僕たちは生きている   作:うといさ

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クリスマスにまた

 変身術の授業が終わったら、夕食まで空き時間だったので僕たちは寮に戻って宿題を片付けることにした。変身術というのは前から一筋縄じゃいかなかったがNEWTレベルになってからは輪をかけて厄介になった。おかげでアルバートと二人で取り組んでいてもさっぱり進まない。

 

「この問いがわかるかい、アルバート」

 

「いいや、さっぱりだよ。ポール」

 

「少しは考えてみろよ」

 

「そりゃこっちのセリフだ」

 

 このやりとりを三回ほど続けた後、僕たちはもっと時間を有意義なことに使うべきだという結論に達した。暖炉の前の座り心地の良いソファでくつろぎながら爆発スナップのカードで賭けをするのだ。

 賭けに使うカードが爆発する必要はないが、おかげで適度に刺激があって宿題などで時間を消費するよりもずっとよかった。

 向かいに座っている男の顔を僕はそっと見た。次の手を考えてじっと黙り込み、眉間にしわを寄せている——形勢は良くないようだ——久しぶりの勝利を僕は確信した。

 アルバート・カチンスキー——最初にホグワーツ特急で出会ってからもう五年が経ち、六年目に差しかかる。僕のホグワーツでの生活は常にこいつと共にあったと言っていい。何しろ選択している授業は全て同じでベッドも隣同士なのだ。自然と一緒に行動することになる。おまけにこいつは悪知恵が働き、小腹が空いたときの食料の調達や嫌味な教師を罠にかけることに関しては特別な才能を持っていて始終一緒にいても飽きることがない。

 いつだったか魔法省から出しゃばってきた女教師を糞爆弾のトラップにひっかけたときはアルバートが大いに貢献した。普段のとりすました顔を思い切り歪め、杖を振り回している彼女の姿はとても愉快だった。監督生の座を狙って行儀良くしていたラッセルも、口では僕たちを非難していたがニヤニヤ笑いをこらえきれていなかった。あれは紛れなく僕の人生での数少ない勝利の瞬間だった。

 

「何にやついているんだ?」

 

 カードを出さない僕に焦れたアルバートが言った。

 

「アンブリッジのことを考えていたのさ」

 

 僕がそう言うと怪訝そうな顔をしたが、すぐにあのいたずらのことに思い至ったらしい。

 

「……ああ、あれは良かったな」

 

 そしてもう一度噛みしめるように言った。

 

「良かったなあ」

 

 

 

 結局のところ僕はまたしてもアルバートにしてやられ、次のホグズミードでバタービールを奢ることを約束させられた。ゲームが終わるとちょうど夕食の時間だったので大広間に向かった。ラッセルはもう席についていて、皿にマッシュポテトとステーキを取り分けていた。僕たちは側に座って皿を引き寄せた。

 

「よう早いな、ラッセル」

 

 アルバートがソーセージを取りながら話しかけた。

 

「数占いが早く終わったんだ。でも宿題はたくさん出された。来週までに本を三冊読むのと羊皮紙二巻き分のレポートだぜ? どうかしている」

 

 ラッセルはうんざりした顔で言った。

 

「驚いたなあ、監督生のくせに宿題を嫌がるのか? 将来が思いやられるぜ」

 

 僕が茶化すとラッセルはすかさず

 

「あんまりうるさいと変身術の宿題を手伝ってやらないぞ。どうせ終わってないんだろ」

 

と言った。そんなことは困る。アルバートと僕はいつもラッセルに宿題を見てもらってなんとか仕上げているのだ。僕は大人しく黙ってスープをすすった。

 ラッセル・ミュラーは監督生で、次の首席を狙ってガリ勉をしている。というのもこいつは魔法省での出世を夢見ていて、学生のうちから良い成績をとって履歴書に箔をつけようとしているのだ。その努力はちゃんと報われていて去年は監督生のバッジをもらい、来年の首席のバッジも確実視されている。しかしこいつは困ったことにせっかくのホグズミードでも教科書を引っ張り出して勉強するような呆れたことをしでかす。「ちょっとした気の緩みで首席は逃げていく」というのがラッセルの言い分だった。

 

 

 腹が満たされた僕はラッセルの新聞を借りた。めぼしい記事もなく、パラパラとめくっていると指名手配者の写真が目に入った——ハリー・ポッターだ。去年の今頃は選ばれし者と称えられていた彼も今では立派な賞金首になっていた。何でも彼がダンブルドアの死に関わっているとのことだ。本当にハリー・ポッターはダンブルドアを殺したのだろうか、僕は何も知らないから真相は分からない。彼——生き残った男の子——がそんなことをするはずがないと言う人もいるし、頭がおかしくなって殺してしまったのかもしれないと言う人もいる。確実に信じられる情報がないせいか、生徒の間でも意見が分かれている。ただ、はっきりしているのはダンブルドアがホグワーツで何者かに殺害され、一時的に学校の存続が危ぶまれたが再開したことだけだ。僕は新学期にアルバートとラッセルの二人にまた会えたことが嬉しかったが、アルバートは浮かない顔をしていた。アルバートによるとこれは例のあの人による差し金なのではないかというのだった。

