だいぶ前に改稿したんですが、倍くらいに増えてるんで気を付けてください。
今回の二話もゲーム的な部分を少々弄っております。
では、どうぞ。
高い日差しすら、この濃い緑地の奥までは届かない。
薄暗い森の中、背丈に及ぶ巨大な盾を持ち、身長を超える長槍を背に歩く女性。辛うじて女性と判別出来るくらいには極々少ない面積で素肌が、そして仕草が分かる程度の重装備。全身此れ鎧也。
ガチャガチャと音を立てて歩くさまは、どう見ても自然に溶け込めず、酷く目立つ。尤も、他に人が居れば、だが。
生憎、目立つ風貌とは違い、女性に注視する他者は居ない。
そんな森に、この重装備。どう見てもハンターにしか見えず、ハンターであるならば自ずとその目的も知れてくる。
暫し歩き、背負った長槍を徐に構える。視線の先は小型とは言え、女性の背丈に迫る大きさの獣。体躯はトカゲに見えなくもないが、短い前足を宙に浮かせ、後ろの二足で立ち、威嚇する様はどう見ても普通の獣ではない。橙の肌に、鋭い牙。その大きな口は、草木を食すより、肉を食いちぎる事に特化している。
数は二体。暫し威嚇する獣――改め、「モンスター」。
それぞれの口からぎゃあぎゃあと喚く耳障りな音と、一瞬の停滞を以て吐き出される見るからに毒々しい体液。それを余裕を持って避ける女性。
互いに予定調和のごとく、遅滞もなしに次の行動へ。
得物は牙と槍。リーチにあまりに違いがあるが、モンスターの知能ではその絶望的なまでの性能差と言うモノを理解出来ない。これが致命的な差であると――
己の牙を突き立てる為に、二足を懸命に動かし、一匹が眼前に迫る。女性は慌てた風もなく、ただ一突き、その槍を前に突き出す。
狙い違わず、モンスターの目に突き刺さり、断末魔と共に朽ちる。たかが一撃、されど一撃。無知の突進は、最良の突きを以て返される。何気なく放った突きだが、己の得物が何たるかを理解した、熟練者の突き。必殺の間合いで、相手との相対距離と相対速度、行動予測、その全てが合致した会心の一撃だ。これだけでも女性の技能が良く分かると云うもの。
連れが倒れ、再び威嚇すると、もう一匹も果敢に攻める。ただ、在り来りな突進では敵わないと理解したのか、それともソレが個性なのか……伺い知れる手段は無いが、それはこの際どうでもいい。問題は先程の個体とは違う動きだった、その一点。
しかし、動きそのものは種で見た場合に、それほど珍しい動きではない。寧ろ、ヒトを含め、ほぼ全ての陸生動物なら行える、極々基本的な行動パターン。
なんのことはない、飛びかかったのだ。
陸生動物にとって、上からの攻撃と言うのは酷く恐怖心を煽り、対処の難しい攻撃だった。避けるのは簡単だが、迎撃と云うのは須らく難しい。元より空を舞う者はその優位な位置関係より強襲し、陸の生物ですらその恩恵は計り知れない。
巨躯を生かした圧殺、矮躯なれば足りずにいたリーチを補う利点、脚力を自慢する者ならば、目測を謝らせる程の跳躍からの奇襲。利点は様々だ。
原初より存在する単純ながら有効な攻撃方法。しかし、欠点と云うものも、確かに存在した。
女性もタダで攻撃を喰らうつもりは無いだろう。元よりヒトはその思考力、適応力を用いて戦う異端の生物だ。更に言えば、ハンターとは、それに特化した存在。
目元まで兜で見えないその風貌。そんな中、その僅かに見える口元は哂っていた。
飛びかかるほんの僅かに前、確かにソレと分かるが、判別するには難しい行動をモンスターはしていた。
大凡一秒に満たない僅かな時間、モンスターは一度その突進を緩めていた。己が脚力を活かす為に、僅かに屈み込んだのだ。
その僅かな時間を審に見て取り、女性が起こした行動は迅速だった。盾を眼前に構え、身を引きながら槍をまるで矢のように番えた。十分に槍を引き、今か今かと狙いを定め、その時を待つ。
陸生のモノが、一度地を蹴り飛び上がると、その間は己の軌道を修正できない。
これはどうしようもない事実だ。ほんの僅か、数ミリ程度ならば、変えることが出来るかもしれない。翔べないとは言え、羽を持つモノならば多少ならば変更出来よう。
だが、ことこの場に限って言えば、モンスターにそのような能力はなく、則ちそれは明確な弱点として存在していた。
爪を突き立てようとしたのか、牙を突き立てようとしたのか。それは分からないが、数俊前までは存在しなかった盾がモンスターの眼前に在った。知能の程度とは関係なく、ただ相対距離から導き出される予測接触時間より僅かに早く、大盾に接触した。
起動も変えれず、顔面から只管に硬い大盾に突っ込むモンスター。自業自得と言われればそれまでだろうが、鼻を潰され、脳を揺さぶられ、辛うじて踏みしめた大地のお陰で転がることだけはしなかったが、ふらつく躯はどうしようもない隙。
そこへ顎から脳天を突き破る衝撃を感じ、モンスターは息絶えた。
肉が焼ける音と匂い。焦らずゆっくり軸巻きを回転させ、全体を満遍なく焼く。
橙色の肉食モンスターを尻に敷き、肉を焼く。女性本来の重さに、鎧も合わさって、弛緩した死体では重さに抵抗出来る筈もなく、遺体の口から色々溢れさせていた。尤も、口とは逆向きに座っている女性はそんなことに気が付かない。もしくはただ無視しているだけか。
焼いている肉は下敷にしているモンスターのモノではない。そのモンスターが狩ろうとしていた草食獣のモノだ。
単純に、ハイエナの如く漁夫の利を得るだけなら、このモンスターを倒す必要はない。だが、問題はこのモンスターが毒持ちだと云うこと。
流石に毒の回った肉を食して無事でいる自信も無く、後の安全の為にも――と言うことで倒させてもらった次第。
モンスターにとってはいい迷惑でしかなく、理不尽極まりない。
挙句、死して尚その身を腰掛けにされれば報われまい。
上手く焼けたのか、肉を高々と掲げ、女性は云う――
「上手に焼けましたっ!」
どこかうっとりとした表情で、力作と言わんばかりに肉を見つめる。
幸せそうに、肉を頬張り初める、数度頷きを入れながら。
