大変遅くなりました。ごめんなさい。
そして今回はかなり長丁場です。しかも、会話回ですのでしんどいかもしれません。
休憩をはさみながら、読んで頂ければと思います。
原作の事実とはあんまり離れたくないのですが、間違っているところが出てくるかもしれませんが、ご容赦下さい。原作で出てこないところは、バリバリ創作にしたいんですけど・・・。
では、どうぞ。
火の国暦60年8月28日 深夜
???
ふしみイナリ
「さぁ、説明してもいいかしら?」
彼女は、白く輝く尾を揺らめかせながらそう言った。美しく、響くようなその声にも関わらず、何の感情も感じさせない言葉だ。そして、その言葉は僕の身体の隅々へと浸透していく。ゆっくりと、まるで遅効性の毒に侵されるかのように。
美しく、白く輝く毛並みを持ち、血を零したような赤い瞳に、凛とした佇まいを見せる“彼女”は“お稲荷様”だ。木ノ葉に古くから信仰される神であり、人々の生活に関わりを見せる。その為、木ノ葉では”お稲荷さん“という愛称で呼ばれていた。
しかし、それは本当の彼女の正体ではない。いや、本質が違うと言う方が理解しやすいのかもしれないけれど。
「あなたに・・・聞かないと言う選択肢はないのだけど。返事をしないと言う事は、肯定を意味するのかしら?」
感情を見せていなかった言葉に、少しばかりの怒気を含ませた。ゆらりと揺れる白い尾も、心なしか動きに鋭さが目立つ。
「い、いや・・・それは。」
僕は、彼女から溢れ出すような雰囲気に押されていた。重く圧し掛かる様な濃さを持ち、それでいて言葉の一つ一つに鋭い刃が隠れているように思えて仕方がなかったのだ。
彼女は目を瞑り、一つ大きく息を吐いた。それは溜息とは言い難い。まるで一つの音楽を奏でたかのような錯覚を齎した。美しく細く、長く吐いた息を止めると、彼女は目を開いた。片方の前足をゆっくりと上げ、素早く地面へと叩き付ける。足が地面へと付いた時、鈴のような音が辺りに響いた。同心円状に広がる波紋のように。それと同時に、その下した足を中心に、青白い炎が勢いよく燃え広がったのだ。
「うわっ!」
幾度となく見た事があるにも関わらず、僕は驚いた。そして、恐怖に心を奪われた。
「あ、あああ、ああああっ!」
その青白い炎は僕の身体を瞬く間に包み、視界を青白く彩った。それだけなら、こんなにも情けない声は出さない。ではなぜか・・・その炎が熱を持っていたからだ。実際の炎ほどではない。しかし、僕の気持ちを惑わせるには十分な程の熱を持っていた。
「あぁ、そんな・・どうしてっ!」
この炎は熱を持っていない筈なのに、どうして。僕の知る炎ではないのか。それに、何故彼女は僕を攻撃しているのか。そんな思いが心に浮かぶ。熱さと驚きでまともな考えさえも出来なかった。
「ふふ、ふふふふふっ・・」
低く抑えたような笑い声が聞こえた。彼女が笑いを堪えているのだ。何が可笑しいのか、僕にはそれを考える余裕すらない。
熱さでどうにかなってしまいそうだと、もうダメだと感じた刹那、彼女は再び足を振り上げてから地面を叩き付けた。それと同時に僕を包んでいた炎から熱が消えた。
「は、はぁはぁ・・・はぁはぁ、は・・」
呼吸は乱れ、力なく地面に膝を付いた。両手をも地面につけ、身体を支える。体中から汗が吹き出し、顔から滴る汗が地面を黒く濡らした。それでもなお、視界は青白い炎が揺らめいている。
「どうかしら・・気分は?死ぬほどではないけれど、熱かったでしょう。」
そう言って、もう一度笑う。彼女は僕が答える様子がないのを見てとると、何事もなかったかのように続けた。
「あなたが悪いのだから、しょうがないわよね。言ったと思うけれど・・・“事象”を見ずに“思い”に囚われてしまうのが人間の悪い癖だと・・・。“思い”を捨てなさい。私がこれから説明する事は全て、“事象”なのだから。・・・わかる?」
「はぁはぁ・・・んぐっ、はぁはぁ・・・・“思い”を捨てる・・?」
僕は息を飲みこみ、何とか疑問を口にした。
「そう。何も考えずに、全てを受け入れなさい。良心、好奇心や探究心、そして悪意、憎悪、悔恨を捨てて、“事象”だけを見る。そうしなければ、今から話す内容の本質を理解出来はしない。」
