
上を向いても霧深く、日も月も星も見えない。
無為に立ち続けてみても、目の前の海はあるがままで変わることなし。
故に、ただただ前に向かって足を動かした。
「…………」
深く寝ていたところを無理やり起こされたような、あるいは強い酒を飲んで前後不覚になったときのような。物事の一つ一つを結びつけることができず、何もかもがひどくあやふやだ。
歩いているはずなのに足の感覚がない。前に進んでいるのに後ろがわからない。
自分はここを海だと知っているのに、海が何かわからない。
霧で見えないはずなのに水平線が見える。
「…………」
どうして自分は前に進んでるのだろうか。
目指してる?
追ってる?
逃げてる?
導かれてる?
わからないわからない。
前に進むことが自然な気もするし、意思を奮い立たせて進んでいる気もする。
かと思えば立ち止まっている気もするし、引き返している気もする。
「…………」
今は朝なのだろうか。
もしかしたら昼なのかもしれない。
いや、夜だろう。
「…………」
一分歩いた?
一時間歩いた?
一日歩いた?
「…………」
わからない。
わからない。
わからない。
わからないことが、わからない。
島が見えた。
こじんまりした木造の家と、潮風に揺れる赤い旗。
ここが自分の目的地だったのだろうか。わからない。
そんな気もするし、ここに来てはイケナイ気もする。
でもここでじっとしていても何も始まらない。始まるって何が?
わからないが島へと進み、家の扉をノックする。
『どなたかな? おや……これは、なんとも』
中から出てきたのは、眩しいくらい白い肌をした
白い褐色?
突然訪ねた自分のことを見て、ひどく驚いたようだが、それだけだった。
『取り敢えず、中に入るといい』
自分を家へ招き入れているのだ。
勧められるまま家に入り、勧められたまま窓際の席に座った。
「君、自己の境界がぐちゃぐちゃになってるけど、いったい何をしたんだい?」
テーブルをはさんで対面に座った
だが、自分にはそれが頭に入ってこない。
音は確かに聞こえてるのに、単語一つ一つの意味はわかるのに、理解ができない。
理解できないから、答えられない。
『いや、答えられるはずもないか。まずは、自己の確立が先だね』
家に着いた当初は固まりかけた自分が、またぐちゃぐちゃになる。
まとまらないまとまらないまとまらない。
ドロドロと解けて、混ざり合って。まぁぶる模様に染まってく。
ぽろりぽろぽろくずれてく。
「大丈夫、一つずつ認識していこう」
なのに、不思議と声が聞こえる。
「君、どうやってここに来たんだい?」
どうやって……海を歩いて。
「歩いてきた。ということは『足』があるんだね。歩くとき、足はどう動かすんだい?」
どうやって……右足と左足を交互に前に。
「そうか『二本の足』で歩くんだね。今、私が立てている指の数は何本かな?」
……三本。
「どうやって三本ってわかった?」
どうやって……目で見たから。
「ほう、『目』があるんだね。君はこの家の扉をノックしたけど、どうやってノックしたんだい?」
どうやって……手で軽く。
「どうしてノックしたんだい?」
どうして……インターフォンがなかったから。
「おっと、一気に自己認識が進んだね」
そうだ、■なのだ。
「ふむ、私もだいぶ君のことが認識できるようになったよ。君は間違いなく『人間』だね」
■=人?
