紅黒詩篇   作:七草青菜

7 / 8
鬼謀と蓮華 その六

 □【高位催眠術師】こゆき

 

 一度食事やトイレ、仮眠の為にログアウトし、現在時刻深夜、デンドロ時間では朝だ。

 

 再びこの地に集まった私たち。私、フラッシュさん、ミアズマくんの三人は最後の打ち合わせを行っていた。

 

「君たちは居なかったけど、ピエリスちゃんは先に行っちゃったよ」

 

 ピエリスはもう行っちゃったのか……あまり時間が無い。早く行動しよう。

 

「昨日の食事が最後にならないように、頑張ろうぜ?」

「はい!」

 

 と、ここでふと気づいたことがあった。

 

「あれ、そういえばわらびちゃんは?」

 

 思い返してみれば、昨日村を見てくると言って三号船に向かってからの情報がない。あの子は一体何をしてるのだろうか。

 

「あー、多分向こうの世界の方で寝てるんじゃないかな?」

 

 そうか。わらびちゃんはまだ子供だし、夜はそりゃあ寝るよね。それを言うならミアズマくんもなんだけど、まぁミアズマくんはなんか夜更かししそう。そんな気がする。

 

「それじゃあ行きましょう、手筈通りに」

「おう」

「あいあーい」

 

 そうして、フラッシュさんは真っ直ぐ一番船に、わたしとミアズマくんは回り込むようにして隠れながら、一番船の船首付近、あのウミガミ様が生贄を受け取るであろう場所へと向かおうとする。

 

「あ、フラッシュさん」

「なーに?」

「私、貴方の弟子になります」

「ん、じゃあ今日から僕のことは師匠と呼びなさい」

 

 ◇

 

 □【生贄】ピエリス

 

 私の生まれた地、列島船団の一番船、その船首に私は今立っている。

 普段はこんな場所絶対に来れないし、そんな場所に二度も来れた私はラッキーなのかも知れない。そう考えると、なんだか気持ちが楽になった。

 

 ふと、昨日の出来事、私の最後の幸せを思い出す。

 

「お姉ちゃん、ごめんね……」

 

 別れの挨拶なんてしちゃうと、きっと少し寂しくなっちゃう。

 

 だから、黙って行っちゃった。

 

 船団のみんなは、私が居なくなって凄く焦ってたけど、私が戻ってきたから安心した。幸せになった。

 嬉しいな。

 

 もうすぐ、私は食べられちゃうけど、それでみんなはもっと幸せになってくれるかな?

 

 私は……私はずっと幸せだったから。

 

 こゆきお姉ちゃんと出会ってから、私は幸せを知った。

 みんなの幸せじゃなくて、自分が幸せになること。

 ご飯は美味しい、遊ぶのは楽しい。

 そんな、みんなにとって当たり前の幸せを教えてくれたのが、こゆきお姉ちゃんだった。

 

 お姉ちゃんと一緒に過ごした半年間は、私にとって本当に幸せだった。

 

 だから、みんなにもおすそ分け。全員におすそ分けしたら、私の分が無くなっちゃうけど、それでもいいんだ。

 私は誰かの幸せを叶えるために生まれたから。

 

「ピエリス……すまない」

「謝らないで、私は平気だよ?」

 

 (おさ)さんが、都市のみんなを代表してこちらに寄ってくる。

 

 謝らないで欲しいな。私は大丈夫だから。

 みんなが悲しむと、私が不幸になる意味がないよ。

 

「だから、みんなとは笑顔でお別れしたいな」

「ああ……ありがとう、ピエリス」

 

 そう、みんなもっと笑って。泣かないで。

 

 私も悲しくなっちゃうよ。

 

 寂しくなっちゃうよ。

 

 そうして、ウミガミ様がやってきた。

 

 ウミガミ様は少し怒ってるのかな? 私が昨日連れ去られちゃって、食べるのが一日遅れちゃったから、怒ってるのかも知れない。

 

 ごめんなさい。

 

 いまから行くから。

 

 私が、貴方への生贄になります。

 

 そうして、私はみんなに見守られながら、希望への一歩を──

 

