ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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異形のモンスター

 これは神会(デナトゥス)が開催される3日前の話。

 地上の迷宮とも称されるダイダロス通り。貧民街(スラム)であるこの場所はその住民の特性や、ギルドも把握しきれていないと言われる複雑に入り組んだ構造によって、犯罪の温床になりやすい。

 闇のヴェールに包まれる夜の時間は悪党たちの悪企みの時間だ。

 余計な騒ぎに巻き込まれたくなかったら、深夜のダイダロスは出歩くな。

 とある孤児院では子供たちにそんな約束がされているという。

 その判断は正しい。今日もまた、月光に照らされて悪は嗤っているのだから。

 

「……ふむ。エニュオはやはり時間通りにしか来ませんね。手持無沙汰なこの時間も私には惜しいのですが」

 

 暗闇に同化するような黒の衣装に身を包むヴィトーはそう独り言ちた。

 先方を警戒させないために護衛なしで来なければならないものだから、話し相手も用意できやしない。

 今度、遠距離でも会話できるひみつ道具を用立ててもらうべきだろうか、とも考えたがそんなバランスブレーカーをエニュオが警戒しないはずも無し、止めておこう。

 

 仕方なくヴィトーは天に浮かぶ白い月を見た。

 極東では月を見て有難がる風習があると風の噂で聞いたことがある。

 あんな殺風景なものを見て何が面白いのかはヴィトーには分からないが、ヴィトーは案外何もない空を眺めるのは嫌いじゃない。

 ヴィトーにとってこの世にあるあらゆるものはその存在自体が煩わしい。だからこそ、全く心を震わせない夜空は好きでもないが嫌うこともなかった。

 大体の物事が不快なヴィトーにとっては、心が動じないことは貴重なことだ。

 

「おや」

 

 コトリ、と足音がしてヴィトーは振り返る。

 そこにいたのはヴィトーが想像していた人物ではなかった。

 

「珍しいですねぇ。エイン様ではない伝言役(メッセンジャー)とは」

 

 どういう風の吹き回しかと訝しむ。

 エニュオは姿を見せず、闇派閥(イヴィルス)と関わりを持った数年前から交渉事は全て仮面の人物が引き受けていたはずだ。

 しかし、今ヴィトーの目の前にいるのはしわくちゃな老婆だ。

 神の力(アルカナム)を感じることから、それが神であることは分かるが……

 彼女がエニュオなのか。

 

(まさか、何も知らぬ神が遊びに来たわけではないでしょうねぇ……?)

 

 有り得ない話ではない。

 神と言うのはとことん自由に動く。

 今も「夜のダイダロス通りを探検だ~!」と言って眷属なしで来る可能性もある。

 そう言った部外者を入れないように建物付近には、部下を配置していたのだが。

 

(もしも無関係な神を紛れ込ませてしまったのならば、私は彼らを罰せねばなりませんねぇ。あぁ、それはとても悲しい。胸が張り裂けてしまいそうですとも!)

 

 口元が弧を描く。

 既にヴィトーには幾通りもの仕置きが描かれていた。

 血まみれになって沈む部下たちの姿を思うと、小心者の自分としては胸の鼓動だけでアバラ骨が砕けてしまうかもしれない。

 

「貴女は……」

「何だい何だい‼ 辛気臭い場所に辛気臭い男だねぇ‼」

「……」

「私自ら話しかけているんだよ‼ 何か喋りな‼」

 

 面倒な神らしい。

 笑みを張り付けたヴィトーは脳内で血まみれになって倒れる部下に焼き印を押しつつ、穏便にお帰り願おうと口を開こうとした。

 

「まったく‼ さっさと商品を送りな‼ 言い値で買うよ、あいつがね‼」

「……っ!」

 

 そんな時に飛び出した一言に目を見開く。

 何も知らない神がいう事ではない。やはり彼女がエニュオなのか。

 

「意地が悪い……もう少しで部外者だと追い出す所でしたよ」

「追い出す!? 追い出すって!? 嫌だ嫌だ‼ こんな心のない奴なんかこっちがお断りだよ‼」

 

