これまで異世界を冒険することは何度かあった。
それは過去だったり、未来だったり、機械だらけの世界だったり、魔法の世界だったりと様々だったが、共通して言えるのは非常に違和感だらけだということ。
建物の形状から、コップの取っ手の形まで、のび太たちの世界との違いは際限ないが、最初は『なんだこれ』が連発するものだ。
しかし、のび太が単純なのか、人間の適応能力が偉大なのか。
そんな違和感は数日たてばかなり激減する。
全くのゼロにならずとも、そういうものだと馴染むことが出来るのだ。
ただ、そこまで長期間滞在すると今度は元居た世界に違和感を覚えてしまうのが困りもの。
少しの間はフワフワした気分になってしまうのはどうも妙な感覚になる。
出木杉の家に訪れたのび太は、暫く見慣れていた木造りの臭いのしない部屋にそわそわしつつ、お菓子を持ってくるという彼を待った。
やがて階段を上ってくる音が聞こえると、のび太はドアの方を見つめる。
友達の家に遊びに入った時、大きな楽しみの一つは出されるおやつだ。
家で出てくるいつもと違うおやつと言うのは中々に新鮮な気持ちになる。
「お待たせ。ちょうどママがドーナツを作ってくれていたんだ。よかったら一緒に食べよう」
「わぁ! 美味しそう!」
流石は出木杉家。
野比家ではまず出てこないおしゃれなお菓子にのび太は両手を上げて喜んだ。
そんなのび太に出木杉は微笑んでいたが、やがて申し訳なさそうな顔で謝った。
どうやら、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の捜索が上手く行っていないことを気にしているようだ。
「それで、例の漫画の続きは見つかったのかい? こっちも色んな人に聞いてみたんだけど中々心当たりのある人がいなくて」
「実は……」
のび太はドラえもんが調べた結果、探していた漫画が未来のモノだったということ。
その続きを知るために絵本入り込み靴で漫画の中に入っていることを説明した。
「ドラえもんのひみつ道具は本当にすごいね……」
「ワザワザ探してもらったのにごめんよ」
「いいよ。続きが見れたようでなによりだ。それで、漫画の中と言うのはどんな感じなんだい?」
どんな感じ、と言う言葉にうーむと唸るのび太。
国語ですら0点を取りまくる彼の語彙力を舐めてはいけない。
「えーと大昔の街みたいな感じで、馬車が通って、猫耳のお姉さんと耳の長いお姉さんがいて……」
脈絡のない説明が続く。
ジャイアン辺りならば途中で「分かる様に言え!」と
「昔ながらの街と言うけど、木でできていたのかい?」
「酒場は木だったけど、周りはレンガだったと思う」
「なにか特別目立つ建物はあったかい?」
「街の真ん中にある塔と、街の周りにある壁。すっごいデカかった」
「塔って言うのはあの窓の外に見えてる電波塔くらいの大きさ?」
「あんなん比べ物にならないよ! 雲より高かった!」
「じゃあ、壁の大きさは? あとどんな風に街を囲っていた?」
「二番目に大きかったよ。どんな風に囲っていたって……うーん。丸?」
のび太は普段は何でも知っている出木杉からの質問の嵐が嬉しいのか、得意げにオラリオの街並みを話す。
一方の出木杉は自身の記憶する世界中の都市から、一番近い風景を記憶の底から引っ張り出した。
(細部に違いはありそうだけど……ドイツのネルトリンゲンの城塞がそれに近いのかな? 大昔のパリなんかも掠ってそうだ)
なんのためにそんな壁を作り上げたのだろうか。
やはりモンスターに対する備えだろうかと考えると、出木杉は珍しくワクワクした感情を自覚する。
たかが漫画に何をと思われるだろうが、物語の世界の歴史や風習……いわゆる世界観を考察するのは中々楽しいものだ。
「やっぱりすごい楽しそうだね。僕も行ってみたいなぁ……」
出木杉は優等生であるが、同時に問題児であるのび太と同程度には好奇心旺盛だ。
話を聞くだけではなく、実際に見てみたいという想いが浮かぶのは自然なことだった。
「なら行ってみよう!」
「えっ!?」
「実は出木杉に相談したいことがあったんだ!」
のび太はそう言うと、漫画の中に入ってから出会った少女……ノエルのことを話し始めた。
「足が不自由な女の子……」
「そのせいで全然遊べなくてさ! 何かしてあげたいんだけど……」
「ドラえもんのひみつ道具でなんとかならないのかい?」
「タイム風呂敷を使ったけど駄目だったんだよ……」
お医者さんカバンを使えば何とかならないにしても、解決策が見つかるかと思いきや、そもそも怪我をしていないという結論が出たらしい。
「それは……おかしな話だね」
「うん。ドラえもんもどうすればいいんだろうって頭を抱えていた」
ドラえもんのひみつ道具はどれも一部を除いて優秀なものばかりだが、それを使うのはあくまでも人間だ。
何を使うべきか分からなければ宝の持ち腐れである。
「そうだな……すごい安直な発想だけど車いすをプレゼントするのはどうだろう」
(アンチョク?)