「ちょぉぉっとまったぁぁぁ!!」

 

 鬼謀(フラッシュさん)が遮った。

 

 でも、もう止まれない。

 踏み出そうとする足を置く先は、もう無いから。

 

 重心が偏り、私は海に落ちる。

 

 下には、ウミガミ様の尖った口があり、それに向かって真っ直ぐ落ちていく。

 

 ああ、これでみんな幸せになる。

 

 お姉ちゃん、ごめんなさい。私と一緒に、不幸にしちゃって、ごめんなさい……。

 

 あ。

 

「ピエリスぅ!!!」

 

 何かがものすごいスピードで飛んできた。

 

 いや、分かる。お姉ちゃんだ。

 

 お姉ちゃんが来た。

 

「うわぁぁぁちょっとこれ制御出来ないぃぃぃ!!」

 

 そのままものすごい勢いで私にぶつかると、ウミガミ様へ向かっていた私の身体は落下角度を変え、お姉ちゃんと一緒に辺りの海に叩きつけられた。

 

 痛い。

 

 しばらく海中で藻掻くが、あまりにもお姉ちゃんがギュッと抱きしめるものだから、次第に力が抜けていき、そして私達二人は海に浮き上がった。

 

「はぁ、はぁ、あー苦し」

 

 お姉ちゃんは苦しそうに咳き込み、海水を吐き出していた。

 私には、理解が追いつかなかった。

 だって、お姉ちゃんは私を助けないって。もう放っておいてくれるって、言ったのに。

 

「なんで……助けたの……?」

「……お姉ちゃん詐欺師だから、嘘ついたんだ。ごめんね」

 

 嘘をついた。

 お姉ちゃんが、私に?

 だめだ、理解が追いつかない。

 

 あ、ウミガミ様は……え。

 

 ウミガミ様と対峙しているのは、ミアズマだった。私の願いを聞き入れてくれたはずのミアズマも、私を助けようとしている。

 

「《樹海侵食(JURAAA)》、《深樹投擲《JURAAAAA》》!!」

「はっ、《不浄の蓮》──【炭化】、【溶解毒】、【凍結】、【石化】、【崩壊】」

 

 ミアズマは、ウミガミ様が放つ大量の巨大な樹の棘による投擲、その全てを空中を飛びながら軽々と避け、それに触れることで全てを無効化していく。

 

 ミアズマってこんなに強かったんだ。

 

 でもどうしよう、だめだよ、そんなことしたら、ウミガミ様が怒っちゃう。もうこの都市を守ってくれなくなっちゃう。

 止めないと、みんなが不幸になっちゃう。

 

 だったらもう──

 

「──《ホーム・インスティンクト》」

 

 ……あ、れ?

 

 願いが、叶わない。いや、願えない?

 

「ピエリスを、遠く(・・)には行かせない。ずっとここにいて。絶対に離れないで」

 

 いつの間にかウミガミ様の近くまで、ミアズマが急接近していた。

 

「《蓮の胞子》。おら、やってこい」

 

 ウミガミ様を足蹴にしてスキルを使用し、その勢いのままこちらへと一瞬にして飛んできたミアズマは、私を抱き抱えると、こゆきお姉ちゃんをウミガミ様の方までぶん投げた。

 

「うぁぁぁ!! 《ホーム・インスティンクト》!!」

 

 ああ、ウミガミ様が──

 

 そこで、私の意識は途絶えた。

 

 ……お姉ちゃんの、バカ。

 

 ◇

 

 □<列島船団>・一番船船首

 

 長を初めとした列島船団の者達は、二度に渡る儀式の妨害にどよめき、どころか急に踵を返し、列島船団を後にしたウミガミ様の姿に酷く動揺した。

 理解が追いつかない彼らは、それを問い詰めるためにも、止めに入った張本人である少年風の男、フラッシュに向き直った。

 

「あー間に合わなかったかー。いや、僕が間に合ったらダメだからいんだけど。こゆきちゃんなら上手くやるでしょうきっと」

 

 なにやら独り言を呟くフラッシュに、長が声をかける。

 

「……これは、どういうことですかな?」

 

 しかし、そんな長の言葉は聞き入れずに、フラッシュは自分勝手に語り出す。

 

