それと、申し訳なし。書いてる途中で三人称で書いてることに気づきましたが、時すでにお寿司。
直せないと踏んで、三人称で書き上げました。
部隊は森の中を進む。
カサリ、カサリと歩くたびに枯葉と朽ちた枝、それと生い茂った草々が音を立てる。
この先にある小さな村が目標地点だ。
山間に位置するその村は、戦略的に重要な拠点というわけではない。後続の大隊が進む予定のルートからは少しばかり外れているし、別段ここに敵の部隊が展開しているという情報もない。
しかしさりとて、無視するには勿体無い。
例えばその村で井戸を確保できれば、後続の大隊が持ち歩く水の量を減らせる。
無くても問題ないが、あったら楽。
そのため、彼ら一小隊が先遣隊として向かわせれた。
「隊長ーぅ、まだ着かないんっすか?」
「この森を抜けたら見えてくるって話だ」
「それ三十分前にも言ってたじゃないっすか。通信機重くて辛いんすよ」
「それが通信兵の仕事だろうが」
「せめて目安が欲しいっす。そしたらそこまで頑張ろうって気になりますから」
「ったく、仕方がねえな」
隊長と呼ばれた男は部隊に小休憩の命令を出した。
隣で通信兵の青年が座り込み水筒から水を飲む最中、自身は背負う
「ざっと一時間って所か」
「……ぷはっ、え? 何がです?」
「お前が後どのくらいか聞いてきたんだろうが、馬鹿者」
「ああ、そうでした。結構あるなぁ」
「だが敵軍が居るって話も無い。いやまあ、それの裏付けを取るのが俺らの仕事のわけだが」
だから、占領自体はスムーズに行くだろう。
できれば友好的に、水と食料と部隊が駐屯する土地を貸してくれればいい。ダメなら、小銃を向けることになるが。
「まあ頑張れ。着いたら報告の後で水浴びの許可をやる」
「そいつはイイっすね。最近身体が痒くてたまんなかったんです」
「ついでに洗濯もするといい。臭いぞ」
「それはみんな同じですって」
「違いない」
隊長は地図をしまうと、小休憩の終わりを告げた。
各々座り込んで休んでいた兵士たちは立ち上がり隊列を組み直すと、総勢三十二名の小隊は森の中を進み始めた。
村までの道はある。だがそれは舗装されているわけではないため、草や木や石で荒れており、時には倒木などが横たわっていた。
残念ながら、そのような荒地を進める軍用車を彼の軍は持ち合わせていない。
あったとしても、そもそも軍用車自体がまだまだ希少なため、末端の小隊は結局のところ歩くしかないのだ。
三十分も歩いただろうか。
急に森に霧が立ち込めてきた。
山の天気は変わりやすい。これもその一つだろうと隊長は考え、雨具をいつでも着れるよう準備するよう伝える。
幸いにも霧はそれほど深くはなく、前に進むには支障はない、
だが木々の隙間から見えていた山々が確認できなくなり、山の位置関係から部隊の位置を把握することはできなくなった。
隊長は地図とコンパスを背嚢から取り出し、こまめに確認できるよう懐に仕舞い込む。
更に三十分歩いた。
予定ではもうそろそろ森を抜ける頃だが、未だ先には森が続いている。
この霧のせいで辺りを警戒しながら進んでいるため、予定より皆の足が遅くなっているせいだろう。
だが、もう村は目と鼻の先のはずだ。
一度停止命令を出して武器の確認をさせて、部隊はより一層慎重に歩みを進めた。
すでに三十分歩いた。
おかしい、もうとっくに村に着いているはずなのに、未だに森を抜けられないでいる。
地図を開き、コンパスで方角を確認する。間違ってない。
ならば何故?
