制作スタジオに勤めてるんだが、俺はもう限界かもしれない   作:実質勝ちは結局負け

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第三話

 線の細い金髪の男と、うら若き黒髪の少女はスタジオ大黒天の社用車で東京の某所を走る。

 

 運転席に座る金髪の男は佐々木楓。かつては日本の音楽シーンを席巻した人気バンドのフロントマンであったが、今は小さな制作スタジオのサウンドクリエイターとして、サービス残業に精を出してる。つらい。

 

 黒髪の少女は夜凪景。スタジオ大黒天の代表、黒山墨字にスカウトされた現役女子高生兼役者である。漫画を実写化したデスアイランドではオリジナルキャラを見事に演じきり、役者として徐々に頭角を表してきた。すごい。

 

 そんな二人が向かう先は、劇団天球。世界的な演出家である巌裕次郎が代表を務める日本有数の劇団である。

 景は客演として、楓は外注の音響スタッフとして劇団天球に雇われる事となった。

 

「劇団天球ってどんな所なのかしら?」

「あの巌裕次郎の劇団だから、日本ではトップクラスの知名度だな……そもそも劇団で売れるのって凄い難しいんだ」

「なぜかしら?」

 

 道すがら。景が楓に訪ねてくる。

 大黒天に来るまではオーディションに落ちていたという景だが、ウチにきてからは初出演がwebCM。その後映画オーディションにも受かり今や話題の役者である。

 そんな景は楓の言葉に疑問を持ったようだ。

 

 クリエイターの中じゃ有名な言葉で、役者と乞食は三日たったらやめられないというものがある。

 役者になる為には免許や資格が存在しない。

 収入の殆どをバイトから得ているような者が、端役しか演じる事が出来ないにしても、芝居を続けている限りは役者を名乗れてしまう。

 そうやって惰性的に役者を続けてしまうことを意味する言葉である。

 そんな役者が蔓延る演劇の世界はピラミッド構造だ。

 劇団だけで食べていける者は一握り。

 下位層の殆どがバイトや仕送りで食い繋ぎ、団員のカンパで劇団を成立させている所が殆ど。

 動員観客数が千人を越えればちょっとしたマイナーメジャーと呼ばれてしまうほどに、劇団の運営は難しい。

 そんな界隈で公演すればチケットは即完売、メディアにも取り上げられるほどの劇団天球はピラミッドの頂上に坐する一線級の劇団だ。

 

 大黒天で働き出して身につけた知識を掻い摘んで教えると、景は興味深そうにうんうんと首肯していた。

 

「ところでササキさん」

「なんだよ後輩」

「さっきから運転がとてもぎこちないのだけれど、免許持ってるのよね」

「もちろん持ってるさ。しかも無事故無違反のゴールド免許……ただ」

「ん? なによ」

「教習車以外運転した事がない」

「ペーパーだったの?!」

 

 ☆☆☆

 

 景と楓はそれぞれ演者と裏方での顔合わせを終えて、スタジオ大黒天へと帰ってきた。

 楓の方は滞りなく平穏に済んだのだが、景は何やら一筋縄ではいかなかったようだ。実際に帰る道途、うんうんと悩んでいた。

 

「帰ったぞー! ただいまー!」

「ふー……疲れたわ」

「あ、おかえりなさーい! せんぱい、景ちゃん」

 

 オンボロの扉を開けると、年季の入った仕事場が姿を表す。

 ふわりとした微笑みで出迎えてくれたのは柊雪。スタジオ大黒天では制作を任されている。

 二人を出迎えた後、雪はパタパタとキッチンに向かった。

 今お茶入れますねーという柔らかい声音が、キッチンから響いてくる。

 そして五分もしないうちに、お盆に三つの湯飲みを乗せて来客用のソファへと持ってきてくれた。

 ソファに座り夜凪共々お礼を述べて、茶をすする。

 おいしい。

 

 制作進行という役割上、スケジュールが遅れていれば雪は容赦なく残業をしいてくる。

 しかし仕事さえこなしていれば雪はとても優しい。

 まるでDV夫のような飴と鞭。

 楓がこのブラックスタジオを辞める事が出来ない原因の一つでもあった。

 

「どうでしたか? 劇団天球」

「聞いてくれ、雪! あそこは素晴らしい所だ、ホワイト企業だ」

「あー、まぁ大手ですから、お金も人材も余裕もあるんでしょうね」

「ああ……大黒天に無いものが全部あった」

 

 余裕を持って無理なく組まれた公演までのスケジュール。

 某有名な青森をディスった曲ではないが、人手も無エ! 余裕も無エ! 毎日残業すーるする♪ な大黒天とは偉い違いだった。 

 なにこれ、最悪の職場すぎる。

 

「何処が金も人手も余裕も無い制作スタジオだぁ?!」

「げ、墨字居たのかよ」

「いいか? 他所様にはやりがいのある職場って言うんだぞ、分かってるな? あと労基には行くなよ?」

「はぁ……それブラック企業の定型文なんだよ」 

 