彼女の言葉は難しい。しかし、何故かその言葉に“そうかもしれない”という思いにさせる何かがあった。それは、子供の頃から慣れ親しんだ”お稲荷様“だからなのか、それとも、人々の信仰を集める”神“という存在故なのか分からないが。
「・・・はい。」
僕はそう答えた。いや、答えるしかなかった。僕は、この状況を何も理解出来てはいないし、彼女の言葉に反抗する術も知らない。さらには、ほんの少し前に僕を苦しめた青白い炎がまだ、僕とその周りを包んでいる。それらの状況は、僕に・・クナイを喉元に突き付けられ、生死の選択権を相手に委ねている・・そんな錯覚を起こさせたのだ。
僕の答えを聞いた彼女は、微笑むようにして眼を細くする。その僅かな隙間から見える彼女の眼は、赤黒く鈍い光を見せた。彼女は一度、自分自身の前足で顔を撫でた後、ゆっくりと話し始めた。
「何から話せばいいかしら・・・。そうね、あなた・・猿飛ヒルゼンから聞いた話をどこまで信じているの?」
片眉を上げて、そう言った。
「え・・・信じてはいるというか。そうだろうなって気はしてました。でも・・・どこか納得のいかないというか、まだ何かが隠されているというか、本質が違うのかも・・という感じはあった、と思う。」
「思う・・・?自分の事なのに、ずいぶんと能天気なのね。まぁ、でも・・感じ方としては間違いではないわ。彼の言葉は信じてもいい。でも、彼が知っている事は全てではない。それを踏まえていないと、この事象の本質は見えてこない。つまり、猿飛ヒルゼンがあなたに話した内容は、ある特定を覆う一部の質であり、それ単体では“氷山の一角”すら見えてこないの。」
「質・・・?」
僕は、彼女の言葉を理解しようと必死に耳を傾ける。状況はどうであれ、自分自身に抜け落ちたピースが手に入るかもしれないのだ。
母が、父が死んだ後、僕は何者でものなかったのかもしれない。自分が存在する理由が分からなかったのだから。皆といる時、戦場で命を懸けている時ですら、何か心に隙間を感じていた。だからこそ、知っている人間がいなくなってしまう事にあれほどの恐怖を感じていたのかもしれない。心にある隙間がもっともっと広がって、その空虚なモノが僕を支配してしまうように思えたのだ。そんな僕の思いを一寸も気にしないように、彼女は淡々と話を続ける。
「言ったでしょう・・?すべては繋がっている。大小含めて数えきれない事象を巻き込んで繋がっていると。それらは一つ一つの質を持って構成され、繋がれたすべての事象が集まり、正しく形成された時に、それは“本質”と言う名の“真実”に成るのよ。」
彼女はそう言った後、少しばかり沈黙の時間を持った。僕が何かを考え込んでいるのを見ているようだった。それを瞳に映す彼女の眼は、どこか“母親”のような慈愛を持っているかに見えた。しかし、彼女はその感情を一度の瞬きで消し去った。そして、一つ溜息を付いて、考え込んでいる僕に話しかけた。
「・・・具体的な内容を話す。今言った事を頭の片隅にでも置いて、しっかりと聞きなさい。いい?」
僕は、その彼女の問いかけに首を縦に振る事で答えた。それを見た彼女は一度、白い尾をゆらりと揺らした。
「まず・・・貴方達が良く知る“九尾”は、私の“眷属”なの。私の力を分け与えた“使者”に過ぎない。もっと言えば、あなたはまだ知らないでしょうけど、尾獣を全て集めた集合体がいる・・それは“私達”が創生し、この世界に降ろした。それ故に、私と契約を交わした貴方達“ふしみ一族”は九尾と“縁”を持っている。」
「九尾が・・・眷属?」
感情のない声で、彼女は信じられないような事を口にした。僕にとってその言葉は、一度に飲み込む事が出来ない程だった。
九尾とは“天災”だ。避けたくとも避けられないモノ、対抗する手段は限りなく少なく、ただただ受け入れる事しか出来ないモノ、つまり、人智の及ばない災厄そのものだと理解されてきた。それが、彼女の“使い”だと言うのだろうか。
「そう、眷属。元々は一つの塊であったものが九つに分かれ、私の力を宿した部分を持つもの“だった”。」
彼女はその声に、苦々しいと言える感情を含めた。
「だった・・・?」
