「ひ、酷い目にあった……」
げっそりとした様子で【青の薬舗】の机に突っ伏すベル。
トイレで財布を無くしたことに気が付いた時は、もう(社会的に)死んでもいいかな……と自暴自棄になっていたが、のび太が財布を届けに来てくれたことで何とか助かった。
「でもよく僕の場所が分かったね」
のび太が財布を見つけた【豊穣の女主人】から、【青の薬舗】まではそれなりに距離がある。
人ごみの多いオラリオで、特定の人物を探すのはかなり骨が折れるはずだが、のび太が【青の薬舗】に来たのは、財布を無くしたのに気が付いてから僅か数分のことだった。
それに対して、のび太はあるひみつ道具を取り出して答えた。
そのひみつ道具はボタンが付いた箱に、矢印型のパーツが取り付けてあるという非常に簡素な作りのモノだ。
「この【人探し機】を使ったからだよ」
「ドラえもんさんのひみつ道具?」
「うん。これを使えば簡単に探している人を見つけてくれるんだ」
矢印の示す方向を探せばいいのですごく楽なんだとか。
(たずね人ステッキよりも使いやすそうだ)
前にシルを探していた時にこっちのひみつ道具が使えれば、早めにシルを見つけだしてモンスターに遭遇せずにいれたのかもしれない。
【
「だけど一人で来て大丈夫? 今のオラリオは物騒なんだよ? この前だって変なモンスターに襲われたばかりでしょ」
「大丈夫、大丈夫」
そう言ってのび太はもう一つのひみつ道具を見せた。
黄色いプロペラ状のひみつ道具はベルにも見覚えがあるものだった。
「あ、タケコプター」
「あれ? 前に見せてたっけ」
「ううん。僕のスキルで出したことがあるだけだよ」
空を飛んでいれば襲われないだろうという考えらしい。
オラリオ周辺には飛行するモンスターはいないから、確かに危険は少ないだろう。
……近くの山脈とかには普通に生息している飛行型モンスターが何故いないかと言えば、オラリオの冒険者が撃ち落としてるから。つまり、のび太も誤認されていれば……
「……のび太君。飛んでくるとき人目に映らないようにした?」
「え、なんで?」
「今度からは石ころ帽子も一緒に使ってね」
平和な世界から来たからだろうか。
どうものび太は危機感と言うか、警戒心が薄い気がするとベルは感じた。
空を飛べない人たちが空を飛ぶ人間を見たら混乱するモノなのだ。
普段から空を飛んでいるとそう言った感覚が希薄なのかもしれない。
これが異世界の
「……日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうか。【豊穣の女主人】まで送っていくよ」
「え、僕タケコプター使うから……」
「送っていくよ。今度こそ騒ぎになるかもしれないから」
ナァーザに礼を言って【青の薬舗】を出る。
因みにベルの腹痛に対する薬はなかった。
腹痛はシルの料理のあまりの不味さに、毒を飲み込んだと錯覚した体の過剰反応が原因だったらしい。あの人のメシマズ……もとい、毒創的料理(誤字に非ず)はどこに向かおうとしているのか。
北西のメインストリートは冒険者を対象にした店が多い。
冒険者がダンジョンから帰還する時間と重なり、今はかなり人通りが多い。
逸れないようにベルとのび太は手を繋いだ。
「こっちの世界も夕焼けは赤いねぇ」
「のび太君たちの世界でもそうなの?」
「うん。このくらいの時間になるとみんな慌てて帰るの。6時くらいになると怒られるから」
「僕のお祖父ちゃんはその辺りは緩い人だったな。むしろあの人の方が遊び惚けていたような……」
夕陽を見ると故郷を思い出すという冒険者は多い。
広い世界でも、あの空の光景は変わらないのだろうか。
確かに、ベルも夕焼けの向こうに、手を繋ぐ幼い自分と祖父の姿を幻視することがある。
しんみりとした空気が二人の間に流れる。
異世界人同士でありながら、同じ夕焼けの感慨を共有したことで口が軽くなったのか、普段ならあまり話さない会話をしたくなった。
「そう言えば、ベルのお祖父ちゃんってどんな人なの?」
「変な人だったよ。子供だった僕より楽しそうに遊ぶし、女の人が大好きであっちこっちにちょっかい出してたし、妙なことを一杯知ってる人だった」