ああそうか、ヒト、ひとだ。人間だ。
「けれど、まだ『個人』ではない。さあ、もっと君を絞り込もう。君は男? それとも女?」
…………男。
「
……日本人。
「歳はいくつ?」
32。
「よしよし、即答できるようになってきたね。もう少しだ」
カチリカチリと音を立て、自分が組みあがっていく。
褐色の人の質問が、パズルを組み立てるように、あるいは積み木を組むように。
曖昧だったものが明確に。
自分という存在が世界に組み込まれていく。
「身長は? 目の色は?」
170、鳶色。
「髪の長さは? 色は?」
黒で短い。
「……うん、ここまで自己認識できれば大丈夫かな」
俺のことをしげしげと観察して。褐色の女性はにこりと笑いながら言った。
「それじゃ最後に、君の名前は?」
「チセ? チセは女の子の名じゃ………ああ、ファミリーネームか」
女の子? チセは、女の子……
「あ、しまった、自己認識がズレた!」
ガキッと何かが折れたようなあるいは無理矢理に押し込んだような音がして、組み合わさった。
「トモカズ、君は男だ! 自分で言ってただろう?」
トモカズ……男。でもチセ、女の子。
変に組み合わさったまま、その上にどんどん自己が積み上がっていく。
「ああ、まずいまずい! このままじゃどこかで自己矛盾が生じて崩れる!」
焦った声を上げるが、もう遅い。この瞬間もトモカズという存在は組み上がっていく。
今から認識を正すことは、複雑に組みあがった教会の要石を無理やり引き抜くようなものだ。
何か、自己矛盾を矛盾と認識させない概念を組み込まなくてはならない。それもトモカズ自身が矛盾じゃないと納得できる方法で。
褐色の人の目の前で、チセ トモカズという個人がどんどん認識できるようになっていく。
手足は細く、柔らかな丸みを帯びており。夜を糸にしたような、さらりと流れる髪は首にかからないよう短く切りそろえられている。
だが同時に、矛盾を内包しているがゆえに存在が不安定で、ノイズが走るかのようにザリザリと姿が消えては現れる。
「──トモカズ君、男なのに女の子とはどういう存在かね!?」
男なのに女の子。それは──
気が付くと柔らかなベッドで寝ていた。
海が近いのだろうか、しずかなさざ波が聞こえる。
湿った磯の香りと、婆ちゃんの家のような古い木の香り、それと燃える炭の香り。
目を開けなくてもわかった。自分の家じゃない。
「……やっぱりな」
見知らぬ部屋、見知らぬベッド。
脇のテーブルには銀の水差しと、木製のコップが一つ。
上体を起こしてベッドの上で胡坐を組み、頭をがりがりと掻きながら昨日の記憶をたどる。
「昨日は定時で仕事が上がって、同僚と飯食いに行って……どうしたんだっけ? あー、酒で記憶が飛んだ? 飲んだ記憶ないけど、それすら飛んだか?」
酒で記憶を飛ばしたのなら、これで都合三度目だ。初めて飛ばしたときは、起きた時に一体ここは何処だと焦ったものだが、三度目となると焦りよりも、やっちまったという後悔で胸がいっぱいになる。
着ている服も記憶と違う。胃からリバースして盛大に汚したのを、着替えさせてくれたのだろうか。
「うわっ、よく見たらこのシャツ女物じゃん!」
まさか、酔って女性の世話になった? まさかまさか……やっちまった? そのくせ、記憶なし?
「いやいや、まだ卒業したとは限らん。いやむしろ俺なら何もなかったハズだ」
ほら、ベッドは乱れてないし、身体にキスマークもない。匂いは……わからないが、事後らしきティッシュやらもろもろなんかは何処にも無い。何より息子が無いんだから、できるはずがないのだ。
「……へ?」
思わず股を触る。
「ない……」
恐る恐る目で確認する。
「む、息子おおおおおおおぅぅぅ!!」
32年間、苦楽を共にした息子はそこには居らず、代わりにつつましげな娘がそこに居た。
「ああ、起きたか。なかなか起きないものだから心配………何してるんだい?」
嘆く俺の声が聞こえたのか、部屋に女性が入ってきて。
彼女は股を覗きながら嘆く俺をみて、訝しげに声をかけた。
「その、なんだ。すまなかった。まさかあんな一言で、あそこまで自己認識がズレるとは思わなかったよ」
窓際のテーブルで、二人向かい合って座る。
目の前で頭を下げている女性から色々聞いたが、誰かドッキリだと言ってくれ。
心底そう思う内容だった。
「あー、まあいいですよ、命の恩人みたいですし。生きてるだけ儲けもんって思うことにします」
知らないうちに境界というものを踏み超えたらしく、自己がぐちゃぐちゃになったらしい。
そのせいで形容しがたいモノになっていたところを、このラハブさんが助けてくれたようなのだが。
ぶっちゃけ説明されてもよくわからなかった。魔法や魔術の話をされてもさっぱりである。
これが常時なら、なんやこいつ危ない人やな関わらんでおこ、で終わる。
だがまあ、今は異常時なのでそうもいかない。なにより、
「そう言ってもらえると、ありがたい。それじゃあ、改めて自己紹介しよう。私はラハブ」
魔法使いでも、魔女でも、海の魔物でも。
好きに呼ぶといい。
そう言ってラハブさんは手を差し出してきた。
「
その手を自分とは思えぬ細くて滑らかで柔らかそうな手で握り返す。
そう、そうなのだ。
まったくもって馬鹿げていると一蹴できるような話を、蹴り飛ばせない理由がここにある。
いつもより低い身長。いつもより高い声。
いつもより長い髪。いつもより細い腕。
性転換手術とかホルモン注射とか、そんなチャチなもんじゃねえ。
もっと恐ろしく完璧なモノだ。何せ身長どころか歳まで若返ってるんだからな。
妹って言ったが、正確には中学生の時の妹だぞ。
そんなん、ありえんだろうが。俺の妹は三十路だぞ。
というかさぁ、よりにもよって妹かよ。そりゃ順当に考えればTSしたら、そりゃそうなるだろうけどさ。
赤の他人になるよりよっぽど自然だけどさぁ。
どうせなら美が付く方がよくない? いや、微なら付くか。
どこがって、顔だよ。
おい、今、どこに目をやった?