「ええ。全ては“あの女”がこの世界に来なければ・・・このような事には、なりはしなかった。本当に、忌々しい。」
彼女を怒気が包み、周りに漂っていた炎もそれに合わせるかのように激しく燃え上がった。僕は燃える炎を避けるように手を顔の前に向ける。熱くはない。しかし、彼女の怒気を体現するそれは、多くの負の感情を含んでいた。
「お、お稲荷様・・・?」
僕は咄嗟にそう呟いた。それが彼女に届いたのか分からないが、彼女は一度大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。それに呼応するように炎もまた、その勢いを収め、ゆらりと漂い始めた。
「ごめんなさい。少し気が立ちました。」
「いえ・・・。」
「ああ、話の続きでしたね。先ほどの話はあなたに話せる内容は少ないですが、要約すると、私達の世界に”異物“が入り込み、その世界は私達の手から離れた。唯一、講じる事が出来た対抗策でさえも、その異物である“女”に、そしてその女の“子”によって阻まれてしまった。結果として、私達はこの世界での力の大半を喪失した。」
眼を閉じ、その湧き上がる感情を抑えるかのように話す。それでも、声に感情を含める事なく話を続けた。
「故に、九尾は私の“眷属”でありながらも私の力が及ぶ事はない。今はただ、“縁”のみが残っている。ここまでは理解できたかしら?」
彼女はそう言って閉じていた眼を開いた。
「はい、全部とは言い難いですけど・・・九尾がお稲荷様の眷属故に、お稲荷様と契約したふしみ一族は九尾と“縁”を持つと言う事は理解できました。でも、その・・・世界の事とか、異物の“女”というのはちょっと・・・」
正直に、そう答えた。
「まぁ、その話は考える必要ありません。それは“こちら側”の話です。あなた達人間が立ち入る事は許されない。それよりも、あなたが気にするべきは“九尾との縁”です。“縁”とは、ただそれとの関係を指す言葉ではないの。“縁”は“力”の通じる事を意味します。力の強弱ではなく、干渉するというレベルの話。相手を押しのけるようなモノでもなく、浸透し、溶け合うようなモノをイメージなさい。それが、“縁”と言うモノよ。そして、その“縁”を持つふしみ一族は当然に、九尾封印式事件へと関わる事となる。」
「・・・」
彼女の言葉が、緊張を帯びたような色を含んだ。それが、僕の心に何かを芽吹かせた。確信めいた何かと、薄ら黒い気持ちだ。
「九尾封印式事件・・・あなたは、それをどのくらい知っているの?」
彼女は、ふいに僕に疑問を投げかけた。僕は自分自身の感情の渦を何とか抜け出し、彼女の問いに少しばかり遅れて答える。
「・・・いえ、何も知りません。」
僕の遅れた答えに、少しばかり首を傾ける。しかし、特に何も言わずに話を続けた。
「そう・・・九尾封印式事件というのは、“九尾の封印”とその行為による“事件”という二つの事象に分ける事ができるの。尾獣である九尾を持つ木ノ葉は、次代の人柱力を得る為に封印式を行った。そして、里内での権力闘争・・・いいえ、抗争と言えるモノが事件を引き起こし、問題をより深刻にさせた。」
「・・闘争、ですか?」
「いいえ、抗争よ。意味は似たようなものだけれど、どちらかと言えば、汚い、醜い張り合いを意味する時に“抗争”という言葉を使う。闘争は、ある意味で正義的、意義的または理性的な感情、思想を含む時に使われる。・・・つまり、木ノ葉に存在した有力者、あるいは強い発言権を持つ一族が、九尾の封印式という里にとって大きな意味を持つ事象の時でさえ、自分自身の、または自分の一族の利権を最優先に考えていた。」
彼女はそこで一度、話を止めた。白い尾をゆらりとはたき、僕の様子を窺っていた。しかし、僕が何も反応を示さないのを見て取ると、一つ溜息を付いてから再び話し始める。
