□【高位催眠術師】こゆき
わらびが巨大魚を退けた直後、フラッシュさんがわざとらしく足音を立てながら戻ってきた。絶対モンスターいたからちょっと待ってたでしょこの人。
「船みっつかんなーい! 参ったねこりゃ」
両手をおっぴろげてお手上げのポーズをとるフラッシュさん。逆にどこをどう探したんだろうか。ここに無いならもう誰かのアイテムボックスの中かそうでなければ塵では?
「心当たりとかないんですか?」
「うーん……あるにはあるかな」
髭もないのに顎に手を当て、付近の皮を摘み考え込んだフラッシュさんが、口を開く。あるんかーい。
「えっとね、実はここに来たのって僕とわらびちゃんだけじゃないんだよね」
新情報。私には既にもう一人仲間がいた。
「船には、もう一人乗船してたんだ」
フラッシュとわらびの他に、もう一人。
わらびちゃんが“三人の中で一番偉い”って言ったのもそういうことか。
「でもその子ちょっと厄介でねぇ」
「子って、また小さい女の子ですか?」
私の中でフラッシュさんロリコン説が浮上しつつあるんだけど。フラッシュさんが見た目男の子だから仲睦まじく見えるけどまあ犯罪では。
「んにゃ、男の子だよ」
いや、それはそれで……何も言うまい。
「その子は僕のこと嫌いみたいなんだよねぇ。契約で無理やり仲間にしたからかな……」
はいそれ。完璧にそれ。恨み辛みの報復活動。私にやったのと同じようなことして嫌われたんじゃん。契約ってことは【契約書】使ってるだろうし確信犯では?
「いやぁ、まさか、そんな、ねぇ?」
「それしかないじゃないですか……」
それでしか無いのでは? 逆になんで最初にその結論に行き着かなかったのか。
「僕はミアズマ君を信じてるからね!」
「信頼関係を結べるような要素がひとつも無いんですが……」
ミアズマ君って言うのか。この人もしかしていたいけな少年少女を騙して<エンブリオ>の研究してるやばい人なのでは? その場合私はロリ判定なのか? JKなんだが。JKなんだが。
「じゃあもうこの島から出られないじゃないですか。船無いんでしょ? 列島船団の船性能低いからこの辺の海は無理ですよ」
「いや、契約で僕からあまり離れられないようになってるからミアズマ君はこの船団のどこかには居るはずだよ」
じゃあなんで船無くなってたんだ。
ミアズマ君が盗んだと仮定するならば、船を盗むもしくはフラッシュの手元から船が無くなることになんらかのメリットがあるってことになる。
うーん、出港して欲しくない理由があるから……? 出港したら契約で縛られてるミアズマ君は船に乗るしか無くなるから、は船を盗んで隠れた、とか。
まぁ、ほんとにミアズマ君が盗んだんなら、だけど。一度も話してないのに私の中でミアズマ君が悪い人になるのは良くない。前情報は嫌いなんだ。
「うぁー。じゃ、みんなでミアズマ君探しに行くかー」
フラッシュさんが大きく伸びをして探索宣言を行うと、わらびがそれに待ったをかけた。
「ん! わらびはわらびの村を探検するよ! 行くなら勝手に行ってね!!」
え、じゃあ私もそっちに行きたい。
「じゃあこゆきちゃんと僕でミアズマ君探しに行くからわらびちゃんは行ってきなよ」
え、私も……わらび。
「ん! 勝手に行ってね! わらびはもう行くよ!」
あ、わらび……。
わらびはそう言い残すと足早に去っていった。
そしてその場には呆然と立ち尽くす私とにこにこのフラッシュさんが残った。
「じゃ、いこっか」
…………はい。断れないなぁ。
◇
私とフラッシュさんは列島船団を構成する船の一番端、列島船団五番船に向かっていた。
「ミアズマ君は慎重な性格だからねー。多分端にいるのは直ぐに気づかれるから、裏をかいて中央くらいに居ると思うんだよねー」
……じゃあ中央の三番船に向かうべきでは?
