「そのマジックアイテムは一体どこで手に入れた物ですか」
ヴィトーと名乗った男が持つカメラ。
ひみつ道具の名前の中に度々登場した名詞に警戒心をあらわにするベルだったが、ヴィトーの返答はあっさりとしたものだった。
「これですか? 友人……と言うにはかなり冷めた関係ですねぇ。仕事上の取引相手の厚意でいただいたものですよ」
男は緑色のカメラを見やる。
細目に薄っぺらい笑顔を張り付けた彼の心情は分からない。
「その人がそれをどこで見つけたのかは分かりますか」
「さあ……
かつて不老不死の秘宝を作り出したと言われる賢者を生み出した、魔導士たちの国。
【魔導】や【神秘】の発展アビリティ保有者が山ほどいるあの国ならば、妙なマジックアイテムを作っていても不思議ではない。
「もしやこのカメラに興味が?」
「あ、えっと……」
「このマジックアイテムを融通してくださった方に貴方を紹介してもいいですが……中々気難しい方ですからねぇ。おすすめはしません」
この人のいう事は本当なのか。嘘なのか。この人は分かって言っているのか。この人自身騙されているのか。
判断ができない。
調べたところでカメラがこの国で開発されているのかは分からない。
というか
そんな成り立ち故に、優秀な魔導士を多く保有するオラリオをかなり敵視しているらしい。
弱小ファミリアとは言え、オラリオに属するベルには尚更情報は流れてこないだろう。
この場で白黒つけるのは難しい。
だが、もしもこの男が
「……それでも、その人と会わせてもらえませんか」
「……」
「その、どうしても欲しいんです。説得は僕だけでやりますから」
何とかヴィトーとの接点を残し、カメラの出処を探る。
そのためには取引相手を知る必要がある。
咄嗟に嘘を吐くベルの内心はぐちゃぐちゃだった。
自他ともに嘘を吐くことが向いていないと評するベルは、心臓が口から出てきそうなほど緊張しながらヴィトーの返事を待った。
「ふむ」
「……駄目、ですか?」
じっと自分を見つめるヴィトーから眼を逸らしそうになるのを我慢する。
おかしな態度を取れば、嘘に気付かれるかもしれないのだ。
「望みは薄いとは思いますが……いいでしょう。話は付けておきますよ」
「……ありがとうございます」
「ただ、多忙な方ですから、数カ月は待っていただくことになるかと」
「分かりました」
面識のない人間からの申し出を受けて貰えるものなのかと不安だったが、なんとかなったようだ。ほっと胸を撫でおろしそうになるのをぐっと我慢する。
気を抜くことは出来ない。相手は
「しかし、冒険者の方はこういったものには興味が無いように思っていたのですが」
「えっと……探索中に役に立つかと思いまして」
「確かに実物と見間違えるほど精密な絵ですから、使いようはいくらでもありますね。流石は噂の
ヴィトーはそう言うと【豊穣の女主人】をパシャリとカメラで撮影した。
あっ、と声が漏れそうになるのを何とか堪える。
(何も、起きてないよね……?)