『姉さま、私ももう一人前ですよ!』
槍使いの女性。名を「イオン」。とある山間の村出身のハンターだ。
手解きは同じ槍使いのハンターである母。
ハンターを志す切欠は、数年前まで同じ村に住んでいた女性。同じ村、と言うより、「同じ家」と言った方がいい。物心付いた時から既に一緒に暮らす仲。イオンにとって、母親は二人居た。優しく、品性の高い実の母親。快活で、父性すら感じるもう一人の母親。
そんな二人に囲まれ、“姉妹”は仲良く育っていった。
イオンの姉は、普段は表情の読みづらい――ある意味冴えない――ぼうっとした感じがあった。だが、何か「決めたこと」と行動を始めると、鮮烈で、熾烈。静と動の落差の激しいヒトだった。
酷く極端な性格だが、イオンはそんな姉が大好きだ。喧嘩をすることはあっても、必ず先に謝って、イオンを優しく包み込んでくれる。
大好きな姉。彼女はもう一人の母親に頼み込んでハンターになった。
その姉を見て、イオンも同じようにハンターになろうと、自然に決めていた。
姉ともう一人の母親が、3年前に村を出た。
理由は――詳しくは分からない。いや、聞いてはいたのだ。ただ、納得いかなかっただけで。
泣いた。泣きに、泣いた――
涙に濡れるイオンを優しく抱いたのは、やはり大好きな姉。
「いつか、きっと。二人で一緒に立派なハンターになろう。
私は先に行くよ。ちょっと遠い所で、なかなか会えないと思う。
だけど、いつか、きっと――また会える」
難しい言葉でも、格好良い言葉でも、綺麗だったり力強い言葉でもない。
ただありふれた、優しい言葉。それでいて、別れは然りと云う、悲しい言葉。
置いていって欲しくないのに、もっと一緒にいたいのに。
姉はいつもそう。極端だ。別れと決めたのだから、もうそれを覆そうとは思わないのだろう。もう、姉の中では私と二人でハンターになる未来は決定事項。ただ鮮やかに熾きる炎の様。一度点けば燃え盛るのが姉だ。そういう人だ。
決まって、そんな時に姉が浮かべる表情。にい、と釣り上げた唇の端(は)、笑みと云うには些か粗暴な雰囲気すらあるソレ。
泣いているのが馬鹿らしくなってくる。ああ、そうか、と酷く単純で難しく考える必要なんて無い、そう思わずにいられなくなる。その不敵な笑み。
きっと、姉の中では私も立派なハンターになることが決まっている。だったら悩む必要も、泣いて駄々を捏ねる必要もないのだ。本当に必要なことはただ一つ――
「うん。私、きっと立派なハンターになって、姉さまに会いに行く!」
――ただ一つ、そんな未来を手にすべく、ただ邁進するのみ、だ。
イオンがハンターになって、得手とする武器に槍を選んだのには理由がある。
どうしても突っ走ってしまう姉を守りたいからだ。
姉の得物は、イマイチ判りづらい性格に反して――いや、性格に合ってるのかもしれないが――双剣や重戦闘槌などの近接武器ではなかった。
突っ走る、とは言うが、あくまで性格的な意味であって、行動そのものが「突っ走っている」訳ではない。
――姉は極端だ。
これと決めたらどこまでも突き進む性格の持ち主のくせに、事狩りに関して言えば、冷静すぎて怖い。少し前に出会ったモンスターの生態研究家を名乗る人物に近しいものがある。物凄い情熱で周りがドン引きする程にのめり込みながら、その実、表情や言動以外の全ては冷静に一つ一つ観察していく。
同じように、姉もまた、熾烈なくせに冷静だった。
そんな姉はセンスとか技とか――そういった「個人の力量」のようなモノをとことん嫌っている。
そして何より、自身の状態に左右されない、決まった働きが出来る武器を好んでいる。
詰まる所、弩弓が姉の得物だった。その中でも「重弩弓」と呼ばれる武器を好む。ヘヴィボウガンを得物とし、今もそれで狩りをしているに違いない。ライトボウガンはどうか、と聞いても「中途半端だ」と返ってくる。個人的には中途半端には思わないが、姉的にはそうなのだろう。
正直に言えば、姉のそんなところは未だに理解に及ばないが、それも個性だと諦めも着く。
そんな姉の力になりたいが為、私は槍にしたのだ。
基本戦術が遠距離からの狙撃である以上、どうしても近距離は不得手になる。
ましてや弩弓以外にも矢弾を装備する必要性、また、細かいアングル調整とその際に装備が邪魔になる可能性から、比較的軽装の防具になるので下手な攻撃が致命的だったりする。
姉は突っ走る。これと決めて狩りに行くのなら、倒すまでは帰らないだろう。そのくせに冷静に、無茶をせずに、必要なら時間を掛けて地道に時間の許す限り、ゆっくりと討伐するのも当たり前なヒトだ。
だから、自分は前に出ようと思った。
姉の盾になり、長槍で動きを阻害し、点の攻撃で姉の邪魔にならないそんな武器を。
――「二人で立派なハンターに」――
ただそれだけを胸に、今日も私は狩りに行く――
小休憩を挟み、空いた腹も満たし、槍の手入れも済ませ、イオンは森を行く。
槍を背に背負う時、ふ、と母の事を思い出す。実はこの槍、そして防具一式は母の餞別だった。
彼女の師である母は、娘の門出にこの槍を託した。
イオンが覚えていない幼い頃、一度ハンターを辞めたのだが、どういった経緯か、再びハンターとして活動した時期があった。
その時は、主に組んでいたパートナーとして、もう一人の母親が居たらしい。そんな二人が最後に狩ったモンスターの素材を流用して作られた槍と防具、それがこれだ。
詳しくは聞けなかったが、使った形跡もなく譲渡されたのを思えば、初めから娘の為に作ったのかもしれなかった。
そう言えば、と思い返すと、もう一人の母親はに指南されたことがあった。
あの時は、まだハンターを志す前で、実際指南を受けていたのは姉の方。
姉にべったりだったイオンは、ただ姉と一緒に居たかっただけ。それでも鮮明に覚えているのは――やはり姉のお陰だろう、と思う。
一緒に遊びたくて、ついていった先には重武装の母と、軽装の母。
