ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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ままごと

 子どもと言うのは遊びたい盛りだ。

 元々ベルに懐いていたノエルだったが、先日の一件でのベルの戦いを見てからはよりべったりとベルにくっついて回るようになった。

 

「ノエル、ベルさん来たよー」

「……!」

「こんにちはノエルちゃん」

 

 今日もシルに貰っていた弁当箱を返しに来たベルを確認した途端、車いすを動かして向かってきた。

 尻尾を振る子犬のように自分を慕ってくれるノエルに頬を緩めるベルだったが、子どもの底なしの元気と言う物を再確認しつつある。

 

(村には女の子はいなかったから女の子の遊びには疎いし、ノエルちゃんは自由に動けないからやれることも制限されちゃうな)

 

 ノエルの表情に笑顔が多くなってきたことは嬉しいが、自分より小さい子供と遊ぶ機会が少なかったベルの女の子の遊びのボキャブラリーは少ない。

 なので、ここ数日はシルに協力してもらいつつノエルの遊び相手になっていた。

 

「忙しいのにいつもありがとうございます」

「いえ……シルさんも忙しいと思いますけど大丈夫ですか?」

 

 冒険後は確かに多少の疲労はあるが、無理をしない探索の重要性をエイナにこれでもかと叩き込まれているベルには中々余裕がある。

 ハシャーナやモダーカもベルの体力配分に関しては、新人とは思えないほど適切だと評価していた。一度疲れを溜めすぎて失敗しているからこそ、同じ失敗はしないように努力した結果だ。

 アイズによって集中力の分配を教えられてからは、更に疲労が少なくなり、前日の疲れを引きずることもほとんどない。

 

 一方のシルは要領はいいが恩恵(ファルナ)を持たない一般人。

 【豊穣の女主人】での仕事は傍目から見てもハードなものだ。

 シルは全く疲れた様子を見せなかったが、ベルも流石に不安になると言うもの。

 

「大丈夫ですよ。今日も仕事を所々リューに押し付……もとい、手伝って貰いましたから」

(リューさん……)

 

 カラッ、と笑いながら小悪魔じみた事を言ってのけるシルはやはり流石だ。

 こういうタイプの人は周りの人から嫌われがちな印象があるけど、【豊穣の女主人】の従業員にそのような雰囲気はない。

 線引きは見極めているという事だろう。(タチ)が悪いとも言う。

 

「ノエルは今日は何をしたい? またトランプやる?」

「……やらない」

「アハハ……だよね~」

 

 動けないノエルがやる遊びとなると必然的にテーブルゲームが多くなったが、これが悲劇の始まりだった。

 幼児であるノエルが、あまり複雑なモノや戦略性の高いゲームをするのは難しいだろうと、リューが簡単なトランプを教えたのだが、相手が悪すぎたのだ。

 

「アレは酷かった」

「……悪気はなかったんですよ?」

 

 リューが遠い目でその時のことを振り返る。

 端的に言えばノエルが相手をしたシルとベルは、その手のゲームがアホみたいに強かったのだ。

 シルは元々駆け引きの鬼であったし、ベルはもう論外レベルの豪運の持ち主。

 ノエルはあっという間にボコボコにされたのである。

 

 シルの場合はまだ手加減していたからよかったが、ベルは酷かった。

 何せベルの強さの根源は運であるため、手加減などと言う器用なことが出来ない。

 世界の理不尽を叩きつけるかのようなワンサイドゲームが展開されたのである。

 ババ抜きで配った手持ちからペアを出して行ったら、ジョーカーだけ残った時は全員開いた口がふさがらなかった(ベル自身も含めて)。

 当然ノエルは不貞腐れた。

 

「……あれは、ひどかった」

「反省シテマス」

 

 リューの言葉を真似るノエルにベルはひたすら頭を下げるしかなかった。

 ベルに運の関わるゲームをさせるのは禁止。そんな暗黙のルールが【豊穣の女主人】には出来上がったのだ。

 

「きょ、今日は運とか関係ない遊びだから!」

「あれ? 今日はベルさん発案なんですか? ひょっとして……」

「はい。ちょうどいいひみつ道具が使えるので」

「やっぱりベルさんって運がいいですね」

 