「隊長ぅ、もしかして迷いました?」
「そんなはずはない……と言いたいが。おい、お前も地図読めたよな」
「軍学校で一通り習いましたからね」
それを聞き隊長は地図を通信兵へと渡した。
「えーっと、ここまでは確実に進んでたっすよね」
「そうだ。このあたりで霧が出てきた。そこからは道なりに、コンパスで確認しながら進んだ」
「ちょっとコンパス貸してください」
通信兵は水平にした手のひらにコンパスを乗せ、その場でゆっくりと一回転する。
その間、コンパスは同じ方向を指し示した。
「コンパスは壊れてないっすね、多分」
「なら俺たちは地図上ではおよそこの辺、間違いなく村に着いているはずなんだが」
「道を間違えたとか?」
「荒れているとはいえ一本道だぞ、間違えようがない」
「取り敢えず、もう少し行ってみましょう。道はあるわけですし」
「……そうだな、そうするか」
そうして更に歩くこと三十分。
いまだ変わらぬ景色が続いている。
流石におかしいと隊長は一度全隊を止め、小休止を入れさせる。
その間に本部との連絡を取ろうと、通信兵に指示を出したのだが、
「変っすね、全然繋がらないっす」
「山間だから繋がり難いのか?」
「多少はあるでしょうけど、にしても繋がらないっす」
「敵軍のジャミングの可能性は?」
もしそうであれば、ここには間違いなく敵軍が居て、ジャミング機を置くほどの何かがあることになる。
この一小隊では荷が重い。
だがそれはないと、通信兵は首を横に振った。
「ジャミングだったら酷い雑音がしますが、むしろ雑音が無さ過ぎるくらいっす」
「……お前、もしや壊したんじゃ」
「い、いやいやいや、ちゃんと丁寧に運んだっすよ! 使い方だって散々叩き込まれたんっすから。なんなら取説の暗唱だってできるっすよ!」
「冗談だ。だがまあ、お前が悪くなくても、機械は壊れるときはあるからな」
「修理もできるっすけど……こんな敵陣の森の中ではやりたくないっすね」
通信兵の答えを聞き、隊長は顎に手を当て考える。
一分ほど考え込み、出した結論は帰還だった。
「いいんっすか?」
「地図が信頼できない上に本隊とも連絡取れん。一度帰って情報を再確認してから、もう一度向かえばいい。それほど遠い場所なわけではないしな」
隊長は小休止のために散っていた隊員を集合させ、転進を命じる。
せっかくここまで来たのにとぶつぶつ文句を垂れる隊員もいたが、そういう隊員は他の隊員に森で遭難することの恐ろしさを説かれていた。
そうして帰っていく部隊の背中を、一羽のカラスがじっと見つめていた。
「うん、賢明な判断だな」
そのカラスの瞳を通して、部隊が去っていくのを
そう、森に立ち込める霧も、妙に長い道のりも、通信機の故障も、すべてはユウカの魔法によるものである。
二つの地点の空間を繋いで道をループさせ、山々の位置からループに気づかれないよう霧を出し、ついでに霧に電波を吸収させて本隊との連絡を断った。
これならいくら進んでも村に着かないことから、遭難したと考えるはず。
森で遭難することの危険をわかっているなら、これで転進してくれるだろうと考えて。
そしてそれは狙い通りになり、今こうして部隊の背中を見ているわけである。
「もしまだ進むようだったらタチサレ…タチサレ…妖怪でも出そうと思ってたんだけど……御蔵入りかな」
『なんだ残念』
ユウカは部隊の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、ようやくカラスの視界を切断し、安堵のため息を一つ吐いた。
正直、運が良かった。
道なりに進まないとループを仕掛けた空間を通らないから、もし地元のガイドを連れて獣道を通る近道を進まれたらどうしようもなかった。
あるいは強風が吹いて霧が飛ばされたらループもバレてただろうし、通信の妨害も出来なかった。
もちろん、他の手はある。
が、無血の条件を付けると途端に絞られる。
そのなかでも一番穏便な方法でお帰りいただけたのだから、双方ヨシと言っていいだろう。
「それじゃ、ありがとな」
『こちらこそ、中々美味しい魔力だったわ』
ユウカの隣でふよふよと浮いていた隣人と別れ、ユウカは村に戻る。
報告のため村長の家に向かえば、窓からこちらに気がついたのだろう、立派な髭を蓄えた村長が慌てた様子で出てきた。
「ど、どうですかな、上手くいきましたか?」
「バッチリです。ドイツ軍は帰って行きましたよ」
「おおっ! ありがとうございます、ありがとうございます!」
ユウカの答えに、村長は何度も何度も頭を下げた。