重武装は槍持ちの実の母。軽装は重弩弓を背に負ったもう一人の母。
初めは何事か、と驚いたものだ。見慣れてはいるのだが、姉について行った先に、まさかのハンター姿の母親たち。
どういうことか、とオロオロする自分に、些か困った風貌の二人が苦笑していた。
――そう、イオンは初めからハンター何ぞ目指してもいない――
だが、イオンの心など置き去りに、姉は真剣な表情でじっと二人を見ていた。
この時、まだ幼いながらも、どこかそんな姉の気持ちを理解していたのかもしれない。
姉は、きっと、ずっと、もっと――前からハンターになると決めていたに違いなかった。
そんな姉に置いていかれたくなくて、どうしようもない程に子供だったイオンは、ただただ、姉と同じところに居たくて、小鴨が親の真似をするが如く――カタチだけでも――真剣な表情で母親達を見詰めていた。
母親達は、互いに顔を見合わせ、再び苦笑。その時はイオンには分からなかった。尤も、今でも理解したとは言えないが
「これから、私たちでランスとへヴィボウガンの基本的な動作を行います」
槍を背負った状態から、淀みなく眼前に構えながら云う。
「それを見たあと、お前たちに一つ、質問するからな」
折畳まれた重弩弓を展開、構え。手馴れた動作は、イオンの意識外で既に矢弾の装填に差し掛かっていた。動作に遅延もなく手を動かしながら、そう宣言する。
母たち二人は、左右に少しばかり距離を取る。ほぼ姿勢を変えずに平行に動く槍使い。体全体をコンパクトに丸めながら、地面を転がりながら動く重弩弓使い。
盾を構え、小さいモーションで槍を突き出す。右脇で弩弓の後部を抱え、左腕で銃身半ばを支え、引き金を引く。
突き出した槍を引き込み、更に一突き。今度は上空目掛け、斜め上へ。弩弓の射出の反動に耐え、僅かに振れた砲身の向きを、スコープを覗き込みながら整え、再び引き金を引く。
二度突き出した槍、三度目は違った。その長い得物を横薙ぎに。弩弓の銃身を下げ、後部に備え付けられたレバーを引く。弦が引かれ、そこへ複数の連装された矢弾が引き込まれる。
一連の行動を終え、二人の母は互の得物を背負い、姉妹に問う。
「……さて、お前たちに質問だ。見た目はどうにも似てない槍とボウガン。でもな、不思議な事に似てるところがある。なんだかわかるか?」
問われ、イオンは思考した。姿形、似てる所は無い。攻撃方法なんて丸っきり違う。
「どう? イオン。貴女は何か気付いた?」
必死に考えているところに、槍を背負った母が言う。
ニコニコと笑顔を見せてはいるが、どこか普段と違い、えも知れぬ不安を呷る笑みだ。「人が悪い」なんて言葉の意味を、始めて知った時に思い浮かべたのは――この顔だったのは仕方ないだろう。
どうにか答えを導き出そう、と普段使わない脳みそをフル稼働。姉と母の手前、「分からない」と答えたくない、子供なりの意地で考えてみるが、空回りしているだけの思考能力では、無駄に熱を上げるだけ。全力で走った時の体の火照り、その熱が頭に集中して起きている。そんな気分。何も考えず、頭を空っぽにして走るのは、中々に気分がいい時もあったが、空っぽの頭の中で、母の問が駆け巡っている。ゴールも分からず、迷子になっても走り続けた結果、オーバーワークに脳が参った。「知恵熱」なんて言葉の意味を、始めて知った時に思い浮かべたのは――この問に窮した出来事だ。
ニコニコと言えば聞こえはいいのだろうが、生憎とこの場に居る者達は、そんな笑顔の実母をして「食えない」と思っていた。表面上はニコニコと人の良い笑顔に見えよう。だが、その実、こうやって他人をおちょくるのが好きな人だった。
『そういやこういう人なんだよなぁ……』と、もう一人の母も、苦笑している。苦笑する暇があれば助けて欲しい、と思っていたが、我が家のヒエラルキー最上位に鎮座する実母には、誰も逆らえない。唯一、それを打開出来るのは、姉だけだと思っている。
見栄も外聞も捨てて、涙目に姉に助けを求める。言葉にはならなくても、姉ならきっと分かってくれる――そう願いも籠めて、視線を投げかけた。
「……私で良ければ答えます」
やはり姉は「イオンの姉さま」だった。ぱあ、と明るくなるイオンの顔。ゆっくりと優しくイオンの頭を撫で、普段の無表情からは想像出来ない優しい笑みをイオンに向ける。
一頻り撫でて、再び真剣な顔に戻ると、姉は問に答える。
「どちらの武器も、取り回しが困難です。柄が長い槍も、両手で抱える程に大きい弩級も、長いので軽快に振り回せません」
「正解です。他に気付いたことは?」
姉の答えに満足気味に頷きを入れる実母。更に他にないか、と問うが、姉も直ぐには答えが出なそうだ。瞳を閉じて数秒考え込むようにしていたが、「わかりません」と素直に答えて締める姉。
「ま、パッと見で“そっちの答え”が出た時点で個人的には十分だけどね。
……さて、続きだが、もう一つ共通点があるのさ」
もう一人の母がそう言うと、徐に弩弓を横に構え、撃つ。反動に体を僅かに仰け反らせるが、足位置は一歩も動いていない。
「簡単に言えば、『点攻撃』なんだよ。槍は横薙ぎに振れば、広い範囲の攻撃も出来るけど、その構造上、一番攻撃力が高いのが『刺突』。小型の機動性が高い――ああ、機動性ってのはよく動くってことな――そんなモンスターとかには長柄でブン回したほうが強いけど」
時折小娘には難しい単語に首を捻っていたイオンに気付き、機動性については補足を入れながら説明するもう一人の母。
どう補足しようかと、頭を掻きながら困った表情のもう一人の母に、苦笑しながら実母が槍を突き出す動きをする。勿論、誰も居ない方向――イオン達に対して横向き――にだが。
「槍の先っぽは細くて、何でも刺しちゃいそうでしょ? そう言うことよ。だから――」
――言葉を切り、盾を眼前に構え、槍を振れない様に腰だめに確り構え、走り出す。
その向かう先に、一本の木が立っている。あと、五歩、四歩、三歩……
衝突する手前、あと二歩三歩の所でその槍を突き刺す!
