ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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大☆暴☆走

 シルが訳ありな人間を【豊穣の女主人】に連れ込む。これ自体はよくあることだ。

 小悪魔的、と評されることが多い彼女だが、困っている人間を見れば手助けするくらいには善人だ。現に酒場には、そうした経緯を経て店員として居ついた者も存在する。

 

「お願いミアお母さん。この娘をここにいさせて欲しいの!」

「そうは言ってもねぇ……」

 

 シルの懇願に困ったようにミアは髪をかき上げた。

 店内の同僚たちもまたシルの悪癖が始まったと囁き合う。

 

 シルがボロボロの幼児を連れて店に来たのは、開店準備の真っ只中のことだった。

 店の人間におびえた様子で、あちこちをキョロキョロと見渡すヒューマンの少女がどのような状態なのか。訳ありだらけの店員たちは大体察することは出来たが、だからと言って店で面倒を見るというのはどうかと話し合う。

 

「……? かわいそうだし、いさせてあげてもいいじゃない?」

「あのねのび太君。犬猫じゃないんだからそんな簡単に決められないよ。今はもう僕たちが面倒を見てもらってるわけだし」

 

 子どもの面倒と言うのは馬鹿にならないものだ。

 店に置けばその分負担が増える。

 ただでさえ多忙な店員たちからすればこれ以上の負担は御免被るだろう。

 

 それに、少女の家族のことも気になる。

 少女の事情が分からない以上、下手をすれば誘拐事件だ。

 ……あんなボロボロの服装で親元でまともな生活をしていたとは思えないが、それならそれで問題がある。

 仮に虐待親などであった場合、他所の家庭のゴタゴタに巻き込まれる可能性があるのだ。

 そうなれば泥沼式に抜け出せなくなるかもしれない。

 

「それにあの傷がなぁ……」

「足の傷がどうかしたの?」

「あんなの普通に暮らしてたら絶対につかない切り傷だよ。絶対になにかあるよ」

 

 少女は足の健を斬られている。

 鋭利な刃物で、両足をバッサリと。

 これが偶々料理の手伝いをしていたら、包丁を落としてうっかり……などという怪我ではないことは、医学知識を持たないドラえもんでも分かった。

 

「漫画の世界だからって油断してたけど……ここは凄い危険な場所だよ。どんなことに巻き込まれているか分かったもんじゃないだろう?」

「だったら尚更助けないと……」

「警察、こっちだと憲兵か、それがいるだろう? 酒場が解決する問題じゃない。と言うか、まず病院に行った方がいいんじゃないかい」

 

 ドラえもんとて少女のことは心配だし、少女をあのような目に会わせた何者かには怒り心頭だ。

 しかし、何事にも道理がある。

 

 のび太は世界の危機とやらを何度か経験しているせいで感覚が麻痺しているが、人の命を預かるという事の責任は重い。

 一般人が気軽に背負っていい物ではないのだ。

 

「ねぇ君。名前は?」

「……? な、まえ……?わからない……」

「はい記憶が無いこと確定ー。逃げられないように足の健を斬ってあって、記憶喪失とかどう考えても厄ネタニャー。深入りしても碌なことにならんわコレ」

「ミャーたちで面倒を見れたらそりゃーいいけど、いくらなんでも難しいニャ……」

 

 ウエイトレスの三人娘も少女を引き取ることには反対のようだ。

 同情する気持ちこそあるが、そこは酸いも甘いも嚙み分けるオラリオの住民。

 良くない兆候をかぎ分ければ、躊躇もする。

 

「……」

 

 同じようにシルに救われ、この【豊穣の女主人】に流れ着いたリューは何も言えない。

 否定も、肯定も、彼女の立場では言えるはずがなかった。

 ただ、この中で誰よりも悪の臭いに敏感な彼女は、少女を襲ったであろう悪意に強い危機感を覚える。

 

闇派閥(イヴィルス)の人攫い。……彼女はその脱走者なのでしょうか)

 

 可能であれば助けたい。今は背負う資格がなくとも、かつて正義を胸に抱いた者として。

 だが、この酒場のことを想えば迂闊なことは出来ない。

 そんな葛藤で彼女は言葉を発せない。

 

「ミアお母さん……」

 

 シル自身も無茶な願いだとは分かっているのか、その言葉には勢いがない。

 これが平時であるならば別だったであろうが、今は闇派閥(イヴィルス)が活発化している。

 如何にこの酒場が下手なファミリア以上の戦力を有するとは言え、万が一がある。

 そんな時に騒動の種を持ち込むのは、彼女としても不本意という事だろう。

 

(それでもここに連れてきたという事は……それだけのなにかがこの娘にはあるってことかい)

 

 店内の者たちには様々な懸念が飛び交っているだろうが、シルは聡い娘だ。全て分かったうえでの行動だろう。

 これがいつもの我儘ならばミアも遠慮なく突っ返したが、彼女が本気であることはよく伝わった。彼女の()を知るミアとしては無碍には出来なかった。

 

