ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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何れ来る未来を識れ

 未来を識る。

 多くの英雄譚に登場する超常的能力だ。

 しかし、その力に対する見解は千差万別。

 

 より良い未来を得るための切符とある者は言った。

 人々の決断の結果を軽くする最悪の愚行だとある者は言った。

 

 それに対し、ベルは未来を知ることに特別忌避感はなかった。

 手段を選べるほど才ある身ではない訳なのだから、使える物は遠慮なく使うべきだ……と、今までは思っていたからだ。

 今はちょっと違う。

 

「なるほどなるほど……つまりこれを使えばベル君に群がる泥棒猫たちが一目瞭然と言うワケだ……」

「いや、この先出会う女の人が分かるだけで、恋愛感情を持つかどうかは……」

「〇×うらないを使えば恋愛的フラグも分かりますよヘスティア様!」

「ナイスアイディアだサポーター君」

 

 ガールフレンドカタログの詳細を知ってから、凄い殺気を振りまいているヘスティアたちに男陣たちはちょっと引きつつも、口を出せないでいた。

 ヘスティアのベルに対する独占欲はヴェルフだけでなく、漫画を読んだのび太も知ってはいたが、まさかのタイミングで暴発してしまうとは。

 

「おい、大体ベルのせいだろ。何とかしろ」

「ええ!? 無理無理無理……怖い」

「ジャニーちゃんとベティちゃんみたい……」

 

 ベルのせい……と言うのはガールフレンドカタログを具現化してしまったことか、それともそれ以外のことなのか。

 怖がる3人はテーブルの隅に集まって体を縮めた。

 嵐が来たときは通り過ぎるのを待つのが一番だ。

 問題は嵐はベルを狙ってきているという事だが。

 

「ベル君。ちょっっっとこれ使って見ようか」

「あのやっぱり未来を知るのは良くないと……」

「ん~~????」

「ハイナンデモアリマセン。スグヤリマス」

 

 ヘスティアの圧にあっさり屈服した彼をヘタレと言うなかれ。

 女神の嫉妬には逆らえないのは育ての親と同じなのだ。

 

 ドラえもんに憐みの視線を送られつつ、ガールフレンドカタログメーカーの使い方を教わると、恐る恐るボタンを操作していく。

 やがて、ピンポロポーン~と軽快な音と共にひみつ道具から精巧な絵画が滝のように溢れ出した。

 あっという間に机を埋め尽くした絵画に、先ほどまで剣呑は様子だったヘスティアとリリも思わず真顔になる。

 

「……多くね?」

「しかも全体的に美人な人たちばかりです」

 

 針のような視線に思わず顔を背けるベル。

 別に悪いことはしていないのに何故か居たたまれない。

 

「……うん! ベル君に粉かける奴らは全員把握しようと思ったけど無理! 危険度の高い案件だけ確認しよう!」

 

 ヘスティアは口元を引き攣らせながらリリに〇×うらないの使用を促す。

 思っていた以上に多い恋敵(ライバル)候補たちに心なしか動揺しているようにも見える。

 そうすることで大分すっきりとした絵画を並べる。

 ……すっきりしたのは先にテーブルを埋め尽くす物量を見たことによる錯覚で、一般的には十二分に多い。

 

「……モテるなぁお前」

「……」

「駄目だ完全に思考停止していやがる」

 

 顔を真っ赤にして固まるベルを茶化そうとしたヴェルフだったが、深紅(ルベライト)の瞳の中はミミズのようにぐちゃぐちゃで文字通り目を回してしまっている。

 同じ男としては羨ましいような、絶対この先苦労するのだろうと思うと同情するような複雑な感覚をヴェルフは覚えた。ちなみにコイツもコイツで大概である。

 

「僕の時はこんなに多くなかったけど」

「月と(すっぽん)を比べてどうするのさ。そもそも君の場合は恋愛対象で限定してないから実際はさらに少ないだろうに」

 