「そうすれば仲良くなるきっかけにもなるだろうし……」
(アンチョクってなんだろう? アンコウの仲間かな)
「うん。連れて行ってもらえるなら、その前にその子のための車いすを作らないかい? 僕だけで作るのは大変だから君たちの力も借りることになっちゃうけど……」
「なるほどアンチョクな発想だね! 理解した!」
よく分からないがこのままでは不味いと、取り敢えずオウム返しすることにしたのび太。一歩間違えば喧嘩間違いなしだが、出木杉は今の発言でのび太が理解していないことを理解したので問題なかった。
「その子と仲良くなるためにプレゼントを用意したいんだ。自由に動けないその子に必要な車いすなら喜ばれるだろうし、ドラえもんの力を借りれば車いすを作るのもそう時間はかからない」
「いいじゃないか!」
分かりやすく噛み砕いた説明で今度こそ理解したのび太は、早速明日から作ろうと意気込んだ。
その時、ふと出木杉が気になったことを質問した。
「そう言えば野比君たちは随分長い時間漫画の中にいたみたいだけど、学校はどうしたんだい?」
「……タイムマシン使った」
なにかずる休みをしていたんじゃないかと疑った出木杉だったが、以外にものび太はちゃんと学校に来ていたようだ。
タイムマシンを使ったのは微妙にズルな気もするが、ちゃんと学校に来ていたのはエライ。
「コピーロボット使おうとしたらドラえもんが怒ってさ。なんて心が狭い奴なんだろう!」
やっぱりのび太はのび太だった。
苦笑しつつ、出木杉も勉強や習い事を疎かにできない以上、同じ手を使うことになるかもしれない。
(楽しい事には苦労がつきものだけど……大変そうだな)
今のうちにきちんと
そう出木杉は心に誓った。
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放課後。
同級生たちが思い思いの時間を遊び尽くす中、のび太と出木杉は途中から合流したドラえもんと一緒に裏山にいた。
「ゼェ……ゼェ……」
「野比君大丈夫かい?」
「な、なんのこれしき……ゼェ……裏山は……ゲホッ……僕の庭……ヒィッ……」
「生まれたての小鹿みたいにプルプル震えながら言う事じゃないよ。少し休む? のび太君」
整備された道ではない、デコボコした道に体力を削られたのび太が長距離走を走った後のようにフラフラになっていたが、一行は道なき道を進み続ける。
車いすを作るに当たって真っ先に問題になったのが材料だった。
なにせのび太たちは小学生。
木材などで車いすを作ろうにもお小遣いでそれらを集めるのは難しい。
あれこれ考えていた時に、案を出したのはのび太だった。
裏山に捨てられているゴミを使おうと。
「ゼェ……ゼェ……こ、ここ……」
「本当に木材がこんなところに捨てられていたのか……」
裏山の正規ルートから外れた場所。
そこには無造作に捨てられた木材や釘がばら撒かれていた。
雨風に晒されて木は痛み、鉄はさび付いているが。
「ひっどいよね! この辺りは静かだから昼寝にもってこいだと思ったのに、これじゃ落ち着いて眠れやしないよ!」
「昼寝の場所を見つけるためだけに、あんな死にそうな顔をするほど歩いたのか君は……その執念はもっと別な所に使ってほしかったよ」
いつものこととはいえ、のび太はやりたいことには凄い集中力を発揮する。
それを知っているからこそ、ドラえもんはのび太の普段の無気力さが残念だった。
「それよりドラえもん」
「うん」
のび太の促しに、ドラえもんは四次元ポケットを
「タイムふろしき~」
時間を巻き戻す風呂敷を捨てられた木材たちに掛ける。
すると、虫が湧いていそうだったボロボロの木材は、お店で売られているような新品に早変わりする。
これでお金を使わずに車いすの材料を集められると言うワケだ。ついでに裏山を綺麗にできるというオマケつき。
「この調子でどんどん集めていこうか」
「うひー。まだ歩くのぉ……」
「のび太君はいい機会だと思って体を動かしなよ」
木材が捨てられている場所を知っているのは、お昼寝場所を探すために辺りを歩き回ったことのあるのび太だけだ。
のび太の泣き言を散々聞きつつ、三人は車いすを作るための材料を揃えるのだった。
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くたくたになりつつ目的の材料を集めた三人は、遂に車いすの組み立てに着手する。
