制作スタジオに勤めてるんだが、俺はもう限界かもしれない   作:実質勝ちは結局負け

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第五話

「ぷはぁぁぁ! 仕事終わりのビール、最高やん?」

うわぁなんで関西弁使ってるんだろう……出身埼玉なのに

「ん? 雪なんか言った?」

「いえ、おつかれさまでした。せんぱい」

 

 スタジオ大黒天の本来は来客用であるソファに沈み込むように座る。

 片手にビール、机におつまみ。

 仕事もプライベートも充実するなんて、涙ちょちょぎれるほど嬉しい。

 

 劇団天球のホワイト企業ぶりは、某洗剤メーカーもびっくりの驚きの白さ。

 サウンドクリエイターとしての楓の仕事は、週の半分を楽曲制作に費やして残りの半分を劇団に赴き巌裕次郎をはじめとしたスタッフと打ち合わせをするというものだった。

 

 労いの言葉をかけてくれる幼馴染であり同僚の雪が、片手にマグカップを持ちながら隣にちょこんと座る。楓とはまた別の外注の仕事を請け負っているらしく、日中は大黒天を離れ現場に向かうなど忙しそうにしていた。

 

 雪とたわいもない話をしていると、玄関の扉が開いて当社唯一の役者である夜凪景が疲れ果てたような面持ちで帰ってきた。

 

「夜凪おつー」

「おつかれさまっ! 景ちゃん」

「……ええ、お疲れさま」

 

 帰ってくるやいなや、楓と雪が座っている物と対面のソファに倒れ込む。

 言葉にならない呻き声を上げながら必死に考えている様子から、劇団天球の演出家である巌裕次郎から出された感情表現の課題に苦しんでいるのだろう。

 

「景ちゃん、だいぶ苦戦してるね」

「ええ。今日で七日あと三日で感情表現の課題をクリアしないと降板なの私……早く何とかしないと」

 

 景の言葉は続く。

 曰く若手屈指の舞台俳優である明神阿良也は、偶に芝居を見てくれるがよく分からない事を言う。

 巌裕次郎は台本に入るまではもう言うことはないと助言は無いそうだ。

 そしてヒゲは一度アドバイスのようなものをくれてから、ニヤニヤするばかりで何も教えてくれないそうだ。

 

「まじかよ墨字最低だな」

「ええ、全くよ」

 

 楓の言葉に景が同調する。

 とそこで、隣に座る雪が何かを思い出したようにマグカップを置いた。

 

「あっそういえば今日墨字さんから言伝を預かったよ……景ちゃんがあまりに悩んでるなら、明日は井の頭公園で単発バイトさせろだって」

「意味が分からないわ」

「あはは、ちなみに私とせんぱいも付き添いでバイトしてこいってさ」

 

 え、せっかくのオフなのに? わけがわからないよ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 中央線に乗り吉祥寺駅で降りて、だいたい五分程度歩いた所に井の頭公園はある。

 夏に煌めく新緑の若葉。木々の隙間から溢れる光が、首筋の汗を光らせる。

 

 楓達三人はとある熱中症予防のキャンペーンイベントのスタッフとして、公園内で清涼飲料水を配る仕事をしていた。

 雪はスタッフTシャツを着た裏方。景は青を基調にしたコスチュームを着た演者として。そして楓はクマともネコともわからない青いゆるキャラの着ぐるみを着て、うだる暑さの炎天下愛嬌を振りまいていた。

 

「ぬわああああん疲れたもおおおおん」

「……まさか着ぐるみ役の人が前日になって貰い事故、代役を音響スタッフをするはずだったせんぱいが勤めるとは思いませんでしたね。はいせんぱい、タオルどーぞ」

「さんきゅー、ゆっきー」

「ゆあうぇるかむ、あと変な呼び方しないでください

 

 午前の分のイベントが終わり休憩時間。

 木陰のベンチに燃え尽きたように座る楓の隣で、雪が気の毒そうに声を掛ける。

 炎天下の中。風がほとんど通らない着ぐるみは、熱が篭りまくって信じられない暑さになる。

 二年間ロクに身体を鍛えていないヒョロガリの楓にとって、着ぐるみとして接客をする事はとんでもないハードワークであった。

 足を投げ出し服の襟元をパタパタとして涼をとっていると、やや深めに麦わら帽子を被った景がペットボトルを抱えて此方に向かってくる。

 景の服装は簡素な白Tに半ズボンと、今時のJKとは思えない色気の無さ。ぼくの夏休みかな? 