世の中の祖父と言うのはみんなあんなものだと思っていたが、ヘスティアやリリの反応からして、ベルの祖父はかなりぶっ飛んだ人物だったようだと最近分かった。
確かに、孫に夕日に向かって『男だったらハーレムだー!』と叫ばせる英才教育はロックだったと今は思う。
「のび太君のお家はお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは元気?」
「……ママの方の祖母はまだ元気だけど、他は死んじゃってる」
「そっか……」
それは大変だっただろうとベルは思った。
14歳の自分でも祖父との別れは堪えた。今よりもっと幼かったであろうのび太の悲しみはどれだけ深かっただろうか。
「お祖母ちゃんは凄い優しくて……いつもみんなに怒られてばかりの僕の味方をしてくれたんだ」
「……」
「お祖父ちゃんは僕が生まれた時にはもういなかったけれど、過去にいった時に僕が孫だってこと信じてくれて、とっても親切にしてくれた」
「素敵なお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだね」
「うん!」
強いな、とのび太の笑顔を見てベルは思った。
影を感じさせない笑みは、彼がその死と折り合いをつけている証拠だ。
(前はドラえもんさんとの冒険ばかりに注目していたけど……いろんな所で見えたのび太君の優しさの原点はそのお祖母ちゃんなのかな)
どんな人だったのだろうか。
祖父しか知らない自分ではよく分からないが……出会ってみたかったな、と思う。
きっと素晴らしい人たちなんだろう。
「……僕がオラリオに来たのはお祖父ちゃんとの繋がりを覚えておくためだったと思う。あの人が何度も話したこの迷宮都市に僕は家族を求めたんだ」
「お祖父ちゃんが言ってたんだよね。オラリオなら英雄になれるって」
「うん。覚悟があれば、だけどね」
「あと『はれむ?』もつくれるとかなんとか」
「そっちの方の夢は忘れておいてください……」
夕焼けの中で笑い合う。
何でもない日常を噛み締めるように、二人は道を進んだ。
やがて、二人の間に口数も減っていく。今は亡き人たちを思い出して湿っぽくなってしまったのかもしれない。
だが、居心地は悪くなかったとベルは思っている。
「……あのさ」
「なに?」
「ベルは……寂しくなかった?」
「え?」
「僕はお祖母ちゃんが死んじゃった時は悲しくて悲しくて……今でも寂しいって思っちゃう。でも僕にはまだ家族がいる。もう一人のお祖母ちゃんはまだ生きてるし、ママやパパはまだ生きてる。ドラえもんだっている。だから、僕は一人じゃないんだ」
けど、ベルは違う。
そうのび太は言葉を続けた。
「ベルはお祖父ちゃんがいなくなって一人になっちゃったんだよね。それは……寂しくないの?」
のび太にとっては恐ろしいもしもの話。
もしも、家族がみんな死んでしまったら。
まだまだ親に甘える年の少年にとって、家族の存在は大きい。だから思うのだろう。
唯一の肉親である祖父を失ったベルは大丈夫なのかと。
「……ありがとう。心配してくれて」
祖父がいなくなったことによる喪失感。
それは未だに胸の中でくすぶり続けているのだろう。
オラリオに来た理由である祖父との繋がりも、マイナスな見方をすれば、ベルが吹っ切れていない証拠だ。
この都市に来る決意する前に、ベルと出会っていたのび太にはベルの心の傷が一層深い物に写っていたのかもしれない。
「……まだまだ寂しいと思う事はあるよ。お祖父ちゃんが亡くなって、ようやく二カ月経つかどうかだもの」
ふとした瞬間に心が陰ることがある。
その度にあの好々爺が、自分の心の深くにいたのだと自覚できた。
「でも、のび太君は一つだけ間違っているよ」
「間違い?」
「僕が一人ぼっちだってこと」
この都市に来てから多くの出会いがあった。
ヘスティアから始まって、本当に多くの人に助けられた。
辛いことも、苦しいことも一杯あったが、そんな風にベルを支えてくれた人たちのおかげで何とか一人の冒険者として立っている。
