アラン様に思いを伝えられてからしばらく経った。彼は宣言通りに私に協力してくれた。カタリナ様の隣に立つに相応しい令嬢になりたい。そんな私の想いを組んでくれた。毎日必死に努力する私に付き合ってくれた。何時間もダンスの練習相手になって貰ったり、楽器の演奏を見て貰ったり。一緒にいることそのものが楽しいのだと言わんばかりの笑顔で付き合ってくれた。
カタリナ様の所に2人で訪れる機会もあった。彼はカタリナ様のその公爵令嬢らしからぬ振る舞いにお腹を抱えて笑っていた。そしていつの間にか仲良くなっていたキース様と話している姿をよく見かけるようになった。そうしてクラエス家に行くたびにカタリナ様の所へ行く私を笑顔で見送ってくれた。
彼と過ごしていると、胸の奥がポケポカと暖かくなる。これはきっと親愛や友愛と呼ばれる気持ちなのだろうと漠然と理解していた。このままの関係が続けばいいと、この気持ちはそう思わせる。いわゆる恋愛関係になりたい、先に進みたいとは思わないが、彼と一緒に過ごすのはただただ心地よかった。
そんなある日のこと、私のピアノの練習が一段落付いたときに、ふと思い立ってお願いしてみた。
「アラン様の演奏をお聞かせ願えませんか?」
彼は少し驚いたような顔をした後、優しく笑みを浮かべて了承してくれた。彼はふうと息を吐いた後、彼の指が鍵盤をたたく。
瞬間私は音に飲まれた。
気が付くと演奏は終わっており、私の胸にはただただ感動が渦巻いていた。音楽とは、演奏とは、これほどまでに強く人の心を動かせるものなのかと、漠然とした思いが心の中に広がる。
「…メアリ…?」
心配そうな目を向ける彼の声にハッとして大丈夫ですと首を振る。私は熱に浮かされたような感覚のまま彼に近寄り、その手を取った。驚きで目を白黒させている彼に笑いかけ。私は口を開いた。
「アラン様は私の手を緑の手だと、特別な才能を持った人の手だと言ってくださいましたよね。」
「あ、ああ。」
「そして緑の手を持つ私は特別で素晴らしい存在なのだと。」
アランさんの手は、白くて小さいながらも私の手と比べると少し硬い男の子の手だった。先ほど鍵盤の上で踊っていた細い指に触れながら続きを話す。
「アラン様も同じです。」
「俺の、才能…?」
「ええ。アラン様、あなたは特別で素晴らしい存在ですわ。」
私を変えてくれたこの言葉をあなたに贈ろう。私はあなたが好きだから。自分のみを焦がすような熱く大きな恋心ではないが、それでもまるで陽だまりのようにポカポカと私を暖かくしてくれるこの想いをくれたあなたに。
―――――
ハント家を後にして王宮に着くまでの馬車の中。俺はボーっと窓の外に視線を向けていた。
『アラン様、あなたは特別で素晴らしい存在ですわ。』
メアリに言われたその一言が頭の中で何度も響く。そのたびに胸が苦しいような、暖かいような、不思議な感覚に襲われる。
特別。俺にはそんな言葉は向けられないと思っていた。同じ日に、同じ人からこの世に生まれ落ちたというのに、双子の兄のジオルドは何をやっても俺の上を行った。比べれば比べるほど、自分は劣っているという現実を突きつけられた。だから俺はジオルドを避けるようになった。それでも俺の方が下だということを馬鹿にしている声が城中に響いているような気がした。俺は劣等感でいっぱいになった。どう頑張っても勝てないと、自分でもあきらめていた。でも、
『この手はきっと、音楽を奏でる才能を持った人の特別な手なのでしょう。』
メアリに、特別だと言われた。それだけで胸の奥から暖かい気持ちが溢れ出てくる。俺の心にあった暗く重い気持ちを溶かしていく。我ながら単純な男だと思う。好きな人に特別と言われた。それだけでこんなにも嬉しくなってしまうなんて。
―磨こう。
そう思った。メアリが見つけてくれた俺の才能。自分でも気づいていなかった俺の原石。磨いていけばきれいに輝かせることが出来る、俺だけの特別な才能。
城に帰ったらピアノを弾きたいと従者に伝えると、微笑ましいものを見るような目で見られた。それを無視して、練習用の楽譜を用意してほしいことも伝える。いつもは憂鬱に感じていた城への帰り道が、心なしか楽しく思えた。