「……好きにしな」

「ちょっ!? ミア母ちゃん!?」

「そこの馬鹿娘が自分で面倒を見るならこっちも迷惑はかからないだろう」

 

 【豊穣の女主人】のルールであるミアの鶴の一声によって、少女の処遇は決定した。

 店員の少女たちも初めはブーブー言っていたが、ミアの「いつまでくっちゃべってるんだい‼」と言う怒号で慌てて開店準備を再開する。

 

「……」

 

 リューはシルが少女を連れて二階に向かうのをじっと眺め、何やら考え込んだ。

 

「……シルがあの少女の面倒を見る」

「リュー! あんたもとっとと働くんだよ‼ よそ見する暇なんて……」

「……シルの料理を食べさせるのは虐待ではないでしょうか」

「……」

 

 ポツリ、と呟いたリューの言葉にミアは真顔になる。

 忘れもしない。シルがベルに弁当を作るようになったあの日。

 味見と言う拷問によって、【豊穣の女主人】の全員がK.Oされたあの記憶を。

 ちなみに全員の中にはミアも含まれている。

 あれを……子供に?

 

「……あの娘っ子の飯はメイが作りな」

「ニャ!?」

 

 突然仕事が増えた厨房の猫人(キャットピープル)の少女は尻尾をピィインと立てて絶叫した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 メインストリートに連なる店の中の一つで起きた騒ぎなど、街全体で見れば些細なものだ。

 ましてやここは世界の中心、迷宮都市オラリオ。

 ほとんどの店が開店準備に勤しんでいるとはいえ、その活気は並大抵のものではなく、少女たちの声は街の喧騒に飲み込まれ、誰の耳にも届かないだろう。

 初めからその店を注目していた者以外には。

 

「あの少女は【豊穣の女主人】に居つくことになったか。下手なファミリアが関わるよりはいいが、冒険者でもない強者たちの庇護下にあるとなると、こちらからの干渉は控えたほうがいいか」

 

 【豊穣の女主人】の向かい側。

 建物と建物の間に隠れる全身ローブのその影は独り言ちる。

 

「どうするウラノス」

『……あの少女は未だ不安定な存在。ここで強引に居場所から引きずり出すことで暴走しないとも限らん。今は弱っているとはいえ、周囲を氷漬けにする程度ならば可能だろう』

「そうなると静観、ということでいいな?」

『ああ。任せるぞフェルズ』

 

 手のひらをコロンと転がる水晶に向かい話しかけるフェルズ。

 水晶からは威厳のある老人の声が響いた。

 

「……しかし、よりにもよって【豊穣の女主人】とは」

 

 フェルズは悩まし気に仮面を掻いた。

 世間には単なる一酒場としているが、その実態はかなり胡散臭い。

 というより、店主が元々所属していた派閥(ファミリア)を考えれば、先日大いに迷惑させられた女神の駒……とはいかないまでも、密接なかかわりがあるのは明らかだ。

 今回の件はあの女神の悪巧みではないだろうが……この先はあの都市最強派閥も頭の中に入れて行動しなくてはならないようだ。

 

「疾風の件で縁はもう絶たれていたものと思っていたが、何が起こるか分からんな」

 

 ここからどう動くべきか。

 かつての疾風の暴走の際に、彼女には自分がギルド側の人間だという事は知られている。

 あまり自分の存在を晒すことは喜ばしくないが……。

 

(いざとなれば止む得ないか)

 

 彼女を狙う闇派閥(イヴィルス)は妙だ。

 まるでベル・クラネルの持つひみつ道具のような特殊なマジックアイテムを使っている。

 フェルズであっても出処が皆目見当がつかない、未知の力を。

 

闇派閥(イヴィルス)も独自の研究機関は持っているだろうが……それで説明は出来ん)

 

 マジックアイテムは使い方次第では大物食いが可能だ。

 第二級冒険者に匹敵する実力者が揃っているとはいえ、隠し玉で逆転される可能性は大いにある。

 

「難しいな……」

 

 フェルズは今回の事件を任されているが、同時に別件も扱っている。

 怪人(クリーチャー)によって示唆された59階層で起きている異変、それを確認されるために出た【ロキ・ファミリア】の【剣姫】に持たせたマジックアイテムによる情報収集。

 並行作業は毎度のこととはいえ、いい加減私を便利に使い過ぎだぞウラノス。

 サボれば都市が滅びるからやるしかないが。

 

「気になるのは闇派閥(イヴィルス)の動きか。あの男がどう動くか読めない」

『フェルズが13階層で見たという男か』

「ああ。私を撒くかのような動きを見せたので尾行は中止したが……あのまま奴らのアジトが分かれば話も変わったのだが」

 

 現在フェルズが追う事件の主犯と思われる人物。

 赤髪に細目の青年だったが、かなり切れる人物らしい。

 あれから今日までフェルズに尻尾を掴ませない。

 

(体捌き見たところ、私と同等程度のステイタス……低くはないが特筆して脅威でもない。【殺帝(アラクニア)】の方がよほど注意すべき人物ではある。しかし……)