 

「だっておかしいだろ? 副校長をやっていたマクゴナガルではなくて、ダンブルドアを殺したと噂になっていたスネイプが校長になった。それに死喰い人のカロー兄妹が教師になるんだ。まともな神経じゃないな。俺たちはさながら人質になるためにここに来たのさ」

 

 

 大人たちも同意見のようで、ホグワーツ特急の出発を待つホームでは子供の身を案じて学校では大人しくするように言い聞かせている親の姿がよく見られた。両親も例外ではなく、僕たちがホグワーツに戻るのをひどく心配していた。特に義母はしきりに義妹のことをよろしく頼むと僕に言ってきた。

 

「ポール、どうか、どうかエレナのことを守ってくれますよね?」

 

「きっと守ってみせますから安心して下さい。それに僕とエレナはマグル生まれじゃありませんから、下手なことをしなければそうそう目をつけられることはありませんよ。エレナも監督生になったのだから問題を起こすようなことはしないでしょうし」

 

 僕はそう言ったが、それでも義母は不安でたまらない様子だった。そこでエレナもなだめるように言った。

 

「お母さん、あまり兄さんを困らせないで、私は大丈夫だから。手紙もなるべくたくさん書くし、クリスマスには必ず帰ってくるから心配しないで」

 

 義母はなおもエレナから離れようとしなかったが、いよいよ汽車の発車時刻が迫っていた。僕たち二人は汽車に乗りこみ、窓から身を乗り出して両親に手を振り別れのあいさつをする。エレナは無邪気に笑いながら義母と父に叫んだ。

 

「クリスマスにまた!」

 

 

 ホグワーツはもはや安全な場所ではない。絶対的な庇護者であったダンブルドアは永遠に去ってしまった。かつては生徒たちの楽しげな談笑が響いていた大広間も、今ではみんなの潜めた声が時折聞こえてくるだけだ。カロー兄妹に難癖をつけられないようにするためである。

 さっきも状況がよく分かっていない哀れなハッフルパフの一年生がはしゃいでいたが、それがカロー兄の癇に障ったらしく仕置き部屋に引きずって行かれそうになった。マクゴナガル先生が断固として止めたおかげで犠牲にならずに済んだが。これはまだ幸運な例で、先生方が居ないうちに反抗する術を持たない下級生が、たまたま居合わせただけで仕置き部屋の鎖に繋がれることはしょっちゅうあった。

 

 

 

 寮に帰ってきてベッドに転がると僕は大きく息をついた。今日は誰も犠牲にならなかった……。でも明日は? 明日は誰が犠牲になるのだろうか? アルバートか、ラッセルか、それとも——?

 寝返りをうつと青いカーテンがかかっただけの空っぽのベッドが二つ、目に入った。いずれの主も今はホグワーツに居ない。一人はマグル生まれだったため、新学期に現れなかった。もう一人はマグル生まれじゃなかったが、先週魔法省の高官だった父親が遺体で見つかったとかで実家から呼び出されてそのまま帰って来なくなった。今このベッドルームを使っているのはアルバートとラッセルそして僕、ポール・バウマーの三人だけになった。

 

「ケムメリヒやミッテルシュテットはどうしているかな?」

 

 僕がつぶやくとアルバートは、

 

「さあな。案外元気にやってるんじゃないか? 平和になったらきっとまた会えるさ」

 

と明るい調子で言った。それはこの時勢においてはあまりに楽観的すぎる。現に言った本人でさえ信じていないようだった。

 

「あまり期待しない方が良いと思うよ。マグル生まれは運が良くてアズカバン、そうじゃなけりゃ……」

 

 ラッセルが息を詰まらせた。僕らの中でケムメリヒと一番付き合いがあったのはラッセルだったことを思い出した。僕は申し訳なくなった。

 

「ごめん、こんなこと言うべきじゃなかった」

 

 そうなのだ、分かりきったことを聞いた僕がバカだった。マグル生まれのやつらが今どういう扱いを受けているかなんてみんな知っている。でも、みんな何もできない。何かしようとしても、ミッテルシュテットの父親みたいになるのがオチだ。そこでこの僕に何ができるというのだろう? せいぜい自分の番が回ってこないことを祈るぐらいだ。そしてこういったありふれた悲劇にいちいち心を動かしていてはいつか頭がおかしくなってしまう。僕は布団に潜り込み、目を閉じた。

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