ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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時空の歪み

 【豊穣の女主人】で住み込みで働くのび太たち。

 その業務内容は当然ながら、子どもにこなせる程度の物だ。

 暴君が如く酒場に君臨するミアだが、線引きはしっかりしている。

 のび太たちが仕事をするのは精々1~2時間で、人が混んで殺人的仕事量になる時間帯は避けられていた。

 

 恩恵(ファルナ)を持たない普通の子どもが潰れないように配慮された勤務は、大人たちからすれば簡単な仕事だ。とは言え、体力のない子どもたちにしてみれば、目が回る様な忙しさであることには変わらない。

 

「グゥ……」

「スヤ……」

 

 のび太と出木杉は泥のように眠っている。

 まるで野球の試合に参加した時のように、体から湧き出る眠気に身を任せたのだ。

 【豊穣の女主人】の二階の一室で、子どもたちは一つにまとまって雑魚寝していた。

 

「……」

 

 ゲシゲシと寝相の悪いのび太に蹴られながら、ドラえもんは窓から見える月を見た。

 オラリオの気候が日本の四季に沿うかは分からないが、今は本来、春や夏に近い時期らしい。時々降る雪は季節外れの異常気象だとみんながそれぞれ言っている。

 春や夏は空気中の埃やら湿度やらで、ぼんやりとした月になりがちなのだが、よほど空気が澄んでいるのか、溜息が出るほど美しい。

 

 しかし、そんな景色を見てもドラえもんの不安が晴れることは無かった。

 むしろ、月の光りに目が刺激されて、眠りから遠ざかってしまったかもしれない。

 

 そろり、と音を立てずに布団から抜け出し、窓を開けた。

 

「……行こう」

 

 ドラえもんはロボットだ。

 高性能故に疲れや眠気こそ感じるものの、人間と比べたら無茶も効く。

 一日くらい夜更かしをしたところで支障はないだろう。

 そう判断したドラえもんはタケコプターを装着して、窓から外に抜け出した。

 

 世界の中心と言われるだけあって、子どもたちが寝静まる時間帯でも街の光が消えることは無い。南東の方向はむしろ昼間より活気立っているかもしれない。

 

「なるほどあっちが娼館がある方か。のび太君たちを近づけないようにしないと」

 

 そんなことを考えながら、ドラえもんは四次元ポケットを弄る。

 こっちだったけ、あれ違ったっけ、と四次元空間の中のひみつ道具たちをひっくり返し、目当てのモノを見つけた。

 

「あったあった……

 

 棒型のひみつ道具の名は【タイムセンサー】。

 超空間に生まれる異常な波を検知するひみつ道具だ。

 

 この世界にはどうやらひみつ道具を闇派閥(イヴィルス)に渡している存在がいるらしい。

 その情報を聞いた際に、真っ先に気になったのは時間を操作できるひみつ道具はあるのかという事だ。

 

 ダンまち世界はのほほんとした題名に反して、中々血みどろな歴史を歩んでいる。

 一歩間違えれば世界の終わり、という事がいくつもあった世界なのだ。

 そんな綱渡りを時間を渡った悪党に壊されれば、一気に世界は崩壊する。

 歴史を変えることは簡単ではないが、正しい手順を通せば可能なのだ。

 

「ベル君に聞いた限りは、タイムマシンみたいなマジックアイテムは無い筈だ。つまり、この世界で時空の歪みを発生させられるのは、ひみつ道具を使ったときくらいのはず」

 

 反応が無かったらそれでいい。最悪の手札が闇派閥(イヴィルス)に渡っていないという事だ。

 もしも反応があったのなら……敵の懐に一気に近づけるかもしれない。

 

「今のオラリオの偉い人たちが子供の時に暗殺されたりしたら大問題だ。早めに見つけて……反応アリ!」

 

 タイムマシンを使った何者かがこの世界にいることはこれで確定事項。

 後は何を変えたかだが、ここにきてドラえもんが首をひねる。

 過去を変えたにしては、現状はあまりにも闇派閥(イヴィルス)に不利ではないか。

 普通、もっと理不尽に主人公側を追い詰めるような展開にしそうなものだが。

 

「もっとよく調べないと……方向はちょうど南東の方か」

 

 考えてみれば、歓楽街など如何にも悪の巣窟ではないか。

 そこに元凶のアジトがあるのかもしれない。

 そう判断したドラえもんはタケコプターを飛ばした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 歓楽街は町を照らす魔石灯によって、昼かと間違えてしまいそうなほどに明るい。

