その知らせが私―カタリナ・クラエスのもとに届いたのはいつも通り畑で作業をしていた時だった。毎日きちんとお世話をしていたのに枯れてしまっていた野菜たち。自分ではどうしようもなかった問題は、緑の手を持つ少女メアリと出会ったことで無事解決した。
「頑張っておいしい実をつけるのよー!」
瑞々しい葉を広げる野菜にそう声をかけていたら、慌てた様子のアンが現れた。
「どうしたのよ?そんなに慌てて。」
「王子がいらっしゃたのです!」
「王子?ジオルドならいつも通りここに通せばいいじゃない。」
ジオルドは3日と開けずにクラエス家に訪れている。本人からも出迎えは要らないと言われているし、ほっかむり姿だって何度も見られているのだ。いちいち驚くこともないだろうに。そう思って水やりに戻ろうとした私の耳に驚きの言葉が流れ込んできた。
「ジオルド様ではなくその弟の第四王子のアラン様が来られているんです!」
「え、なんで?」
詳しくはわかりませんがとにかくカタリナ様に合わせろとのことで。そう説明するアンのセリフを半ば聞きながら私は自分がピンチに陥っていることに気が付いた。
第三の破滅フラグに直接乗り込まれてしまった…
アンを含め多数のメイドに手伝って貰い急いで身支度を整えた。令嬢として許されるギリギリの速さで急いで部屋に向かう。
「お、お待たせしました!」
「遅かったな。」
そうして向かった応接間に攻略対象の1人であるアラン・スティアートが座っていた。攻略対象だけあってとても美形だ。ジオルドを金髪碧眼のThe・王子といった容姿と比べると、こちらは銀髪碧眼の野性的なイケメンといった感じだ。しかしながらしわが寄せられた眉間に、うっすらとだが隈ができた目。何より雰囲気が私に対しての不満を感じさせる。そんなに待たされたのが嫌だったのか。
「申し訳ありませんでした。支度に手間取りました。カタリナ・クラエスでございます。」
「アラン・スティアートだ。」
最大限丁寧にした挨拶にぶっきらぼうな返事が返される。待たせていたのは確かにこちらではあるのだが、それはあなたが予約も知らせも無しにいきなり訪ねてきたからでしょ!そう言ってやりたい気分だが向こうはまだ8歳の子供、こっちは17+9歳の大人なのだからと無理やり押さえつける。
「カタリナ・クラエス、今日はお前に話がある。」
私は大いに混乱した。今この場が完全に初対面なのに話とは。もしかしてジオルド経由で私の何か悪い話が伝わったのだろうか。でもこの段階だとアランとジオルドの仲は拗れていてろくに話もしないはず。頭の中に?を浮かべてる私にアランが切り出した。
「メアリ・ハントのことだ。」
「メアリの…?」
メアリのこと?メアリに関して怒られるような何かがあっただろうか?緑の手を先取りしてしまったことは確かに申し訳ないと思うが、そのせいでメアリが恋に落ちないなんて事態にはなっていないはずだ。
「彼女は俺の婚約者になった。知っているか。」
「え、ええ。存じております。」
「だったらみだりに誘惑するな!」
はずだ!だって心配になってアランの話題を振ったときにそれを確信できるセリフをメアリ本人から聞いたのだから。
『カタリナ様と同じように、私を緑の手の持ち主と、特別な存在だと言ってくださいました…』
そう言って頬をバラ色に染め、うっとりとした顔で自分の手を見つめるメアリ。原作通りにアランに恋に落ちた。はずだ。さすがは乙女ゲームの素敵な王子様、そんじゃそこらの悪役令嬢とは格が違うわね。なんて思っていたのに、なぜ私が誑かしたなんて話になっているのか。
混乱する私をよそにアランはポツリと言った。
「…お前、気づいてすらいないのか。」
―――――
思わず口をついて出てきた言葉が部屋に響いた。静まり返った部屋の中で、カタリナ・クラエスは首をかしげるばかりだ。