……はっ! いかん、既に思考が身体に引っ張られてる。
「ところで、ここは何処なんですか?」
窓から見えるのは、海と霧。それと、時折風に揺られる赤い旗。
孤島に建つ小屋といったところか。その孤島が何処にあるものなのかが皆目見当つかないから尋ねたわけだが。
「ここは霧の向こう側。何処にでもあって、どこでもない場所さ」
「はあ……? よくわかんないですが、魔法の不思議空間的なやつですか?」
「そんな認識で構わないよ」
何にもわからんかった。
それにしても、霧の島に住む魔法使いのラハブさんか。
………何か聞き覚えある、というか見覚えあるというか。
「あの、つかぬことを伺いますが……エリアスという骨頭の方をご存知だったり?」
「知ってるとも。もしかして、エリアスの知り合いなのかい?」
「知り合いではないですけど……そうですか」
異世界。
一言で言えばそれ。
剣と魔法と学園モノ……ではなく、ちょっとだけズレた現代。ちょっとだけ神秘が残った世界。
どうやらそこに迷い込んだ、らしい。
俺が知らないだけで世界には魔法があった、って方がずっとマシだった。だってさぁ、この姿さえ何とかすれば帰れるじゃん。
でも現実はそうじゃなくて、異世界転移、あるいはドリフト。
どうしてドリフトしたか原因は不明だけど、因果はあった。
ほっっっそい糸で、微レ存とでも言ってしまえるような。
ミジンコみたいな因果が、家の本棚に。
「ラハブさん、知ってること全部話すんで、お力を貸して……いや、助けてくれませんか」
「私に出来ることは多くはないけれど、これも何かの縁だ。出来るだけのことはするよ」
魔法使いの嫁。
生まれつき不思議なモノを見ることが出来た主人公が、その不思議なモノのせいで不幸になり、なんやかんやあって自暴自棄になって闇オークションで自分を売り、異形の魔法使いに嫁として買われる話。
いやそこまでは過去話か。買われた後のなんやかんやが本編。
なんやかんやが多い? そういうことを言う奴には、こう言ってやろう。
嫁。
間違った、読め。(ダイマ
こんな話を、実際はもっとずっと丁寧にラハブさんにしたのは、つまりはそういう事で。
「まさか、この世界が物語になってる世界があるとはね……」
「その漫画でラハブさん、エリアスさん、リンデルさんについて知りました」
「なんというか、ちょっと気恥ずかしいね」
ぽりぽりとラハブさんは頬をかく。
「それで、どうやったら帰れるでしょうか?」
「…………」
その質問にラハブさんは腕を組んで考える。
そうしてしばらく考え込んで出た結論は、
「すまないけど、私にはトモカズ君を帰してあげることは出来ない。君を帰す魔法も魔術も、私は知らないからね」
「そう、ですか……」
その答えに、思わず肩を落としてしまう。
漫画随一の強キャラ(っぽく見える人)がそう言うなら、無いのだろう。
そうか、帰れないのか。
うっ、いかん、涙がぽろぽろと……。
「ずびばぜん、涙ががっでに……」
「ああ、泣かないでくれ! まるっきり手が無いわけじゃないんだ」
「ずび………そうなん、ですか?」
「トモカズ君が読んでいた本は、沢山あるうちの一つなのだろう? 同じものを持っている人は沢山いたはずだ。なのに何故、君だけがこちらに来たのか」
なぜ?
