あの大混戦……ミノタウロスとの死闘から一週間が経った。
この一週間の間、一度もダンジョンには行っていない。
ナァーザさんによるドクターストップが入ったからだ。
間違いなくあの中で最も重症だった僕は、
そこからはもう大騒ぎだ。エイナさんは真っ青な顔で駆けよって来て、僕の状態を確認した後、お説教が叩きつけられた。そして、神様はボロボロになった僕に泣きながらヘッドスライディングを決めて危うく止めを刺されかけた。
そこからはあれよあれよと言う間に【青の薬舗】へ直行だ。
ナァーザさんは「あんまり短いサイクルで大怪我を続けてたら絶対後遺症が残るよ」と呆れた顔で……目は凄い真剣だったが……注意してくれた。
(守銭奴なあの人が言うなんて相当なんだろうな、僕)
時々リリやヴェルフが見舞いに来てくれつつ、慣れ始めてしまった病院生活を送っていたが、昨日、ようやく退院の許可が下りたのだ。
「いやあ、君が大怪我をして帰ってきたときはどうなることかと思ったよ」
「心配かけてすいませんでした」
「本当さ! ……こんなこと、何度もやらないでくれよ。心臓に悪いんだから」
僕の
ここ一週間。ステイタスの更新なんてできなかったから何だか新鮮だ。
「それにしても随分
「そう、ですか? ひょっとしてランクアップとか」
「流石にそれは無理かな。レベル2ともなると、生中な量じゃないってことだろう」
あのミノタウロスとの死闘。
僕個人の感想としては、ザニスさんを相手にした時と同じくらいに緊迫した戦いだったから、もしかしたらと思ったけど、そう甘くはないらしい。
(やっぱり一歩一歩行かないと)
憧憬までの道のりはまだ遠い。
逸らず進んでいこう、と自分に言い聞かせた。
「でも、全く収穫が無いわけじゃないぜ? 基礎アビリティはグーンと上がったし、ランクアップに必要な、上質な
「……え」
「君の3つめぇ……じゃない! 2つ目のスキルだよ‼」
何やら慌てふためく神様。動揺しているのだろうか。
気持ちは分かる。
魔法と違ってスキルは制限が無い。
無論、簡単に手に入るものではないが、冒険者が飛躍的に強くなる手段の代表的出来事だ。
「スキルって!? どんなスキルが!?」
「まてまて、今写すから」
ベル・クラネル
Lv.2
力:S926 耐久:S963 器用:A874 敏捷:SS1027 魔力:A833 幸運:I
《魔法》【ファイアボルト】
・速攻魔法
《スキル》【
・ひみつ道具を具現化できる。
・使用可能な道具は一日三つ。
・一日ごとに内容は変化する。
・現在使用可能なひみつ道具。
【ガールフレンドカタログメーカー】【〇×うらない】【タイムテレビ】
【
・早熟する。
・
・懸想の丈により効果向上。
【
・
「おお……? あれ、何か一つ多いような……」
「おっとマチガエタ」
コシコシとスキル欄の真ん中に書いてあった文字群を消す神様。
カキマチガエチャッタンダ―と言って完全にぼやけたのを確認して、改めて神様は僕に羊皮紙を手渡した。
何が書いてあったのかは見えなかったけど、【
「ちょいミスだから気にしなくていいぜ‼ ……そんなことより、これまた妙なスキルだね」
「チャージ……チャージ?」
能動的行動とか、実行権とか、カッコイイ字が並んでいるが、イマイチ何を指している言葉なのか分からない。
まあ、使っていれば分かるだろう。
日替わりじゃないし。
「きっと凄いスキルだよ。何某なんて目じゃないほどのね!」
「いやいやそれは言いすぎじゃ……」
神様が僕を誇ってくれるのは嬉しいが、神様の評価は時々かなり過剰になる。
僕とアイズさんなんてゴブリンとゴライアスくらいに差があるのに。
(このままだと、またアイズさんへの口撃が始まっちゃうし、他の話題に移ろう)
「それより、この【ガールフレンドカタログメーカー】と【タイムテレビ】って何でしょう」
「ガールフレンドカタログメーカーはあれだろ。絶対にろくでもない奴だよ」
ジトッ、と言う目で睨まれた。
なんでそんな目で見られるのか全く心当たりがなく、僕は何となく神様と目線を合わせないようにする。
「あれかお試し彼女か。キャバクラか」