「前時代、勢力という勢力がお互いに争い、消滅と統合、吸収を繰り返した。それは木ノ葉隠れとて例外ではなく、多くの勢力を吸収し、一つの集団として組織された。集合体である組織はどうやっても、強い勢力と弱い勢力に分かれてしまう。そしてそれは、その組織においての地位を決定づけるものに他ならない。・・・対外的な戦争が終わっても、対内的に、陰謀と謀略のような薄ら黒い政治的なものが繰り広げられ、いくつかの勢力が権力を得る事と成る。木ノ葉では、風魔、色、日向、うちは、菜野一族などがそうね。特殊な力を持ち、各々が木ノ葉に貢献した。しかし、その中でも異質だったのがあなた達“ふしみ一族”よ。他の一族と違い、木ノ葉に貢献するも権力には拘らなかった。むしろ、身を隠そうとしていた位だった。でもそれは、権力に固執する人間から見ればとても異質で、怖かったのよ。木ノ葉で権力を得るために騙し合い、殺し合った彼らは、むしろ何も欲しがらない者にとてつもなく黒い懐疑心と恐怖心を抱いた。」
「さて、彼ら・・・当時の木ノ葉での有力者または、実力者と言っても良いけれど・・それらは木ノ葉隠れの里において、軍事的、政治的に大きな節目と言える事象を迎える。それが“九尾の封印式”。九尾とは尾獣―各国、各隠れ里が有する抑止力とも言える大きな力・・・その“人柱力の代替わり”の儀式だった。もちろん、そんな大事な儀式に彼らが出席しない訳がない。そして、彼らが見守る中で儀式は厳かに行われた。九尾は、千住柱間の妻である“うずまきミト”から、同じ一族の娘へと移される。安易に想像が付くとは思うけれど、九尾を移すそのタイミングは非常に危険なの。術式とチャクラによって封じ、留めて置いた力が、栓を抜いた風呂の湯の様に流れ出てしまう。それを抑えるには生半可な力でも、チャクラでも足らない。特に、千住柱間がいないその時代ではね。しかし、そこで登場するのが、あなた達“ふしみ一族”という訳よ。」
「それは・・・つまり、ふしみ一族が九尾に“縁”を持っているから・・・ですか?」
それを聞いた彼女は、少しばかり嬉しそうな表情を見せた。
「えぇ、そう!何・・それなりに賢いじゃない。“縁”とは、その力に浸透し、溶け合うもの。それ故に、ふしみ一族は“九尾の力”が漏れる、若しくはそれによって大元の封印式が解ける事を防ぐ事が出来た・・・多少なりとね。でもそれは、権力に固執する彼らにとって恐ろしいものに他ならなかった。だって、そうでしょう・・?功績を挙げても何も欲しがらない、それなのに奴らの力は、里の最大戦力である“九尾”に通じる力・・・何かを隠している、何かを企んでいる・・・彼らの心に懐疑心と猜疑心が渦巻いたでしょうね。」
その言葉は僕に理解できない。何も欲しがらないと言うなら、彼らにとって“ふしみ一族”は邪魔にもならないし、無視してもいい存在だったんじゃないだろうか。そう思って僕は顔を上げた。彼女はそんな僕の顔を見て、得心を得たような顔をして僕の心の声に応えた。
「後ろ暗い事を抱えている人間には、どんな人間も疑いたくなるものよ。特に、力を持っているのに何も欲しがらないような異質な人間にはね。“欲”という本能を無視、または避ける事のできる人間というのは、それよりも大きな“欲”を持っている場合が多いですから。」
そうなのかもしれない。“欲”を欲しがる人間は、きっと疑問に思う。欲して良いものなのに、何故奴らは欲しがらないのだ、誰しも欲しいものだろう、要らぬ人間などいる筈がない、と。そしてそれらの疑問は、懐疑心を産み、猜疑心へと昇華するのではないか。
「・・・イナリ、それが“人間”。先ほどに、人間は“事象”よりも“思い”に囚われると話しました。“思い”とは“欲”にきつく結ばれています。喜び、悲しみ、恨み・・・性欲、食欲、睡眠欲、功利心や野心など、挙げれば言葉が足りません。それほどまでに、人間と言う種族は“思い”と“欲”に執着し、それを欲し、塗れて生きているのですよ。」
「・・・その、ふしみ一族に思いが集まりつつある事が、何かあるんですね?」
「その通り。事の原因は、九尾の封印式が一度“失敗”していると言う事です。」
お稲荷様は少しばかり、眼を伏せるような仕草を見せる。ほんの僅かな仕草だった。
「失敗ですか・・・?」
お稲荷様の言葉を繰り返して、疑問を投げかける。彼女の仕草が何を意味するのか分からなかったからだ。
「そうです、失敗です。一度目の封印式は、火影、忍頭、里の有力者などが集まり厳かに行われました。ふしみ一族はその封印式を先導し、術式を組み、九尾を新たな宿主へと移そうと試みた。しかし、術式の半ばあたり、突然に九尾の炎が漏れ、近くにいた人間を包んだのです。その炎の勢いは凄まじく、宵闇に沈んでいた木ノ葉の里を昼間のように赤く照らした程でした。結果、封印式に参加していた多くの人間が死にました。九尾の炎に焼かれ、灰と成って。」