……本が特別だった? 中古本屋で揃えたやつだぞ、そんなはずはない。なんなら、前の持ち主だっていたはずだ。
俺の生まれが特別なわけでもない。
俺の住んでいた場所が特別なわけでもない。
「きっとね、トモカズ君を喚び寄せたナニカがこっちにあるんだよ」
「俺を呼び寄せた、何か?」
「そう。案外、君の人生が物語になっていて、誰かの書架に入っているのかもね」
「は?」
いやいや、ごく普通の独身リーマンだぞ。
物語になるような事件も事故にも巻き込まれたことないし、ドラマチックなことなんて………日常系があったわ。
あれなら誰でも主人公ですわ。
「こっちの世界に俺の物語があったから、俺はこっちに来たってわけですか?」
「本なのか漫画なのか絵画なのか彫刻なのか、それはわからないけどね。それに、あるだけじゃ何も起こらない。それを触媒に、誰かが君を呼ぼうとしたんじゃないかな」
偶発的なのか意図を持って喚んだのか、それはわからないけどね。
そう言ってラハブさんはマグカップに口を付けた。
意図を持って喚ばれたとしたら、なんともはた迷惑な話だ。
呼び出される側のことを何も考えてないじゃないか。
大体、俺に会おうなんて酔狂にも程があると思うのだが。何か特別な力があるわけでも、面白いことができるわけでもないぞ。
「……その喚び出そうとした誰かを問い詰めれば、帰れますかね?」
「魔術によって喚びだしたのなら、その魔術を反転させれば出来ると思うけど……」
そっか、そうか。
よかった、帰れる。
はーっと息を吐き、掛けていた椅子に沈み込んだ。
あ、安堵したらまた涙が……身体に引きづられてるなぁ、俺。
「それで、トモカズ君はこれからどうするんだい?」
「探します。地の底までも」
「随分な覚悟だね」
言い過ぎかな?
……言い過ぎだな。多分、命かけてまでは探さない。
精々が地球の裏側くらいまでだ。
「でもどうやって探すんだい? 魔法も魔術も使えないんだろう?」
「……き、気合で」
「…………魔法、教えようか?」
「是非」
そんなわけで、魔法使いの弟子(仮)になりました。
もう既に魔法使いだって?
うるせぃ。
俺がこの世界に来てからしばらく経った。
日数が曖昧なのは許して欲しい。だってここ、時間感覚が曖昧なんだもん。日が二時間しか昇ってない時もあれば、まる三日出っぱなしの時もある。
ともかくしばらく経ったのだ。
その間、ラハブ師匠から色々手ほどきしてもらった。
畑の耕し方、魚の釣り方、庭の掃除の仕方、ハーブの手入れの仕方、料理の仕方に編み物の仕方。
それと、女性としての身の振り方とあれこれ。
覚えることがたくさんあって、毎日忙しくしている。
………あれ? 魔法教わってなくない?
いや、これは、あれだ。
下積みってやつだな、きっと。
畑の耕し方、魚の釣り方、庭の掃除の(ry のなかに魔法に必要なものがあるんだ。
よーし、今日も頑張るぞー!
まずは床の雑巾がけだな!
俺がこの世界に来てから結構経った。
前は日が昇った回数を数えてたけど、それも止めてしまったから、もうどれだけ経ったかなんてわからない。
ともかく結構経ったのだ。
それと最近は貴族ともコミュニケーション取れるようにテーブルマナーや社交ダンスも練習している。
ラハブ師匠はその辺あまり頼りにならないので、もっぱら先生は本になるのだが。
でもラハブ師匠からは本当に色んなことを教わった。
………魔法? そういえば、習ってないな。
まあまた今度でいいんじゃない?