「きゃ、きゃば……?」
「どっかの
こんなもの使用禁止だー‼ と叫ぶ神様。
地雷を回避しようとして落とし穴に嵌ってしまったようだ。
「じゃ、じゃあ、タイムテレビは何なんでしょう!? ドラえもんさんたちの話にタイムマシンって言うのが出てきていて、それは時間を移動する道具みたいですけど」
「同じタイムか……時間関係かも? ってことしか分からないよね。てれびってなんだろう?」
意外と読書が趣味で、知識も豊富な神様に聞いても『テレビ』なるものは知らないと言う。
という事は異世界独自の言語なのだろうか。
「……あ‼ ベル君‼ そろそろじゃないかい?」
「本当だ……もうじき予約の時間ですし、一旦話はここまでにしましょうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでは、ベル様の退院とあの戦いでの勝利を祝して……」
「「「かんぱーーい‼」」」
ジョッキのぶつかり合う音が響き、直ぐに活気あふれる人々の声にかき消される。
仲間内でベルの退院祝い兼勝利を祝す宴を開こうということになった彼らは、早速ベルの行きつけの店である【豊穣の女主人】で宴会を予約した。
少々奮発しただけあって、選り取り見取りのご馳走を堪能するベルたち一行。
「いやー、ベル君の言う通りこの店の料理はおいしいね!」
「前々から来たいと仰っていたけど、今日まで予定が合いませんでしたからね」
特にヘスティアは凄い勢いで料理を口に放り込んでいく。
流石は娯楽好きの神様と言うべきか、三大欲求の一角を占める美食についてもすごく豊富なリアクションを繰り広げている。見ているベルたちもこれだけで満足しちゃいそうだ。
「それにしても……シル何某は今日は休みかー」
「まあ、店員さんも毎日仕事をしている訳じゃないですし」
ただ、今日は偶々シルは休みの様だった。
何故か彼女に対して対抗意識を燃やすヘスティアは残念がっている。
「な~んか避けられてる気がするんだよなぁ」
「いやいやそんなまさか……」
「あり得ない……そう言い切れないくらいには秘密主義ですよね」
リリの言葉にちょっと納得しそうになるベル。
そういえば、僕はあの人のことをほとんど知らないな、と思い至る。
「でも、今回は本当に偶然だと思いますよ? 元々どこかに出かける予定だったみたいですから」
リリが予約に赴いた時には、「その日は予定があるんですよね……残念です」と言っていたらしい。
そう言われたヘスティアはふーん、と反応の薄い返答を返すとチラリと入り口から見える外の様子を見やった。
「だとするとシル何某も運が悪い……よりにもよって異常気象の日になんて」
暖房がガンガンと焚かれ、多くの人々がいることで、店内には温かな空気が漂っているが、扉一つで隔たれた外の景色は白一色。
風の音も微かに店の奥にいるベルたちが耳を澄ませば聞こえてきた。
「まだ雪が降る季節ではないんだがな」
「商人たちは大変そうですね。いろんな予定が急に狂ったわけですから」
所謂
当然ながら冒険者でもない商人たちはセオリーが通じない状況に簡単には適応できずに、品物が予定時間に届けられず、お店の中の商品棚が虫食い状態な所も少なくないんだとか。
(雪って大変だな……)
喜んでいるのは子供と神様たちだけ。
大人は仕事に支障が出まくるものだから目を回すような勢いだ。
どこかに出かける予定だというシルも今頃は大変な思いをしているかもしれない。
「ま、俺たちには関係の無いことだ」
そう言ってヴェルフはこの話題を断ち切った。
暫く異常気象は続きそうだが、確かに今は考えなくてもいいだろう。
(ん……?)
意識を料理に持っていこうとしたベルは、ふと、外の風の音を聞くために澄ませていた耳に、とある会話が入ってきたことに気が付いた。
『なんで僕たちがこんなことを……』
『ぼやいてないで手を動かして。さっきから僕ばかりやってるじゃないか』
聞き覚えのある声だ。
特にドラ声、とでも呼ぶべき特徴的な声は、様々な会話が入り乱れる店内でも容易に聞き取れた。
(こ、この声は……!?)
