僕たちは生きている   作:うといさ

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赤いヒゲナシ

 次に僕たちが三人そろってポッターウォッチを聞いたときは、イースター休暇が終わっていた。

 ここに来るまで状況は悪くなる一方だった。クリスマス休暇ではルーナ・ラブグッドが去り、イースター休暇ではジニー・ウィーズリーが去った。これでホグワーツで行われるレジスタンス活動の首謀者三人のうち二人がいなくなった。そして一昨日、とうとう最後の一人であるネビル・ロングボトムも姿を消した。

 彼だけじゃなく、活動に関わっていたと思われる上級生たちも一人、また一人と姿を消していった。そうは言っても彼らが夜空に浮かぶ星の一つとなったわけではないらしい。アルバートが言うには、彼らはホグワーツに隠された、カロー兄妹とその仲間たちの手の届かない部屋に避難しているそうだ。正直に言うとまだそんなものがあったのかと僕は少し呆れた。たった数年前、秘密の部屋が発見されたばかりだというのに。

 

 

 

 いつもの音楽とともにポッターウォッチが始まった。僕たちは作業をやめてラジオに耳を傾けた。リー・ジョーダンが話している。

 

「……ラジオをお聞きのみなさんに、謹んでお報せいたします。残念ながら、ジョン・クロードとエドモンド・バーナードが殺害されました……」

 

 お決まりの犠牲者の公表だ。耳慣れない名前ばかりでいつも聞き流しているコーナーだった。馴染みのない人にどれほど心を寄せられるというのだろうか。おそらくこれを聞いているほとんどの人は、自分の知人の名前を呼ばれないかということだけしか頭になく、無事呼ばれずに終わると安心して哀れな犠牲者に心からの哀悼を捧げているのだろう。あの人じゃなくて良かった、と思いながら。

 そんな僕のひねくれた思考をよそにジョーダンが話し続けている。

 

「……最後に、もう一つ残念なお報せです。エリザベス・ミッテルシュテットとエリック・ミッテルシュテットの遺体が発見されました。遺体には闇の魔術によって傷害を受けた跡があるとのことです。ラジオをお聞きのみなさん、お亡くなりになった方々のために、一分間の黙祷を捧げたいと思います。黙祷……」

 

 僕たちは顔を見合わせた。互いににかける言葉を探していたが、見つからなかった。文字通り、僕たちは言葉を失ったのだ。

 

 

 

 ベッドのカーテンを閉めて寝転び、目を閉じるとミッテルシュテットのことが思い出された。

 彼は去年念願のクィデッチの選手になった。魔法省の高官である父親、整った顔、加えてクィデッチの寮代表というスポーツマン、この要素を持っていてモテない奴なんていない。実際、ミッテルシュテットはとても女子に人気があった。ホグズミードで連れて歩く女子は毎回違っていて、僕たちは称賛と嫉妬の入り混じった目で彼を見ていた。

 僕らの中の一人の好きな女子がすでにミッテルシュテットと付き合っていたこともたびたびあった。ラッセルが想いを寄せていた女の子がミッテルシュテットとマダム・パディフットの店に一緒に入って行くところを見たときはみんなでラッセルを慰めたものだった。

 それでもミッテルシュテットは嫌われていたわけではなかった。むしろ僕は彼のことが気に入っていた。彼は自分が御曹司であることを鼻にかけたことがなく、本当に気のいいやつだった。ただ一つ欠点があるとすればその女癖だけだった。

 前にミッテルシュテットにエレナを紹介するように頼まれたことがあったが、僕は断固として拒否した。こうなるのだったら一度だけでも会わせてやれば良かったのかもしれない。

 ラジオによると、ミッテルシュテットと彼の母親の遺体には闇の魔術による傷があった——恐らく拷問を受けたのだろう。

 拷問、磔の呪文、闇の魔術……これらの簡単な言葉にはあらゆる恐怖が詰まっていることを僕たちはこの数ヶ月で身をもって思い知らされた。臆病に縮みこんだ身体は引きずり出され、怒鳴られながら呪文を唱える。そうかと思えば気まぐれに磔の呪文にかけられる。これほど簡単に人の尊厳を踏みにじることができるなど僕は思いもよらなかった。

 だが、僕だって同じなのだ。きっと僕には一生あの鳶色の目がついて回るのだろう。それが僕への罰なのかもしれない。

 

 

 

 翌日、僕たちは宿題をするという名目で湖のほとりにある木陰に居た。しかし実際は宿題のためというより、防衛術の授業ですり減らされた精神を回復させるためというのが大きかった。

 僕たちはすっかり人を拷問することにも慣れてしまったが、それでも何も感じないわけではない。今日の僕は一段と言いようのない疲労感に支配されていた。こういう時は寮に閉じこもるより外に居た方が良い。芝生に寝転ぶと僕は日向の方に目を向けた。今日はとても天気が良く、外でのんびり過ごすことにした生徒が少なくなかった。