淡々と説明する彼女の言葉は、心に重く圧し掛かる。息を飲み、唾をゆっくりと飲み込んだ。
「菜野一族をはじめとする里の有力者たちは、その事件で一族の主戦力や大事な跡取りを失った。つまりは、一族での力を失ったと同意ですね。そして何より、ふしみ一族は“誰も死ななかった”・・・いや、“無傷”だった。そうなれば誰とて考えるでしょう・・ふしみ一族が我らを皆殺しにしようとしたのではないか、とね。無論、ふしみ一族が狙ったわけでも、画策したわけでもない。でも、身内を殺された有力者の一族はそうは思わない。悔しさや悲しみ、恨み、そんなものが渦巻き、混濁し、ふしみ一族へと降り掛かった。ただ、それが今日まで“行動”として現れなかったのは、一重に猿飛ヒルゼンの努力に違いないのだけど・・・。」
「・・・原因は、分からないんですか?」
僕の視界は何も捉えていなかった。ぼんやりとした景色が見えていただけだ。
「原因は分からない。術式も、チャクラの質、量も完璧だった。その証拠に術式の半ばまではなにもなかったのだから。ただ・・・」
「・・・ただ?」
「ただ・・・九尾が、私に気付いたのかもしれない。この世界から力を失ってしまった私に。確証はない、可能性があると言う事だけは、言えるかしら。」
答えになっていない答え。どちらかと言うと、自分自身で確認するかのような感じだ。何だろうか、彼女の言葉を聞けば聞くほどに心が空っぽになるような錯覚を覚える。それらの真実が紐を開ける度に、その真実は僕には抗いようの無いものだからかもしれない。
彼女はそんな僕に気付くこともなく、話を続けた。
「まぁ、とにかく・・・それが大きな“結び目”なのよ、赤い糸のね。理解出来たでしょう?木ノ葉隠れの有力一族の没落と、ふしみ一族に対する怨恨の理由が。」
「そんな・・・そんな事、どうすれば・・?」
目の前の事実に気持ちが付いて行かない。自分自身が理由ならば何か出来たかもしれない。でも、それは違うのだ。もっと大きなものが僕を鎖で巻き付けていたのだ。そんな思いを抱いていた時だった。今までにない程の冷たい声が思考を遮った。
「・・・何か勘違いをしていないかしら?」
彼女の顔は表情を消した。僕はそれにどうしようもなく、動揺する。ピリピリと肌に感じる感覚が痛いように感じた。
「ど、どういう事ですか・・?」
「今の現状・・・これが起きた理由は、確かに避けられようのない事象です。大小様々な事象が絡み合い、これを成した。でもね、私はその事象の中に“あなたの事が含まれていない”とは言っていないわよ。」
思考が動きを止め、身体が震えた。彼女の言う意味はどういう意味だ?その疑問が頭を過る。
彼女はそんな僕を突き放したような目で見ていた。そして、ただ淡々と毒のような言葉を吐いてみせた。
「あなたの“行動”は原因の一つではない。しかし、あなたの“存在”は原因の一つに含まれる。つまり、あなたが居なければ・・あなたが存在していなければ、菜野ハナは死ななくても良かったかもしれない。」
その言葉は、震える僕の身体を駆け巡った。素早く、そして鋭く。やがてその言葉は脳に辿り着き、無理矢理にもその意味を理解させた。
僕は吐いた。蹴られ、殴られ、もはや胃の中に吐けるようなものは残っていなかったが、どす黒い血と何かよく分からない液体を撒き散らした。何度も何度もえずき、喉は焼けるような痛みを感じた。しかし、腹の底から突き上げるような吐き気は収まらない。それと似た様に、僕の心も悲しみや悔しさ、情けなさ、そして怒りなどの感情が渦巻いて訳が分からなかった。
「可哀想・・・そう言って欲しい?」
感情のない声が響く。白く美しい前足を口元にやり、鼻を抑えるかのような仕草を見せつつ憐みのような視線を向ける。彼女は決して、僕の味方ではないのだ・・そう感じずにはいられなかった。
上げていた前足を音もなく地面に降ろすと、その口調、仕草のまま話し始める。
