ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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小さな出会い

 逃走する。

 慣れない走るという行為に戸惑いながら、石造りの道に響く足音たちから逃げ続ける。

 

「いたか!?」

「ああ、大分弱まっているようだ」

「ったく、ヴィトー様の考えることはよく分からん」

「俺たち下っ端が分かる必要もないだろう」

 

 白装束の男たちは私を追ってきた。

 どうしてかは分からない。

 彼らは私と話をすることなく、出会い頭にいきなり襲い掛かってきたからだ。

 

 あの白装束の姿をした集団が、幸福に暮らす人々を虐げる場面は都市を見守っていく中で何度も見てきた。

 温かな光景が壊れていくのが嫌で、でも私にはもう何もできなくて、ずっと苦しかった。

 そんな白装束の男たちは遂に私のことも攻撃してきた。

 

「糞ッ、都市中を逃げ回っていやがる」

「もう4日目だぞ。いい加減ヴィトー様も苛立ち始める頃だ」

「だったら高位の眷属の方を動員してほしいんだがな……あんな化け物相手なんてこっちは一杯一杯なのによ」

 

 ズキズキと痛む足の内側。

 都市に住む人間の人たちが激しい運動をした後、たまに動かしていた部分を痛そうに抑えていたが、これがそうなのか。

 喉を出入りする空気がこすれて、点滅するように痛む。

 もう一歩も動きたくない。そんな欲求を何とか捨てる。

 

 あの白装束の男たちが何を考えているかは分からない。

 ただ、あの人たちに捕まった人たちが無事に家に帰ってきたことは無かった。

 だから、逃げないと。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 懸命に息を抑えながら再び走る。

 漏れ出る音で気づかれないか恐れつつも、胸を突き動かす焦燥に導かれるままに。

 少しでも身を隠せるように、日の光が届かない、寂れた小さな道を進んだ。

 誰もいない、空っぽな路地には誰もいない。

 このまま撒くことができる……そう、希望を持った瞬間。

 足に衝撃が走った。

 

「ぁ……っ……」

 

 体は感覚を失い、走った勢いのまま石の道に倒れ伏す。

 体中に広がる痛みに呻きながら、目に映った小さな影に恐怖した。

 それは人型だが、神々に愛されし人間ではない。

 それを模した玩具、人形のような存在だ。

 目には赤いサングラスをかけ、ちょっと裕福な人が着けているこじゃれた帽子(ハット)を被っている。

 手に持つ小道具は迷宮都市では見かけないが、どこか魔導士と呼ばれる人たちの持つ杖に似ている気がした。

 

(ま、た……)

 

 その杖が火を噴くと、私の体はバランスを崩して必ず倒れる。

 かすり傷程度で済むが、その発砲音を聞きつけ男たちが寄ってくるのだ。

 今もほら、足音が集まってくる。

 

「お前は向こうから回れ!」

「梃子摺らせられたがこれで最後だ!」

 

 狭い裏路地は一本道。

 前と後ろから挟まれたらもう逃げ道はない。

 だから私は……

 

「来ないでっ‼」

 

 魔力を迸らせた。

 体から吹雪が発せられ、驚く男たちを覆い尽くす。

 視界一杯に白が染められれば、張りつめていた空気もガラリと変わる。

 吹雪が収まった時、男の人たちはいなくなって、周りの建物も違くなっていた。

 

「はっ、はっ……あ……」

 

 グラリと目の前が揺れる。

 足が柔らかくなって力が入らなくて、そのまま地面に手をついた。

 汗が浮き出て流れ落ちる。

 一緒に力と存在も抜け落ちているような、そんな気がした。

 

「逃げ、ないと」

 

 震えながらそう言っても、体がちっとも動いてくれない。

 溶けるように体を建物の壁にくっつける。

 

(体……元気になったら、また走ろう……)

 

 それじゃダメだと心に浮かぶ言葉から眼を逸らして。

 私は胸いっぱいに空気を吸って、体を休めた。

 体に入れた空気がちょっとだけでも体を動かす力になった気がした。きっと気のせいだけど。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 吹雪が止み、影も形もなくなった少女に男たちは思わず唾を吐いた。