激しい衝突音、轟、中心部からミシミシと嫌な音を立てる木。バサバサと羽音のように葉が擦れる音が耳障りに響く。大きく揺れる木は、それだけで末端の弱った葉を撒き散らし初め――次第に傾き始めた。
その光景は、幼心に衝撃を与えた。理屈は簡単だろうし、やってることは単純だ。だが、その効果、最大威力を知れば、驚かない方が可笑しいのだ。
木などよりも断然細い槍。確かに木より硬い筈だ、そんなことは分かっている。だが、それでも普通の突きでは多少表面を削るのが精一杯だろう。
子供ながらに、速い動きでぶつかると痛いのは理解している。だから直感的に、その攻撃の本質は理解できる。
そう、ただ加速して突く。突き自体に加速力を上乗せしただけ。
だが、その効果はイオンの体の何倍もある気を突き倒したのだ。
「これはランスの最大攻撃ね。インパクト――刺突の瞬間に、全てを集約した最上の突き。でも結構扱いに困るから、余程のチャンスが来ないと、只の博打になっちゃうけれど」
最後は苦笑しながら締める実母。確かに、スピードも乗らぬうちに刺突を繰り出しても半端ではある。
「さて、実はもう一つ、共通点があるんだ。なんだと思う?」
さすがに分からない。見ればイオンの姉も、答えに窮していた。
仕方ないな、と言った感じで二人の母は、互を見合わせ苦笑する。
「答は、簡単でもあり、難しくもある。取り回しの難しさにも関係するんだが、要は『機動力の低下』がヘヴィボウガンとランスに課せられる。そうなればランスなら敵を逃がしやすいし、ヘヴィボウガンは距離を離したいのに近付かれる」
「この武器に限らないんだけれど、敵の攻撃を見極めることが必須なの。それに衝撃や打撃力で一定以上のダメージを与えられない。点攻撃がメインと言う事は、『点である攻撃箇所の硬さに左右され易い』と言う事。さっき木を突き倒したけれど、中心じゃなくてちょっと脇に反れたら滑って当たらない。滑らずともインパクトが軸より外に流れるから、精々突き刺さるだけか、木の皮が剥がれるだけ。
硬い鱗に覆われていても、眼球は当然柔らかい。ほら、爪はある程度硬いけど、反対の指紋がある方は柔らかいでしょう? 頭は硬いけど、耳は柔らかい。同じように、モンスターにも弱点と言える場所があるの」
つまり、幾ら胴体が狙い易いからと言って、適当に攻撃するより、どんなに小さい的でも、そもそもが点攻撃である武器の性質上、逆にピンイントでその的を狙うべきである。
突きも射撃も、「弱点を突く」事に特化していた。
それからは各武器の特徴の説明に移る。重弩弓は正直イオンには理解出来そうになかった。正直、ただ引き金を引けば弾が出る、程度に思っていた。
実はその単調な攻撃方法に拘らず、装填する矢弾の種類で色んなことが出来るからだ。あまりの種類の多さに、途中パンクしかけたほど。大まかな種類は変わらないが、それぞれに威力や反動、効果などが違う事。そして、それは基本的に調合で賄う――となったところで、残りは頭に入っていない。
ランスの方は簡単か、と問われると、こちらもそうでは無かったが、イオンの感性に合っていたのか、血筋故か――漠然とだが理解できた。
特に興味を引いたのが「カウンター突き」。
突進突き同様、扱いが難しい部類だが、見た目の地味さに似合わず、その効果は絶大だ。
突進突きが能動的な攻撃手段だとすれば、カウンター突きは受動的。ただ、その結果に於ける威力と言う面では受動的なカウンター突きの方が落ちるだろうが、匹敵するだけの威力がある。
走って言って誰かにぶつかって、尻餅をついたところに、相手が持っていたモノが頭に当たる。
それぞれが個別に起これば、それほど痛いわけでもない。だが、避けようもない状態で、何かしらの衝撃が来るのだ、痛みは大きいに決まっている。
少くとも、子供にとっては肉体的にも精神的にも計り知れない痛みだ。これはイオンの実体験による。詳しく言うなら、姉を追いかけていたら、他人にぶつかって尻餅をつき、そこにぶつかった相手の持っていた卵が頭に当たったのだ。実はその時、一番キツかったのは卵が割れて、ぐちゃぐちゃになったことだが。
ともあれ、その本質は理解できた。それに敵の攻撃を防御するのみならず、そこへ反撃すると云ったところが興味をそそられる。
元より、ランス――ひいてはヘヴィボウガンも――は敵の行動予測から攻撃・防御をする武器である。ランスの本質を体現した攻撃に興味が沸かない訳が無い。
こうして、イオンはランスを使い始める。その中でも特にカウンター突きに重きを置いた、ちょっと変わったランス使いへと成長するのだった。
「おい、聞いたか? ユクモ村でジンオウガ出たらしいぞ」
それは目的の村まであと数日くらいの村でのこと。
どうにかクエストも終えて、休憩している時のこと。
クエスト自体は低難易度で、特筆すべきことはない。
難易度の高いクエストとは、詰まり凶暴な大型種が跋扈する場所であるし、小さな村が無理してまでそこで生活しようなどとは思うまい。
特殊な事情があるか、交易の栄えた場所であるか、特産品があるか。
名を上げたい猛者なら、そう云った場所に行ってしまうので、必然的に場末の農村のようなところでは大それた依頼などない。
一度、出身地で大型種が出たことがあるらしいが、それですら希だ。開拓地が資源豊富で、代わりに危険が伴うならば分かるが、危険だらけの場所に永住する為に村を作る者はそう多くない。