 ちょっと横から聞いているとドキリとするような毒舌を爆発させるドラえもん。

 のび太はさして気にしていない様子であることから推察すると、これが平常運転なのだろう。

 

「てゆーかエルフ率多くない? あと金髪」

「ベル様の性癖が浮かび上がってきますね」

「止めて!?」

 

 殺し屋のような目で絵画を吟味するヘスティアとリリ。

 ベルは自身の性癖を公開されるという恥辱を味わった。

 

「ん……? これここのメイドエルフ君じゃん!?」

「なんですってーー!?」

 

 やがて一枚の写真にくわっと目を見開くヘスティア。

 そこに写っていたのは【豊穣の女主人】のウェイトレス、リュー・リオンだった。

 

「……」

 

 遠巻きに見ていた群衆の視線が一斉にリューに向く。

 相変わらず無表情に見えるが、同僚たちは真っ赤に染まったエルフの長耳を見逃さなかった。

 

「ニャーッ!? どーゆーことだニャ!? リューが白髪頭と番になるニャ!?」

「ば、馬鹿なことを言わないでくださいアーニャ‼ クラネルさんはシルという将来の伴侶が……」

「そのシルの絵もあるんだけど!? 修羅場!? リューとシル修羅場るの!?」

「そんな筈はありません! シルの幸福を私が阻む理由がない! 謂れのないことは慎んでくださいルノア!」

「少年のお尻がリューに……? そんニャの……そんニャの…………ニュフフ、NTRも結構悪くないニャ~」

「何を言っているのですかクロエ!?」

 

 わいわいにゃーにゃーと騒ぎ立てるウェイトレスたち。

 ここにシルがいなくてよかった、とベルは思う。

 いたら更に収拾がつかなくなる。

 

「おのれ‼ クールキャラを気取っておいて、いざ恋愛ごとになるとポンコツだと!? ベル君が好きそうなギャップ萌えじゃないか‼」

「神様!? お願いだから僕の性癖を大声で分析しないでください!? めっちゃ見られてます‼」

 

 しかし、ヘスティアは地団駄を踏み、リューに突撃する。

 愛しい眷属に近づく悪い虫は即座に滅さなければならないのだ。

 

「エ~ル~フ~く~ん?」

「違います神ヘスティア!? 私は断じてクラネルさんに……」

「神に嘘はつけええええええええん‼」

 

 ツインテールを荒ぶらせるヘスティアに妖精の言い訳など通用しない。

 

「確かに今は明確な恋愛感情じゃないんだろう! だがそれで後からコロッと堕ちたあざとい娘なんてもう見せられてるんだよ!」

「グフッ」

 

 ヘスティアの言葉に何故かダメージを受けるリリ。

 

「てゆーか現時点でもちょっと良いかも……とか思っているだろ‼」

「い、いえ!? そのような……」

「ボクのベル君が良くないって言うのかアアアアアア!?」

「この神様、滅茶苦茶ニャ!?」

 

 もはや完全にヒートアップしているヘスティア。

 やがてぐるんっ、とドラえもんに振り返る。

 

「ドラえもん君。タイムテレビの使い方を教えてもらおうか」

「え、この状況で使っても絶対碌なことn……」

「教 え る ん だ 」

神威(アルカナム)使った!?)

(大人げねぇ‼)

 

 下界のルールギリギリ……というか厳しい目で見たらアウトな神威(アルカナム)を行使するヘスティア。

 天界では12神に数えられたその神格を完全に無駄遣いしている。

 

「このひみつ道具は未来を見ることが出来るひみつ道具らしい……これで言い逃れは出来ないぞエルフ君」

「な、何を……」

「君がベル君に堕ちる瞬間をこの目で確かめてくれる!」

(((((((((鬼かっ!))))))))