 ようやく追い詰めたと思った獲物が跡形もなく消えてしまっては、文句の一つも言いたくなる。

 

「ふざけんな、あの餓鬼! どうせ逃げられないならとっとと捕まれよ面倒くさい」

「おい騒ぐな」

 

 地面に残っていた雪の塊を踏みつけながら、男が怒鳴り散らす。

 それをもう一人の男は迷惑そうに眉をひそめて抑えさせた。

 

「あれは確実に力を使って弱体化し続けている。元々弱っていたらしいからな。そろそろネタ切れだろう」

「確かに最初よりずいぶん魔力は減ったが……ここからまた何度も逃げられ続けていくのは御免だぞ」

「俺たちだけなら無茶だが、これがあれば話は違う」

 

 そう言って目線を足元の人形に落とす。

 人形は少女が消えたことを確認すると、すぐさま少女を追跡するために走り出した。

 

「仕事熱心なことで」

「なんなんだありゃ……便利なのは間違いないが、あんなマジックアイテム初めて見たぞ」

「ころばし屋DXとかいうらしい。ヴィトー様が例の奴らと取引した結果手に入れたんだとさ」

「……自分たちで言うのもなんだが、よく今の闇派閥(イヴィルス)にそんな高度なマジックアイテムを取引する気になったな」

 

 忌々しいことだが闇派閥(イヴィルス)はここ最近は負け越している。

 元から自分たちにつながりのある組織ならまだ分かるが、あれはどう考えても未知の技術。

 すなわち、新しい取引先という事だ。

 

「俺たちにも詳しいことは分からんが、オラリオの外側の連中らしい。だから今の勢力に影響されないとかなんとか……」

「オラリオは世界有数の都市だぞ? 外国だからと言って無関係は決め込めないだろう」

「ヴィトー様本人がそう言ってるんだからそうなんだろう。これ以上は踏み込まん方がよさそうだぞ」

 

 闇派閥(イヴィルス)の取引先など真っ当ではないことは確実。

 暗黒期の終わりには、正義側の力が強まることを予想して、これまで関わりのあった賞金稼ぎやら暗殺者やらの処分をするくらいには人の心が無い連中なのだ。

 下っ端構成員の命など鼻をかむチリ紙以下だと思っていることだろう。

 

 このまま話を続けるのはよくなさそうだと、男たちは自分たちの上司に話題を切り替えた。

 

「ヴィトー様と言えば、最近何かあったのか?」

「ああ、なんだか近頃は鬼気迫ると言うか……ブレーキが外れた気がするよな……」

 

 男たちの上司であるヴィトーは闇派閥(イヴィルス)の幹部の一人である。

 それも、あの邪神エレボスの眷属であったと言う闇の勢力としては特上の経験を経ている。

 そんな彼には他の幹部たちと大きく違う点が一つあった。

 闇派閥(イヴィルス)の掲げる世界是正の理念。多くの幹部がそれを方便としている一方で、ヴィトーは敬虔な闇の信者として積極的に活動を起こしている。

 

 そういった意味で所謂過激派に属する人間では元々あった。

 だったのだが、ここ最近の彼の行動は明らかに勢いづいている。

 

「あの餓鬼だって、もっと弱ってから捕獲する予定だったんだろ?」

「ああ、降誕祭(ホーリーデイズ)の時期になるんじゃないかって話だったが……」

「あのころばし屋? とかでやりやすくなったとはいえ、ここまで急いででやることか?」

「さあ……もしかしたらさっき話した取引相手が何か関係してるのかもな」

 

 明確な時期は分からないが、ヴィトーがあのマジックアイテムを入手した時期から彼の変貌は始まった。

 顔無しと呼ばれ、積極的に活動しながらも、どこか他幹部の陰に埋もれていた印象のあった彼がこうも存在を主張する日が来るとは。

 