今回の依頼も、あくまで「一般人には困難」なクエストであり、イオンにとっては余程の油断がなければ命に関わるのはそうそう無い様なモノだ。
「ああ、二年くらい前だっけ? どっかのハンターが追い返したヤツが出始めたんだろ?」
簡素な依頼票が貼ってある板切れと、休憩出来るだけの屋根付きの木造休息所。
そこからちょっと所の川辺で農夫達が話をしていた。
ジンオウガ。聞いたことはある。これから向かう先に極希に出没するモンスター。全身を眩い光で覆い、稲妻の化身とも噂される俊敏さと強靭さ。討伐例に比べ、死亡率の方が高い事を鑑みれば、どれだけの強さか分かろうものだ。
「真偽の方は兎も角、被害は無いが、目撃例はあるらしい」
「あれ、確か“女のハンター”が追い返したんだろ?」
「ああ、その時の傷が原因で、本人は死んだらしいが――」
“女ハンター”。そう聞いて、イオンがその話を無視できるハズがなかった。
事もあろうに、向かう先であるユクモ村で、“女ハンター”が死んだ、と言うのだ。
姉か、または母か。
実際にはもっと女性ハンターは居るだろう。だが、イオンの知りうるハンターの枠には、己を含み4人の女性ハンターが居た。他にどれだけ居るか不明だが、「少くとも2人はユクモ村に居る」のだ、気にならない訳が無い。
「――あ、あの……そのお話、詳しくお聞き出来ませんか?」
居ても立っても要られず、イオンは農夫たちに声を掛けるのだった。
翌日、早朝からイオンはユクモ村目指し、歩いていた。
だが、その足取りは些か重い。
農夫達に聞いた話は、人物の特定が出来なかったので、逆に不安ばかりが募り、夜も眠れなかったためだ。
急ぎたくとも、夜間では離れした場所でもなければ方向も狂うし、車も出ない。幸い、次の村は近いのと、長距離用の荷車も定期的に出ているらしい。一日もあれば着くと聞いて、どうにか逸る気持ちを抑えて、どうにか寝たのが深夜。疲れと、「二人はきっと大丈夫」と心の中で言い聞かせ続けた甲斐もあり、なんとか睡眠を摂ることが出来た。
そうこうして半日。何のトラブルもなく次の村に着いた。
トラブルは確かに無い。それは間違いないが、あくまでイオンに限った話だ。
だからと言って、他の場所、人に同じように「何事も無かった」と言えるかと言えば、そうとも限らない。
有り体に言って、件の村にトラブルが舞踊っている状態。幾人かが、忙しなく動き、声を張り上げている様子もある。
「どうする!? ユクモ村に使いでも出すか!?」
「まて、行き勇のはまだだ。先ずは村長に――」
「――それじゃ遅ぇよ! あそこなら優秀なハンターも居るし……。そういや、まだ“極楽鳥”はいるんだろ?」
ハンター、と聞いてイオンの行動は早かった。
きっと何か大型種でも出たのだろう。大型種でも無くとも、一般人には手に余るモンスターは幾らでもいる。ならば、自分が解決出来そうならば出るのも吝かではない。
どうせ報酬の件で勝手に依頼を出せない、そんなところだろうが、慌てるほどには緊急ならば命よりは金をチップにしたほうが安いのに。
そう思いながら、村人に声を掛ける。
「どうしましたか?」
「ん? あ、おい。アンタまさか……」
イオンの声に気付いた一人が、こちらを見て目を見開く。
同じようにこちらに気付いた村人達も同様だ。
「はい、想像通り、ハンターをしております」
「おお! これならば……」
案の定、幾人かはこれ幸い、と言った反応を示す。特に若い者たちに多く見られた。
だが、逆にある程度の年齢を重ねた者達は、それとは正反対に渋い顔をするのだ。
理由は大体察せる。それこそきっと「報酬」のことでも考えていたのだろう。払う額と、村の存続、その後の生活に於ける苦悩。
どうやって上手くやるか、それを相談する間もなく、目の前にハンターが現れたのだ、慎重なのは良いが、被害が大きくなってからでは遅いだろうに。下手に過去にもこう云った事例があると、それを経験として落ち着きを得られるが、希に「前回はこうだったのだから、ここまでは大丈夫」と無意識下で勝手に線引きするのだ。モンスターに詳しいわけでもないのに、実際に目の当たりにした訳でもないのに、基準を定めて高を括る。
落ち着き無く慌てるのも大概だが、専門家でもないのに知ったか振って油断するのも大概だ。イオンは姉に比べ、少々お頭が弱いと実母に言われ、己でもそう感じることがあるが、母達の教えに則って「知識と経験は詰めるだけ詰め」を実践している。難しいことを考えるのは苦手だ。細かい計算、状況からの推理、そういうモノは苦手だ。だが、ナルガクルガが尻尾を振り始めたら刺が飛んでくる、アオキノコと薬草で回復薬が作れる、そう云った覚えた知識そのままに実践出来ることは出来る限り覚えた。
そのモンスターがどんな種類か不明だが、モンスターの特徴から予測できる村の被害などは難しくてイオンでは答えを性格に導き出せない。しかし、そのモンスターが知識にあるのならば、狩れるか狩れないか、その簡単な答は導き出せる。
今、この場でイオンが言えること、それは――
「――兎に角、どういったことなのか、お話願えますか?」
村人から聞いた話しによると、そのモンスターは近くの渓流に出没したらしい。
何故こんなところに来たのか、村人達も分からないらしい。理由はどうあれ、ここ数年は遭遇していない鳥竜種が居たらしい。
鮮やかな緑色の羽。大きく、広く、啄むのではなく、変わった発達の仕方をした嘴。楽器の音色かと聞き間違う様な鳴き声、それを成す為であろう大きく膨らんだ赤い喉袋。この時点で、その特徴に当てはまるのは1種。全くの新種で無ければ間違いなくそれは「クルペッコ」と呼ばれる鳥竜種。
