紅黒詩篇   作:七草青菜

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鬼謀と蓮華 その四

 □【高位催眠術師】こゆき

 

 ピエリスと私が初めて出会ったのは、今から半年前。デンドロ内では、一年半前だ。

 

 そろそろ高校受験だということもあって、デンドロを休止しないといけないなと思っていた私は、最後にデンドロ中で一番綺麗な景色を見たいと思った。

 

 そんなとき、四大船団が<列島船団>に停泊した。

 列島船団は東北海に位置する一年中冬の都市であるため、頻繁に雪が降り、時折海に雪が積もる事もあるらしい。

 海に落ちる雪っていうのがちょっと気になって、それを見てみたくて、列島船団に乗船した。

 

 そこで、ピエリスに出会った。

 

 初めて出会ったとき、ピエリスはいじめられていた。複数の同年代の子供に囲まれて、殴られたり蹴られたり、罵られたりしていた。

 

 曰く、彼女は【生贄】の子だと。だからこいつには何をしてもいいと。そんなことを言われていた。

 

 私は放っておけなかった。まぁあの状況なら誰でも止めるだろうけど。

 子供達を追い払って、ピエリスの方に手を差し伸べた。別に善意では無い。私はお人好しで、助けなかった人の幻覚に後ろ指を刺されたくなかったからだ。

 

 でも、ピエリスはその手を取らなかった。

 

 ピエリスは一言、「なんで止めたの?」と言った。

 

 私が我慢すれば、みんなが喜ぶ、みんなが仲良くなる。だから止めて欲しくなかった。そんなことを言った。

 

 私は彼女が苦手になった。

 

 聞けば、ピエリスには不思議な力があるという。

 自らの体の一部を捧げることによって、願いを叶える。

 【生贄】にしか適性が無かったという自身の才能と、とある流れの魔術師と船団のみんなによる儀式魔法によって、それは成された。

 生贄として生きるしか無かった彼女は、生きる目的と死ぬ為の理由を得た。

 

 その頃から、ピエリスには片目が無かった。

 

 私は、彼女に自分を犠牲にして欲しくなかった。でも、彼女は他の生き方を知らないと言った。

 だから、彼女に人としての生き方を教えてあげた。

 

 衣食住以外の、遊ぶこと、休むこと、もっと楽しいこと。

 彼女の親は早くに亡くなったらしく、一人で暮らすピエリスの為に毎日ログインした。

 彼女がそれをどう思っていたのかは分からない。もしかしたら鬱陶しく思っていたかもしれない。

 

 でも、次第に彼女は私の事をお姉ちゃんと呼んでくれるようになった。

 

 それは嬉しかった。

 

 そんな時、私は受験勉強の為ログインが出来なくなった。

 自分の都合でピエリスに会えなくなった事を申し訳なく思った。所詮私はこの程度の人だった。

 でも、ピエリスは頑張れって言ってくれた。

 

 だから、頑張れた。

 

 そして、受験に受かって、直ぐにログインしたけど、彼女は居なかった。どこにも居なかった。

 

 ──今、彼女は目の前に居る。

 

 ◇

 

 ピエリスの健在だったはずのもう片方の目にも、眼窩が生まれていた。

 わたしが居なかった一年間、彼女がどんな生活を送っていたのかが、それだけで理解できた。

 

「……また使ったの?」

 

 またあの、願いの力を使った。

 一度目は、荒れ狂う吹雪によって列島船団が沈没しそうになるのを治めるために使ったらしい。

 だから二回目も、同じように、みんなの幸せの為に使ったんだろう。

 

「……ごめんねお姉ちゃん。でも、私はみんなに幸せになって欲しいんだ」

「そのみんなには、ちゃんとピエリスも入ってる?」

 

 ピエリスはいつもそうだった。自分のことを犠牲にして、それで他の誰かが幸せなら、私も幸せなんだって。

 そんなわけない。幸せは分け合うものだ。押し付けるものじゃない。諦めるものじゃない。

 

「お姉ちゃん、みんなの幸せのためには、犠牲が必要なんだよ?」

「ピエリスが幸せになってくれないと、私は幸せになれない」

 

 だから、私はピエリスの幸せを否定した。

 少なくとも、私はピエリスが傷ついているのを見ていられない。私は、ピエリスが幸せじゃないと幸せになれない。

 