 とは言え、人工の光では照らせない場所もある。

 

 人々の足音と声が絶えない表通りとは打って変わって静かな裏通り。

 目を凝らすと、月明かりによってぼんやりと見える壁に染み付いた汚れ。これがどのような経緯でついたのか、きっとろくな理由ではないのだろうとドラえもんは表情を歪めた。

 

「やっぱりこの辺りの超空間が凄い歪んでいる」

 

 タイムセンサーが反応を示しているのは裏通り、さらにその地下だ。

 歓楽街の経営者がこれを把握しているかどうかは不明だが、この辺りがひみつ道具を使う何者かのテリトリーになっているのはほぼ間違いない。

 

「でも変だなぁ? こんなに時間を行き来することなんてあるかな」

 

 タイムスリップをしたのはほぼ確実だが、その回数が異常だ。

 一回のタイムスリップだけで多くの物事を改変できる。数回やれば本来の流れとは全く別物だ。

 それを念頭に考える。タイムセンサーの測定した数値からしてこの辺りでタイムマシンが使われたと思われる回数は17回。やけくそかと思えるほどの回数だ。

 いったい何を改変するのにそんなに時間を使ったのか……

 

(それなのに状況は未だに都市側有利。本当に改変をしたんだろうか。まるで、タイムスリップしておいてなにもしていないような……)

 

 いやいや、そんな馬鹿なとドラえもんは首を振った。

 タイムスリップをしておいて何も改変しない? ならば元凶は何を考えているのか。

 まさか17回も観光をしたわけでもあるまい。こんな見る場所もなさそうな路地裏で。

 

(歴史改変が狙いじゃないとしたらどんな目的が……こんな何もない場所にわざわざ17回も足を運ぶなんて……)

 

 何か特別な場所なのかと辺りを確認して回るが、分かったことは特に何もない路地裏であるという事だけ。

 特別な仕掛けがあるわけじゃないし、隠れ家的な店があるわけでもない。

 地図に乗せるにしても大きな通りから外れた、グニャグニャした細い道の一部としてしか映らず、人目に触れても次の瞬間には忘れられるだろう。

 もしも、()()()()()()()()()()()()()()ドラえもんもここに来ることは絶対になかった。

 

「……」

 

 ふと、思考が跳んだ。

 自分は今、何を考えた? とドラえもんは青ざめる。

 超時空の歪みが無ければ、こんなところに来ていない。

 それは逆説的に言うと、超時空が観測できる者ならばここを無視はできないという事ではないか。例えば、ひみつ道具を使えるドラえもんはその条件に当て嵌ってしまう。

 

(まさか、誘い出された!?)

 

 機械の体がヒヤリと背筋が凍る感触を覚えた。

 相手側に自分の存在を感知されていないつもりだったが、向こうは既に自分たちに気が付いていたのか。

 己の迂闊を呪いつつも、咄嗟に護身用の武器を構えた。

 

 

 近接戦において最強のひみつ道具を取り出す。

 これが罠だとしたら、一瞬も油断できない。

 辺りを警戒していたドラえもんは、チリッと首筋に視線を感じ、弾かれるように上を見た。

 

 月を背に、建物の屋上に立っていたのは全身をローブで隠した人物。

 たまたま紛れ込んだ通行人、などと楽観視できるほどドラえもんの頭はおめでたくなかった。

 

「ドラえもん……?」

「ぼ、僕の名前を知っているのか!?」

 

 ぼそり、とローブの人物が零した呟きをドラえもんの耳は敏感に察知する。

 故障しているとはいえ、猫型ロボットの高感度音波測定イヤーは誤魔化せない。

 謎の人物に一方的に名前が知られているという状況に動揺を感じつつも、ドラえもんは目を吊り上げた。

 この人物こそひみつ道具を横流ししている人物に違いない。そう断定し、名刀電光丸の切っ先を向ける。

 

「ま、待て! 話を……」

「そうやって騙そうとしたってそうはいかないぞ!」

 

 この漫画の世界でひみつ道具を使える人間は二種類。

 スキルの力で反則的に具現化できるベルと、外からひみつ道具を持ち込んだ人物だけだ。

 ドラえもんの存在を知っていた以上、間違いなくローブの人物は外から来た存在。

 