「いやーこれ言いたかったんだけどさー、なんで一人の少女を犠牲にこの都市全体の問題解決しようとしてるの? 恥ずかしくないの? そんなんでその後の人生が完璧に幸福であると言えるの?」

 

 それは船団の者達の思いや、ピエリスの決意、多数を救うために一人を犠牲にすることを決断した長の苦悩、それら一切を全て無視した、独りよがりの暴言だった。

 そして、そんな心無い言葉だからこそ、長は耳を傾けざるを得なかった。

 

「それは……ですが、これ以外に列島船団を存続させる道はないのです!」

「それが意味わからんって言ってんだけどー?」

 

 しかし、フラッシュは取り合わない。

 詐欺師をやるにおいて最も大切なのは、相手のペースに巻き込まれず、自分のテンポを維持し続けることだ。

 フラッシュはそれが得意だった。

 

「君たちの船団の近くにお誂え向きの貿易相手がいるじゃん。天地っていうさ」

「それは、そんなの無理です……あの国の恐ろしさを、貴方は知らないのだ」

「知ってるよ。行ったことあるし、渡り合ったこともある。その上で言うんだけど」

 

 ここでフラッシュは、一つ瞬きを行い、

 

「何甘えてんの?」

 

 開いた目は、怒りに燃え、より一層赤く染まっていた。

 

「甘えてる……?」

「そうだよ、甘えっぱなしだ。君たちはピエリスちゃんに甘えてる。あの小さな肩に、全てを背負わせている」

 

 船団の生贄となる少女、生贄となることが運命付けられていた少女。

 彼女を生贄としたのも、また長を初めとした列島船団の者達だ。

 

 ピエリスが幼い頃、彼女の命はじきに途絶えようとしていた。

 それを、流れの魔法使いとの儀式魔法によって生き長らえさせ、その代償として、彼女は願いを叶える呪いを授かった。

 

 彼女は自己犠牲が好きだった。

 

 そんな彼女につけ込んでいないといえば、嘘になる。

 でも仕方が無かった。

 彼女なしでは、列島船団の存続は不可能だった。

 

「何も知らないくせに──」

「ああ、僕は知らないよ。聞いてないし、聞きたくもない。でも、君たちは初めから無理と諦めたんだ。道はそこにあるのに、塞いだのは君たちだぜ? 馬鹿だよ。馬鹿にしないでくれよ」

 

 そんな事言われても、他にどんな道があったのか。

 天地との貿易? 馬鹿を言わないで欲しい。不可能だ。天地の修羅にこの地を占領されて終わりだ。

 

 <UBM>を討伐すれば都市全体の戦力も上がるだろう? それこそ無理だ。それを行う為の、自力がない。

 

「いや、それならピエリスちゃんの力を使って<UBM>討伐に挑む方がまだ良かったよ。犠牲を作るなら、次に繋げなよ。ピエリスちゃんが死んだ後、君たちは次に誰を犠牲にするんだよ」

 

 それは、長が最も懸念していた事だった。

 もちろん、生贄は一人、とはいかないだろう。

 

 次の生贄を用意しないといけないだろう。

 

 しかし、少数を切り捨てないと、列島船団は存続を許されない。

 そこまで、堕ちてしまったのだ。

 

 他に道は無いのだ。

 

 長は、船団のみんなは視野が狭くなっていた。

 

 フラッシュが再度瞬きを行う。

 

「だけど、僕は許すよ!」

 

 かと思えば、先程までの怒りをすっと抑え、許す、という酷く上からの言葉を放った。

 

「みんな生きてるからね! 生きてると視野が狭くなるんだ。物事を俯瞰して見れなくなる。そこに道があることだって、分からなかったのなら仕方ない」

 

 ここより東南の方角、ウミガミ様の向かった先、天地の方向をフラッシュが指さす。指し示す。

 

「だから、切り開いてあげる」

 

 呆然とする船団の者達、そして長に、もう一度、フラッシュは言った。

 

「繋げてやるよ。それが僕の仕事だ」

 

 そして、物語は次に繋がる。

 

 

 

 To be continued

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。