【
それがミノタウロスとの戦いを終えた僕が発現したスキルの名前。
能力は
初めて見た時はどういうこと? と首をひねったものだが、その効果はすさまじい。
憧憬とする英雄の姿を思い浮かべることを
決定打と言う物を不確定要素が大きい【
そんな風に頼りになるスキルなのだが、なんでアルゴノゥトなのか。
アルゴノゥトと言うのはそこそこ有名な英雄譚、或いは喜劇の名だ。
スキルは本人の資質を引き出すものと言うが、イマイチ自分とアルゴノゥトの共通点が思い浮かばない。
ミノタウロスを倒しただけでアルゴノゥトなら、世界はアルゴノゥトで満ち溢れているだろう。
そんなに好きなわけもなかったし、謎だ。
「アルゴノートを近くで見れるなんて、やっぱり漫画の中に入って良かったな~」
「だからアルゴノゥト……小さい子には言いづらいのかな?」
のび太君の言葉から考えるとやっぱりこの能力を得ることは既定路線だったらしい。
……思うところが無いわけでもないけど、言っても仕方ないか。
「けど……派手に壊しちゃいましたね……」
「う、うん。この辺りは無人だからすぐに問題になるってことは無いだろうけど」
【
出木杉君は辺りに充満している熱気に汗を流しながら、周囲を見渡していた。
(まだ奇襲を警戒している……本当に年齢離れした子だ)
戦いが終わったと思って安心している他の子たちと違って、出木杉君やドラえもんさんはまだ油断をしていない。
実際、さっきはその油断を突かれたわけだし、二人の考えは正しい。
さっきまで僕たちを監視……と言うよりは観察していたらしい人の気配もあった。
その人はもう引き上げたようだけど、万が一にも子供たちに怪我をさせてはいけない。僕も注意しないと。
「けど、さっきののび太君の射撃は凄かったね」
「えへへへ……」
「のび太君の数少ない特技だからね」
二人の冒険は村で初めて出会ったときに聞いていたけど、のび太君の射撃センスとひみつ道具は確かに強力な武器だ。
モンスターがおらず、何十年も戦争をしていない国に生まれなければ一角の人物になっていたのではないか。
そんな世界じゃないほうがいいに決まっているが。
「しかし、奇妙なモンスターだったね」
「なにか変なところあった? モんスターなんてあんなものじゃない?」
「オオカミのようなモンスターだったけど、触手は全く別の生き物みたいだった。もしかしたら、あの触手は寄生してるのかもしれないね。ロイコクロリディウムみたいに」
「ロイ子黒リウム?」
「カタツムリに寄生する虫だよ。写真とかは見ないほうがいいと思う。気持ち悪いから」
のび太君と出木杉君の会話で、ふと、あの異形のモンスターを思い浮かべてみる。
仮称としてコボルトヴィオラスと呼んでいたあの個体が、出木杉君の言うようにヴィオラスに寄生されたコボルトと言う可能性はあるのだろうか。
(違う……と思う。【ガネーシャ・ファミリア】がヴィオラスのことを研究していたけど、そんな特性はなかったはず)
ヴィオラスが【ガネーシャ・ファミリア】にいた間、
ベルはその研究で明かされたすべてを知っているわけではないが、旧【ヘスティア・ファミリア】ホームにヴィオラスを移した際に、概要くらいは聞かせれている。
寄生、などと言う危険な特性があれば、教えられているはず。何だったら、ベルが管理すること等許されなかったかもしれないではないか。
もちろん、短期間で全てが分かるとは言えないから、新発見の特性かもしれないが。
そうなると異なるモンスター同士の交配……もっと有り得ないか。
そもそもコボルトと
そもそもモンスターが子を為すのはダンジョン外での話。しかも新たにモンスターを生み出すために魔石を分けているから弱体化してしまうと聞いている。
30階層に出現するブラッドサウルスが10階層のオーク程度の強さしかないのに、そのやり方であんなに強いモンスターが生まれるはずがない。
