制作スタジオに勤めてるんだが、俺はもう限界かもしれない   作:実質勝ちは結局負け

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第四話

 時計の針を楓がアキラと遭遇する前に巻き戻す。

 

 齢と共に筋力の衰えたやせ細った老体。杖に縋らなければ歩くことさえ満足にできない病に蝕まれた身でありながら、しかし切れ長の瞳だけは若い頃と変わることなく、もしかすればそれ以上に強烈な意思を伴っていた。

 世界に通じる舞台演出家である巌裕次郎の仕事は、何も役者経験も人生経験も浅い青二才達の演技指導をするだけではない。

 演技指導以外の主な仕事の一つが、外注のスタッフとのイメージのすり合わせである。

 外注スタッフは大きく分けて、舞台監督、美術、照明、そして音響。

 

 演劇の世界を知らない者は、すべて劇団員だけで一つの舞台を公演すると思っているかもしれない。

 しかし舞台というものは存外、多くの人間が関わっているものだ。

 

 例えば舞台演出家である裕次郎と、外注のスタッフである舞台監督。役職は似てるようで、本質は全く異なる。

 あるシーンで沈む夕陽を背景にすると決めるのが舞台演出家である裕次郎の役割。

 実際に裕次郎が思い描く夕陽を、舞台に再現するのが舞台監督である。

 夕陽一つとっても、哀愁を秘めた夕陽、不気味な夕焼け、雲間から覗く淡い陽光と、様々な演出がある。

 外注のスタッフはそういった演出の知識とそれを実行する技術を持っている。

 付け焼刃や独学で劇団員が覚えれば形にはなるが、本職には敵わない。

 クオリティの高い舞台を作り上げるには外注のスタッフの協力が必要不可欠であり、特定の技術を持つ彼ら専門家を特殊技能職と呼ぶ。

 

 稽古場での演技指導を終えたのち、裕次郎は稽古場から離れた会議室で外注のスタッフとの打ち合わせを行っていた。

 裕次郎がイメージする演出を実現するべく、舞台監督美術照明音響のそれぞれの代表四人が集まり予算の範囲内で最大限に出来る事を打ち合わせていく。

 

 簡素な折り畳み式の長テーブルが正方形になる様に並べられた部屋。

 裕次郎を上座に、外注スタッフ代表の四人は適度に距離を開けながら席についていた。

 四十代後半である舞台監督の男。二十代後半から三十代前半の美術と照明の女性二人。

 彼等に比べ音響を務める男はかなり若い。

 他の三人が手帳や台本を広げるなか、その男だけはノートパソコンとそれに繋がる電子鍵盤をテーブルに鎮座させていた。

 

「じゃあ次はジョバンニとカムパネルラが車窓から、銀河を眺めるシーンだ」

「第二幕最初の山場と言えるシーンですが、舞台監督の立場からすればあまり凝った装置は作らない方がいいと思いますね」

「そうだな……強いて言えば音響だが、佐々木」

 

 裕次郎が振った議題に関して、舞台監督の男が彼の立場から意見を具申する。

 このシーンに豪奢な舞台装置は必要ない。それどころか邪魔にすらなつてしまうだろう。

 何故ならジョバンニとカムパネルラを演じる二人が阿良也と景、突出した才能を持つ役者達だからだ。

 手を加えられるのは音響くらいのもので、裕次郎は音響担当の外注スタッフである佐々木楓に問いかけた。

 

「あー、じゃあちょっと今弾いてみましょうか」

「準備がいいな、事前に考えて来ていたのか?」

「いや考えてないっすよ。今日な打ち合わせ聞いたら、大体のイメージ固まってきたんで」

 

 まるで事前に用意していたかのような楓の言葉に、舞台監督が関心したように問いかけた。

 しかしそうではないようだ。

 小一時間しか経っていないこの会議の間で掴んだ作品のイメージを基にして、一曲弾いてみるらしい。つまりは即興という事だ。

 

「じゃあ始めます」

 

 淡々と。

 何の気負いもなく、柔らかな運指で楓は演奏を始めた。

 

 ハ長調。

 明るく真っ白なまるで初めて見る銀河に夢中になっているジョバンニを想起させるような主旋律。

 それを引き立てる副旋律には何処か陰のあってでも注意して聞かなければ気づかない。繊細で透き通る音は、裕次郎が思い描くカムパネルラそのもの。

 

「おいおい、まじかよ」

「巌さん、本当に即興で弾いてるんですよね?」

「……ああ」

 

 ──とんでもない才能だ。

 

 たったワンフレーズを耳にしただけで、楓の作る音楽は演出家として音楽に精通する裕次郎から見ても、突出したサウンドクリエイターである事が分かった。

 即興で情景を想起させるようなメロディラインを奏でる音楽性。

 更に恐ろしいのは彼の音楽は素人が聴いても、良い曲だと思わせる所にあるのだろう。

 裕次郎と同じように音楽には多少精通する舞台監督の男だけでなく、あまり音楽に関しての造形が深くないであろう美術と照明の女性陣までが楓の奏でる音楽に息を呑んでいるのが何よりの証左だ。

 

 一介のサウンドクリエイターの圧倒的な技量に、裕次郎を除く三人が驚くのも無理もない。

 

 以前までの面影が無いが、佐々木楓は二年前まで日本を席巻する人気バンドのフロントマンであったのだから。

 裕次郎でさえ楓の所属するスタジオ大黒天の黒山墨字から、彼の経歴を事前に聞かされて居なければ三人同様に驚いていただろう。楓の経歴を知らなければ、裕次郎は彼に仕事を任せなかったのだが。