 因みにシルにひみつ道具のことはあっさりバレた。

 と言うのものび太が【豊穣の女主人】の仕事で失敗するたびに、フォローしていたドラえもんがひみつ道具をガンガン使うので、ベルが使うマジックアイテムとの類似性に気が付いたらしい。

 

「それで、今日はなにをするんですか?」

「今だします。

 

 光と共に現れたのは一枚のシートだ。

 

「ままごと……確かにノエルでも楽しめますね」

「ままごと?」

「うーんと。お家の中のお父さんやお母さんになりきって遊ぶの。ご飯を作ったり、仕事に行ってくるお父さんに行ってらっしゃいしてあげたり」

 

 ノエルはよく分かってはいない様子だったが、初めての遊びにワクワクした様子でシートを見つめている。

 

「ここに乗って遊ぶんでしょうか?」

「だと思います。ひみつ道具だから他にも機能があるかも……」

 

 ベルとシルが取り敢えずままごとの道具を用意しようとすると、シートからニョキニョキと物体が生えてきた。

 流し台や食器棚、少し変わった形だがテーブルもある。

 

「……異世界ってすごいですね」

「ドラえもんさんの世界は皆こういうので遊んでるのかぁ」

 

 予想外高性能なひみつ道具に若干引きつつ、ベルはシルからままごとのやり方を確認していた。

 幼馴染の女の子などいなかったベルは、ままごと遊びの存在は知っていても、やり方までは大まかなことしか分からなかったのだ。

 

「取り敢えず、私がママ役でベルさんがパパ役ですね」

「流石にノエルがいきなり母親役は難しいですからね」

「そういうのが好きならやってもいいんですよ? ベルさんは噂によると、小さい女の子がみんなの前で告白しちゃうほど大好きらしいですし」

「風評被害です!?」

 

 クスクスと笑うシルは噂を信じてはいないようだったが、真面目に二つ名にも影響を与えかねない噂なので勘弁してほしい。

 ベルの二つ名は意外と難航しているらしく、後日改めて神会(デナトゥス)が開かれるんだとか。

 ヘスティアは「難航してるとか絶対嘘だ……あいつらこれまでのボクたちの失敗を徹底的に調べ上げて玩具(オモチャ)にする気だ……」と死んだ目でブツブツ言っていたが……。

 

(考えないことにしよう。神様たちは一生懸命僕の二つ名を考えてくださっている。わぁいウレシイナ―)

 

 嫌なこと思い出してしまい、ズーンと沈み込むベル。

 ノエルが心配げに服をツンツン引っ張ってくるのが癒しだ。

 

「そうですねー。私はブランド物が大好きな奥さんで、ベルさんはギャンブル大好きな夫と言うのはどうですか?」

「ほのかにバッドエンドの香りが……もっと夢を大切にしましょう?」

 

 絶対ままごとが終わった後にダメージが残りそうな設定は却下しつつ、大まかに設定を決め、3人はシートの上に座り込んだ。

 

「それじゃあ、早速……ん?」

 

 その時、ふとベルの背中の刻印が疼いた気がして、思わず背中に手を回す。

 このスロットの位置は……スキルだろうか。

 

(なんだろう……?)

 

 もしやカドバールのような、精神に影響を与えるひみつ道具なのかと辺りを見渡すがシルもノエルも特におかしな様子はない。

 気のせいだろうかとベルは腑に落ちないものを感じながらも、疑問を飲み込んだ。

 

「それじゃあ、お母さんお料理作るねー」

 

 シルは母親の役割(ロール)に則って台所に向かう。

 異世界の調理道具に興味津々と言った様子で目を輝かせていたが……

 

「あれ?」

「シルさん、どうかしましたか?」

「いえ、この銀の棚に本物の食材がありまして……」

 

 シルが指さす棚の中をベルはノエルを肩車しつつ覗き込んだ。

 そこには新鮮な野菜、果物、魚、肉……と見るだけで飽きないほどの種類の食べ物があった。

 

「……物凄い精巧な玩具……じゃ、ないですね。感触も本物だ」

 

 元農民のベルが野菜の感触を間違えるはずもなく、ベルは未来のままごと事情に少し遠い眼をした。本物の食材を使って遊べるとは異世界は進んでいる。

 