出木杉の家の庭に材料を並べ、出木杉はノートを広げた。
「これが昨日考えた車いすの設計図だよ。この通りに作って欲しい」
「……この時代って設計図の作り方とか小学校で習うの?」
「そんなわけないだろ」
出木杉の出木杉たる所以を存分に見せつけられたところで、作業に取り掛かる。
ドラえもんのひみつ道具である【自動かなづち】と【自動のこぎり】で、大人でも大変な工作をサクサクと進めた。
「野比君、ちょっとクッションが大きいからスモールライトで調整してくれ」
「こんなかな?」
「うん。ドラえもんはタイヤの取り付けできたかい?」
「終わったよ……しかし鍋の蓋がタイヤと言うのも変な見た目だね。材質変換機で感触はタイヤそのものだけど」
出木杉が考えた車いすは、台車にイスを取り付けたようなシンプルなものだ。
本職の作る車いすと比較すれば鼻で笑われるお粗末な見た目だが、三人は万が一にも事故が起こらない様に慎重に組み立てた。
出来上がった車イスにさっそく乗り込んだ出木杉をのび太が押すと、車イスはタイヤの回る音を立てながら進む。
「おお! やったじゃないか!」
ドラえもんのひみつ道具による手助けがあったとはいえ、小学生が作ったとは思えない出来に喝采を上げるドラえもん。
「よし、ちゃんと整えられた道じゃなくても安定してる。これなら変にスピードを出さなければ揺れで気持ち悪くなることもないはずだ」
想定通りの出来に出木杉もほっとした様子だ。
心地の良い疲労感を噛み締める一同だが、ふとのび太があることに気が付いた。
「この車イスは自分で動けるの?」
「え?」
「今みたいに押す人がいなくなったら結局大変じゃない?」
のび太の言葉に出木杉はハッとする。
のび太たちはちょくちょくもとの世界に帰ることになる以上、四六時中ノエルの側にいる訳ではない。
【豊穣の女主人】の店員たちは仕事で忙しいから尚更無理だろう。
つまり、ノエルが一人の時にはこの車イスは使えないのだ。
「しまった……僕たちが押せば良いって考えていて、自走のことを考えてなかった……」
自身の設計ミスに落ち込む出木杉だったが、ドラえもんは落ち着いて四次元ポケットに手を入れた。
「まあまあ、ここまで頑張ったわけだし、少しくらいズルをしてもいいと思うよ」
ひみつ道具の大盤振る舞いはあまり褒められたことではないが、のび太が珍しく精力的に活動したことが嬉しかったらしい。
今回ばかりは多目に見ようとドラえもんはひみつ道具をだした。
「ラジコンアンテナ~」
陽気な声と共に取り出したのはその名前の通り、ラジコンのアンテナの形をしたひみつ道具だ。
「これをつけたものは動くものならなんでもラジコンになるんだ」
「なるほど。ノエルちゃんは腕なら動くもんね!」
さっそく車イスに取り付けると、車イスはラジコンの操作にしたがい、スイスイと動き始めた。
「わあ! すごいすごい!」
「高級な車イスには電気で自走できるものがあるって聞いたことがあるけど、それでもこんなにスムーズには動かないよ!」
のび太は車イスに乗ったまま、ラジコンで前に後ろに、更には庭を一周してみせた。
「ちょっとジャイアンたちに見せて……」
「こらこら、そうやっていっつも取られて泣いてるじゃないか。『お前のものは俺のもの!』って言われる前に早くプレゼントしないと」
「ちぇー」
のび太は口を3の字に尖らせるが、ドラえもんの言うことも尤もと思ったらしく、素直に車イスから降りた。
ジャイアンへの流石とも言うべき(負の)信頼である。
ドラえもんが四次元ポケットに車イスをしまうと、絵本入りこみぐつを取り出し、三人は靴を履き替えた。
「それじゃ、行こう」
「おー!」
「……うん!」
ドラえもんの声かけにのび太は能天気に、出木杉は少々緊張した様子で応えた。
三人は次々と漫画の中に足を踏み入れ、庭には漫画本のみが開かれた状態で残された。
出木杉君はどんなに性能を盛っても違和感がない……。
でものび太は元々万能キャラって訳でもないし、以外と存在は食われないかも。
そこは一安心。
それはそうと出木杉と打つと予測変換が出来杉になってた……可能な限り直しはしたけど、この先やらかすかもしれないので、そのときは間違ってんぞーとアホな作者に教えてください。