「最近は闇派閥(イヴィルス)の中でもバラバラだし……どうなるんだろうな、これから」

「どの道、今更戻れる清い身の上じゃあ俺もお前もない。なるようにしかならないさ」

 

 男たちは世間一般の白装束……闇派閥(イヴィルス)の狂信者のイメージとはかけ離れた疲れ切った嵌め息をつく。組織の行く末に疑問を持ったところで、ひっくり返した盆から溢れた水はもう戻らない。

 

「……発砲音が聞こえたな」

「働き者のころばし屋様が仕事をしたってことだろう。とっとと俺たちも向かうぞ」

「いい加減次で終わらせよう」

 

 民衆に見つからないように注意しつつ、発砲音が発せられた地点に急行する。

 そこには、体をよろめかせながら逃走を続けようとする少女と、少女に向けて冷徹なまでに銃を向けるころばし屋DXの姿があった。

 

「よし、さっきよりも存在感は更に薄くなっているな」

「瞬間移動なんてすれば当然だな。奇跡もいよいよ品切れと言うワケだ」

 

 ボロボロになりながら逃げようとする少女の前に、恩恵(ファルナ)を受けた眷属としての身体能力(ステイタス)を存分に活かして飛び出る男。

 

「あ、あぁ……や、だ……こないでぇ……」

 

 ガタガタと震える少女に、特に心を痛める様子もなく淡々と詰め寄る。

 生気を感じさせない白装束は少女にはモンスターより恐ろしい化け物のように映っていることだろう。

 そんな狂信者が少女を見て思ったことは一つだけ。

 また暴発されたら面倒だなという事。

 

「奇跡って言うのはどのくらいの力が必要なんだ?」

「さあな。俺じゃなくて学者様にでも聞けよ」

「あいつら頭の中身ぶっ飛んでるから関わり合いになりたくないんだよな」

 

 散々手を焼いてきた奇跡で、また逃げられては溜まったものではない。

 とはいえ、魔力の発動を抑えるマジックアイテムなど自分たちの手元にはなかった。

 さて、特別なスキルもなく、知恵もない裏世界の人間が、特別な力を持つ子どもを逃がさないためにはどうすればいいか。その答えは簡単だ。酷く原始的な答えだ。

 男は懐から鈍色の刃を取り出した。

 

「こいつで痛めつけるか」

「おいおい。殺すなよ」

「逃がさないようにこうするだけだ」

 

 男は無造作に凶器を振るい、少女の足の健を切りつけた。

 例の怪物祭(モンスターフィリア)の時から闇派閥(イヴィルス)構成員にばら撒かれた不治の呪詛装備(カースウェポン)だ。

 これでもうウロチョロされる心配はない。

 

「後は適当に痛めつけて恐怖を教え込めばいい。逃げようなんて気は起きないようにな」

 

 そう言って男は少女の頭を踏みつける。

 そこには隠し切れない嗜虐の色があった。

 闇の中で潜み続け、抑圧された男の邪悪が漏れ出る。

 

「ひっ……」

 

 怯える少女の声に顔に、顔にかかった布の奥の唇が弧を描く。

 それをもう一人の男が白けた目で見ていた。

 

「やるのは勝手だがせめてクノッソスに戻ってからにしたらどうだ」

「いいや。連れていく最中に最後っ屁でもされたら一大事だ。今のうちにやっておいたほうがいい」

「……はぁ、また悪い癖が始まった」

 

 少女に暴行を加える相方に呆れたように嵌め息をつく男。

 他の構成員と違って、真面目なヴィトーの配下である彼らは表で好き勝手出来なかった。

 その鬱憤が溜まっていたのだろうと見逃すことにする。

 暴力を振るう方便であるとは言え、その危機感には一定の正しさはあった。

 

「ぃ……」

 

 ただ、その判断は余りにも愚かだった。

 虐げられる弱者。

 怯え、殴られ、蹴られる少女の姿に警戒が緩んだのは仕方が無いことだ。

 だが彼らは忘れてしまっていた。

 その少女こそが不可思議の力で幾度となく自分たちを撒いていた事実を。

 

