制作スタジオに勤めてるんだが、俺はもう限界かもしれない   作:実質勝ちは結局負け

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第二話

 スタジオ大黒天の美人制作、柊雪はいつもの様に珈琲を入れながら物思いに耽っていた。

 悩みの種はもっぱら仕事の事であった。

 悩みの種その壱! 

 原石ちゃんこと夜凪景ちゃん。ウチに所属した初めての俳優。ぴちぴち現役JKの超美人さんで、何よりその才能は化け物級。

 なのだが少しだけ変わった性格をしているせいか周囲から誤解を招きやすく、ちょっとこの先大丈夫かなぁと思っていたりする。

 ぽたぽたと音を響かせる褐色の液体が落ちきって、珈琲の完成を知らせてくる。

 出来上がった珈琲をマグカップに注ぐと、雪はそれを持ってキッチンを離れた。

 

「や、やっと……終わった」

「お疲れ様です、せんぱい」

 

 三つあるデスクのうちの一つ。MIDIキーボードという楽曲制作に必要な機材が置かれたデスクに、マグカップを持って近づく。

 脱色剤で色素をバシバシに抜いた白金の髪に線の細い身体。

 せんぱい改め佐々木楓は、スタジオ大黒天のサウンドクリエイターである。

 本日楓が行っていたのは楽曲制作。

 先日時代劇のエキストラに参加した景がベテラン俳優に蹴りをかます等々の無茶をした埋め合わせとして、楓は帽子が印象的な監督の仕事を手伝わされていた。

 

「せんぱい、珈琲が出来ましたよ」

「ゴホゴホ、いつもすまないねぇ、雪 こんな時、おっかさんが居てくれてたら……」

「や、これはお薬でもお粥でもないですし、せんぱいのお母さんまだ普通に元気ですから」

 

 椅子を回転させて振り返る楓にマグカップを差し出す。

 いつも通りの楓の小ボケに、仕方ないなぁといった様子で雪はツッコミを入れた。

 幼馴染の関係にある雪と楓の両親は仲が良く、楓の母親は雪の実家の二軒隣で元気に過ごしていることだろう。

 嬉しそうに珈琲を受け取る楓に、雪は小さく息を吐いた。

 

 ──調子だけはいいんだから。

 

 冗談ばかり言って雪を困らせる楓は、悩みの種その弐である。

 

「あ、そういえば豆良いのに変えたんですよ、分かりますか?」

「雪、俺はこうみえてもコーヒーには少しうるさいんだぜ」

「なるほど、では食レポをしてみて下さい」

「ふん、いいだろう…… アチチ」

 

 何でちょっと偉そうなんだろう。

 あ、火傷した。何だろう、締まらないなぁ。

 

「うーん、これはコーヒーの……いや苦味の……あっ、口の中がコーヒー畑やぁ!」

「そのまんまだし、下手くそですね」

「ぐぬぬ」

 

 某グルメリポーター風のコメントは、平凡な一言に尽きる。雪のせんぱいは、音楽という才能以外はポンコツらしい。天は二物を与えずとはよく言ったものだ。

 

「せんぱい、明日は久々にお休みですね」

「ああ、そういえばそうだったか……三十連勤した辺りから、次の仕事をこなす事しか考えてなかったわ」

「……じゃあ明後日の予定は何もないんですか?」

「特にないなぁ」

「ならココに一緒に行きませんか?」

 

 雪はそういって、二枚のチケットを取り出し楓に見せる。

 それは舞台演劇のチケットだった。タイトルを、『そのマタギ』という。

 世界に通用する数少ない演劇界の重鎮の一人。舞台演出家、巌裕次郎。そのマタギは劇団天球という巌裕次郎が集めた選りすぐりの役者達によって演じられ、それを観劇する事は演出家を志す雪にとっては非常に興味をそそられるものであった。

 

「俺舞台とか見てもあんまわかんないぞ」

「ゔっ……別にいいじゃないですか、偶にはかわいい後輩のお願い聞いてくださいよ」

「まぁ予定も特にないし付き合うよ。で、何時からにする?」

 

 雪達の業界はまず間違いなく不定休だ。先方の都合やスケジュールの変更は良くあることで週休2日なんて夢のまた夢である。

 なので友人と休みの予定が合う事はかなりのレアケースであり、たまの休日は楓と過ごす事が必然的に多かった。

 

「午後の公演なので、お昼からにしましょうか……あ、ランチ奢ってください」

「えー、じゃあマックでいいか?」

「マクドナルドですか? 普通に嫌です」

「や、マックスバリュー」

「マックスバリューをマックと略す人はこの世にせんぱいだけですよ!」

 

 お惣菜を食べるつもりなの? この人は! 

 

「なら、鎌倉パスタは?」

「まぁ、ギリギリ良しとしましょう」

 

 ちょっと子供っぽい気もするけど、まぁ安くて美味しいので雪は妥協した。本当はイタリアンとか食べたかったけど! 