 

 思い返すのは13階層での独白。

 言っている意味は分からなかったが、あの時に男がうっすらと明けた瞳の奥に燃えていた感情。

 それがフェルズを不安にさせる。

 

(単純な能力やステイタスでは測れぬ悪。あれはそういった類なのだろうか)

 

 このまま放っておけば大きな厄災を引き起こす。

 長年オラリオを守り続けてきたことにより培われた勘が警鐘を鳴らしていた。

 

「ここまで静寂を保ち続けた奴が簡単に動くとは思えないが……【ロキ・ファミリア】がいない間に強硬手段を取る可能性もある。ここからは離れられんか」

『私もロイマンを使い情報を集めさせよう』

「助かる……む?」

 

 今後の方針が決まり、通話を終了しようとした時。フェルズは騒がしい声と音を聞いた。

 耳が無いのに音を聞くというのは妙な表現だが、そうとしか言いようがない。

 その声は最近聞き馴染み始めた少年のホイッスルボイスともいうべき悲鳴で、音は蒸気が連続して発生している音だろうか。

 

 ポッポーーーッ‼ と朝から騒がしい音を立てながら走り回る白髪の少年。

 ベル・クラネルであった。

 頭に付けた煙突のような帽子から、煙を出しながら爆走している。

 半泣きになっているのを見るに止まれないのだろうか。

 人に当たっていないのは通勤を終えた時間帯であることと、ベルがレベル2の反射神経で何とか避けまくってるからだ。

 

「ふむ」

 

 フェルズは視線を落とす。

 そこにはガラクタの山があった。

 ここの店はごみを人目に映りにくい路地に捨てているらしい。マナーの無いことだ。

 

「縄と……ダンジョン産の竹と……木材か」

 

 全くもってなってない。

 こんなに使える物ばかりだというのに。

 

「……」

『フェルズ……今は遊んでいる場合では』

「無論だウラノス。都市の存亡がかかっている状況で私が私情で動くと思っているのか。だとすればそれは酷い侮辱だ。そもそもここで私が騒ぎを起こしてしまえばあの酒場の店員たちにも勘づかれる恐れがある。そうなれば私の任務は困難なものになるだろう。勿論見つかってしまってもマジックアイテムでどうとでも誤魔化せるが態々手札を使うわけがない。お前が気軽に使わせるマジックアイテムを作るのは大変なのだから。だからそんな一時の感情でデメリットしかない行為を私がするはずが や は り 我 慢 で き ん ‼」

 

 ヒュバァッ‼ とメインストリートに飛び出るフェルズは、ベルがこのまま通るであろうルートを瞬時に計算する。

 せめて透明状態(インビジリティ)になれと言うウラノスのツッコミを置き去りにして掴み取ったガラクタでなにやら工作を始めた。

 

 まず【豊穣の女主人】の屋根に飛び乗り、しなる竹を固定。

 次に木材を組み立てて四角の枠を作る。そして並行して枠と同じ大きさのガラクタを置く。

 それをマジックアイテムで道路に固定。

 更に縄を交差させる形で円を作る。そして一方の縄を円の中へ上から入れ、その拍子に新たに出来た円にも上から通し、最初の円と二本の紐を引っ張り『わな結び』にする。

 その縄に別の木材を括りつけ、四角の枠に通して引っ掛ける。

 縄が外れないように括りつけた木材とガラクタの間に、細い棒を地面に並行する形でセット。

 

 罠の完成である。

 

「うわわわわわっっ!? 止まらないっ!?」

 

 ベルはフェルズの予想通り止まることが出来ず、罠にかかる寸法。

 細い棒を蹴り飛ばされ、支えを失った縄はしなる竹に引き寄せられて上空へ。

 そこにちょうど円になった縄の先がベルの足を捉えた。

 大きな円は空中で引き締められ、ベルの足を縛り付ける。

 

「あーーれーー!?」

 

 後は【豊穣の女主人】の前に縄でつられた哀れな兎がいるのみ。

 ひみつ道具の影響か未だに空中でシュ、シュ、シュ……と言いながら足をばたつかせる光景は滑稽だ。

 まあ、これで人にぶつかる心配はないから良いだろう。うん。

 

「フハハハハッ‼ こんな罠を瞬時に作り出す私が怖い‼」

『フェルズ……』

「む? さては私が見られてないか心配しているのか? 安心しろウラノス。既に幻想花の花粉をばら撒いている。ここら一帯にいる者は皆夢を見ているから、飛び出た黒ローブなど夢の一部としか思われん。完璧だな‼」

『そういう事ではないのだが……仕事を任せ過ぎたのだろうか』

 

 この後、第二級冒険者並であるがゆえに幻想花の効かないウエイトレスたちに見つかり、盛大な鬼ごっこをした。




 実の所フェルズにもうベルへの恨みはそんなにありません。
 それでも悪戯を続けるのはベルのリアクションが面白いからです。
 ウラノスさんはもう少しフェルズの仕事を減らしてあげてください。

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