「んにゃ、僕が中央にいると思うってことは、ミアズマ君はそれを読んでるだろうから裏の裏で五番船に居るはずだよ」
えぇ……。
「それならそれを読んでやっぱり三番船かもしくは別の船ってことはないんですか?」
「んー、そんなイタチごっこしても意味ないし、ミアズマ君ならその辺で面倒くさくなって「あーもういいや端にいよう」とか言うと思うからこっちでいいよ」
自然な流れでここにいない人の思考を読んでフラッシュさんが答える。
うーん、やっぱり他人の思考パターンから行動理念読む人好きになれないな。
とりあえず五番船まだ距離がある。黙って歩くのも気まずいし話振っとこう。私から降らないと私の<エンブリオ>とか根掘り葉掘り聞かれそうだし。
「そういえば、隊長って強かったんですね。巨大なモンスターの攻撃を弾いたり追い返したり」
「隊長? あーわらびちゃんか」
私が言っといてなんだけどなんで隊長からわらびが連想出来たんだ?
いや、これ詐欺か。隊長じゃなくて後半の台詞から弾き出したのをあたかも隊長から連想したように見せかけたやつ。騙されんぞ。
「あれねー結構穴があるんだよねぇ」
穴? 即興であれ出来るならそんなもの無いに等しいんじゃないかな。
「あの<エンブリオ>、対象に【平和】っていう戦闘行為が出来なくなる状態異常を与えるTYPE:テリトリーなんだけど、これがまぁ使い勝手が悪いのね」
フラッシュさんはまるで自分で使った時の感想かのように語り出す。この人自分が<エンブリオ>を使った時のシミュレーションとかしてそう。
「まず、【平和】っていう状態異常が結界が貼られている区切られた空間じゃないと発動しない」
それはテリトリー系列ならよくあるって言うか普通だと思うけど……もしかして思ったより研究進んでない?
「あと【平和】はどの状態異常耐性でもレジストできる」
「……えぇ」
それは……なんというか、ガバガバだ。
「もちろん高ENDでもレジスト出来るからボスモンスターとかにはほぼ効かない」
あー、強いモンスターとか人が来たら意味をなさなくなる弱者だけのユートピアかぁ。悲しいなぁ。
「あと【平和】状態でも状態異常は普通に通る。まぁ通らないと【平和】も通らないからだろうけど」
「それは……まぁ」
「だから、【左腕骨折】とか【頚椎切断】とかも普通に通る」
「えぇ……」
もうそれは暴力を禁止する意味が無いのでは……いや、でも暴力出来ないならその状態異常にはそもそもならないのでは。
「うん、戦闘行為は出来ないけどね。例えばこうやって……」
足に違和感。視界が下がる。世界が逆さになり、空は青いなぁ。
そんな感じで綺麗に足払いされた私は、くるっと一回転して地面に後頭部を打ち付けた。強かに。
「とかね」
「痛いですよっ!?」
ガバッと起き上がって抗議する。
いや痛くは無いけど! 痛いわ! 心が!!
「あっははっ、ごめんごめん。こんな綺麗に転ぶと思わなくって……ふふっ」
笑うなやい! 分からせてやる!
「あ、ちなみに今の戦闘行為じゃないよ。ただの悪戯だから。まぁ弾みで頚椎骨折するかもだけどねー」
ガッバガバじゃないですか。知ってる人にはなんの制限にもならない系の<エンブリオ>か。確かに穴だらけだ。
「はぁ……ってか、そんな重要な情報私に話して良かったんです?」
「うーん、よくないよ?」
後頭部をさする私に、フラッシュさんは恐い顔で答える。いや恐くは無いけど。元が可愛いから。
「聞いたからには逃がせないよねぇ」
「なんで話すんですか……」
逃がさないからじゃなくて逃がせないってことは自分を追い詰めてるじゃん。
「リターンにはそれに見合うリスクが必要だからね!」
普通逆では……? マの人かな?