ここ、時間とは切り離された場所だから、いくら過ごしても外では時間経ってないし。
正確にはどの時間とも繋がってるから、一分後だろうが一年後だろうが、あるいは数年前にだって出れるってだけだけど。
よーし、今日も頑張るかー。
ふんふふーん。
私がこの世界に来たのはいつだったか。
あまりにも長くここにいたせいで、そもそも何でここにいるのかも忘れちゃったわ。
もはや育てられない野菜は無いし、狙った獲物は逃がさないし、庭仕事は一級どころか人間国宝。ハーブどころかマンドラゴラだって育てられるし、料理は和洋中エスニックなんでもござれ、マントを編む時に見えないように防壁の魔法陣を十重二十重に仕込むのなんか朝飯前よ。
人類の言語はおおよそマスターしてしまったから、最近は異種族の言語を勉強しているわ。エルフ語や妖精語は割と簡単だったけど、龍語のようにそもそも声帯構造が違う種族の言語は中々難しいの。声に意思疎通の魔力を込めればコミュニケーションに言語理解なんか必要ないのだけれど、種族特有の魔法を使おうとするとそうもいかないからね。
まあ、半分以上私の趣味なんですけど。
そういえば、ラハブ師匠が『いい加減、ここを出てもいいんじゃないかな。十分すぎるほど魔法魔術に精通したし』と言っていたが、まだまだ師匠の足元にも及ばないと思う。
精々、影を踏めた程度かな。
そう伝えたら、『君、最初の覚悟はどこ行ったんだい?』なんてため息を
覚悟、覚悟ねぇ。私、何を覚悟してたんでしょう?
うーん、思い出せないわね。
そんなときは、これ。
えーっと、どこに仕舞ったかしら? 確かこの辺に……これじゃない…………ああ、あったわ。
これが私が魔導具を作れるようになって最初の作品、思い出し玉よ。どう、真っ赤で綺麗な宝玉でしょ。
これを使えば、記憶の奥底に眠ったものだって瞬時に思い出せるの。
どう使うのかですって?
こうやって、ぎゅっと握ると、
あ。
あああああああああああああああああああああああッ!!!!!!
思い、出したぁあああああッ!!!
そうだよ何やってるんだよ、俺ェッ!!
もとの世界に帰るための手がかり、ぜっっっんぜん探してないじゃん。何が『探します、地の底までも(キリッ』だよ、有言不実行にも程があるだろ。
地球の裏側なんて以ての外、そもそもこの小島から出てないし。
こうしちゃおれん、すぐに荷物をまとめて出発しなくては。
ししょー、ラハブ師匠ーぅ!
「なんだい? 新作のお菓子の味見かな?」
「あ、それは冷蔵庫の中で冷やしてるんで、二時間後くらいに食べてください」
って、そうじゃない!
「ラハブ師匠、いままで大っっ変お世話になりました。わた、俺は自分の世界に帰るため、手がかりを探しに行きます」
「おや……ようやく思い出したのかい」
「お恥ずかしながら……」
「そうかぁ。
「……時々、遊びに来ますよ」
失せもの探しの法を使えば、わりと簡単にここに来れるからね。
まあそれがラハブ師匠にとっての百年後か百年前かはわからないけど。なにせここはどの時代とも繋がってる場所だから、仮に忘れ物して十分で引き返したとしても、ここでは何十年経っているかもしれない。
「その時は、お土産を持ってきてくれると嬉しいな」
「もちろんです。ここでは手に入りにくい物持ってきますよ」
コーヒー豆とかね。
キリマンジャロとか絶対手に入らない。だって、ここキリマンジャロじゃないし。
日照時間がランダムすぎてうまく育たないし。
「それじゃあ、今日の夕飯は久しぶりに私が作ろうか。お祝いだよ」
「ホントですか! やった師匠のご飯久しぶり!」
「ふふっ、もうユウカの方が料理は上手いよ」
「師匠は師匠の味があるからいいんです」
「そうかい?」
「そうです!」
んー、楽しみだなぁ。
私が師匠のご飯で一番好きなのは、白身魚の包み焼きで、香草ときのこの香りがふわって香って…………はっ、いかんいかん、私に戻ってた。
私は俺、私は俺、私は俺………ヨシッ!