村人が慌てるのも仕方ない。クルペッコは、その喉袋と独特な頭部、嘴を用いた「声真似」であらゆるモンスターを呼び寄せる。下手に刺激しなければ大丈夫なのだが、直接相対でもしなければ、そんなことが分かる訳もなく、不安に駆られるのも仕方ない。
だが、実は「あらゆるモンスターを呼ぶ」のは間違いないが、正確には「近隣にいるであろうモンスター」に限るのである。本当に何でもかんでも無条件に呼び寄せれる訳が無い。声が届かなければそもそも呼べる訳もなく、声の届く範囲に真似た声のモンスターが居なければ呼べるわけがない。仮に人間も同じことが出来るとしよう。イオンがもし、無条件で声真似で何でも呼べるなら、とっとと姉を呼ぶ。苦労してユクモ村まで行かない。つまりそう言うこと。
母の教え「知識と経験は詰めるだけ詰め」。半端な知識ではやはりダメだ、と改めて実感した。
さて、クルペッコとの戦闘ともなると重要なことがある。やはり一番危険なのは「声真似」。これで実は近隣に潜んでいたと強力なモンスターが居たら堪ったものではない。極悪なモンスターは居ないと思うが、万が一はありえる。
「ああーー……なんで依頼受けちゃったんだろうなー……」
もし、万が一、手に負えない相手が出てきたら――
急に不安になり、自分でもどうかと思うような愚痴を零す。
本当は分かっている。依頼を受けたのだって、ただみんなが困ってそうだし、手に負えそうだから。限りなく零に近い確立でしか、凶悪なモンスターは居ないだろうとも予測できる。聞く限り目立った被害を被った話は無い。活動範囲が狭いモンスターは居るかもしれないが、それだって村人との遭遇例が無ければクルペッコといえ、声真似で呼び出すのは無理だ。近くに居ないモンスターは呼べない。
……そう、何度も言い聞かせている。誰に? 自分に。
目的地に近付く程に、不安が込み上げてくる。大丈夫、強いモンスターは出ない、手に負えないのは出ない――そこで、はっ、と慌ててアイテム袋を漁り出す。音爆弾と呼ばれ得る人では聞き取り難いが、可聴域の広いモンスターには特別な効果を齎す特殊兵装。それの確認だ。
声を真似る特性を持つが故に、真似る声を聞き分ける為に発達した耳を持つ。それがクルペッコであり、故に音爆弾は効果的だ。
確実と言える程の確率で、声真似を阻止出来る。腕に自信どころか、狩りが好きな腕自慢でもない限り、クルペッコ戦ならば推奨装備の一つ。これがあるのと無いのでは難易度から違う。
ただ、“推奨”と言うだけあり、実は潤沢に持てる程に出回っていない。理由は簡単で、素材がモンスターからしか取れないからだ。そして、利用者も大凡がハンター。素材自体出回る事も少ない。ハンター自身が獲って、作って、使うのだ。小さいサイクルで循環してしまう。畑で採れた野菜なら、栽培者以外も買おうが、ハンターでしか取れず使わずでは蒐集難易度に噛み合わない安さになってしまう。需要と供給が内輪で巡ってしまっては金にならない。つまり、そう言うこと。
大体そう云ったモノは、欲しい時に無くて、要らない時に有る場合が多い。特定の状況でしか効果が無いクセに、供給が少なく、しかし、目新しさも希少性も無い。無くても狩れるようになると、使えばその素材を狩りに行かねばならぬと、使い渋るようになり、余る。支給品で貰えることもあるとなると、言わずもがな。鞄が圧迫される、と置いて来た時に限って入用になる。そんなアイテムの一つ。
ではイオンが持っていた理由は? と言えば、決して余っていたからでもなく、それなりに理由もあった。
何より敬愛する姉の為である。
ハンターになった経緯からして“姉”が絡んでいるのだ、イオンにとっては然も当然のこと。重弩弓の相方として、盾で守り、サポートするのが自分だ、としているイオンだから。イザと言う時に使えない自分に用はない。それがイオンの矜持。
そんなイオンだからこそ、常に“例え普段使わない”としても、許す限りのアイテムは持ち歩く癖を付けていた。甲斐甲斐しいにも程がある。再会前からこれでは、と。
『大丈夫。私は何時も通り、完璧だ』
持ち物、体調、武器の手入れ、全て良し。
いつ姉に会っても恥ずかしくない。
自信、とは。自らを信じて。揺るぎない信念、それを意識できたとき、自らを信頼に値する人物、と認識出来る。そう、「私は大丈夫」。
不安? そんなもの、感じる必要などない。完璧な自分は、今日も生きて姉に会いに行く。
そう思えば、体の底から力が湧いてくるようだ。自然、表情にも変化が現れてくる。
ニヤリ、と不敵な笑み。大好きな姉が、母達が、何時もイオンの不安を吹き飛ばしたように。今度は自らが、自らの不安を吹き飛ばすように――
クルペッコの四度にも及ぶ、意外に強烈な嘴突き攻撃に、盾が変形してしまうのでは、と不安になるのを抑え、耐えきる。
――目標のモンスターに遭遇して、早四半刻。母達の教えを忠実に守り、焦らずじっくりと対象を攻略していく。運動に支障を来さないように、致命的なダメージを受けないように、じわりじわり、ゆっくりと――
敵の特性、習慣……あらゆるものをその四半刻で理解、対応。勿論、この防御とて、ただの防御ではない。ただ単調に繰り返された攻撃、そこに付け入る隙があるのだ、黙って守りに入るのはイオンの趣味ではない。