それはないかなと思ったけど、ほんとにそうかもしれないと思い直すような一言をフラッシュさんが零す。
「ミアズマ君なんて、街をひとつ滅ぼしてたところを僕が拾ったからね!」
……それは流石に指摘する。私はそういうのを見てられないから。
「なんて、
「あ……っと、フラッシュさん。あのときもですけど、そういうのわかる人にはわかるんでやめた方がいいですよ」
「……そういうの?」
キョトンとした顔で可愛く小首を傾げるが、まぁ騙されはしない。
心を読まれ慣れてるから、相手が何を思って心を読もうとしたのかが大体わかってしまう。
「そんなことしなくても、
今の、そしてあのときのフラッシュは、嘘をつくことによって私の視線が動くかどうかを観察していた。
《真偽判定》や《殺気感知》などの技能はウィンドウがポップすることによってその情報を知ることができる。
これは、裏を返せば、ウィンドウを確認する目の動きを追う事によって対象が感知系スキルを持っているのかがわかるということだ。
だけど、それはさほど重要じゃない。
「嘘つくの、好きじゃないんですよね?」
私の心を読んでるとき、フラッシュさんはずっと怯えていた。自分の嘘が、私を傷つけていないかって。
心を読もうとする人は、そういう傾向がある。空気を読むという行為が、突き詰めれば心を読むことに繋がるからだ。
フラッシュさんの歩みが止まる。そして、
静寂が訪れる。あんなにおしゃべりだったフラッシュさんが、一言も喋らなくなる。
あぁ、やっぱり余計な一言だったかな。
──多分私はお人好しだ。
道端でティッシュを配っている人が居たら無視できないし、お金を拾ったら交番に届けなければ気が済まない。
いじめられている子を助けて、
まあ、だから、今回もそんな私のお人好しが、いや、大きなお世話が発動した結果なんだろう。
嫌われただろうなぁ。嫌だなぁ。
だけど、フラッシュさんの言葉はそれとはかけ離れたものだった。
「…………君いいね!」
「……え?」
返ってきた言葉は、肯定。
「僕の弟子にならない?」
そして、受容。
初めてだ。私の言葉に、少しも傷つかずに言葉を返してくれたのは。
「……保留で」
初めてで、よく分からなくなった。
あと、わらび隊長とフラッシュ師匠はさすがに訳わかんない。ちょっと冷静になった。
「保留ってことはほぼOKだよね! これからよろしくね弟子!」
「えぇ……傲慢が過ぎる……」
ぐいぐい来る……人見知る。
「えーっと、ちなみになんの師匠なんですか?」
「詐欺師!!」
「えぇ……」
やっぱり詐欺師だったのか、って感想が初めに来た。
◇
「ここが五番船ですね」
「まぁ五番目だからねー」
やっと五番船に着いた。
この五番船は船首(列島船団では一番船の先頭を船首と呼んでいる)から一番遠い場所であるが故に、人が少なく閑散としている。
列島船団の構成としては、
灯台や見張り台のある二番船。
住宅街である三番船、四番船。
そして食料や武器などの物資を搭載している五番船だ。
普通の船団がどうなってるのかは知らないけど、列島船団はこうなっている。
「さてさて、ミアズマ君はど、こ、に、い、る、か、いた」
「速っ」
ミアズマ君を探して視線を彷徨わせたフラッシュさん。
ど、こ、に、い、る、のかなーって続くと思ったら見つけたんですが。
「まぁミアズマ君なら見張るよねー。分かる分かる。あ、あっちね」
フラッシュさんが指さす方向に目を向ければ、錆びきって廃墟のようになったアパートの影から、諦めたようにため息を吐きながら姿を表す少年が居た。。
「おい……フラッシュ、あと誰だか知らねぇけど」
その少年はくすんだ灰色のローブを着込み、まるで泥を被ったような小汚い髪を隠すように、これまた乾いた泥まみれのフードを目深に被っている。
「俺に、近づくな」
それは、“泥”の紋章を左手の甲に張り付けた、泥のような少年だった。
To be continued