 ヒステリックに叫び散らすその姿に神としての威厳は感じない。

 本当にこれがエニュオなのか? と言う疑問が再び湧き上がる。

 闇派閥(イヴィルス)を利用するために悪のカリスマを演出するという事は、嘗ての主神も行っていたことだ。エニュオの暗躍ぶりもその一環なのだろうと考えていたが、ここで正体を明かす理由が分からない。どう判断すべきかヴィトーが悩む間も老いた女神は叫び散らす。

 

「そんなことより酒だよ‼ 糞みたいな街で糞みたいな酒を飲む‼ 正に底辺の楽しみさね‼」

 

 そう言うとおもむろに葡萄酒(ワイン)のボトルを取り出し、浴びるように飲み始めた。

 如何に自由な神と言えども、交渉中に飲酒を始めるとは……とヴィトーも流石に唖然とする。

 

「これは私のモノだよ‼ 返しな泥棒‼」

 

 そんなヴィトーに構わず、老婆はヴィトーの服からボタンを毟り取る。

 無論、老婆のボタンをヴィトーが盗んで勝手に服に付けていたという事実はない。

 というか老婆とヴィトーは初対面である。

 

(これではまるで……)

 

 言動が自由と言う次元ではない。彼女の行動は全く出鱈目なものだ。

 これがあの緻密な計画を立てた黒幕(エニュオ)とは思えない、と疑惑の目を強めた。

 

「そんなことより酒‼ 酒だよ‼ アイツは何処にいるんだい!?」

「アイツ……とは……?」

「アイツはアイツだよ‼ 誰だったかねぇ……」

 

 ブツブツと呟くその女神の姿を見て、ようやくヴィトーも答えに辿り着いた。

 

(成程、この神は道化ですか)

 

 エニュオによって玩具にされた哀れな生贄。

 下界の手段で惑わすことは出来ないはずの神をどう手玉に取っているのかは分からないが、思い返せばこの神は明らかに思考能力が失われている。

 まるで泥酔した人間のように。

 

「これが全知全能……超越存在(デウスデア)、ですか」

 

 クッ、とヴィトーは嘲りを漏らさずにはいられなかった。

 生まれてからずっと、神と言う存在には軽蔑を隠せなかったが、どこまでも失望させてくれるものだ。まあいい。所詮は仮初の上位存在。

 敬意を払う必要などない。設定だけの存在だ。

 滑稽に踊っているのは酔っていようがいまいが同じこと。

 

「まあ、いいでしょう。懐の大きいところを見せてくれましたし、今エニュオ(あなた)がどのような状況なのか、追及はしないであげますよ」

「味見くらいはさせろってアイツも言ってるじゃないか‼ 粗雑品こそ下界の華だっていうのにね‼」

「……試したい、と言うことでしょうか。もう少し話が出来る状態にしてほしかったですねぇ。では、彼にちょっかいをかけるついでに試運用という事で」

 

 ヴィトーからすれば、エニュオの計画が成功しようが失敗しようがどうでもいい。

 自分なりの目的遂行を果たすのみ。

 

(あぁ、天界から見ていますか? 貴方たちはこんなにも滑稽な存在なのですよ)

 

 在りし日に裏切られた彼に、ヴィトーは問いかけた。

 その答えは返ってこないし、期待もしていない。

 ただ、暗闇はそっと彼を見つめていた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 中層、と言うのは危険な地点だがリターンも大きかった。

 探索を終え、地上に出たのはまだ日が頭上で燦々(さんさん)と輝いているような時間だったが、それでもいつもよりも収入は多い。

 中層はモンスターの出現頻度が跳ね上がっているが、裏を返せば魔石を入手する機会が増えたとも言える。しかもダンジョン産のモンスターの特性上、買いを上がれば上がるほどに上質な魔石が手に入るのだ。

 

 つまり、中層は魔石の質も量も跳ね上がる。

 だからまだ2回目だから慣らしで終わらせたはずなのに、収入アップということも起こりうるのだ。まあ、中層に行くまでに時間はかかるようになったけど。

 

「第二級以上の冒険者の小遣い稼ぎは大体中層だぜ?」

 

 とはモダーカさんの言葉だ。

 まだまだ大きな戦闘の後には息が上がってしまう僕には想像できない領域の話だけど。

 ダンジョンに潜り続けていれば、いつかはそのくらい強くなれると信じたい。

 ちなみにアイズさんは遊び感覚で深層に入れるらしい。流石です。

 