「忌まわしい“存在”、疎まれる“存在”、卑しい“存在”・・・菜野ハナの父親が言っていたことは、あながち間違いではないのかもしれないわね。」
「・・・・」
何もその言葉に返すことが出来ない。嗚咽と嘔吐物の酸のような匂いを感じながら、僕は考えていた。自分自身の存在を否定される中で、両親が僕にかけてくれた仕草や言葉を思い出す。愛情を溢れるほどにもらっていたと思う。でも、それは“正しい”事ではなかったのかもしれない。
ただ、突き付けられた真実と今を起こった事象が結びつき、結果それも僕の存在を否定する。
僕は生まれてこなければよかったのか、ふしみ一族でなければよかったのか、稲荷神社が襲われた時に両親と一緒に死んでいればよかったのか・・・ハナと会っていなければ、結果は変わったかもしれない。僕を知らない彼女が、死ぬ事もなく花が咲くような笑顔を見せていたかもしれない。
「・・・絶望するのはかまわないけれど、自殺なんて事は考えないでちょうだいよ。あなたの身体は、私の器に成るのだから。」
「・・・・死んだ方が、器として得やすいのでは?」
僕は機械的に答えた。もはや、何もかもがどうでもいい。
「それではダメなのよ。魂を失った器は力を失ってしまう。それは器ではなく、ただの物質と成ってしまう。意味がない、まったく意味がないのよ・・・それではね。」
彼女の言葉は、僕の脳内を反響する。しかし、その意味を理解出来ない。いや、理解しようとさえしていない。
「・・・もう、どうにでもしてください。」
僕は呟いた。僕には何も残ってはいないのだ。愛してくれた人は怨恨と悔恨に蹲れ、その中で僕を守って死に、好きだと言ってくれた人は僕の過ちで死んだ。どうしようもないのだ、取り返しも付かないのだ。過去を変える事も、未来に向いて償う事さえもできない。何も意味がない。
「そう、素直でいい事なんだけれど・・・気分が変わったわ。あなたはまだ若い、いや幼い。それに気になる事もある。だから、まだその身体はいらない。時が来たら、遠慮なく頂くわ。それまでは、その思いを抱きながら卑しく生きなさい。勝手に死ぬ事も許さないし、させないから。」
そう言いながら、彼女は身を起こす。滑らかに、静かにゆっくりと歩き出した。僕の周りを円を描くようにして。
「さて、そろそろ戻りなさい。もうあなたに話す事もないし。それに、誰かがあなたを呼んでるわよ。」
すぅっと伸びる鼻先を上に向け、そう囁いた。僕は何も答えずに、ただ上へと視線を向けた。それと同時に気が遠くなる。意識が上へと持ち上げられるような感覚だった。
気を失う一瞬前、彼女の声が聞こえた。
「さぁ・・・現実を生きなさい。この世の事実とは“単純”ではない。真実とは“単層”ではない。虚構とは“単列”ではない。その世に生きる者が多くのものを抱えているのと同様に・・ね。」
火の国暦60年8月28日 深夜
???
はたけカカシ
目の前で眼を覚ました“ふしみイナリ”は、俺の知る人間ではなかった。見た目には怪我をしているくらいで変化はない。しかし、彼の眼が何もかもを捨てたような感じを思わせた。暗く、色を失くして。
「イナリ!大丈夫かい!」
トバリさんが声を掛ける。心の底から心配しているのだろう、声が張り上げたように大きい。
それに続いて火影様も、ミナト先生も声を掛けた。俺も声を掛けるべきか迷ったが、掛けなかった。どこか俺がここにいる事が異様に思えたし、何よりも彼の眼を見てしまった俺には何も口に出来なかった。
それぞれに声を掛けられた彼は、ゆっくりと顔を上げて周りを見渡して呟いた。聞き取る事も難しい程だったが、微かに彼の口の動きでその言葉を理解できた。
「・・・あぁ、現実か。何も変わらない。何も変えられない。」
どういう意味だろうか。この現実を受け入れられないという事だろうか。
彼はその言葉を呟いた後、自分の手を眺めた。珍しいものを見るかのようにまじまじと。少しの間、彼は手を見つめた後、言葉を口にした。
「・・・火影様、今回のクーデターはどう処理されるのでしょうか?」
「・・・急に、どうしたのじゃ?まぁ、気になるのは分かるが、それよりもお主の方が心配だ。クーデターの後処理なぞ、ワシに任せればよい。」
それはそうだ。ふしみイナリは何を考えている・・・?