バッ、と振り返ると厨房の奥の洗い場に明らかに変な子供がいる。
その名の通り、女性ばかりの店である【豊穣の女主人】のスタッフでも浮きまくっている二人を見たベルは思わず思考を停止した。
「ベル様? 何を見て……なんですかあのモンスター」
「いや、モンスターじゃないだろ。多分。あんな堂々と人前に現れてるわけだからな」
リリとヴェルフの会話が遠い。
思いもよらない再会に頭の痺れを自覚しながら、ベルは立ち上がり、厨房の方に向かう。
「ひいい~。今日はシルがいないから忙しすぎだニャ~!……ニャ?」
「あれ、どうしたの冒険者君」
僕に気が付いたウェイトレスのアーニャとルノアに事情を説明し、厨房に入れてもらった。
「……」
厨房に入り、より間近で見るとやっぱり変な子たちだ。
女性の職場に男の子たちが紛れ込んでいるのもそうだが、その雰囲気もどこかこの世界に生きる人たちとは違う気がする。
一挙一動に戸惑っているともいえる。この世界で生活することになれていないかのように。
そんな彼らは台に乗っかってひいこら言いながらお皿を懸命に洗っていた。
仕事の邪魔になるかもしれないと頭の片隅で思いつつ、それでもベルは胸の中の衝動に素直になった。
「あれ?」
「どうしたののび太く……」
やがて近づく僕に気が付いたらしく、振り向いた二人が目を丸くした。
そんな様子がおかしくて、つい笑みをこぼしつつ、再会を喜ぶ。
「久しぶり……ドラえもんさん。のび太君」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人は休憩時間になるまで働くと、やがてベルたちのテーブルに座った。
「初めまして。ぼくドラえもんです」
「僕は野比のび太です」
ぺこり、と挨拶をする二人。
どう考えても人間ではないドラえもんに気色ばみそうなった仲間たちだったが、紹介したベルの手前何とか堪えた。
「やあやあ! 話は聞いてるよ。ベル君が前にお世話になったそうじゃないか! 僕の名前はヘスティアだ。よろしくね!」
「……リリルカ・アーデです」
「ヴェルフ・クロッゾだ」
自己紹介を済ませた一同だが、ヘスティア以外少々歯切れが悪い。
常識外の存在を前に戸惑っているのだろうか。
ヒューマン、獣人、小人族、エルフ、ドワーフ、アマゾネス、妖精……意思疎通はこの種族間でのみ成立するこの世界のことを考えれば当然だが。
「二人はどうして【豊穣の女主人】に?」
双方の友人である自分が、何とか会話を回さなければとベルは慣れない司会じみたことをする。
こういう時シルさんがいれば助かっただろうな、と思いつつ、気になっていたことをぶつけた。
「ベルに会いに来たんだけど、外がすっごい寒くて……」
「ベル君を探してウロウロしてたら、偶々この店を発見したんだよ」
漫画と同じ外観のお店に感激して突撃。
そしたらミアが温かい料理を振舞ってくれてたのだという。
喜んで食べた二人だが、そこから鬼店長にジョブチェンジしたミアによってボッタクリ請求が発動。
お金など持ってない二人は泣く泣くその体で支払っている最中だと言う。
「ずっと皿洗いで冷たい水に当たっていたから手が痛い」
「理不尽だ……」
恐ろしき人材確保術……と言う訳ではないのだろう。
こういっては何だが、先ほど見ているだけでも危なっかしい手つきで既に何枚も皿を割っているのび太や、その見た目のせいで誤解されてお店の評判を悪くしかねないドラえもんに、そこまでして取り込む価値はない。
ミアの性格を多少は知っているベルは、彼女がこういった理不尽を強いる時は大体相手のためだと理解できた。
(そのまま二人だけで今のオラリオをうろつくのは危険だし、ツケは保護する名目だろうな)
【豊穣の女主人】の戦力は強い。
ヘタなファミリアなら返り討ちに出来るほどに。
ここに匿われていれば、妙な手合いに絡まれることはないだろう。
「まー理不尽なバイト主には覚えがあるよ。君たちも大変だったねぇ」
とは言え苦労しているのは事実。
同じくバイトで大忙しなヘスティアと二人は息があった。
そうなれば、その話題になるのは必然だっただろう。
「そうそう、ひみつ道具ってもともと君たちのなんだろう? なら、ガールフレンドカタログメーカーってやつはどう使うんだい?」
「それはこれから出会う女の人たちのことが予め分かるってひみつ道具で……」
その瞬間、世界が凍り付いた。
後に騒ぎの中心にいたヴェルフはこの時のことを振り返る際に、そう表現した。
禁じ手その二
ヒロインネタバレ。
ひみつ道具を持っていたとしても、ドラえもんやのび太がこの世界を出歩くのは危険なので、ミア母さんに保護してもらいました。
ツケに関してはのび太が皿を割りまくって貯まる一方ですが、ベルが後で全部払ってくれるでしょう。