文句を言ってやるつもりだった。人の婚約者を誑かすなと、婚約者がいる身でなぜそんなことをするのかと。でも違った。こいつはそんなつもり微塵もなかった。じゃあどうすればいいんだ。ここに来るまでに溜まりに溜まったいろんな思いが胸の中でグルグルしている。ここですべて吐き出せると思っていたのに、唐突に行き場を失った気持ちは俺を苦しめるばかりだ。
詳しく聞かせてください。そう言われてお互い席に着いた。彼女のメイドが入れてくれた紅茶を挟んで、俺はぽつぽつと話した。メアリを初めて見たときに心がポカポカするような、苦しいような不思議な気持ちを感じたこと。数日たって、それが恋心であると自覚したこと。それからメアリと話すことが、目を合わせることが、笑いかけてくることが、メアリと過ごす全てが楽しかったこと。
「でもある日、お前の話題が出たときに―」
メアリはお前に恋をしていると気づいた。そう口にしようとして気づいた。ここから先は駄目だ。俺の口から伝えていいことではない。だって、これはメアリの恋心だ。恋心は、誰かの口からいつの間にか伝えられていいものではない。そうして黙り込んだ俺に、カタリナは頭を抱えてウンウン唸っていた。そしてしばらくした後、俺の目を見ながら話しだした。
「私には、メアリはアラン様に恋してるように見えます。でもそうじゃないとしても、そんな顔しなくていいと思います。」
「……。」
「今のアラン様の顔は、まるでもう恋がかなわないみたいです。でもきっとそんなことありません!」
「そうか…?」
「はい。アラン様は素敵な王子様です。」
「素敵な、王子様?」
「ええ。とっても素敵な王子様です。」
カタリナは胸の前でぐっと拳を握りながらそう言った。素敵な王子様。いつもなら皮肉に聞こえていただろうその言葉が、心の中にじわりと溶け込んでいく。おべっかでもお世辞でもなくそんな風に言われたのは、初めてだった。ジオルドの残りカスだと、自分でも思っていたのに。
「ありがとう。そんな風に言われたのは初めてだ。」
「はい。」
その後急に押し掛けたことへの謝罪と、話を聞いてくれたことへのお礼をして屋敷を出た。お付きの者たちに無理を言って馬車を走らせる。
目指すはハント侯爵家だ。
―――――
アラン様がいらっしゃった。その知らせが届いたのは、アラン様にしたことの罪悪感で何も手がつかず、ぼーっとしていた時だった。慌てて支度して応接間に向かうと、そこにはいつものアラン様が居た。昨日のことで私を避けるとばかり思っていたので、その様子にひどく安心した。
2人で話したいというのでメイドたちに席を外してもらい、アラン様は単刀直入に口を開いた。
「俺は、君に恋をしている。そして君は、カタリナ・クラエスに恋をしているだろ。」
「…恋、と呼ぶのかはわかりませんが、」
ずっとあの人の隣に居たいと、隣に立つのに相応しい人になりたいと思っています。そう伝えると、彼は一瞬苦しげに目を細めた後、わかってたという風にうなずく。
「今日、カタリナ・クラエスと会ってきた。」
「っ!」
「素敵な人だった。きっと君と出会う前なら、俺も彼女に恋をしていたのかもしれない。」
驚いて固まった私が話を聞けるようになるのを待って、彼は話を進める。
「だから俺は、君の恋を邪魔しない。」
「っそれは、」
「君とカタリナが一緒になって君が、メアリが幸せになるなら、君の恋に協力してもいい。」
俺は君に笑顔でいて欲しい。その言葉に涙が出そうになって慌てて下を向く。なんて献身的な愛だろうか。アラン様への想いが胸の奥でチリチリと燻るのを感じる。
でも、という彼の言葉に顔を上げると、そこには恋するものの瞳があった。胸の奥で燃え盛る恋の炎の熱が目を通して私を射抜く。
「俺は君への恋心を諦めたりしない。絶対に、何があろうと。」
力逗葉その言葉を受けて私にできたのは、ただ頷くことだけだった。