「これ、なに?」

「これは……牡蠣だね。凄い新鮮な状態」

「ひょっとしてドラえもんさんたちの世界だと、腐りやすい物も安全に保存できるのかな」

「だからこの棚の中はこんなに冷たいのかもしれませんね。寒いところだと物が腐るのは遅いって言いますし」

 

 さらっと異世界の技術力の高さを見せつけられた。

 ベルたちの世界だと痛みやすい物はどうしてもその日のうちに食べなければいけないものだ。

 つまり、牡蠣のような食材は海の近くにいるような人にしか食べられない。

 シルが知っていたのは恐らく、オラリオの近くに港町(メレン)があったからだろう。

 

「よーし、お母さん腕によりをかけちゃうぞー。ノエルはお父さんと向こうで遊んでいてねー」

「おとーさん?」

「ベルさんのことだよ」

 

 分からないことを尋ねるノエルと、それにちゃんと答えるシルの姿は本物の親子のようだ、とベルは思った。

 実際、記憶もないノエルにとっては、シルは母親と変わりないのかもしれない。

 

「おとう、さん。あそぼ……?」

 

 ベルを見上げるノエルが、手を伸ばしてくる光景は中々衝撃が凄かった。

 娘を持つ親が、「うちの子は嫁に行かせん!」という心情が少し理解できる。

 

「うん。そうだね」

「作り終わったら呼ぶからねー」

「はーい」

「あはは……ん?」

 

 ついシルに言われるまま動いてしまったが、この後どうなるのだろうか。

 言うまでもなくシルの料理は……その、色々とアレだ。独創的だ。

 本物の食材を使うこの未来ままごとシートで、彼女が腕によりをかけたらどうなるのか。

 

(ヤバイ)

 

 自分の顔の色がさーと青ざめていくのがベルには感じられた。

 机に向かっていた足が貼り付けられた様に急停止し、バッと弾かれるように後ろを振り向いた。

 シルは大きなフライパンを用意したのち、いくつかの食材を銀の棚から取り出した。

 その中には先ほどノエルが興味を示した牡蠣の姿も……

 

(ヤバイヤバイヤバイ!?)

 

 牡蠣と言えば食中毒の代表格。

 フライパンを用意するところから流石に加熱はするようだが、あたったら洒落にならない。

 ノエルは幼くして地獄を見る羽目になる。

 

(こ、子どもが使うことを想定して作られているから安全装置みたいなものは……駄目だ、ひみつ道具にそんな信頼性はない!)

 

 技術は凄まじいが、作る側の倫理が欠落しているとしか思えないひみつ道具もあるのだ。

 そんなうまい話に賭けることは出来ない。

 ここまで思考を要するのに0.2秒。ベルはノエルを連れてUターンを決めた。

 

「やっぱりお母さんを手伝いに行こう!」

「えー?」

「今は家族みんなで家事をする時代だと思うんだ!?」

「家族……うん!」

 

 苦し紛れの発言であったが、ベルの言葉に何か思うところがあった様子のノエルは納得してくれた。

 手伝いつつちゃんと料理になるようにサポートするしかない。

 ベルは合間合間に訪れる味見(ゴウモン)を一人で引き受け、なんとかまともに食べられるシーフードの盛り合わせを完成させるのだった。

 

 白目を剥きつつもなんとかノエルを守り切ったベルだったが、残念なことにノエルにはその真意がイマイチ伝わっておらず、彼女の中でベルは食いしん坊ポジションとなったらしい。

 この日からベルの弁当にノエルが作った簡単なおかずが追加されるようになったと言う。

 味? 弁当の平均点が僅かに上がりました。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「なんだか凄いうめき声が聞こえるけど、クラネルさん大丈夫かな」

「気にしないほうがいい。巻き込まれたらジャイアンシチューの同類を食べる羽目になる」

 

 ミアに許可を取って休日としてもらったドラえもんたちは、【豊穣の女主人】の裏手から微かに聞こえてくる白髪の少年の断末魔を耳にしつつ、オラリオの街に繰り出していた。

 

「いいかい? ミアさんに外出の許可を貰ったのはあくまでも僕のひみつ道具の力が認められたからだ。だからあんまり勝手に動いて逸れないでくれよ。特にのび太君」

「えー」

「猿でも一度痛い目見たら学ぶんだぞ。君は学べてなさそうだけど」

 