 四月ももう終わる今の時期の日差しはやわらかく、芝生に咲くヒゲナシを照らしている。水面がキラキラと太陽の光を反射している。浅瀬には大イカがやってきて下級生にちょっかいをかけられている。僕は仰向けになって影を作っている木を見た。風に吹かれて枝がゆらゆらと揺れている……。ほぅ、と僕は息を吐いて目を閉じようとした。

 

「なあ、俺、闇払いになろうと思う」

 

 昨晩からじっと黙り込んでいたラッセルが言った。僕はラッセルの顔を見て、それからアルバートと目を合わせた。そしてアルバートは起き上がって

 

「そりゃお前ならなれるだろう。でも急にどうしたんだ? 一年でも早く昇進したいって言ってたじゃないか」

 

と言った。アルバートの指摘した通り、ラッセルは三年も訓練に時間を費やす必要がある闇払いになるつもりはないと前に言っていた。実に彼らしい合理的な判断だと僕は感心したものだった。それなのになぜ? いや、理由は明らかだった。

 

「ミッテルシュテットを殺した犯人を捕まえる。出世はそれからだ」

 

「復讐かい?」

 

 それならやめておいた方が良い、僕はラッセルを止めようと思った。僕たちが犯人に復讐をしても、それでミッテルシュテットが報われることはない。

 

「いいや。俺の為だ。俺自身の為に犯人を捕まえて然るべき処罰を受けさせる。そうしないと俺は……俺はあいつの死が闇に葬られたままにしたくないんだ。自己満足なのは分かってる。それでもやるんだ」

 

「そうか」

 

 アルバートはそう言うと、ちょっと考えてからまた言った。

 

「それなら俺は最高裁事務局に入って裁判をやる。で、ポール、お前は屋敷しもべ妖精転勤室だ」

 

 アルバートは僕の方を見てニヤニヤと笑った。

 

「閑職中の閑職じゃないか! ひどいよ!」

 

「ケンタウルス連絡室よりはマシだ。それに暇な方が本を書けるだろ?」

 

「本? 本なんて、僕にはもう……」

 

「知ってるよ。小説、書けなくなったんだろ? いいか、ポール、俺とラッセルはミッテルシュテットを殺した犯人を調べる。お前は俺たちが調べたことをもとに、ミッテルシュテットの親父さんが何をしようとして殺されたのか、何であいつやあいつのお袋さんまで殺されなきゃならなかったのか書くんだ。そうしたらきっとお前はまた小説を書けるようになるさ」

 

 アルバートの言うことに根拠なんてなかった。僕が小説を書けなくなったこととミッテルシュテットの死にどう関係があるというのか。それでも僕は嬉しかった。誰かにまた小説を書けるようになると言って欲しかったのだ。

 

「アルバート……」

 

「まあ、正直に言うとお前の小説つまらないんだけどな。なあ、ラッセル」

 

「そうだなあ。ポールの小説はつまらないわけじゃないんだけど、ちょっと登場人物に共感しにくいかもね」

 

 少し心当たりがあるだけにこの指摘に僕は大いにへこまされた。ラッセルは的確なところを突いてきて反論の余地を与えてくれない。

 

「二人ともひどいんじゃない? 僕、本当に筆を折るよ?」

 

「なあに、愛の鞭だ。そんなに落ち込むなよ」

 

 アルバートがのんびりと言ったので僕は睨みつけた。誰のせいだと思っている。だが問題はまだある。僕はそれを指摘した。

 

「……それに、大事なことを忘れてるぜ。今の状況が続くならたとえ僕が本を書き上げたとしても出版できないじゃないか」

 

 魔法省の幹部だったミッテルシュテットの父親を殺害したのは、おそらく死喰い人の中でも重要な地位にいるものだとホグワーツを去る前にミッテルシュテットが言っていた。それならば例のあの人が魔法界を支配している限り、彼らの死の真相を世間に知らしめることなど不可能だ。

 

「そりゃそうだ。でもな、例のあの人だって一度は滅ぼされたんだ。いつか必ず倒されて平和になる。それから本を出せばいいんだ。生きていれば絶対にチャンスは来る。俺たちはもう誰も欠けてはいけない。三人で生き延びようぜ」

 

 アルバートはそう言うと自信満々にニヤリと笑った。

 僕は生き延びることを第一に考えていた。死にたくはなかった。でも何のために生き延びたら良いのか分からなくなっていた。アルバートはそれを見つけてくれた。

 

「俺も犯人を捕まえたら、今度は魔法大臣になって世の中を変えるんだ。もう誰も迫害されないような魔法界にするんだ。それまで死ぬことなんてできない」

 

「ついに言ったか、この野心家!」

 

 アルバートはラッセルの背中を思いきり叩いて言った。そして「よっ! 未来の大臣!」なんて調子の良いことを言っている。ラッセルがむせて咳き込んでいるのにお構いなしだ。

 

「分かったよ。僕も協力する」

 

 こうして僕たちはただの友人から戦友になった。ミッテルシュテットの死が僕たちをより一層強く結びつけた。同じ目的を持つ仲間がいるとはなんて心強いのだろう。僕はもう孤独じゃない。三人で生き延びる。たとえこれまでの報いを受けようと二人が一緒なら大丈夫だ。

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