説得力を増すために声に魔力を含ませたとは言え、その感謝ぶりにユウカは若干引いてしまう。
「でもあの様子じゃ、明日にも戻ってきますよ」
「いえいえ、その一日の猶予が大事なのです」
それだけあれば、足腰の弱い老人でも十分な距離を稼ぐことが出来る。
目的は村の水源と食料だろう。
労働力ではないのなら、村人を追ってくることはないはずだ。
「何ぶん、ドイツ軍の占領下はそれはもう酷い扱いを受けると聞きますから」
その言葉にユウカは少しばかり首をかしげる。
盗み聞いた感じでは、向こうはわりと穏便に済ませようとしていた。
悪感情が先走っていて実態が見えていない気もするが、ユウカ自身も彼ら以外のドイツ軍がどうなのかはわからない。
まあ、あまり深く関わるわけでもなし。黙っておくのが一番だろう。
そもそもユウカがこの村に来たのだって、ただの通りがかりだ。
ユウカが師匠の元を離れ、霧から出た先は1914年7月27日のドイツ地方都市だった。
これはやばいと手持ちの貴金属を換金し、急いで旅支度を整えて出発したのだが、国境を越える前にドイツはロシアと開戦。国境が封鎖されてしまった。
それでも魔法を使えば人目を忍ぶことは訳ないので、こっそりと国境を渡りベルギーに入ったのだが。
なんと今度はベルギーと開戦。
村で一泊して起きたらドイツ軍が攻めてくるということで、村は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
列車や車がないため、てくてく歩いてイギリスに向っていたユウカは、あっという間に戦争に追いつかれたというわけだ。
ユウカは素性もわからない奴を快く泊めてくれた礼として、魔法のことは隠してドイツ軍の足止めを買って出たというわけである。
因みに、魔法が使えるのになぜ歩いていたかといえば、その答えは簡単。
ユウカは移動系の魔法も魔術も勉強していなかったからだ。
あの狭い小島では
こんなことなら移動系の魔法なり魔術なりを勉強しておけばと、真っ先に後悔したのである。
「して、ユウカ嬢はこれからどうするのですか?」
「西に向かうんですよね? あんまりこの辺の地理に詳しくないんで、ご一緒させて貰えたら嬉しいんですが」
「もちろんですとも。皆、準備できた者から順に村を発っていますから、彼らに着いて行くといい。私から口添えしておきます」
そう言うと村長は早速村の広場に向かい、出発しようとしている一家族に声をかけた。
ユウカが向かった頃にはもう話は終わったようで、その夫婦からにこやかに荷車に乗るよう勧められる。
礼を言ってから荷車に乗り込み、村長に振り返った。
「では村長さん、一晩お世話になりました」
「そんなこちらこそ。お陰で無事に皆が避難できます」
まだ避難できてないのは二、三家族。
それらが出発して、最後に村長も避難するそうだ。時間にして二時間程ユウカの出発より遅れることになるだろうが、それでも十分に余裕がある。
牛に引かれ、ガラガラと荷車が動き出した。最後に村長に手を振って別れる。
「……戦争かぁ」
話は聞いたことはある。本で読んだことはある。写真を見たこともあるし、映像を見たこともある。
けれど
それが今こうしてすぐ後ろに迫ってきているわけだから、何だか言葉に表しにくいモヤモヤしたものが胸の中で渦巻く。
「嬢ちゃん、あまり見ない顔立ちだねぇ。どこの生まれだい?」
そんなことを考えて空を見ていたら、同じように荷車に乗っていたお婆さんが話しかけてきた。
膝には孫だろう娘を座らせ抱いている。
「日本……アジアです」
「ほーアジアかい。知ってるよ、ずっと東の方だろう? よくもまあそんな遠いところから」
「そうですね……遠いです」
ホント、嫌になるくらい遠い。
「西へ向かってるんだって?」
「西というか、イギリスです」
「来た所も遠ければ、向かう先も遠いねえ」
「ええ、ですからこうやって乗せてもらえて助かります」
こういうときご老人の喋り癖はありがたく思う。
ただじっと黙って座っているのは、やっぱり何だか肩身が狭いものだ。
「ああそうだわ、ほら、自己紹介なさい」
そう言うとお婆さんは抱いていた孫を立たせて前に出した。
「……エリサ、です」
「エリサちゃんね。おいくつですか?」
「四さい」
「うん、えらいえらい」
手を伸ばして頭を撫でる。
エリサは一瞬ビクッと警戒したが、撫でるだけだとわかるとすぐにおとなしくなった。
っと、撫でていると気づいた。
「……エリサちゃん、夜寝るときに変なのが見えたりしない?」
「へんなの?」