片腕で支える盾が痺れる前に、踏みしめる脚が崩れる前に――敵はその攻撃を終えてしまった。
――にやり。
口元を歪ませ、火竜が炎を吐き出すかの如く、力の捌け口を求めている槍を解き放つ。
鋭く、抉る様な突き。轟、と。その剛き一撃は、ただ己が成さんとその業を持ちて、敵を屠らんと喰らい付く。
狙いはその嘴。鳥竜種が原始的に持ちうる、基本的な攻勢行動の大半が生まれ、其れ故に硬く、その嘴から身を守ろうと自身を固くした生物ならいざ知らず、その嘴を優先的に、攻勢目標にするのはそうそう居ない。そもそも攻撃させない為に、その嘴を縛る目的に攻勢に至る生物が居ようとも、破壊、無いし千切り取る様に攻撃するのはハンターだけだ。
それに思い至らずに、馬鹿正直に安易な行動に出た敵に同情はない。下嘴から脳天に向けて、イオンが身に付けた業で以て、攻勢の際、明確な隙、嘴を振り下ろした際に弛緩した顎――これ以上にない絶好の機会に、強烈な一撃が入ったのだ。脳天まで突き刺さることは無かったが、その嘴が縦にひび割れたのは当然とも言えた。
堪らずのたうち回り、奇声を上げて、怒り狂う。
それを見て、イオンは――冷めた思考で携帯食料の干し肉を噛んでいた。
まるで挑発、正に挑発。しかして、その思考は冷静。ただ手短に栄養を供給し、集中力を失わない為に、ほんの僅かな休息をしているに過ぎない。
怒りに吠える様を見て、追いすがり追撃するハンターが居るだろう。それも一つの選択肢であるし、イオンの行動もまた、一つの選択肢。
イオンの行動を見てかどうかは分からないが、敵は両翼に付いている火打石を打ち鳴らす。次に来る行動を、四半刻も費やして理解している。黙って盾を構えた。
相対距離はそこそこ長い。イオンでは当然一足飛びではたどり着けず、それは敵にしても同様で、今までの飛び付き距離を考えると二足。
敵は不規則な軌道と思わせる為なのか、ややズレた斜め前に一足飛び、そしてどのようにして起こしたのか分からない爆炎。
やはり、とイオンは思考の底で頷きを入れ、安直なその行動に鼻を鳴らす。
二足目、こちらに方向を修正しての飛び掛り、同じように爆炎を撒き散らす。
爆炎、とは言え、所詮生物が生み出せる程度のもの。イオンの数十倍もある生物なら兎も角、精々二倍が良いところのクルペッコが生み出した程度で、構える盾を超えて炎がイオンを焼くことはない。多少の熱さを感じるが、それだけだった。
あとは先ほどと全く変わらない。飛び掛り、宙に浮いた哀れな“的”を突き穿つだけ。
完全に投げ出された状態の身体に、どんな凶暴な竜種にも匹敵するような大きく鋭い矛先が貫かんと迫る。クルペッコにそれを回避する手段も無い。
距離にして5~6歩程度先に転がるクルペッコ。吹き飛ばす、と言うには些か短い距離だが、体躯差を鑑みれば、そう形容しても間違いでは無いだろう。転げ、のたうち回るクルペッコに対し、イオンは追撃姿勢に入る。
盾を全面に、やや屈み込む様に前身を倒し、槍を突き出し――駆ける!
助走距離はやや少ないが、構わない、少しでもスピードを乗せてでも、一撃を重くするだけ。
「やあっ!」
掛け声一つ、共に吠えるは風切る音。狙い違わず、その鋭い突きが胴体に刺さる。
この時、少なからず、イオンは油断していた。これで止め、とばかりに追撃を放ったのは理由がある。予想以上に自身の体力が消耗していたからだ。
この突きで倒すことが叶わなくても、良いダメージは与えられるだろう、そう思っていた。
それは間違いではないし、事実、クルペッコは非常に重いダメージを受けた。
本当ならば、イオンは冷静に距離を取り、次の行動に思考を割かねばならない。元より複雑な思考は苦手なイオンは、ただ観測した行動パターンと、敵の動きを見ての先読みが売りの動きしか教わっていない。割れた嘴、見た目矮小な自分の突きで吹き飛んだクルペッコに、勝利を確信して追撃を放ったのだ。まだ敵がどれだけ動けるか、そう云った知識、経験に乏しいイオンの、迂闊な行動と、その隙。それを狙ったのかはクルペッコにしか分からないが、事実として、その隙にクルペッコは反撃した。
爆音。イオンは一瞬何が起こったのか把握出来ず、気が付けば地面を転がっていた。更に言えば、体が妙に熱かった。
ハッとし、我武者羅に転がり回る。咄嗟に行動に移れたのは、限定的にとは言え、母から賜った訓練の成果だろう。今この時は感謝したが、当時は松明片手に「早く転がらないと燃えちゃいますよ」とニコニコ笑いながら襲ってくる実母に恨みとトラウマを覚えたものだ。
少し焼けた髪の先を気にしつつ、身体に異常が無いのを確認した瞬間、耳に聞こえる“声”を聴き、顔色が青くなる。
間に合え! と焦りに袋を開けるのをもどかしく思いながら、ソレを手に取る。
『鳴いたクルペッコには音爆弾ですよ』
そう言って居たのは誰だったか、兎に角、自分の知識にある妨害行動を取るべきだ、と音爆弾を持ち、投げる。いや、投げようとした。
ぐっ、と奥歯を噛み、泣く泣くソレを仕舞う。何のことはない、クルペッコの声真似が終わっていた。
最早役に立たないと、乱暴に仕舞い、離れてしまった距離を詰めるべく走る。
クルペッコの方も、それほど余力は無かったのだろう。這々の体で逃げようとしていた。背を向け、体を引き摺るようにして逃げるクルペッコ。それよりは早いが、体躯差により、確実に狭まっている距離に対し、掛かる時間は相応に長い。