 そんなこんなで午後は暇な時間が出来た。

 いつもなら一刻でも早く憧憬に追いつくために訓練して所だけど、今日はちょっと予定を変更して【豊穣の女主人】に向かう。

 

(あのノエルちゃんが気になるんだよな……)

 

 妙に幼い言動の女の子。

 僕に出来ることなんて殆どないだろうけど、力を貸してあげたい。

 そう思ってお店に再度来た僕は予想外の出会いがあった。

 

「初めまして。僕は出木杉英才(ひでとし)といいます」

「あ、ベル・クラネルです。ご丁寧にどうも」

 

 出木杉君と言うらしいのび太君と同年代らしき少年の丁寧な挨拶に、僕も慌てて挨拶を返す。

 落ち着いた子だ。僕が同じくらいの頃は顔を泥んこにして遊び倒していたと思うけど。

 

「この世界のことを詳しく知りたいんだって」

 

 聞けばこの出木杉君は凄く勉強熱心で、ガッコウ? って場所でも超優秀なんだとか。

 物語の世界にも興味を示すなんて好奇心旺盛だ。

 

(……でも、世界のことを教える、かぁ)

 

 世間知らずであると自覚している僕には荷が重い。

 多分、質問にも的身に答えられない。

 エイナさんとかの方がいいんじゃ……流石にそれはあの人が過重業務すぎるか。

 

「それにしても……みんなが作ったって言う車いすは凄いね」

「ドラえもんのおかげですよ。僕は設計図を引いただけですし」

「実は君、小人族(パルゥム)だったりしない?」

「パル……?」

 

 最近リリに年齢詐欺をされた僕としては疑り深くなってしまうところだ。

 それとも異世界ではこれがスタンダードなのだろうか。二ホン、コワイ。

 

「わっ、……わっ……!」

 

 ミアさんからお休みを貰ったという子供たちと、今来ているのはオラリオの北西地区。

 分かりやすく言うと、【ヘスティア・ファミリア】の最初のホーム。今はヴィオラスの隠れ家になっている場所だった。

 昔の抗争で廃墟になってしまってから放置され続けているというここは、車いすの練習にはうってつけだ。

 ノエルちゃんは箱についたボタンをあれこれ動かしながら、慣れない車いすの操作に苦闘している。それでも、キャッキャッと笑っていて楽しそうで良かった。

 

「ドラえもんさんのひみつ道具は相変わらず凄いですね」

「僕としてはそれを生み出せる君も凄いけど」

「僕の場合はランダムですから」

 

 やっぱり使いこなせれば何でもありな力だと改めて思う。

 ドラえもんさんは異世界の未来では量産されている存在らしいけど、信じがたい話だ。

 こっちの世界が何千年経ってもドラえもんさんが出来るとは思えない。

 

「ノエルちゃん‼ もっとゆっくりから始めたほうがいいよ‼」

「わかっ、た……!」

 

 ベルの声にノエルは頷くと減速させる。

 しかし、操作に集中しすぎて前を見ておらず、壊れている柱にぶつかりそうになった時、車いすに置かれていた石が飛び出し、ノエルを衝撃から守った。

 

「あうう……」

 

 怪我はなかったものの、上手く操縦できなかったことにへこむノエルだったが、ベルは優しく諭した。

 

「スピードを出すのは楽しいけど、ノエルちゃんが危ない目に会ったらシルさんが悲しむよ。今度からは、怪我をしないように周りをよく見て、安全に進もうね」

「……うん!」

「じゃあ、もう一回やってみようか。またお願いね」

 

 任せて! とばかりに飛び回るのはストーンアニマルたちだ。

 ノエルちゃんを守って欲しいという僕の願いを快く引き受けてくれた彼らは、こうしてノエルちゃん傍で危険から身を守ってくれている。

 

「ペットペンキとかも出てくるんだね……」

「うん。春姫さんと作ったんだ。知っているでしょ?」

「うん! 漫画でもその辺りまで……あれ?」

 

 のび太君はそこで首を傾げた。

 本で僕の物語を見ているという彼なら、登場人物のことは分かると思ったのだが違っただろうか。

 

「牛のモンスターはいつ倒したんだっけ?」

「ミノタウロスのこと? 最近だよ」

「じゃあ、巨人は」

「え、なにそれ」

「え」

 

 巨人? ダンジョンで巨人って……

 まさかゴライアス!? え、嘘、僕ミノタウロスの次はゴライアスなの!?