 だけど、そんな私の想いに、ピエリスはにへ、と笑ってふにゃふにゃの悲しい笑顔を浮かべた。

 

「お姉ちゃんは、私と一緒に不幸になってくれないの?」

 

 ──ああ、そんなの、ずるいよ。

 

 暫く時が過ぎる。

 

 何も言い返せずに、ただただ無言の時間が流れていく。

 私は悔しくて、言葉を探していた。手を握りしめて、爪をくい込ませながら、必死に。

 

 でも、なんにも出てこなかった。ピエリスのこんな顔、初めて見た。

 

 やがて、何も言い出さない私に痺れを切らしたのか、ピエリスの方から口を開いた。

 

「えっとね、今からご飯なんだ。お姉ちゃんと、あとミアズマ君とフラッシュ君も、いっしょに食べよう?」

 

 ピエリスのその優しさに、私は頷くことしか出来なかった。

 

 ◇

 

 ピエリスが料理を始める。

 私は、ちょっと風に当たってくると断って外に出てきた。本当は料理の手伝いをするべきなんだろうけど、そんな余裕も度胸も無かった。

 

 船の手すりに肘を付いて、考えた。

 なんて答えるのが正解だったんだろうって。あの時ピエリスは悲しい顔をしていたけど、それは私がピエリスを否定したことに対しての悲しみだった。

 

 かなりの時間考えていた。でも、いくら考えても答えは出なかった。

 

 ふと、後ろから声がかかる。フラッシュさんだ。

 フラッシュさんとミアズマ君は私とピエリスが話している間外で待っていたらしい。二人きりにしてくれたことに感謝するべきなのかは分からない。

 

「ピエリスちゃんと何話してたのー?」

「……分かってて聞いてますよね?」

 

 人の心を読む化け物から問われる。

 向こうは分かってるくせに言葉として言わされることに無性にイラついた。

 

「いやいや、エスパーじゃないんだから聞いてもないのに分かんないよ。ま、 今ので大体分かったけどねー」

 

 分かってるじゃん、もう。

 

「まぁ、難しいよねー。本人が満足してる現状に、部外者が茶々入れるんだもん。ありがた迷惑でしかないし、それは優しさでは無くてエゴだよねー」

「……ってますよ」

「んー?」

 

 ああ、ちょっと逃げたい。

 

「そんなこと分かってますよ! それでも、エゴでも何でも、私はピエリスに生きて欲しいんです!!」

 

 怒りを表に出すのは久しぶりだ。もしかしたら、フラッシュさんはわざと私から怒りを引き出したのかもしれない。

 

「分かってるじゃん、もう」

「あ……」

 

 言って分かった。私はちゃんと答えを持っていた。

 

「君は、例え自分勝手なありがた迷惑でも、貫き通したいんでしょ? 答え出てるよね?」

「そう、ですね……」

 

 じゃあもう行動に移すだけじゃん。とフラッシュさんが楽しそうに続ける。

 

 エゴでもなんでもいい。私はピエリスに生きて欲しい。それは私の奥底にある本性だった。

 

「でも、私にはそんな力……」

「ひとつだけ聞くよ」

 

 フラッシュさんはニヤニヤとした顔をスっと戻すと、ピッと人差し指を立て、私にひとつ問いかけた。

 

「諦めたい? 諦めたくない?」

 

 そのまま人差し指をメトロノームのように規則正しく揺らす。それは答えを急かしている用だったが、私の答えはもう決まりきっていた。

 

「諦め……たくないです」

 

 フラッシュさんは、またニコリと笑う。さっきとは違い、それは嬉しそうだった。

 

「なら、僕からプレゼントだ。君に可能性を授けよう。小数点の彼方にある、小さな小さな可能性だ」

 

 バッと振り向いたフラッシュは、後ろで腕を組んで壁に背中を預けていたミアズマ君を見据える。

 

「ミアズマくん! 僕と勝負(・・)しよう!!」

 

 そして、とんでもないことを言い放った。

 

 その言葉には、ミアズマ君を驚いたように目を開いていた。わたしも驚いていた。

 