 

「お疲れさま二人とも、これ貰ったの。スタッフさんが飲んでいいって」

「わー、スポドリだ! ありがと景ちゃん」

「まじでありがとう夜凪──ゴクゴク……ぷはぁ生き返るぅぅっ!」

「どういたしまして。佐々木さん、今まで死んでたの?」

「人は働き過ぎると心が死んでしまうんだ、夜凪」

「そう、よく分からないわね」

 

 景はスタッフからの差し入れのスポーツドリンクを、持ってきてくれたようだった。やさしい。

 経口摂取で身体から失われたウォーターとスウェットを補給する。

 ベンチに座る楓と雪は少しずつズレて、景が座るスペースを確保。楓はヒョロガリ雪も景も華奢な体躯をしている為、三人がベンチに座っても特段狭いという事はない。

 

 そもそもこんな単発バイトが、景が直面している感情表現の課題を解決する糸口となるとあの黒ヒゲは本当に思っているのだろうか? 

 景に残されている時間は残り僅か。健気に頑張る後輩が、舞台を下されるというのは楓も良い気はしない。

 

「あ、せんぱい。イベント中、近寄ってきた子供にクソガキとか言っちゃ駄目ですよ……あの後フォローするの大変だったんですから」

「馬っ鹿。だってあいつら俺が着ぐるみなのを良い事に、殴ったりドロップキックしたり……非行に走る少年を正すのは大人の役目だろ」

「それは……確かにそうですけど、大前提として着ぐるみは喋っちゃいけないんですから、暴言も罵りもダメですからね」

「仕方ねぇ。二十三歳、拳で抵抗するわ」

「ぜったいダメです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光沢のある青を基調にした衣装に、同系色のキャップ。

 後ろで縛った髪を揺らしながら、夜凪景は午後のイベントに臨んだ。

 後にはスタッフTシャツの雪に手を引かれながら、猫にも熊にも見える青色の着ぐるみに身を包んだ楓が鉛でも付いているのかと思うくらい重そうな足取りでスタンバイを始める。とてもダルそう。

 

 仕事内容は非常に簡単なものだ。

 道行く人に熱中症対策の注意喚起と共にスポーツドリンクやプラスチックで出来た団扇を渡す。

 この団扇には広告が載っていて、ジャンルで言えば街頭で行われるティッシュ配りと同じである。

 

 イベントが始まると周囲は一定の賑わいを見せる。昼下がりということもあってか午前よりも盛況。幼稚園帰りだろうか子連れの親が多く、その子達の興味を引くのはスポーツドリンクや団扇よりも楓が扮する着ぐるみだ。

 

「わー、なにこいつ!」

「へんなのー!」

「退治してやろーぜ! おらぁっ!」

 

 どうやらクマともネコとも付かない着ぐるみは、子供達の眼鏡には叶わなかったよう。楓はポカポカと叩かれている。ちなみに午前中に楓がキレかけた子供とはまた別の子供だ。

 休憩時間の様子から見るに、楓はもう限界寸前。

 うまくサポートしなければ、イベントが大惨事になる事は必至だ。

 

 景は浅く息を吸って、子供達に近づく。

 

 イメージは弟や妹に接する時のように。

 子供達はまだ未熟で細かな感情の揺らぎを受け取る事は出来ない。

 彼らが良い事をした時は、自分も嬉しいのだと一緒になって喜ぶ。

 彼らが悪い事をした時は、自分は悲しいのだと眉を下げて悲しむ。

 

 膝を折り、声色を震わせて。

 自分は悲しんでいるのだという事が、この子達に伝わるように言葉を投げかける。

 

 

「ねぇ君たち……そんな事をしちゃダメ。クマにゃんが可哀想だよ」

 

 

 ふと巌裕次郎の言葉が脳裏によぎる。

 

 ──芝居は妄想じゃねぇ。表現である事を知れ。

 

 目の前の壁が崩れ落ちて、道が開けたような気がした。

 ずっと芝居とは表現とは、もっと難しいものだと思っていたけれど。

 

 ふと黒山墨字の言葉が脳裏によぎる。

 

 ──人間誰しも本能的に出来てる、忘れてるだけさ。

 

 そう、忘れていただけだったんだ。

 

「ほら見て。 クマにゃん、痛がってるでしょ?」

 

 そう言って楓に視線を送ると、ぎこちないながらもお腹をさする仕草をする。

 本当はもっと自然に痛がれるといいけれど、楓は役者じゃないから仕方ない。

 景の言葉は子供達に伝わったようだ。

 彼らは着ぐるみにトテトテと近づくと、痛くしてごめんなさいと抱きついた。

 