火影様はただ優しく、彼の傍へと寄る。手を彼に当てて落ち着かせようとしていた。しかし、彼の口から出る言葉は変わらない。
「お答えください。火影様。」
弱弱しいとさえ言える声なのに、何故だか反抗しようとも思えない強いものを感じる。火影様もそれを感じたのか、彼の質問に答えた。
「うむ・・・クーデターはクーデターじゃ。里の者の大半が菜野一族の術によって寝ているとしても、隠す事は出来ん。いずれ異変に気付く。他里に対しても同様じゃの、隠くす事は里の脅威になる。」
「しかし、公にしたとしても里の有力一族だった菜野一族がクーデターとなれば、木ノ葉の政治体制、統治体制が緩んでいると思われるのではありませんか?」
「確かに、その通りじゃ。しかしの、だからと言って隠す訳にもいかん。どちらのリスクが大きいかを比べるなら・・・イナリが言う方が危険だと思えるの。」
彼は、火影様の言葉をじっくりと聞き込んでいるような感じだった。何も答えず、俯いて眼を閉じている。しばらく言い得ぬ沈黙が続いた後、それを破る声が俺たちの後ろから聞こえてきた。しゃがれた低い声だ。
「ふしみイナリ、お前が言いたい事はそれだけではないのだろう?」
その場にいた人間が皆、そちらに視線を向けた。それぞれがその声の主を瞳に捉えた時、その本人は布で覆っていない方の眼をギラリと光らせていた。
その眼は異様だ。異質と言っても良い。志村ダンゾウ、里の実力者であり暗部独立組織「根」を創設した忍。生きている世界が違う、そう直感的に感じたが、何故か彼から眼を離せないでいた。心がざわつき、動揺していたのだと思う。
ふしみイナリは一度、ダンゾウに眼を向けた後、一気に言った。
「可能性として、他の没落した一族もこれに呼応してクーデターを起こすかもしれません。彼らはある意味、里が内包する取り扱いにくい者達です。没落後、里の施策や運営に疑問を抱き、憤りをも感じていた。菜野一族がそのいい例です。この事件が公表された後、彼らはこう思うでしょう・・・“里側が厄介者を排除したのではないか、次は我々の番ではないか”と。」
「そ、そんな事は断じてないぞ、イナリ。」
火影様は驚いたように答えた。先生やトバリさんもそれに続く。
「そうだよ、イナリ君。火影様はそんな事は考えていないし、仲間同士で争うなんて・・・・。」
「イナリ・・・今は辛くて混乱しているのかもしれない。少し落ち着こう。」
皆、口々に否定し、そんな事を信じたくもないと言う顔をしている。ただ、その場で異様な程冷静で、無機質な印象を持っているのは言い出した当の本人なのだ。ダンゾウは口元に笑みが見えるような気がしたが、俺は見ないようにした。
「・・・思い違いは起こります。行き過ぎた危機感は、強い攻撃性を産む。僕は言いましたよ、菜野一族がいい例だと。」
有無を言わせない、その意思が言葉を重く感じさせた。彼に何があったのか、俺が知っているふしみイナリはもっと感情をもった話し方をする。もっと、人を思っていた。それが今や、人という生き物を信じようとせず、切り捨てようとさせている。彼が意識を失っていたあの数分の間に何かあったと言うだろうか。
「ふしみイナリが言っている事は、可能性として十分にあり得る。それと同時に全ての可能性の中で、里がリスクを負った時に一番危険なのもそれだ。対内的な敵と、対外的な敵に挟まれる形になる。ヒルゼン、言っただろう・・・甘い事など言うなと。お前の甘い考えの結末がこれだ。」
ダンゾウはぎらついた碧眼を火影様へと向けた。それに火影様は何も言えず、ただ苦しそうに息を吐いた。ダンゾウは一度、手に持った杖を握り直し地面へと叩き付けてから強い口調で話を続けた。
「よもや、奴らを一族郎党皆殺しにする他あるまい。幸い、奴らに全盛期ほどの力も、人数もおらん。」
その言葉に全員が息を飲む。
「馬鹿な!そんな事をする訳にはいかぬ!」