「
「そうなると移植したとか? 拒絶反応とかどうしたんだろう」
「きょーしつはんのう?」
「拒絶反応。自分と別の細胞がくっつくとお互いに敵だと思ってしまうんだよ」
「相変わらず出木杉君はよく知ってるなぁ。のび太君も少しは本を読んだほうがいいんじゃない」
「余計なお世話だ!」
出木杉君よりも年上な僕も知らなかったのでドラえもんさんの毒舌が痛い。
本当に何でも知ってるな……。
頭が良いだけではなく、勉強家なのだろう。僕は英雄譚以外の本は読むのが苦手だったし、難しい本を読める人は素直に凄いと思う。
僕も勉強したほうがいいかな、と思った結果
「拒絶反応は最近やっていたテレビの番組でやっていたんだよ。ほら、日本初の心臓手術の……」
「そんな勉強みたいな番組よく見るなぁ」
「僕の時代だと一般常識みたいなやつだけど、そっか。のび太君たちの時代に近い頃だったっけ」
異世界の会話についていけない僕は、さっきからずっと僕に掴まっているノエルちゃんを見下ろした。
恐らく、【豊穣の女主人】に流れ着くまでは誰かに襲われたであろうこの娘がさっきの戦いでトラウマを再発したんじゃないかと心配だったんだけど、そう言った様子はない。
それはいいのだが……
「……」
「ノ、ノエルちゃん?」
「……ぎゅー」
今僕に掴まっているのは怖がっているのではなく、甘えているのだろうか。
さっきまで楽し気に乗っていた車いすから離れてクイクイと引っ張ってくる。
これは肩車をして欲しいという事だろうか。
「はい」
「……♪」
肩に乗ったノエルちゃんは上機嫌で辺りを見渡している。
襲撃も気にせずマイペースに振舞うその様子に僕はシルさんの面影を見た。
(シルさんのことを慕っているみたいだし、似てきているのかも)
「あの、クラネルさん」
「ん? どうしたの」
「この世界で移植することって一般的なんでしょうか?」
移植、とは先ほどから出木杉君の口から出てきたワードだ。
効きなれない言葉だが、恐らくは体の一部を別の体に付けるという意味だろう。
「うーん。聞いたことないなぁ」
そもそも体の一部を欠損したなら義手を使うものだし。
ナァーザさんの持っているものほど高性能だとすっごい高価だけど。安価な義手でも最低限の生活動作はできる……と聞いたことがある。
内臓が悪いなら薬を飲めばいいし。【調合】のアビリティを持つ職人が作った薬の効き目は凄いから。わざわざ別の体の一部を切ってくっつける、なんて危ない真似はしない。
「同じ人間でも拒絶反応は凄いのに、別の動物で何て凄い技術だって思ったんですけど」
「この世界は魔法とかあるし、深く考えすぎじゃない?」
「……そうだね」
出木杉君は何か引っかかるものを感じているようだけど、いつまでもここにいるわけには行かない。
まずは【豊穣の女主人】に戻って、みんなを預けた後で【ガネーシャ・ファミリア】に相談しよう。
日はまだ明るいが、
ノエルちゃんの車いすの練習をもう少ししたかったが、続きは後日、別の場所でするとしよう。
(そう言えば……)
無人になった車いすを引きながら【豊穣の女主人】に戻る途中。
不意に頭に浮かんだ疑念。
先ほどの戦いの時に感じたかすかな違和感。
(奇襲をしたコボルトヴィオラス……どうして触手じゃなくて爪で攻撃したんだろう)
リーチは圧倒的に触手の方が上。
にも関わらずなぜ攻撃が届きにくい手だったのか。
そもそもあれは攻撃ではなく……
(これも誰かに相談したほうがいいかな)
蒼い空を見上げた。
異常気象が続く中、久しぶりの晴天だったけど、まだまだ荒れた天気は続きそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヴィトーは困ったように手元の資料を見た。