 紙を丸め筒状にしたもので頭をこづかれる。

 振り向くとそこに居たのは、スタジオ大黒天代表の黒山墨字だった。

 墨字の言葉に対し、楓は深いため息が出た。問題点を口に出したところですぐに改善には至らないからである。

 もう諦めたといったほうがいいかもしれない。

 かろうじてスタジオ大黒天の良いところを上げるなら、職場関係が良好なところだろう。

 墨字も根っから悪い奴では無いし、雪も仕事さえしていれば優しい。

 景に至っては付き合いが浅い為まだ読めない所はあるが、楓からみれば演技好きのかわいい高校生だ。

 

「入る事務所を間違えたかしら」

「手遅れだ、後輩」

「あはは、まぁお給料が毎月出るようになっただけウチも成長しましたよね」

 

 この業界では事務所を変える事や独立する事は簡単に出来るものではない。

 つまり景の後悔は、楓が言うようにまさに手遅れだった。

 しかし雪の言うように大黒天の労働環境が、かなり改善されたのは間違いない。 

 景が大黒天に入ってからというもの、大黒天へのオファーが増え毎月給料が支払われるようになったのだ。

 ほんとによかった。

 涙ちょちょ切れるほどうれしい。

 

「で、さっきから夜凪は何悩んでんだ?」

「う……どうして分かったの? 墨字さん」

「そんな腕抱えて悩んでたら、俺じゃなくても分かる。話してみろよ」

「実は──」

 

 景曰く、芝居がリアル過ぎるとダメ出しを受けたらしい。

 初顔合わせで即興劇を披露した際に、景の芝居は共演者にしか伝わらなかった。

 感情の激しい派手なモノ以外の芝居は、景は大根役者なのだそうだ。

 

「でもさ墨字、webCMの時は夜凪ちゃんと演技出来てたじゃん」

「俺から言わせればあの芝居も半端だが……テレビならカメラが役者に寄り添ってくれるからな。その分芝居が伝わりやすいんだよ、その分マシに見えるってだけだ」

「ふ、ふーん」

「あっせんぱい、分かってないのに分かってるフリしてますね」

 

 雪ちゃん、そこは分かってても分からないフリして欲しかったな。

 かつては日本を席巻する有名バンドのフロントマンとして活動していたことから、芸事に携わる界隈については楓も少しは分かる。

 しかしながら音楽以外に関しては、専門的な事は門外漢。

 芝居についても素人に少し毛が生えた程度の知識しか持ち合わせていなかった。

 チラリと横を見ると、景の黒く澄んだ瞳が胡乱気に此方を見つめている。

 知ったかぶってごめんなさい。

 

 ☆☆☆

 

 星アキラ熱愛ではなく共演? 

 胸を撫で下ろしている女性ファンも多いのではないでしょうか? 

 先日明神阿良也さんの舞台挨拶で謎の美少女を連れた姿を目撃された星アキラさんでしたが、あれは今秋公開予定の舞台の宣伝だったという事で──

 

 青く透明な瞳に映るのは、最新のスマートフォンの液晶画面。

 写っているネット記事には、先日の夜凪景とのスキャンダル。

 スターズに所属する星アキラの俳優生命を守る為に、アキラは巌裕次郎が代表を務める劇団天球に放り込まれた。

 

「……やっぱり歓迎はされなかったな」

 

 初日の稽古を終えたアキラは稽古場から少し離れた休憩所に、座り込んでいた。

 世界で通用する演出家である巌裕次郎に認められた舞台役者達は、アキラを良くは思わないだろう。

 受ける仕事は特撮や若者に受けるよう狙って作られたドラマが殆ど。

 親であり所属事務所の社長である星アリサによって引かれたレールを唯唯諾諾と進んでいるアキラは、明神阿良也に言わせれば臭いのしない役者と揶揄されるのも仕方の無い事なのかもしれない。

 

 一流の演出家。

 一流の役者。

 彼らと一緒に芝居をする機会はこれを逃したらもう訪れる事は無いだろう。

 たとえそれが夜凪景とのスキャンダルを揉み消すための政治的なキャスティングであったとしても、これはチャンスだ。

 

 浅く息を吸って稽古場へと戻ろうとした時、不意に聞き覚えのある何処か懐かしい音が聞こえてきた。

 音の行方を辿って劇団天球の施設を巡っていくと、俗に裏方と呼ばれる製作部へとたどり着く。

 小道具や舞台装置などが置かれた廊下を抜けた先にあったのは小会議室。

 窓やドアが開け放たれ音が漏れている室内には、巌裕次郎を筆頭に数人がパソコンやノートを広げて話し合っていた。 

 おそらく劇団天球のスタッフだろう人達の中に、見覚えのある人物を見つけた。

 

「……カエデさん、ですよね? どうして此処に?!」

「げ、アキラ?」

 

 黒だった髪は、脱色剤で色素の抜け落ちた金髪に。

 鍛えられていた身体は、線が細くなってしまっていて。

 健康的だった肌は、日に当たっていないのか白くなっていた。

 しかしそれでもアキラの瞳には、彼が二年前まで同じスターズの事務所に所属していた『AnP』のカエデだという事を確信していた。

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