「ちゃんと謝れて偉いね……よしよし」

 

 ふわふわとした髪。子供達の頭を撫でる。

 

 深く役を掴む事。それを丁寧に伝える事。

 簡単な事だったんだ。

 だって。

 

 ──こんなにも自然に感情を表現できる。

 

 ☆☆☆

 

 その後。

 滞りなくイベントの午後の部は終了した。

 雪や他のスタッフ達が機材や天幕のパイプテントを片付けるなか、楓扮するクマにゃんはすっかり子供に懐かれてしまったようで、鉛のように重い足取りの中鬼ごっこに付き合わされている。

 しかも鬼役。

 

「わっ! 久しぶり」

「千世子ちゃ──」

「しーっ! その名前で呼ばないで、周りにバレちゃうでしょ?」

 

 景も撤収作業に入ろうとすると、後ろから声を掛けられる。

 黒のキャスケットにサマーガーデン。伊達眼鏡にマスクの装いの百城千世子が、白く細い指を一本口元に当てて小さくウインクした。

 

「えっと……どうしてここに?」

「うん。たまたま今日撮ってるスタジオがこの近くでね、ちょっと気晴らしに来たら夜凪さんが居るんだもんビックリしたよ。夜凪さんはどうしてイベントスタッフなんてしてるの?」

「私はね芝居の深さと伝わりやすさの両立に悩んでいたら、黒山さんがここでバイトしてこいって」

「えぇっと……それってこのイベントスタッフのバイトで解決出来るものなの?」

「ええ、出来たの! ちょっと見ていてっ」

 

 意気揚々と。

 青いキャップを整えて、浅く息を吸う。

 千世子から離れて、逃げる子供達ともうほぼ歩いて追いかける楓に近づいて、景は声を掛ける。

 飽くまで自然体。

 

「みんなー! そろそろクマにゃんは帰らないといけない時間なの」

「えぇ、まだいいじゃんかよぉ」

「そうだ、お姉ちゃんも一緒にあそぼ!」

「わがままばっかり言っちゃダメだよ? ほら、みんなのお母さん達も待ってるじゃない、ほら、一緒にお母さんのところ行こう?」

 

 そう言って子供達の手を引いて、母親の元まで連れて行く。

 楓も一緒にと思って目線をやると、着ぐるみの手でバツマークを作り首をぶんぶんと横に振った。動けないみたい。

 母親達に引き合わすと、子供達は家路へと着いていく。

 名残惜しそうに振り返りながら手を振る子供達に、景は笑顔で振り返した。

 

「お疲れ様クマにゃん」

「だ……誰がクマにゃんだ。んで夜凪がさっき話してたの誰?」

「ん? 千世子ちゃんよ?」

…………Oh no

「ほら立って、雪さんに千世子ちゃんとちょっと話してくるから遅れるって言っておいてくれるかしら?」

「ウン、ワカッタ」

「なんで片言なのよ」

 

 楓に声を掛けると、どうやらまだ少しは元気があるみたいだった。

 千世子と話してから戻る事を伝えると、何故が動揺した様子。

 もしかしたら楓は、千世子のファンなのかなと景は考えた。

 有名だし可愛いしなんなら景も千世子のファンである為、珍しい事じゃない。

 

 楓を連れて、後ろで手を組み待っている千世子の元に向かう。

 

「お疲れ様、夜凪さん……声は遠くであまり聞こえなかったけど、身振りとか表情で分かったよ。派手な芝居以外の演技も上手くなったんだね」

「そうなの! もっといっぱいお芝居を続けて上手くなるわ!」

「あはは、私も負けてられないなぁ」

 

 流石は百城千世子。景達の世代を代表する女優の観察眼は、景の伝えたかった事を、しっかり汲み取ってくれたようだ。

 負けてないと綺麗に微笑んでいた千世子が、居心地が悪そうにしていた着ぐるみもとい楓に向く。

 

「着ぐるみさんもお疲れ様でした、随分疲れていたみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

 気遣うような千世子の声に、楓はあわあわとしながら必死でゼスチャーをした。

 ファンだもんね、仕方ないね。

 

 コクコクコク! (大きく三回うなずく音)

 しゅぱっ! (片手を上げて、バイバイのポーズ)

 たったったっ、どてーん! たったったっ! (走ってこけてまた走りさる姿)

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