あのカメラがもしも攻撃的なひみつ道具だったらと考えると肝が冷えたが、見たところおかしな変化はない。
目で見えない何かがあるかもしれないが……後でドラえもんに確認しようとベルは決めた。
「ここでこうして知り合えたのも何かの縁です。実は私、貴方様にどうしても聞きたかったことがありまして。よろしければお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……? はい、なんでしょうか」
ヴィトーの薄い笑みを張り付けた口角が僅かに上がる。
男の見せる表情に言いようのない不安を覚えたベルは、泡立つ腕を咄嗟に抑えた。
「なに、そんなに難しいことではありませんよ。物語の背景にも成れぬ凡人の小さな疑問です」
何処か芝居がかった口調でヴィトーは問いかけた。
「この世界で私たちはなんのためにとお思いでしょうか」
「……なんのために、と言うのは……?」
「運命に縛られた私たちの物語に果たしてどのような意味があるのか……ある意味、最も行く先を決定づけられている貴方にお聞きしたかったのです」
男のいう事は曖昧で、規模が大きすぎて……飲み込むのに少し時間がかかった。
運命、というのは無慈悲な言葉だ。少なくとも、男の言葉から読み取れるニュアンスからはポジティブな意味は読み解けない。
(……運命に縛られる)
その言葉はこの世に生きる者たちへの侮辱。
胸を抉り、絶望に浸る様な大切な人を失った悲しみも。
世界を色づかせ、胸を高鳴らせる恋心も。
悔しさで嗚咽と共に流した涙も。
苦難の果てに紡いできた絆も。
命を燃やす死闘さえも。
全てが定められた道の上を進んだだけなのだとしたら。
自分たちにはどんな意味があるのだろうか。
酷く意地の悪い質問を問いかける男は薄い笑みを浮かべ続ける。
その意味は意地の悪さすら感じさせた。
その一方で、決して軽くはない意志も込められた気がしたから。
ベルは懸命に頭を働かせた。
「……僕はまだ冒険者になったばかりで、みんなほど多くの物を積み重ねてはいないですけど。色んな事を経験してここまで来たと思います」
「……」
「それが初めから決まっていることだとしたら、それは凄く寂しいし、悲しい事ですけど。きっと後悔はしないと思います」
「そう言えるのは何故?」
ヴィトーの再度の問いかけに、ベルは一度言葉を区切った。
胸の中の靄はまだある。
それでも、確かなことを引っ張り出した。
「僕が歩んだ過程で笑ってくれている人たちがいます。その笑顔は絶対に間違いじゃないと信じたいですから」
ベルの脳裏に浮かぶのはこれまでであって来た人たちだ。
大好きな人たちの笑顔が自然と浮かんでくるのなら、物語であったとしても恥じるものではない。
そう、ベルは信じてる。
「…………それが、貴方ですか」
ヴィトーは笑みを消し、真剣な表情でベルを見る。
その答えは彼にとって正しかったのか、それとも望んでいたものではなかったのか。
感情を読み取ることは出来ない。ただ、目の前の人間は本当に、この問いにベルを投げかけたかったのだろうという事だけは伝わった。
ヴィトーはベルの答えを軽んじることなく、真摯に受け止めたから。
やがて、遠目で二人の会話を見ていたヴェルフが話しかけてきた。
「おい、用事が終わったなら早く行くぞ。リリ助たちが待っている」
「あ、うん。それじゃ、ヴィトーさん、僕はこれで」
「はい。貴重なお時間を妙な質問で浪費させてしまい申し訳ありませんでした。えぇ、とても参考になりましたとも」
ヴィトーに会釈をし、ベルは駆け足で待ってくれていたヴェルフの下へ向かう。
その最中、あることに気が付いた。
「そうだ……ヴィトーさん。カメラの件なんですけど、取引相手の方と連絡が付いたらどうしましょう。お互いの連絡先も知りませんし」
「そうですね。私は御覧の通りカメラで風景を取るのが最近の趣味なので、その話はまたオラリオの街でばったりと会ったときにでも」
「……流石に気が長すぎませんか」
「ふふっ、こういった関係も面白いでしょう?」
ヴィトーはそう笑うとまたカメラで周囲の風景を取り始めた。
不思議な人だと感じながらも、ベルはヴィトーに背を向け、今度こそヴェルフと一緒にダンジョンに潜るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベル・クラネルと別れた後も、ヴィトーは写真を撮り続けた。
このカメラを
【顔無し】と揶揄されるほどに存在感の薄いおかげで、奇異に思われても、次の瞬間には単なる情報以上の記憶には残らない身の上に感謝しつつ、男の足は地上の迷宮に向かっていた。
「いい加減戻らないと皆さんもまたうるさいでしょうしねぇ」
ただでさえ落ち目な