火影様は大きな声を出した。切羽詰まったような口調だった。いつもの落ち着いた印象を一瞬で吹き飛ばすほどのものだ。唾を飛ばし、口を大きく開けてダンゾウに食ってかかる。
しかし、ダンゾウもそれに負けない程の声で言い返した。
「また、甘い事を言うつもりかっ!お前のその態度が今回の事を招いたと言う事が分からんかっ!里をどれだけ危険にさらす!?2代目から預かった里をお前は潰す気か!」
お互いがにらみ合い、刺々しい感情がぶつかり合った。周りにいる俺達は、指ひとつでさえ動かせなかった。皆が彼らの言葉に意識を向け、どうなるかと事の顛末を見守っていた。
そんな中、感情を何も感じさせないような言葉がイナリの口から吐き出された。
「一つだけ、それ以外の方法でうまく収まりがつく策があります。」
時が止まった。異様な静寂が辺りを包み、先ほどとは違う意味で誰もが指ひとつも動かさなかった。
「・・・何だと?」
それを破って問うたのは、ダンゾウだ。激しい感情を映す眼をイナリへと向ける。
イナリはその眼を静かに見つめ返し、言葉を返す。
「ふしみ一族の事を公表します。そして、今回の事件の犯行は全て“ふしみイナリ”がした事にするんです。」
「な、何を・・・」
トバリさんが声にならないような呟きを洩らした。いや、彼だけじゃない。この場にいた人間が同じような事を言おうとしたに違いない。
「ふしみ一族は・・・僕の両親は、3年前に岩隠れの襲撃時に殺されました。犯人は分かっていません。ふしみ一族の生き残りである“ふしみイナリ”は、岩隠れの襲撃時に乗じて、自分の両親を殺したのは“菜野一族”だと言う真実に辿り着いたのです。動機は簡単です。九尾封印式事件、これで没落した菜野一族が封印式を主導したふしみ一族に恨みを持っていた事を知った・・・これだけで十分です。後は、若さ故の情動的な行動と、友達を騙して菜野一族を油断させ、皆殺しにしたと言う事を付け加えれば大丈夫です。」
彼はそこまで話すと、一息つき、周りを見渡した。ただ、無機質な眼をしている。口元は笑っているようにも見えた。
誰も一言も発しない。イナリを見つめ、彼の言葉を理解しようとしていた。
「世間は思うでしょう・・・何て浅はかで、卑しい子だろうと。そして、九尾封印式事件で没落した他の一族はクーデターを起こそうなどと思わない筈です。彼らに危険なことなどないのですから。さらに、他里は大きな行動に出れないでしょう・・・一人の下忍が騒ぎを起こしたと言う事ですから。多少の混乱は期待できても、戦争に対しての大きな効果とは言えない。」
「イナリ・・・九尾封印式の事をどこで知った?」
火影様が小さな声で問い掛けた。イナリはそれに淡々と答える。
「僕が出来る方法を・・あなたはご存知のはずです。」
ただ、淡々と。
「ふしみイナリ、その方法では危険分子を里に残す事となるぞ。それでは意味がない。今回のような事が先延ばしになると言う事だけだ。それをどうする気だ?」
少し苛立ったように早口で、ダンゾウが問い質した。
「簡単ですよ。里が彼らの味方である事を見せればいいんです。」
「だから、それをどうするのかと聞いているっ!」
ダンゾウが怒鳴りつけた。彼の碧眼は血走ってさえいる。
しかし、それを前にしてもイナリは落ち着いて声を出した。淡々と、誰もが息を飲む答えを。
「僕を、殺せばいいんです。」
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
今回で第二章を終わる予定だったのですが、次回まで伸びそうです。
出来るだけ更新は頑張ります。
ですので、今後ともよろしくお願い致します。
次回は、「道の末」です。
イナリが思う道、現実が向かおうとする道、他の人達の道それらの末がどのようなところにあるのか。それぞれの思いに注目下さい。
ではでは。