 

 楓が一曲を引き終わる寸前のタイミングで会議室の扉が開かれる。

 

「……カエデさん、ですよね? どうして此処に?!」

「げ、アキラ?」

 

 会議室に突如響く声。振り返った先にいた人物は星アキラだった。

 精緻に整った容姿が驚愕に染まっている。

 

 少し出てきますと言い半ば強引にアキラを外へと連れ出す楓。

 知名度では若手俳優の中でもトップクラスのアキラとファーストネームで呼び合う仲のようだ。

 

 たしか黒山の話では、バンド時代の所属事務所はアキラと同じスターズだったか。きっとその時の縁なのだろう。

 

「……巌さん彼、何者ですか?」

「さぁな」

 

 一介のサウンドクリエーターにではあり得ないその様子に、裕次郎を除いた三人は楓の素性を訝しんでいた。

 

 

 ☆☆☆

 

 楓に無理やり手を引かれ、会議室から人気のない踊り場へとアキラは連れ出される。

 室内の公演を控えるスタッフ達の喧騒は、室外の日に照らされた踊り場には聞こえづらい。人に聞かれたくない話をするには持ってこいの場所だった。

 

 楓は石の壁に背を預けて、バツの悪そうに人工的に色の抜かれた髪を弄る。そして浅く息を吸って、アキラに視線を合わせた。

 

「あー、久しぶりだな」

「まさか裏方になっているなんて思いませんでした……カエデさんが急にスターズから居なくなってから、二年経ちますね」

「あの時は悪かったな、何にも言わずに出ていって」

「何か理由があったんですよね……聞かせてくれませんか?」

「……ああ、────」

 

 バンドを辞めた理由は単純で、歌おうとすると声が出なくなったからだという。

 楓は音楽が好きで気の合う仲間とバンドを組んで、歌いたい歌を好きに歌っていた。

 最初は東京の地下。三十人も客が入らないような小箱のライブハウスで、その日の飯代にもならないような安いギャラでしか貰えないにも関わらずステージに立てるだけで幸せだった。

 それが口コミで徐々に有名になっていって、星アリサにスカウトされてから、楓のバンドは瞬く間に日本のミュージックシーンを席巻した。

 

 きっと星アリサが母が見つけて居なくても、芸能界に五万といるスカウトマンが見つけ出していただろう。

 それくらい楓の作る音楽は魅力的だった。

 アリサに従い子役から長く芸能界にいるアキラは何人もの芸能人を見てきたが、こと音楽に於いて楓よりも才能のある者は居ないしこの先も現れないのではないかと思うほどだった。

 

 だが売れていくにつれ、楓の音楽には沢山の人が関わるようになった。

 楓が一つ曲を出すだけで何億円という金が動く。

 CMやドラマのタイアップなども次々と決まっていき、スポンサーが増える度に制約が増えて歌えば歌うほどやりたい音楽が出来なくなっていった。

 自分が曲を作らなければ、関わっている人達に迷惑が掛かる。

 その頃から曲を作るのが苦痛になっていって、その数ヶ月後に歌う事が出来なくなった。

 

 ──勿体ないな。

 

 楓の話を聞いてアキラがそう思ってしまうのは、アキラに才能が無いからなのだろうか。

 

「今は劇団天球で働いているんですか?」

「いいや、この仕事は外注の雇われ。今は最近やっと給料が出るようになった零細の制作スタジオで慎ましく働いてる」

「……大丈夫なんですか、そこ」

「……労基に訴えたら、1000ゼロで勝てるくらいにはブラックだな」

 

 過去を語り終えて現状の愚痴を言う、楓の顔に後悔の色は見えない。

 裏方の仕事では収入面も二年前の十分の一にも満たないだろうに、あっけらかんとしていた。

 

「今の仕事がやりづらくなるから、俺の正体は秘密にしておいてくれないかな?」

「それは構いませんし言いふらすような事はしませんけど、百城千世子……彼女には一度会ってあげて貰えませんか? スターズでカエデさんを一番慕っていたのは彼女ですから」

 

 百城千世子。今のスターズを象徴する、若手トップの知名度を誇る女優。

 彼女のデビュー作は、楓達のミュージックビデオだ。

 ミリオンセラーが当たり前だった楓達の楽曲。そのミュージックビデオに百城千世子が起用された事で、彼女の名は一気に世間に広まることになる。

 天上の楽園をモチーフにした楽曲の中で、誰よりも自分の魅せ方を知っている彼女は新人ながら無垢な天使を見事に演じ切る。

 その後も度々、バンドのミュージックビデオに出演していった。

 必然的に楓と千世子が接触する機会は多くなり、誰にでも笑顔でありながらしかし一定の境界線を踏み越えないようにしていた千世子が、唯一兄の様に慕っていた事をアキラは覚えている。

 

「怒ってるかな? 千世子のヤツ」

「……一時期はかなり荒れてました」

「この仕事がひと段落したら、顔見せに行くか」

 

 事情があったとはいえ楓が居なくなってから、アキラは千世子は楽しそうに笑わなくなったように思う。

 笑顔が求められる場面で機械的に酷く綺麗な微笑みを貼り付けているみたいで、何か大切な物が抜け落ちたような伽藍堂だった。

 千世子は楓が居なくなった事を、どう思っているのだろうか。

 

「刺されないようにして下さいね」

「いやいやあの千世子がそんな事するわけ……え、刺されるの?」

 

 

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