「たった二カ月程度なのに、とても大切に思える繋がりがたくさんある。だから……寂しくないよ」
今、ベルがこんな晴れやかな気持ちで祖父を語れたのはきっとみんなのおかげだ。
空っぽになった心に、注ぎ込まれた温かい絆。
まだ一人しかいない【ファミリア】だけど、びっくりするくらい多くの人と繋がっている。
「僕はね、のび太君たちに感謝してるんだ」
「なんで?」
「僕がオラリオに行こうって決めることができた最後のきっかけは君たちだったから」
ドラえもんとのび太の大冒険。
それに対する憧憬が、沈んでいた心を熱くさせてくれた。【
もしも彼らに出会わなければ、自分はずっとあの村で沈んだ気持ちでいたのかもしれない。
だから、ベルはずっと伝えたかったのだ。君たちに会えたおかげで僕は何とかやれてるよ、と。
「そんなことないよ。ベルは僕たちと出会わなくてもオラリオに行ってたし」
「それでも、この感謝は本当だから。受け取って欲しいな」
それでも、あの日の出会いに何度も救われてきた。この心は絶対に嘘じゃないから。
真っ直ぐとそう告げると、のび太はくすぐったそうに目を細め、顔を背けた。
耳元が真っ赤に見えるのは、きっと夕陽のせい。
のび太は誤魔化すように言葉を出した。
「……そう言えば、僕たち、ヘスティアとちゃんと話したことないよな」
「あれ、そうだっけ? ……あ、そっか、あの時は色々バタバタしちゃってたから」
「うん。なんだか今の話を聞いてちゃんと話したくなっちゃった」
「そうだね。僕も君たちの話をみんなに聞いてほしいし、神様のことを君たちに知って欲しい。凄く、素敵な神様なんだ」
そう言えば何度か夢想したことがある。
もしもドラえもんやのび太が自分の大切な人たちと出会ったら。
それが叶っていたのかと嬉しく思い、夕陽に照らされたベルの口元は小さく笑みを浮かべた。
ヘスティアだけではない。
リリやヴェルフ、エイナと言った今までお世話になった人たちに知ってほしい。
この子たちは凄いのだと。
僕の心の英雄なのだと。
(……)
その時、ふと、かねてから持っていた考えがベルの中を過る。
誰よりも、何よりもあの子に会って欲しい。
のび太たちには迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、この世界の外側の存在である子供たちなら、偏見なくあの子に出会えるだろう。
会える人間がベルやヘスティアしかいないのは寂しいだろうから。
迷いは少しだけあった。
外の世界の人間と言っても、のび太たちを見る限り、ベルは自分たちと心は大きく変わらないと思っている。
それでも、多くの種族と冒険の中で心を通わせた少年を信じることにした。
「……もし、もしよかったら、神様と会うときにもう一人紹介したいんだ」
「誰? リリ? ベルフ?」
「ベルフじゃなくてヴェルフだよ」
「名前が似すぎなんだい」
「ご、ごめん?」
夕焼けの赤が濃くなり、遠くに見える街の影が揺らめいている。
そろそろ急いだほうがいいだろうと二人の足も早まった。
「それで……あって欲しいのは人間じゃないんだ」
「人間じゃない? えるふとかどわーふ?」
「えっと、そうじゃなくて……なんて言えばいいのかな……」
つい、遠回しな表現をしてしまい眉を下げて唸るベル。
モンスターが人類の敵なのはのび太も知っているだろう。だから、あまり混乱させたくない……いや、単にベルにしっかり伝える度胸が無かっただけだ。
落ち着いて、深呼吸を一度する。
(うん、大丈夫)
心臓が嫌な鼓動を奏でているが、言うと決めたのならはっきりしろとベルは自分を奮い立たせた。
小さく手招きをして顔をのび太の耳元に近づけた。
のび太も大きな声で言えない内容だと理解してくれたのか、聞き取る意志を見せる。
「ヴィオラスってモンスターに会って欲しいんだ」
雑多な人ごみの音に紛れて、のび太にしか聞き取れなかったであろう小さな声。
のび太はぱちくりと目を瞬かせた。
ベルとのび太って、今は亡き祖父や祖母の影響を強く受けている者同士という共通点がありますよね。
祖父や祖母の言葉が大事な場面場面で力になっているのはいいな……と感じます。