 相変わらずキレッキレな毒舌である。

 とは言え、一度どころか何度も危険な目に会っているのに無警戒過ぎるのび太も悪いのだが。

 

「それで出木杉君、今日はどうするんだい」

「昨日のモンスター、覚えているかい?」

「あのウニョウニョした狼?」

「そうそれ」

 

 出木杉によると、あの後のび太が読んだ漫画を調べてみてもこの世界にモンスターを改造する技術があるとは思えないとのことだった。

 

「勿論、そう言った技術が無いとは言い切れないけど、末端冒険者でしかないクラネルさんにわざわざ差し向けるほど有り余ってる存在では無い筈だ」

「でも、実際にいるじゃないか」

「うん。だから僕は原作とは変化が起きているんじゃないかと思っているんだ」

 

 原作の世界観にそぐわないものが現れたという事は、世界観自体に異変が生じている。

 そう、出木杉は主張したいらしい。

 

「現に、クラネルさんの冒険も漫画に描かれているものと大分かけ離れているよね」

「そうなの?」

「確かに所々言っていることに違和感が……」

「一番わかりやすいのは闇派閥(イヴィルス)だね。あんな奴ら漫画だと出てきてないもの」

 

 実際は大森先生の頭の中にいたのかもしれないが、ベルの物語にあのような巨大な組織はなかった。ベルの物語に……或いは世界の流れに大きな変化をもたらしたもの。それは間違いなくひみつ道具だ。

 

「まさか会っただけでこうなるなんて思わないよ……」

 

 ドラえもんのボヤキに出木杉も苦笑して頷いた。

 バタフライエフェクトという言葉はあるが、この一連の流れはその極致のようなものだ。

 なんてことのない行動で、世界が大きく変わることもある。

 これだけで一つの論文が出来そうな事件だ。

 

「じゃあ、あのモンスターたちも僕たちがベルに会ったのが原因」

「うーん、どうだろう……」

「出木杉がはっきり答えられないなんて珍しいな」

「君たちとクラネルさんが会ったことが、どう影響してあんなモンスターを生み出したのか想像つかないからね。正直、僕はあのモンスターはまた別件なんじゃないかと思っているんだ」

 

 そこまで言うと出木杉は表情を引き締めた。

 ここからが本題だと言わんばかりに。

 

「まずは確認から。この漫画、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』は未来の本。そうなんだよねドラえもん」

「うん。何かの事故で誤ってタイムスリップした場違いな工芸品(オーパーツ)だよ」

「本当にそう思うかい?」

「……ん? どういうこと?」

「漫画が僕たちの時代に落ちていたのは本当に事故なのかい、と言う話」

 

 その言葉にのび太はピンと来なかったが、ドラえもんははっとした様子になる。

 

「まさか……」

「ドラえもん。絵本入りこみぐつは凄いひみつ道具だ。いくらでも悪用の方法が思い浮かぶくらいには」

「ねぇ、つまりどういうことさ」

 

 出木杉とドラえもんだけ分かっていることが気に入らず、のび太は二人の会話に割って入った。

 出木杉はごめんごめんと謝ると、簡単な結論を伝える。

 

「つまり、この漫画をわざと僕たちの時代に持ち込んだ存在がいて、その何者かがこの世界で悪巧みをしているんじゃないかって言うのが僕の推論だよ」

「ええ!? 大変じゃないか!」

「うん。だからその手掛かりを探しに行こうって言うのが僕の提案」

 

 冒険者の街で、少年たちの小さな冒険が始まろうとしていた。




 未来ままごとシートには本来、シート上に上がったものを新婚の夫か妻だと思わせる効果があるのですが、今回使った三人はそれぞれ

 ベル =【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の副作用で無効(好きな人を誤魔化されない)
 ノエル=神に近い精霊なので、精神攻撃に耐性あり
 シル =シルさんは■■■■(シルさん)なので無効

 みたいな感じで効きませんでした。

 因みにもし3人に聞いていたらノエルは娘役……とはならなくて、夫一人妻二人の修羅場展開になります。
 ……製作者は何を考えてるんでしょうか。

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