逸る気持ちで、満足に動かない体を推しているクルペッコに、今度こそ最後の一撃を。そう思い一向駆けるイオン。一歩一歩が長く感じる。だが、逆にイオンは一歩毎に冷静になっていった。目の前に鳥竜種特有の脚が大きく映っていく。それに伴って、不思議と思考が冴えてきていた。
どうやれば最高の一突きが出来るか。それだけが頭の中を占めている。余計なことは考えるな、そもそも自分は器用じゃない。
一歩、あと、一歩――
「これでも――喰らいなさい……ッ!!」
渾身の一撃。体を前に押し出そうと伸びきったクルペッコの脚に、最高速に達したイオンのスピードと、訓練の賜物である鋭い突きが合わさったのだ、どうあがいても無事で済む訳がなかった。
先程まで以上に転げまわるクルペッコ。手足をばたつかせ、必死に抵抗する。そんな相手に盾を突き出し、数歩駆けると――そのまま盾でクルペッコの顔面を殴る。
喚き声も遮断され、脳天を揺さぶられ、一瞬意識が飛ぶ。
――訂正しよう。
クルペッコの意識は、そこで永遠に途絶えるのだ――
クルペッコの脳天に突き刺した槍に、体を預けて息を整える。
「はあ、はあ……ねえ、さま……」
クルペッコを撃破し、これで漸く終わったのか……そう思った時だ、複数の小型鳥竜種が出てきたのは。
ジャギィ。特別警戒する必要も薄い、至って平凡な小型鳥竜種。群れることが多く、数だけは厄介だが、新人ハンターでも苦戦することがない相手。
だが、問題はイオンの状態だった。
比較的優位に討伐を進め、途中の油断さえなければ特に大きな怪我もない。だが、体力の問題が残る。
それだけなら良かった。問題は更に起きて、親玉のドスジャギィすら出張ってきた。クルペッコの声真似と、威嚇するドスジャギィの声が似ている気がする。おそらく間違ってはいないだろう。
少ない体力で包囲を抜け、少しでも休憩せねば、この数――手に余る。
「ねえ、さま。……姉さま」
息を整えつつ、漏れる言葉に自分でも分からないが、嗤ってしまう。まだイオンは自分を理解していなかったらしい。そうだろう? イオン、お前は小難しい事を考えるのは苦手だ、と。
シンプルに。生きて、姉に合って、一緒に立派なハンターになる。それだけが望み。
それだけで鬼畜な母の訓練に耐えてきた。槍使いとしての特徴は、主にカウンターだ。だが、一個人、人としてのイオンの特徴とは、詰まりソレ。曰く――「精神的に頑強である」、と。
一つ、大きく深呼吸。耳障りな小物の威嚇に、冷たい視線と、それに相反したように口元は不敵に笑うように歪みを見せていた。
「私は、姉さまに会いに行くの。そこを退きなさいな」
槍を腰だめに構える。身体に纏うモノが様々に揺れ、威嚇の声を黙らせる異質な音を立てる。人工物特有のガチャガチャした音に、ジャギィ達の警戒が一層強まる。
それに耐えかねたのか一頭、どれよりもイオンに近いジャギィが飛び掛ろうとし――
「なっ!?」
――頭を正確に撃ち抜かれ、転がる。
群れの一頭がやられた、と理解したジャギィ達。だが、どこから攻撃が来たのか理解出来ていない。それはイオンも同様だった。ジャギィ達よりマシなのは、「撃ち抜かれた」と言う事を、正確に理解していたからだ。
これは間違いなくハンターの仕業。矢にしては軌道が直線的過ぎるので、おそらく弩弓。
そうこうしている間に、次々とジャギィ達が屠られていく。皆似たような方向に倒れて行くのを見て、漸く攻撃してくる方向を悟ったドスジャギィが振り向いたとき、その立派な鶏冠が何度か撃ち抜かれ、ボロボロになる。
怒り狂ったドスジャギィ。イオンからは角度でその容姿までは正確に見て取れないが、全身を覆うその服――と言っていいのか分からないが――からは肌の露出が殆ど見えない。精々姿勢は片膝ついて重弩弓を構えていることくらいしか分からなかった。
ドスジャギィは何の躊躇いもなく突き進む。にも拘らず、助けてくれた(であろう)ハンターは悠長に重弩弓に矢弾の装填を行っている。
「にげ……っ?!」
逃げて、そう言おうとして、言葉が止まってしまう。
あと一飛びで食いつかれる、そんな間合いまで接近していたドスジャギィが、突然動きを止めた。
別に何かしらの特殊な能力で動きを止められた訳でもない。簡単に言えば、罠に掛かっただけだ。
ほんの数秒、されど数秒。ガクガクみっともなく震えながら、必死に動こうとしているドスジャギィ。罠に掛かった瞬間、件のハンターがニヤリ、と笑った気がした。
血吹雪。そこかしこから幾重にも吹き出す血が、ドスジャギィの身体に朱い斑模様を付けていく。それに伴って、次第に緩慢な動きになり、やがて動かなくなった。
花が美しく咲くには、決まって一つ、大事なことがある。
それは「美しい」と感じる心を持つモノが居ることだ。
咲き誇る花を愛でるのは、いつだって人で。
咲き誇る花に想いを託すのも、いつだって人だった。
野に咲く小さな一輪の花も、多くの雑木に埋もれた花も、懸命に咲き誇ろうとする花に心奪われるのは、いつだって人だ。
だから、「美しく」咲いて欲しい。慎ましくとも、例え小さく咲いたとしても――そこに感じ入る人が居ることを忘れず、芽吹いて欲しい。
ただ人の願いを受けて、咲き誇れ。
今回は自分の作品にしては戦闘描写が多かった気がします。
ただ、やはり主旨は変わりません。
今後もモンハンらしからぬ方向性で突き進むので、(戦闘描写はあるとしても)そこらへんは諦めてください。
あと、「極楽鳥」と途中にありますが、これで何のことか直ぐに分かった人は、ネーミングセンスが自分に似通ってますねw