「そう。黒くてまあるくて、うねうねしたやつとか」
「いる!」
「毎日いる?」
「うーんとね、えっとね、ときどきみるよ?」
「そっか、ときどきかー」
それなら、弱めの物でも大丈夫だろう。
ユウカは腰につけたポーチをごそごそあさり、桃の木を削って作った犬笛を取り出した。
犬笛の表面には細かい文様が彫刻され、革紐で首にかけれるようになっている。
それをユウカはエリサに手渡した。
「これなーに?」
「犬笛って言うんだよ。吹いてごらん?」
「───ッ! ───ッ! ……
「人間には聞こえない音がしてるんだ。実はね、あの黒い変なのはこの音が嫌いなんだ。だから、今度変なのを見たらこれを吹いてごらん。どっかに行っちゃうから」
「わかった!」
元気いっぱいに頷くとエリサは早速お婆さんに犬笛を見せびらかす。
お婆さんもそこで聞いていたのに、まるで初めて聞いたかのように驚き頷き、そしてエリサの頭を撫でた。
「ありがとうね。嬢ちゃんは
「魔法使いです。見習いですけどね」
「おやおや、可愛い魔女もいたもんだね」
お婆さんの方は多分信じてない。
ユウカを見る目がエリサを見る目と同じだから。
なんだか微笑ましいものを見るような目だ。
だが、エリサの方は違った。
「おねえちゃん、まじょなの!?」
目をまん丸に開け、瞳をきらきらと輝かせて。
エリサはユウカに尋ねる。
「魔女じゃなくて、魔法使いだよ」
「ほーきでおそらとべる!?」
「私はできないなぁ。師匠は出来るだろうけど」
「そうなの? まほーつかいなのに?」
ぐさり。
言葉の矢が、ユウカの心臓を貫いた。
「じゃあねじゃあね、どうぶつさんとおはなしできる?」
「あ、それはできるよ。ほら、いま牛さんがモーって鳴いたよね。あれは『いい天気だなー最近遠出してなかったから散歩できて嬉しいなー』って言ってるんだよ」
「わぁ! すごいすごいっ!」
無事に汚名返上。
エリサは手を叩いて喜び、ユウカも無茶振りじゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。
嘘は言ってない。牛の感情をちょっと読み取っただけだ。
「エリサもまほーつかいになりたい!」
「おやおやまあまあ。エリサは魔法使いになって何するんだい?」
「ほーきでおそらとんで、どうぶつさんとおはなしして、お菓子いっぱい食べたい!」
「そうかい。嬢ちゃん、エリサは魔法使いになれそうかい?」
お婆さんもエリサの話に乗って、そんなことを聞いてきた。
さて、どうしたものか。
魔法使いは嘘をつかない。でも真実と事実と秘密はいくらでも織り交ぜる。
「エリサちゃんには魔法使いになれる才能が有るよ」
「ほんと!?」
「でもね、魔法使いになるにはいっぱいいっぱい勉強しなくちゃいけないんだ」
「うー……おべんきょう……」
「お花を育てたり動物の世話も出来なくちゃいけないし、お料理もお裁縫も出来なくちゃいけない」
「エリサできない……で、でもでも、がんばるから!」
「それじゃあ、これからお父さんのお願いを一つ、お母さんのお願いを一つ、お婆ちゃんのお願いを一つ、毎日欠かさずに叶えてね」
「まいにち一つ?」
「そう、毎日一つ。そうしたら皆の願いを叶えられる、幸せの魔法使いになれるよ」
「……わかった。エリサがんばる!」
「うん、えらいえらい」
両手をぎゅっと握り締め、エリサはふんすと気合を入れた。
そんな彼女がなんだかとっても可愛らしくて、思わず頭を撫でる。
それから念の為、内緒だよと言ってエリサに耳打ちする。
「もし、その笛を吹いても変なのが何処かに行かなかったら、その笛を壊してね」
「壊しちゃうの?」
「壊れたらわかるから。そしたらエリサちゃんがピンチだと思ってすぐに駆けつけるよ」
「やくそく?」
「……うん、約束だ」
ユウカはエリサの手を取り、二人の小指を絡ませる。
そして魔法使いにとっては大事な。
『指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った』
「いまのなんのお
「約束を破ったら針を千本食べますって歌」
「キャー、こわーい!」
そう言ってエリサは笑いながら、お婆さんの腕の中に飛び込んだ。
空では鳥が鳴き、澄んだ空の青に白い雲。
木々は緑に生い茂り、風がそよそよを抜けていく。
そんな
すぐ後ろに迫る、激動の時代から逃れるように。
おかしい。
私はもっとコメディでおバカでゆるくてネタ満載な俺つええ的なテンプレものが書きたかったはずだ。
なのに、なんだ、これは………。
ばかな、どこに間違いがあった………。