 

 普段のどんくささを忘れてタイムテレビを操作するヘスティア。

 やがて、ベルたちのテーブル近くに虚像が浮かび上がった。

 

「……んん?」

「ニャ? リューと白髪頭が二人いるニャ?」

「これがリューと冒険者君の未来? なんか倒れてるけど……」

「明らかに戦闘後だニャ……てか、致命傷じゃね?」

 

 浮かび上がったベルとリューの未来は悲惨な姿だった。

 体中をズタズタに引き裂かれ、自身とモンスターのものと思われる血を浴びて沈む。

 一瞬、こと切れているのではないかと思ったほどにか細い息。

 

 それは、ヘスティアたちが思っていたような光景ではなかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「……これで、帰れますね……僕たち」

 

 ベルがせき込みながら囁くように声を出す。

 それは『嘘』だと、彼が言う事は『嘘』なのだと神であるヘスティアには理解できた。

 

「ええ……私たちは帰れる」

 

 それにリューも乗った。

 瞳の淵に涙を溜め、安らかに笑って。

 

「ベル……」

 

 血の海に沈み、生死の境をさまよう二人の掠れた眼差しはまるで微睡んでいるようで。

 二人は幸福な夢を見て笑った。

 

「……抱きしめてくれませんか?」

 

 リューのか細い声が響く。

 少し驚いた気配の後、少年は妖精に手を伸ばした。

 妖精も手を伸ばし、二人は抱きしめ合う。

 

 少年の胸に誘われたリューは唇を綻ばせた。

 誰よりも繋がり合えたことに涙を流しながら、(まぶた)をゆっくりと閉ざす。

 

「……少しだけ、寝ます……」

 

 リューが眠る。

 それを見届けたベルはほのかな笑みを浮かべ……立ち上がった。

 

「……っっ! ぁぁぁぁぁぁぁぁ……‼」

 

 獣のような咆哮とともに命を絞り出す。

 息を荒げながら立つベルは、眠るリューの髪をそっと()き、歩む。

 

「お前を、倒す」

 

 その視線の先にいるのは何者か。

 消えそうな儚い笑みを浮かべていた少年は、漆黒のナイフを構え、強い意志を瞳に宿す。

 

「リューさんと……地上に帰るんだ……ーー勝負だ」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ここで映像が停止する。

 

「……あれ?」

 

 なんか思っていたのと違う未来だったぞ? と首をかしげるヘスティア。

 どう考えても物語のクライマックスな気がする。

 

「……確かにベル様に堕ちるシーンではありました。こう、最期の最期で自分に素直になれた的な」

 

 リリの言葉に騒然となる一同。

 

「フニャアアア!? リュー死ぬニャ!? 死んじゃうニャ!?」

「地上に帰るとか言ってたよね。ダンジョンでリューが死にそうになる場所って……」

「下層とか、深層だろうニャ」

 

 三人娘たちも野次馬根性を捨てて今の映像を考察する。

 あたりがざわつく中、ヘスティアはある可能性に気が付いた。

 

(もしかして他の泥棒猫候補たちも厄ネタじゃね?)

 

 ベルは無茶をする子供だ。

 世間一般のラブコメとは一線を画す、絶望&絶望な展開の末にフラグを確立することになるのではないか。

 現にリリの時は一歩間違えば死ぬを何度も繰り返している。

 

(そう考えると途端に泥棒猫候補者たちの絵が胡散臭く見える!)

 

 鈍色の髪の町娘とか、どう考えても高貴な箱入りお嬢様な狐人(ルナール)や、緑っぽい金髪やら、フレイヤやら……。ちょくちょくヤバ気な案件が見え隠れしている。

 と言うかフレイヤはヤバい。マジで。

 

(え? ちょっと怖くなって来たんですけど)

 

 ベルのトラブル体質を考えると妄想と言い切れない。

 主神としてはそれを知っておくべきなのかもしれないが、ちょっと覚悟を決める時間が欲しい。

 予想外のものを見せられて動揺してしまっている。

 

「「……」」

 