 

 ☆☆☆

 

 それから三日が経過して、またまたスタジオ大黒天である。

 雪は回転式のオフィスチェアに逆さ向きに座って、背もたれに顎を付けながら俳優の原石ちゃんに向かって語りかけていた。

 いやもう原石ちゃんというあだ名は適切では無いのかもしれない。

 つい先日まで夜凪景はスターズが主催するデスアイランドという映画の撮影の為、離島で暮らす日々を過ごしていた。

 無人島に漂流した二十四人の生徒達が最後の一人になるまで殺し合う、所謂デスゲームもの。タイトルのまんまである。

 景の話を聞く限り、天候のトラブルに見舞われたものの大成功でクランクアップを迎えたらしい。

 芸歴たった数ヶ月で映画の主役級を演じきってしまうのだから、彼女の成長速度は異常である。

 

「……でね巌裕次郎が見出したのが明神阿良也なの。巌さんのお気に入りなだけあって色んな賞を総なめしててね、テレビ俳優ほどの知名度は無いかもだけどとんでもない実力者だよ」

「…………」

「舞台もすごかったでしょ?」

「…………うん」

 

 琥珀色の視線の先には、スタジオ大黒天に急遽設置された児童スペースがある。

 広さは2畳ほどでクッションやぬいぐるみがいくつか置かれて、子供が怪我をしないように配慮されていた。

 そこにいるのは景と双子の妹弟。

 ルイとレイは景の家族で、彼女の家庭環境を鑑みスタジオ大黒天で面倒を見る事が多かった。

 それはともかくとして、雪の言葉に対する景の応答はひどく鈍かった。

 

何でそんなテンション低いの!? 私も阿良也の舞台見たかったの我慢して、チケットけいちゃんのデートに譲ったのに!! 

 

 そう。雪が楽しみにしていた舞台演劇のチケットは、楓と約束を取り付けた次の日に、悩みの種その参である黒山墨字によって景に渡ってしまったのだ。

 翌日予定の空いてしまった雪と楓は、お昼にパスタ食べて映画見てボーリングして安い居酒屋でちょっと飲んで解散した。なんだこれ。

 

「本当に凄かったわ。千代子ちゃんのお芝居は画面の向こうで輝いてる感じでしょ、綺麗すぎて手が届かない感じ。でも阿良也くんは違った、彼が泣くと悲しくて彼が笑うと嬉しくて、()()()()()()()()()()()()()()……鳥肌が立った」

 

 どうやら景も阿良也の芝居がどのようなものかは見てきたらしい。

 そもそも映画俳優と舞台俳優では役者の種類が違う。

 初めてみる本物の舞台俳優に、景はひどく感銘を受けたようだった。

 

「なのに実際会ってみたら失礼なセクハラ男だったのよ! 舞台の上では素敵だったのに騙された気分だわ!」

「あーそれで不機嫌だったのね……」

「悔しいわ……私あんなお芝居できないわ」

「できねーじゃねーよ、するんだよ」

 

 天才と呼ばれるものは人より優れた側面が存在するが、反面どこか変わった一面も兼ね備えているものだ。

 景の話によると阿良也は意外と色を好む性格なのかもしれない。

 どこか不機嫌そうな声に振り向くと、自らのデスクで作業をしていた黒山墨字が声をかけてきた。

 墨字によると阿良也にあって景に欠けているものは、観客への意識らしい。

 映画はカメラが役者に寄り添う。役者は内面だけに集中していても、かえってそれが武器になりえる。しかし演劇はそうはいかない。舞台上にモニターやカメラはなく、あるのは演者とセットのみ。自らの表現をダイレクトに観客に届けなければいけない。

 

「つーことで新しく仕事を紹介してやる」

「仕事!? お芝居の!? 私オーディション受けてないのに!」

「良い鼻を持った演出家は時にオーディションなんて必要としないもんだ、阿良也の芝居に近づきてぇならココに行け」

 

 お膳立ては済んであると続ける墨字。

 ずっと探していた才能の為か、墨字の手際は迅速であった。

 墨字の示す場所とは、言わずもがな劇団天球のことだ。阿良也を筆頭に巌裕次郎が認めた役者達が数多く在籍している。

 景に場所の書かれた紙切れを手渡したのち、墨字の矛先は自らのデスクで取引先とメールのやり取りを行なっていた金髪の青年に向かった。

 

「ちなみに楓も音響のサポートとして劇団天球にいってもらうからな」

「オーウ、ワタシニホンゴワカリマセーン」

「Enough talking. Shut up and follow my orders *1

「…………Oh my god*2

 

 金髪の青年こと佐々木楓は、肩をすくめてひどくわざとらしい片言日本語で応答する。

 それに対して墨字は発音の良い世界共通語で返した。世界を渡り歩いてきただけあって墨字の英語はネイティブのそれに近い。

 綺麗に返された楓は、神に嘆き自らの不幸を呪った。

 

 本日もスタジオ大黒天は賑やかである。

 

*1
ふざけたこと言ってんじゃねえいいから黙って従いやがれ

*2
まじかよ

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