「お前と戦う気はない! 話を……」

「話なんかしないぞ! ひみつ道具を悪い奴らに渡してる奴なんか信用できない!」

 

 おかしなことをされる前に相手を無力化する。

 そう判断したドラえもんは跳躍し、名刀電光丸を叩きつける。

 このひみつ道具なら殺してしまうことは無い。捕まえてから話を聞きだせばいい。

 犯罪者相手に呑気にしていたら自分がやられる。

 

「くそっ‼」

 

 名刀電光丸の刃を受け止めたのは、細長い剣身。

 日本刀のような和風のデザインである名刀電光丸とは違い、中世の海賊が使うようなサーベル型のそのひみつ道具にドラえもんは焦りを見せる。

 

「ライトニングボルトサーベル……!」

 

 名刀電光丸と同じ、装備者に無双の剣技を身に付けさせるひみつ道具。

 唾競り合う両者は互角。夜の闇に火花が散る中、ドラえもんは名刀電光丸を右手のみで持ち、左手を四次元ポケットの中に突っ込んだ。

 

 全自動で戦う名刀電光丸とライトニングボルトサーベルの戦いは千日手。

 決着が付くことは無いだろう。そんな戦いに勝つにはどうすべきか。

 全自動ではない部分で勝利するしかないのだ。

 

「くっ!?」

 

 即座にそのことを理解したドラえもんの行動は早かった。

 くうき砲による息もつかせぬ連撃を食らわせ、ローブの人物の次手を封じる。

 そのまま名刀電光丸とくうき砲による連続攻撃で押し切ろうとするが。

 

「オラァッッ‼」

「あっ!?」

 

 咄嗟にくうき砲を蹴り上げられ、衝撃でくうき砲は左腕からすっぽ抜けてしまう。凄まじい身体能力だ。

 カランコロンと甲高い音を立てて空気砲が転がる中、ローブの人物は名刀電光丸をライトニングボルトサーベルで押し込みつつ、言葉を続けた。

 

「頼む! 俺を信じてくれ!」

「ローブで顔を隠すような相手を信用できるもんか」

「こ、これは俺の顔がこの世界だと混乱のもとになるからだ! お前こそ、なんで顔を隠さねぇ!? この世界でロボットが人間に見つかったら大騒ぎだぞ!?」

 

 名刀電光丸とライトニングボルトサーベルは派手に斬り合っているが、決着はつきそうにない。

 それに焦りを見せたドラえもんだったが、同時に違和感も覚えていた。

 

 ローブの人物が動かなすぎる。

 ドラえもんからくうき砲が離れた今がチャンスなのに、追撃が無い。

 追加のひみつ道具を使おうともしない。

 

(本当に話し合いが出来る人……?)

 

 絶え間ない剣戟の中でドラえもんは目の前の人物をよく観察する。

 ライトニングボルトサーベルを振るう際の安定した体感から、かなり動ける人物のようだ。

 戦いの素人と言ったようには見えない。

 そんな人物が勝機を理解していないとは思えない。

 それを手放してまで、何を話し合おうというのか。

 

「そこで何をしてやがる!」

 

 その時、褐色の肌の女性を先頭に、何人かの冒険者がやって来た。

 その一段のリーダー格の女性は世界特有の種族であるアマゾネスだ。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】か……」

 

 ローブの人物の言葉にベルが事前にしていた説明を思い出す。

 オラリオのファミリアは9段階の等級(ランク)で数えられる。

 【ヘスティア・ファミリア】は底辺からようやく抜け出せたHの評価なんだとか。

 

 では、最も高い等級(ランク)のファミリアは何処かと聞いたところ、S評価のファミリアはオラリオに3つあるらしい。

 

 ダンジョン攻略の最前線である【ロキ・ファミリア】。

 戦士たちの箱庭である【フレイヤ・ファミリア】。

 そして、都市の憲兵である【ガネーシャ・ファミリア】。

 

(あの人たちは都市でも有数のファミリア!)