 ベルとリューは完全に停止してしまっている。

 未来の自分たちが何故あんなことに……と言うワケではなく、未来の自分たちが自然に行っていた抱擁やら優しい嘘の応酬やらで完全に混乱しきっているのだ。

 第三者目線で見ると破壊力が凄い。当事者はその自覚がなくとも、あれはイチャついてるようにしか見えない。

 そんなことを考えて固まっている二人は、実はこの仲で一番余裕があるのかもしれない。

 

「ヨシッ!」

 

 場の混乱を抑えるためか、ヘスティアが周りに良く通る声を発する。

 

「この先はボクがホームで見る! うん。しゅーりょー!」

「それは流石に無理あるニャ」

「仕方ないだろう。こんなことになるとは思ってなかったんだ」

 

 これ酒の席で見て良い奴じゃない、そう判断するヘスティアの言葉にすかさず入るクロエのツッコミ。

 ヘスティア自身もちょっと無理あるなーと思ったが、強引に話を切り上げた。

 やはり未来など簡単に知ってしまっていい物ではないのだろう。

 ブーブー不満を飛ばされつつも、騒ぎは収まった。

 

「あれ? この人知ってる。アポロンと戦争した時の敵だ」

 

 が、そんな空気を気にせず爆弾を投下するのはのび太である。

 最初は漫画にも描かれていなかった先の展開にハラハラしていたが、他のみんなが考察を始めだすと、頭を使った作業が苦手な彼は残ったヒロイン候補たちを眺めていたのだ。

 すると、ちょうど漫画で出てきたキャラクターがいることに気が付いたのである。

 

「アポロンって……あの【アポロン・ファミリア】か!?」

「え、なに? なんでそんなに驚いてるの?」

「【アポロン・ファミリア】と言えば、主神アポロン様の恋路のために周囲に迷惑をかけまくるファミリアとして有名ですからね」

「凄いファミリアだね」

「呑気なこと言ってられないぞ。そこと戦争になるってことは、お前もそういう騒動に巻き込まれるってことだろうが」

 

 【アポロン・ファミリア】の悪評を知るものたちは哀れむような目でベルを見る。

 ヘスティア狙いでベルがまたボコボコにされるのだろうなとみんなが予想する中、アポロンとは天界にいたことから知り合いなヘスティアだけは違う予想をした。

 

(あいつはどっちもイケる口だけど、どっちかと言うとアポロンが好きなのは男……と言うか少年のはず……ま、まさか……)

 

 嫌な予感がしてタイムテレビをつい操作するヘスティア。

 先ほどまでベルとリューの虚像が映し出されていた場所に、新たな人影が映し出される。

 赤みがかった金髪に月桂樹の髪飾り、神々らしく目が覚めるような美形だ。

 

(この方がアポロン様……?)

 

 ベルはこの先、因縁が芽生えるであろう男神の虚像を見つめた。

 男神はチェスの駒を持って何やら考えに浸り……その表情をぐにゃりと崩した。

 

「ひっ‼」

 

 さっきまで真面目な顔だったところに、いきなりの変態顔を見せられたベルから悲鳴が漏れる。

 背筋に冷水を浴びせられたような悪寒が【豊穣の女主人】を包む中、アポロンは駒を口元まで持って行き……

 

「ベェェェルウウゥゥゥきゅうううぅぅうん。うへへ……」

(((((((((狙いそっち!?)))))))))

 

 店にいたすべての者の心の声が一致した。

 その後、アポロンはとても口にできない変態行為を繰り返し、見ていた者たちの食欲を奪ったと言う。

 そして見事な営業妨害をかましたヘスティアは、ミアにこっぴどく叱られた。




 ハーレム系主人公あるある。
 女の子に囲まれて羨ましいけど、大体厄いので代わりたくはない。

 この後、ヘスティアはタイムテレビで大体見ちゃいました。
 暫く寝込んだそうです。

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