 思わぬ未来に起こる試練に絶句する。レベル2じゃ死んじゃわない? それとも討伐隊に参加するとか?

 

「じゃあ男の人が好きな男の人は」

「まって、僕の未来どうなるの!?」

 

 なんか未来が怖くなってきた。

 男の人が好きな男の人……僕は対象外だよね。

 この前、うへへへへって言いながら柱の陰から見てきた神様は違うよね!?

 

「あれ? あれ? つまりどういうこと?」

「僕が聞きたいんだけど!?」

 

 なにやらのび太君は混乱しているようだが、僕も落ち着いていられない。

 アイズさんに追いつくために険しい道だろうと進み切る覚悟だったけど、予想外に凹凸が激しいのではないだろうかこの道は。

 

 頭を抱えてクエスチョンマークを乱立させるのび太君に追求しようとした時。

 嫌な、予感がした。

 

「っ!? みんな後ろに下がって‼」

「えっ!?」

「早く!」

 

 ノエルちゃんとのび太君は混乱していたようだったけど、ドラえもんさんと出木杉君は状況を察してくれて、二人を僕の後ろまで連れてきてくれた。

 ダンジョン帰りにそのまま来ていてよかった。

 間に合わせだけど、装備があるこの状況は幸運だ。

 

 神の刃(ヘスティア・ナイフ)を構える僕は、プレッシャーを感じる方向を睨みつけた。

 やがて、倒壊した建物から影が現れた。

 

「ひっ……!?」

 

 ノエルちゃんの悲鳴が聞こえた。

 のび太君がストンと腰を抜かして倒れた音や、出木杉君が後ずさる音も。

 

「モ、モンスター!?」

 

 ドラえもんさんの叫びに呼応するように、影が襲い掛かる。

 狙いは叫んでしまったドラえもんさんだ。

 

(速いっ!?)

 

 中層ですら見かけない敏捷。

 僕はギリギリドラえもんさんに一直線に進むモンスターを阻み、その姿を凝視した。

 

「コボルト……? でも、その触手はっ」

 

 そこにいたのはダンジョン上層に生息するコボルトらしきモンスター。

 しかし、レベル2の身体能力(ステイタス)でも反応を振り切られかねない敏捷は上層にいて良いモンスターではない。

 なによりも、背中から生える触手は人狼型のモンスターにはない特徴だ。

 そして、体のあちこちに見える花弁の色は極彩色。

 その特徴は食人花(ヴィオラス)に近い。

 

闇派閥(イヴィルス)の仕業か……っ!」

 

 押し切られそうになりつつも、コボルトらしきモンスターの鳩尾に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 鉄の塊を蹴りつけたかのような痛みが足に響いたが、なんとか距離を取れた。

 息を荒げながら、僕は後ろにいる四人を見る。

 

 のび太君は青ざめていた。

 出木杉君は冷や汗を流しながら気丈に睨みつけている。

 ドラえもんさんは慌てて「なんかないかなんかないか」とポケットをひっくり返している。

 そして、ノエルちゃんは恐怖で大粒の涙を溜めていた。

 

 だったら、僕のやるべきことは決まっている。

 僕は年上で、冒険者なんだから。

 

「大丈夫」

 

 一合で分かった。向こうの方が強い。

 本当は心は竦んでしまっている。

 それでも、火を灯せ。

 決して消える事なき、不滅(ヘスティア)の炎を。

 出会った絆を守るために。それがベル・クラネルにできる唯一のことなんだから。

 

「僕がみんなを守るよ」

 

 決して不安にさせないように笑みを浮かべる。

 嘘は苦手だが、やるしかない。虚勢だろうとみんなを安心させるのだ。

 英雄のように。

 

「グギャアアアアアッッ‼」

「勝負だ……っ」

 

 涎を振りまき、触手を振り回すコボルトヴィオラスとでもいうべき未知のモンスター。

 それに対してベルは深紅(ルベライト)の瞳を吊り上げて迎え撃った。




 最新のホワイトデーイベントの要素も混ぜ混ぜ。
 だってドラえもんたちチートだからね。向こうもチートにします。

 ちなみに今のベルはひみつ道具を持ってません。
 人間機関車セットは消しちゃいましたし、残り二つはヘスティアが持っています。
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