「君どうせ助けたはいいけどピエリスちゃんがそれを望むならやっぱり返すべきだとか思っちゃうでしょ! そんな君の考えをへし曲げてあげるよ!」

 

 だが、そんな私達に構うことなくフラッシュさんは続ける。

 

「ルールは簡単! どちらかが負けるか、もしくは死ぬまで(・・・・)戦って、勝った方が言うことを聞く! どう!?」

 

 その言葉に、私とミアズマ君は再度驚く。

 死ぬまでって、フラッシュさんはティアンじゃん。死んだら生き返らない。

 

 それに、ミアズマ君はフラッシュさんに少なからず恨みを持っているはず。殺そうとしてもおかしくない。むしろフラッシュさんがそれを言ったってことは、ミアズマ君がそう思うのを恐らく想定してのこと。

 

 だけど、ミアズマ君に協力を仰ぐならミアズマ君は五体満足、最低でも生きてなくちゃいけない。

 

 この勝負はフラッシュさんに相当不利だ。

 

「……正気か? お前と俺が戦って勝てるわけねぇし、仮に勝ったとしても殺したら意味ねぇんだぞ?」

「いいさ! リターンにはそれ相応のリスクが必要だからね!!」

 

 普通逆では……それさっきも言ってたな。好きなんだろうか。

 

「じゃあやるって事でいい?」

「……ああ、そうだな。どうせお前は既に俺がやるしかない状況まで追い詰めてるんだろう?」

「してないよ! 今回はね! でももう言ったから辞めるとか言ったら君の負けだよ!」

「こいつ……」

 

 ほら【契約書】に書いて、とフラッシュさんに急かされ、しかし【契約書】をしっかりチェックし、納得したミアズマ君がそれに署名する。

 

「ふはは! それでは心を鬼にして僕が相手してあげよう!」

 

 そして、ミアズマ君が署名を終えた瞬間にフラッシュさんが何かを投擲した。

 ……え、もう始まってるの? 早くない? ずるくない?

 

 あまりにも突拍子のない行動だったため、ミアズマ君は対応に遅れてその何かに当たってしまう。一応手では庇ったようだけど、間に合わなかったらしい。

 

「はい、僕の勝ちっ」

 

 ……え?

 

 勝利宣言を行ったのは、フラッシュさん。

 

 意味のわからないことを言い出した彼の方に顔を向けると、フラッシュさんの手は、ピース。つまり、チョキの形をしていた。

 

「君がパーで、僕がチョキね! いえーいぴーすぴーす!」

 

 ニッと笑ったフラッシュは、その名の通り、輝いていた。

 

「は、はぁ?」

 

 だけど、当然ミアズマ君は納得しない。ていうか私もあんまり納得できないんだけど。フラッシュさんの味方ではあるんだけど、なんか腑に落ちない。

 

「ん? じゃんけんだよ。わらびちゃんに教えて貰ったんだ!」

「それがなんだよ? どっちかが死ぬまでだろ!?」

「え、いやいや、どっちかが死ぬか、負けるまでだって」

 

 死ぬとか怖いこと言わないでよ、とフラッシュさんが続ける。

 

 ミアズマ君の方を向けば、パー(・・)の手で庇った顔以外の箇所には、色の着いた液体を被っていた。

 

 あれは……【回復ポーション】?

 

「ちなみに他にもかくれんぼでも負け、あと回復アイテム使ったので決闘ルールでも反則です!」

 

 ……あー、こころを鬼にしてとか言ってたなぁ。でも対面開始でかくれんぼはずるくない?

 

 いや、回復アイテム使ったのは投げたフラッシュさんの方では? この場でそれを言い返せるのは冷静に俯瞰している私だけだけど私はフラッシュさん側だからなぁ。

 

 ……ほんとずるいなぁ。

 

「おま、ほんとお前さぁ、いや、ほんとさぁ」

「わーい勝ったー! 勝ち勝ちー!!」

 

 ミアズマ君が納得出来ないように頭を掻きむしっているが、フラッシュさんはそんなこと構わずに喜びの声を上げていた。

 

「じゃ、ご飯食べよー。ピエリスちゃんが待ってるぜ?」

 

 そして、ひとしきり喜んだ後、しれっとそんなことを言ってのけるのだった。

 

 

 

 To be continued

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