□【高位催眠術師】こゆき
家の中に戻ると、ピエリスはすでにテーブルに料理を乗せて待っていた。
私達がドアを開ける音に反応してピエリスがこちらを向く。その目元には取り替えたのであろう【薬効包帯】が巻かれており、ピエリス本人は特に気にもしていないようだった。
「あ、おそいよーみんな」
「ごめんねピエリスちゃん! ミアズマくんがどうしてもかくれんぼしたいって言うから!」
「は? お前冗談は名前だけにしとけよピカピカ野郎」
「酷いっ!」
フラッシュさんとミアズマくんはまた言い争いをしている。
なるほど、これがフラッシュさんとミアズマくんのデフォなのね。
こんな感じのやりとりを恐らく出会った時からずっと繰り返している……フラッシュさんは懲りないしミアズマくんは不憫だ。
「ほら、座って座って」
「はーい」
夕食は簡素なスープとパン、あと魚だった。まぁこんな所に逃げてて食事が人数分あるだけ十分か。そうでなくても、ピエリスは食に無頓着で、ほっとくと餓死しそうな子だし。
でも、私がいなかった一年で、ピエリスも変わったらしい。
両目が無くなって間もないんだろう、まだ少し覚束無い様子でスプーンを動かすピエリス。
だけど、一年前とは違って、美味しそうにご飯を食べてる。
楽しそうだ。とても。
私が居なくても、一年の間にピエリスはちゃんと成長していた。生きていた。
私なんて、きっといなくても良かったんじゃないかな。
お人好しっていうのはつまり、なんでも人のせいにするってこと。誰かが言ったから、それに従う。誰かの思いに答えて、誰かの願いを受け止める。そんな自分勝手極まりない思考回路こそ、お人好しの本質だ。
ピエリスは自己犠牲だけど、私はただの自己献身。そんな私が、ピエリスを救う、否定する権利が本当にあるのかなぁ。
「──そんな事ないよ」
ピエリスが呟いた。その顔はこちらを向いており、目はもうないのに、包帯で遮られているのに、何故かこちらを見透かされているような気がした。
「私は、お姉ちゃんがいたから、これが楽しいって分かってるんだよ? お姉ちゃんは私に教えてくれた。私も、幸せになっていいんだって。だから私楽しいんだ」
ああ、また心読まれちゃったな。
「でもごめんね。私、やっぱりみんなの力になりたいんだ」
それでも、ピエリスは不幸になろうとしている。自分を蔑ろにしてまで、船団のみんなを救いたいと言ってる。
だから、私も覚悟を決めた。
自分が不幸になってでも、ピエリスに幸せになって欲しい。その覚悟を。
「そっか……じゃあ、ピエリス、私は貴方を助けない。私も、貴方といっしょに不幸になるよ」
「……ふふ、ありがと。大好きだよ、お姉ちゃん」
そんな言葉、聞きたくなかったな。
それ以降、テーブルの上の皿が空になるまで、私たちの会話は途絶えた。
私は嘘をついた。
やっぱり、お人好しでも、ありがた迷惑でも、あの笑顔だけは、ピエリスが幸せそうにしている、あの笑顔だけは守りたい。
そう思った。
◇
「じゃあ、作戦を聞こうか」
夜が深まり、ピエリスが眠りに着いた段階で私とフラッシュさんとミアズマくんの三人はピエリスが起きないように慎重に家を抜け出し、さっき二人が勝負した広場までやってきた。
そこで、開口一番にフラッシュさんは私に作戦を問うた。
「え?」
私? 私がこの豪華メンバー率いるリーダーになるの? むりむりかたつむりでは?
「いや、協力はするけど本人、というか本命は君だぜ? 僕達は君の指示に従うよ」
あー、そういう感じなんですね。自主性を重んじる的な。
いや、でもまぁ人任せは良くないよね。私がピエリスを助けたいんだから、私が頑張らないと。
「……それなら、まずは情報からです。知ってること全部話してください」
「んー、正解。やっぱり見込みあるよ君」
不正解があるのか。俄然怖くなって来た。くじけるな私。がんばれ。
「じゃあ、僕の知ってる情報を教えてあげるよ。さっき聞き込みしたから仕入れたてホヤホヤだよ!」
それさっきの船探しに行ったときに聞いたんじゃ……いつからどこまで知ってたんだこの人。詐欺師極まりないなぁ。
そうして、フラッシュさんから聞いた情報をまとめると、以下のようになった。
まず、ウミガミ様とはモンスターだ。
この列島船団に現れたモンスターによって、他のモンスターは退けられ、この船団が壊滅に追いやられるようなことも無かった。
そして周囲の海にはマングローブの様な樹木が船団を囲む様に生え、そこからは塩味と甘味のある実がなるようになったという。
沈没と飢え、その二つの驚異から船団を守護し、対価として生贄を要求した、尖った口を持つ巨大な魚のモンスター。
【樹海擲魚 ワダミダツ】。それがこの<UBM>の名前である。
と、ここで私に一つの疑問が浮かぶ。
「でも、それなら私とわらびちゃんを襲おうとしたあの魚はなんでここまでこれたんだろう?」
あの巨大な魚のモンスターと、今の【ワダミダツ】は特徴が一致しないから別個体だろう。
それなら、【ワダミダツ】はモンスターを退け漏らしたわけだけど、それはどうなんだろう。別に契約した訳でもないから知らないって感じかな?