コボルトヴィオラスを4体使っての試験を兼ねたベル・クラネルへのちょっかいだったのだが、見事に撃退されてしまった。
「お見事……と言いたいところですが、さてはてどうすべきか」
ヴィトー個人としては喜ばしくも思える報告だが、エニュオに対するコボルトヴィオラスの宣伝と考えると明らかに失敗だ。
冒険者一人に負けているし、なにより妙に粘着している【ヘスティア・ファミリア】の眷属に対してだ。
切羽詰まっているらしいとは言え、ここからコボルトヴィオラスの取引を中断するという可能性はゼロではない。
数字の上では素晴らしい性能であったとしても、実際に使って見たら役立たずと判断されて闇に葬られたものはいくらでもある。
もしも自分が買い手ならば、この結果を見せられれば間違いなく商品にマイナス評価を付けるだろう。
「ふむ」
エニュオに報告する試験内容はこれだけではないが、見事に惨敗しているこの記録は目立ちすぎる。
取引不成立となるのは面白くない。
少し、黙考した後、ヴィトーは結論を出した。
「レベル2の魔導士を要する4人パーティー相手だったと改竄しましょうか」
流石は
表社会なら完全にアウトな行為を平然と行うものである。
裏社会でも普通にアウト? どーせ来るのは酔っ払いだから分からん。
そう結論付けたヴィトーは早速記録を改竄し始めた。
酔っ払いとは言え相手は神。ならば嘘ではなく、真実を誤認する形で記載すればいい。
「前衛を触手による同時攻撃で翻弄するも、魔導士の魔法準備が整ったため、大火力の魔法で討伐される……これなら惨敗が惜敗に見えるでしょう」
前衛と魔導士が同一人物であることなど書かなくていいのである。
レベル2以外のパーティーメンバーは
なんなら戦っていたのはほぼ一人で、他のメンバーは牽制程度しかしていなかったこと等書かなくていいのである。
酔っ払いを交渉の場に送り込んでいるのだから、この程度のリスクは向こうも勘案してしかるべきだ。
ヴィトーが書き上げた報告書は後でエニュオに届くだろうが、取引を決めるのはあの酒に溺れた神だから文句の言いようもない。
「さて、後は適当なパーティーをいくつか襲って資料を纏めるとして……面白い報告も入っていますねぇ」
ピラリ、と資料をめくると写真付きの報告書。
そこに写っていたのはベルが保護していた少女の姿だった。
「まさか、巡り巡って彼の下に辿り着いていたとは……この時期のベル・クラネルに精霊との接触はなかった……と記憶していたのですが」
何処までが創造主の手のひらの上なのか。
計画の鍵が標的の下にあるとは、実に物語的展開ではないか。
皮肉気に唇を吊り上がらせた表情は、この場に見る者がいれば蛇を連想させるだろう。
「あの後我々を撒こうとしたようですが……残念でしたね。少女の目撃情報はその前から既に上がっていますよ」
ベル・クラネルは戦いの後、尾行を警戒していたために追跡は出来なかったが、戦いが始まる前まで警戒していたわけではなかった。
当然、あの荒れ果てた空き地に来るまでの目撃情報は残っている。
それを逆算してしまえば、住処の特定など容易い物だ。
【豊穣の女主人】という酒場。
成程、小説内でも様々な訳有娘を有する場所だ。
その店に幼い子供が住み込んでいるという事は噂になっている。
あのレベル6であるミア・グランドが経営する店など、戦力過多もいいところだが……
「分かっていればやりようなどいくらでもある」
監視者は精霊に気が付いて慌てて指揮を乱してしまったようだが、焦る必要はない。
計画は順調に進められてきた。万全の用意をする時間は十二分に残されている。
「ククク……ハハハハハッ!」
予想よりもずっと早く来た計画の成就を予感して。
ヴィトーは嗤った。
出木杉君が言っているのは『和田心臓移植事件』です。日本で拒絶反応と言う言葉を世に知らしめた酷い事件。
意外とドラえもん作中の時代と近いんですね。