名前がトモカズからユウカになったけど、漢字は変わってないし身体に合わせただけだから、ヨシッ!(現場猫
「ところで、ここを出て行った後は何処に向かうんだい?」
「んー……イングランドですかね」
魔法使いの嫁という物語を因果としてこの世界に来たのなら、魔法使いの嫁という物語の舞台に、あるいはその傍に、俺を呼び寄せたナニカがあるはずだ。
ならその舞台として大半を占めるイングランドにそれがある可能性は高い。
それにほら、一ファンとしてチセの物語を覗いてみたいって気もある。
ああ、大丈夫。原作を壊す気はないよ。
「何言ってるんだい、ユウカが来たんだから物語は変わるよ?」
「へ?」
「有名じゃないか、バタフライエフェクトってやつ。何がどう変わるかはわからないけど、間違いなく変わるよ」
「そ、そこは世界の修正力とか運命力とかアカシックレコードとかが、こう、うまく……」
「無いよ。物語の変化は、例えばエリアスが家に帰るのに一歩多く歩くだけかもしれない。でも、その一歩があるいは大事な時の一歩で、何かが間に合わなくなるかもしれない」
「ま、マズイじゃないですか!?」
「そうかい? 未来がどうなるかわからないなんて普通のことじゃないか」
「そうですけどぉ!」
そうじゃないんですよ。
あの上手い具合に色々なものが噛み合って良い方向に転んだような物語が、物語通りに進む保証が無くなるのは大変マズイのですよ。
一ファンとして一大事なのですよ。
もし悪い方に転がったら、目覚めが悪いどころじゃないんですよ。
「……決めました。俺、エリアスの住んでる村に住みます」
んで、陰ながら応援します。
良い方向に転がりそうならほっとくけど、悪い方に転がりそうなら原作通りになるようセーフティネットを張ります。
あ、でも原作に沿うよう手を貸すのは時間制限付き。
具体的には、俺が物語の流れを知っている学園編の初めまで。
それ以降は知らないから、手を貸すか貸さないかはもう流れに任せる。
それより先に目的のナニカを見つけて、元の世界に帰れれば万々歳だけど。
「エリアスによろしくね」
「はい、引越し蕎麦持っていきます」
「……蕎麦の食べ方、知ってるかなぁ?」
よし段々方針が決まってきたな。
まずはイングランドに行って、エリアスが住んでる村を探す。
見つけたら、お隣……は近すぎるだろうから、同じ村の中に引越しして。
遠くからチセとエリアスの物語を観察しつつ、ナニカを探すっと。
「うん、忙しくなりそう」
「その割に、楽しそうだね」
「そうですね……正直わくわくしてます。ここに来てから代わり映えのしない毎日でしたから」
「うっ……悪かったね。そういう場所なんだよ、ここは」
「あ、いえ、師匠が悪いわけじゃないです! ただ、ちょっと、霧に飽きたというか……でも、ここは実家のような安心感がありますから! むしろ実家ですから!」
「フォローは受け取っておくよ」
しばらくラハブ師匠は肩を落としたままだった。
でも、夕飯の席には俺の大好物が沢山並んで。夜にはお酒を片手に思い出をツマミに、その日は遅くまで師匠と話をした。
「それじゃあ、行ってきます師匠」
「ああ、身体には気をつけるんだよ」
「師匠こそ、ちゃんと早寝早起き三食きちんと食べて下さいね」
「努力するよ」
「嘘じゃないですけど、真実じゃないですよね?」
「それが見抜けるなら、魔法使いとして一人前だね」
まったく、もう。
秘密と事実と真実を使い分けるのは魔法使いの専売特許だが、こんな時くらい本心を見せてくれてもいいのに。
「……行ってきます」
「行ってらっしゃい、我が弟子」
こうして俺/私ことチセ
潮の香りを嗅ぎながら、海の上を進む。
長い間歩いたような気もするし、あるいは一瞬だった気もするが。いつの間にか足元でしていた水音がなくなり、代わりにブーツが石畳を叩く音がした。
ふと顔を上げる。
知らない街で、知らない人たちが忙しそうに行き交っていた。
師匠以外の人を見るのはとんでもなく久しぶりで、霧以外の景色を見るのもとんでもなく久しぶりで。
何だか自然と涙が頬を伝った。
「っと、いけない。まずは今がいつか確認しなきゃ」
ゴシゴシと目元を袖で拭い、パンッと音を立てて頬を叩く。
気合十分。これから
近くを通り掛かった人の良さそうなおじさんに声をかける。
「すみません、今年って何年でしたっけ?」
「ん? ああ、ど忘れってやつか、よくあるよな。俺も最近歳が思い出せなくてなぁ……って、嬢ちゃんにはまだ早い気もするが。まあいいか、1914年の7月27日だよ」
「ありがとうございます」
礼を言ってその場を後にする。
第一次世界大戦の前日である。
物語は欠片も始まっていないのだった。
…………どうしろと?
申し訳ないですが、私は11巻までしか持ってないので、12巻以降の話で矛盾あったら、そっと優しく教えて下さい。