 

 ひみつ道具は確かに強力だが、この拮抗した状況で多勢に無勢ならばどうしようもない。

 先日、化け物じみた身体能力を見せたベルですら、この都市の中ではレベル2と言うありふれた冒険者でしかないのだと言う。

 【ガネーシャ・ファミリア】ならば、ひみつ道具相手でもうまく立ち回ることが出来るはずだ。

 

「あー……これは無理か」

 

 ローブの人物も同じ結論に至ったのか、脱力気味に呟いた。

 

「どの道、ドラえもんが気づいている以上、タイムパトロールが来るのは時間の問題。ならいいか」

「……?」

 

 いやにあっさりと諦めるものだとドラえもんは訝しんだ。

 犯罪者が憲兵に見つかったというのに、特に動揺した様子が無い。

 それどころか、タイムパトロールの介入を良しとしているかのような言動をしている。

 

「君は何を考えているんだい……こっちを誘い込んだくせに、さっきから守りに徹して」

 

 狙いが見えない。

 まるで態と捕まりたがっているようなふるまいだ。

 なにより、何故ドラえもんを見て動揺していたのか。

 

「ひょっとして、君は僕が知っている人物なのかい?」

 

 ドラえもんの問いかけにローブの人物は無言だった。

 それははぐらかそうとしたり、もったいぶっているからではなく、躊躇しているが故だろうか。

 まるで、いたずらをしていた子どもが親に正直に話して怒られるのを怖がっているような、そんな感覚を教育ロボットであるドラえもんは抱いた。

 

「俺、は」

 

 やがて覚悟を決めたように何かを喋り出そうとしたローブの人物。

 対話をする気かと鍔迫り合いをしている手の力を緩めた時、ローブの人物の剣圧が強まった。

 

「ぐっ……!?」

「なっ……!?」

 

 互角だった膠着状態から一転。

 ずるずると押されていくドラえもん。

 

(騙したのかっ! ……え?)

 

 ドラえもんはローブの人物を睨みつけるが、ローブの人物の狼狽えように疑問を持った。

 まるで剣を押し込んでいるローブの人物自身、予想外とでも言うかの如き反応だ。

 

 ギィンッ、と名刀電光丸が弾かれる。

 衝撃でたたらを踏みながら、ドラえもんは体のバランスを崩さないように必死だった。

 

「おい! 【ガネーシャ・ファミリア】だ! 戦いを止めろ!」

「い、今の俺に近づくな!」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員が戦いに割って入るが、ローブの人物はライトニングボルトサーベルに振り回されるように暴れ続ける。

 止む得ず名刀電光丸で応戦するが……

 

「な、なんで押されるんだ!?」

 

 先ほどまでとは違い、ドラえもんは劣勢だった。

 確かに名刀電光丸は強力なひみつ道具だが、無敵ではない。

 剣の達人には負けてしまうこともある。

 

 しかし、ローブの人物が使っているのはライトニングボルトサーベル。

 名刀電光丸とは自動戦闘(オートバトル)と言う、同じ特性を持った武器であり、同党の戦闘力となる以上、決着はつかなかったはずだ。

 にも拘わらず、更に言うなら、押されているドラえもんを庇って【ガネーシャ・ファミリア】という+αの援護があるにも拘らず、圧倒されている。

 

(どうなっているんだ!)

 

 あまりに理不尽な展開に叫びそうになるドラえもん。

 対話できそうな相手とは対話できず、戦いでは互角なはずなのに押されている。

 この場の誰もが混乱する中、新たな勢力が乱入する。

 

「お困りの様ですねぇ」

「……ヴィトー‼」

「大事な大事な取引相手様のお仲間の危機……勿論、見捨てませんとも。えぇ、貴方が望んでいなくとも」

 

 タイムテレビに出てきた闇派閥(イヴィルス)の幹部が登場してきたことに、いよいよ焦りを隠せなくなるドラえもん。

 ローブの人物はこの援護を歓迎していないようだが、そんなことはお構いなしな様子だ。

 つまり、危機的状況は変わらない。

 

(この不自然な状況もひみつ道具によるもの……っ!?)

 

 名刀電光丸とライトニングボルトサーベルは互角。

 ならば、それ以外の戦力で勝負が決まるとドラえもんも考えていた。

 あの赤毛の男がひみつ道具でローブの人物の戦いを援護(きょうせい)しているとすれば。

 さきほどから感じていた理不尽に説明が付く。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】が来てしまったことは予想外でしたが……好都合です。ここでレベル5の一角にはご退場願いましょうか。ねぇ、イルタさん?」

「この狐面が……っ!」

 

 配下を連れて、屋根から飛び降りる闇派閥(イヴィルス)の幹部。

 戦場はより混沌を極めようとしていた。




 やっとドラえもんに活躍の場が……
 作者のいつもの癖でさっそくピンチですが、どう乗り切るのか。
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