「いや、あれはきっと恵みだね」
「恵み?」
「そそ、【ワダミダツ】があえてモンスターを通して、船団に食料を提供してたんだよ」
あぁ、確かに実だけじゃ飢えを凌げないだろうし、タンパク質は必要だろう。そもそも今日ピエリスが出してくれた食事にも魚はあった。
「あれぐらいなら船団の火力で十分討伐できるだろうしね」
あ、そうなんだ……つまり退けない方が良かった……? ま、まぁあの辺人も居なかったし、放っておいたら船上荒らされてただろうし、うん。
「で、どうなの? どうにかできそう?」
「【ワダミダツ】……命名法則と能力傾向から、もとのモンスターは天地の【ダツ】です」
【ダツ】は知ってる。私も何度か抗戦したことがある。大群で襲ってきて、尖った口を武器にまるで
でも、今回の【ワダミダツ】は仲間を引き連れてる訳では無いらしい。
「それなら、状態異常さえ通ればなんとか……」
私の<エンブリオ>のスキル、《ホーム・インスティンクト》は、その名の通り、相手が生まれた地、つまり故郷へと帰りたくなるという【帰巣】の状態異常を付与するという効果を持つ。
これは、ティアン、モンスターに対しては滅多に効果を発揮しない。まぁ旅人とかくらい? 生息地から離れるモンスターとかほぼいないし。
むしろ、このスキルは<マスター>と対峙する時にこそその本領を発揮する。
<マスター>が【帰巣】の状態異常にかかると、戦闘中である状況下でもログアウト出来るようになり、強制ログアウトをしてしまうのだ。
まぁ、もう一回ログインしたら【帰巣】は解除されるんだけど、三倍時間を売りにするデンドロで一度ログアウトして再びログインするというのは存外時間を取られる。
まあでも、今回はモンスターに対して使用する。
このグランバロアにいる【ワダミダツ】というモンスターを、故郷である天地に送り返すのだ。
だが、それには耐性という壁が付いてくる。<UBM>ともなれば当然ENDも相当高いだろうし、いくらその他に分類される状態異常だとしても、圧倒的なENDの前では意味をなさない。
特殊な状態異常は耐性スキルが無い代わりにその効果を引き上げるスキルもないからなぁ。
ままならないよね。
「ん、状態異常を通すならミアズマくんの出番だね! ほら、話してあげなさい」
「うっざ」
肩に置かれた手を煩わしそうに振り払い、ミアズマくんが続ける。
「……えー、《蓮の胞子》ってスキルがある。それは対象に、【感染】っていう状態異常にかかりやすくなる状態異常をかけるスキルだ。それ使えば<UBM>だろうと状態異常は通る」
なるほど……強いや。
そして、それを使えば
「ちなみに、ミアズマくんが倒せたりはしないんですか?」
「……んー、無理ではないが、やらない方がいいだろ」
やらない方がいい? どういうことだろう?
私のその疑問には、フラッシュさんが答えた。
「まぁ、考えてみなよ。このまま【ワダミダツ】を討伐しちゃったら、どうなると思う?」
「そりゃあ……列島船団は再び危機的状況にはなりますけど、それでもピエリスを生贄にするのは……」
それを遮るのは、これまたフラッシュさんだ。この人凄い遮るなぁ。
「んー、違う違う、【ワダミダツ】をそのままにしておくって訳じゃない。でも、生かしておくことによって開けてくる、復興への道もあるんだぜ?」
……<UBM>を生かしておくことによる、復興への道? なんだろう、分からない。
「どうせなら、利用しようよ……有効にね」
そう言うと、フラッシュさんは不敵な笑みを浮かべるのだった。
To be continued