「いやあ あああ あァぁぁぁァ ァァッ ァァァ ァァッッ!?」

 

 少女の叫び。

 魂が割れるかのような絶叫と共に魔力が爆発的に流れ出す。

 男たちが動揺するがもう遅かった。

 

 まるで噴火のように雪風が天に向かって流れていき、火山の噴火のように広がった。

 そして、オラリオは季節外れの雪に見舞われることとなる。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ころん、とわたしはころがった。

 からだはじくじくしていたくて、ころんだひょうしにまたすごいいたくなったけど、わたしはころがった。

 

「……」

 

 からだからあかいおみずがながれてる。

 てんてんてんてん。わたしのあとにつづいてて、からだがぺったんこになるのかこわくなってゆびですくいあげてでてきたところにおしつける。

 

「あっ!、ぃ……」

 

 そしたらいたいのもっといたくなった。

 いやだとおもってはなしたらすーといたいのきえていった。

 でもまだおくのほうにちいさないたいののこってる。

 

「……さむい」

 

 あかいてんてんはおそらからおちてくるしろいふわふわでなくなっちゃう。

 しろいふわふわはわたしのうえにもおちてきた。どんどんどんどんさむくなる。

 このままわたしもなくなっちゃうのかなぁ。

 

 どんどんどんどんさむくなる。

 ずっとまえからそうだったけどいまはもっとひんやりしてる。

 むねのおくにぽっかりあながあいてるみたい。

 

「……」

 

 あなからさむいのいっぱいひろがって。

 からだからなにかがなくなっていく。

 あしからながれるあったかいみずがわるいのかな。

 

 とまって。

 いたいのあったかいのとまって。

 いっしょうけんめいおいのりしたらぽんわりあしがあったかい。

 もうあかいのながれてない。

 

「ぁ」

 

 そしたらなにかがなくなっちゃった。

 ぺりぺりわたしがはがれちゃってどんどんちいさくなる。

 わたしはどんなだったけ。わたしはどこにいたんだっけ。

 あたまのなかもからっぽになっちゃった。

 

「……」

 

 からっぽのままがいやだからそらをみた。

 かおをうえにするためにからだをころがした。

 まっしろのじめんはつめたくていたくてやらなきゃよかった。

 すぐにせなかはみずだらけふくがせなかにはりついてきもちわるい。

 

 でもおそらはすごいきれい。

 まんまるおつきさまとおほしさまたちがきらきらひかってる。

 ちっちゃいあったかいのでひえてるおそらをあたためてる。

 

「……だれ、か……」

 

 とってもきれいだからかなしくなってめからみずがこぼれた。

 さっきのあかいみずとはちがうやさしいあたたかさ。

 

「た…ぅ……け……」

 

 くちがうまくうごいてくれない。

 あたまがどんどんましろ。

 おつきさまとおほしさまがほしくてわたしはてをのばした。

 でもまったくあたらない。

 すごいくやしくてわたしはそれでもあきらめきれなくて。

 

「……大丈夫?」

 

 まんまるおつきさまがおんなのひとになった。

 ひょっこりでてきたそのひとはかなしそうにわたしをみた。

 

「……おつきさま?」

「そう言われたのは初めてかなぁ」

 

 こまっちゃったみたいにわらったかおはすごいやさしくて。

 わたしのむねはちょっとあったかくなる。

 そしたらねむくなっちゃった。

 

「もう営業は終わってるだろうし、お店に連れて行ってもいいかなぁ……」

 

 おねえちゃんがあたまにかぶってたひらひらをわたしにかぶせた。

 あたまにすりすりされたようにかんじながらわたしはゆめにおっこちちゃった。




 はい。ヴィトーと謎の少女でもうダンメモプレイ済みの人は分かっちゃったと思います。
 4巻はヴェルフが3巻にフライイングしたため、スッカスカとなった内容を『舞い散る奇跡と降誕祭(ホーリーデイズ)』とドラえもんのクロスオーバーで誤魔化しました。

 ダンメモを未プレイの方も楽しめるように書いていきますので、よろしくお願いします。

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