(思いもよらない収穫もありましたしね)
ベル・クラネルとの遭遇は全く意図していなかった出来事だ。
世間と言う物は案外狭い。
彼と出会うことになるのは雪が降る季節だと予想していたのだが。
「まあ、いいでしょう。接点があればこちらもやりやすい」
元々タイミングを見計らって接触する予定ではあったのだ。
向こうの方から近づいてくれたのは僥倖と言っていいだろう。
「どうもこのひみつ道具の出処と、私のことを探りたいようですが……根が素直過ぎましたねぇ。筒抜けです」
少年の言い分には微笑ましいほどに粗がありすぎた。
この世界にないカメラを欲するという違和感。
唐突に顔も知らない取引相手との交渉を申し出る焦燥。
なにより、目線。
嘘を吐くときは相手と目を合わせてはならない。そんな腹の探り合いの基本すら彼には分かっていなかった。
(ベル・クラネルなりに手掛かりを手放したくないと工夫はしていましたが……)
役者が違う。
暗黒期からどっぷりと悪に染まるヴィトーと、ついこの間まで平和に農民として畑を耕していた世間知らずの少年では探り合いが成立するはずもない。
巨匠ダイダロスの作り上げた狂気の作品『ダイダロス通り』。
ダンジョンのように入り組んだ道を慣れた様子で進む。
壁に描かれた
大質量の扉が開き、ヴィトーはその中へとよどみなく歩を進める。
本当に見事なものだ。
ダイダロスが呪いとして残したこの迷宮は。
その異業を見て、ヴィトーはぽつりとつぶやいた。
「子孫の魂すら歪めるこの執念……予め定められていたものだと考えるとここも見方が変わりますねぇ」
皮肉気に唇を吊り上げそうになり、いけないいけないと首を振る。
どうも、真実を知ってから上から目線の思考が多くなってしまった。
己は他者を嘲笑える立場ではないというのに。
白装束の男たちがヴィトーを見かけると一斉に姿勢を直し、道を開いた。
ご苦労様です、と声をかけた彼はふと何かを思い付き、男たちに尋ねた。
「もし、少々お尋ねしてもよろしいですか」
「? ……ハッ!」
「貴方の願いについて聞かせていただきたいのです。
「無論、愛する人との再会です!」
「その願いが何者かによって作られたものだとしたら?」
一瞬、男たちの表情が歪んだ。
また始まった、と言うところだろうか。
すぐに殊勝な表情を取り繕ってはいたが、ヴィトーにはその内心は手に取るように分かった。
真実を知ってから手当たり次第に聞いて回っているからと言うのもあるだろう。
男は間髪入れずに答えた。
「それでも変わりません! 何があろうとも!」
用意された回答にヴィトーは微笑みと共に頷く。
ベル・クラネルのモノと表面上は大して違いのない解答。
それに対するヴィトーの反応は、男たちが知る由もないがベルへのモノとは大きく異なった。
「私も祈っていますよ。その願いが成就されることを」
邪魔をしましたね、と言って通路を進むヴィトーは笑みを張り付けたまま。
やがて自分に用意された一室に到着する。
扉の前でヴィトーを待っていたのは黒装束の構成員だ。
「精霊は見つかりましたか?」
「いえ、目下捜索中ですが目撃情報が例の襲撃地点からぱたりと止んでおり……」
「瞬間移動されればそうもなるでしょう。
「……捜索を打ち切りますか」
「まさか、
何せエルフを超える
(これで止血のみ成功して傷自体は癒えていない、という状態ならば最高なのですが)
「捜索範囲を広げなさい。私も散歩がてら探しておきましょう」
「ハッ!」
「では、私は少々休みます」
黒装束の男たちが去って行くのを見送ると、ヴィトーは部屋に入った。
人一人に与えられるには広すぎるその部屋は製作者の子孫曰く、ダンジョンにおける
つい先日までは伽藍洞だった空間には、今は沢山の建物を模した模型の山が置かれていた。
本物をそのまま小さくしたと思えるほどに精巧なそれは、
【ポラロイドインスタントミニチュアせいぞうカメラ】
ヴィトーの持つ緑色のカメラ型ひみつ道具の名前だ。
このカメラによって撮影された建物は生物・背景を除き、忠実に再現されたミニチュアとして作り出される。
遊戯用のひみつ道具らしいが、ヴィトーはこのカメラでオラリオ中の建物を取って回り、居室にオラリオの模型を作り上げていた。
今日もまた、撮影した【豊穣の女主人】のミニチュアを作り出し、メインストリート沿いに配置する。
ミニチュアを作り出しては配置。作り出しては配置……。
薄い笑みを浮かべながらヴィトーはそれを繰り返した。
ヴィトーはまだノエルには気が付いていません。
あの場でベルと出会ったのは本当に偶然です。
そんな偶然の結果出来上がったベルとまだ敵ではないヴィトーの歪な関係。
これがこの先のどうなるのか、お楽しみください。