ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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女神のアソビ

「おーい、待つニャ白髪!」

「え?」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)当日。

 想像以上に人がごった返すメインストリートに面食らっていた僕は聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

 あれは……シルさんのお店の同僚さんだったはずだ。

 猫人(キャットピープル)特有の猫のしっぽを揺らめかせて、僕を呼んでいた。

 

「あ、おはようございますニャ。」

「お、おはようございます。それで、何か僕に?」

 

 なんだろう。

 今日はシルさんがいないみたいだけど。

 

「はい、これ」

「え?……財布?……え?」

 

 はい、と言われてもどう反応すればいいのか。

 全く話が見えないぞ。

 

「アーニャ。クラネルさんが困っています。ちゃんと説明しなさい。」

「リューはアホニャ、仕事サボったシルが祭りにいったのに店に忘れていった財布を届けてほしい、なんて説明しなくてもわかるニャ。」

「そういうことです。……ただ、シルはサボった訳ではなく休暇です。」

「ああ……なるほど」

「ニャ?」

 

 エルフの真面目そうな店員がアーニャさんの言いたいことを代弁してくれた。

 シルさんはモンスターフィリアにいったらしい。

 結構荒々しい感じの祭りだと聞いていたから、シルさんが見に行くのは意外だ。

 冒険者たちには評判は良くなかったからあまり行く気はなかったけど、面白いのだろうか。

 

「僕、最近オラリオに来たばかりだから詳しくなくて……怪物祭(モンスターフィリア)ってそんなに人気があるお祭りなんですか?」

「年に一回のでっかいお祭りだからニャ-、屋台の質も数もすごいし、メインのモンスターの調教なんて一般人は早々みれニャイし。」

「え?ちょ、調教?」

 

 あの凶暴なモンスターを?

 困惑していると、エルフの店員さんが口を挟んだ。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】は調教師(テイマー)を多く抱える派閥です。自分を格上だと認識させ、モンスターを従順にさせることに関しては彼らの右に出るものはいません。」

 

 そうやって凄腕の冒険者がモンスターを飼育できる状態にするのを見世物にしているのが、怪物祭(モンスターフィリア)なんだとか。

 僕はモンスターは敵だという先入観があったから、モンスターを飼いならすなんて考えたこともなかった。

 

(そういえば、のび太君の話にそんなひみつ道具があったな……)

 

 確か、ももたろう印のきびだんご。

 のび太君の故郷に伝わる英雄譚をもとにした道具で、鬼殺し(オーガスレイヤー)が道中で色々な動物たちを家臣にしていく物語だったと思う。

 あのひみつ道具なら僕でも調教(テイム)できるのだろうか?

 

(いやでもなぁ……あれ、動物限定かも……試してみたいなぁ……)

「クラネルさん?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」

 

 思考に沈んでいるとエルフの店員さんから声をかけられた。

 いけない、いけない。ひみつ道具のことはそれが出てきたときに考えよう。

 

「ニャ?もしかして白髪頭はテイムが嫌いニャ?」

「い、いいえ。そんなことはないですけど……」

人類の天敵(モンスター)を殺さずに利用するテイマーに対して良い印象を持たない者もいると聞きます。口さがない者の中には彼らを【怪物趣味】と中傷することもある様です。」

 

 【怪物趣味】。

 多くの人間が無条件に嫌悪を感じるモンスターに欲情する異常者。

 モンスターとの戦いが生業(なりわい)の冒険者にとっては最大級の侮蔑になる言葉だ。

 

(やっぱりひみつ道具を使ったテイムはやめておこう……)

 

 確立されている技法ですらこうなのに、未知の方法でモンスターを従えたらどんな陰口叩かれるかわからない。

 オラリオの憲兵として絶大な信頼を得ている【ガネーシャ・ファミリア】すらこうなら、信頼ゼロの弱小ファミリアが簡単にやっていいことじゃない。

 団員不足の【ヘスティア・ファミリア】の人手を補ういい案だと思ったけど、よっぽどのことがない限りはしないほうがいいかもしれない。

 

「いろいろ教えてもらってありがとうございました。闘技場に向かえばいいんですよね?」

「シルはさっき出たばかりだから、今からなら追いつくはずニャ」

「分かりました」

 

 あれからお弁当を良く貰っているし、これくらいは引き受けよう。

 怪物祭(モンスターフィリア)か。

 あのモンスターたちに反抗する気力をなくさせるくらい凄い冒険者の戦いが見れるなら、今日はダンジョン探索をお休みにして見に行ってもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、僕はシルさんを追いかけて東のメインストリートを走った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

(やった‼やったぞ‼ベル君の、ベル君だけの武器‼)

 

 完成したヘファイストスの武器を持ってヘスティアはメインストリートを走る。

 本音を言うと早くベッドに飛び込みたいくらいに疲れているが、それ以上にベルのために自分にできることをちゃんとやり遂げられた達成感のほうが大きい。

 完成した直後はそれはもう気分が上がりすぎて、出来上がったナイフに『ラブ・ダガー』という名前を付けそうになったくらいである。

 駄作感が半端ないからやめろとヘファイストスに止められたが。

 

(ああ、早くベル君にあげたいなあ‼)

 

 あの子はどんな反応をしてくれるのだろう。

 無邪気に喜んでくれるのだろうか、それとも尊敬の目を向けてくれるのか、もし抱き着いてきてくれでもしたらもう最高だ。

 

「にしても今日は随分と人が多いな?……あ、怪物祭(モンスターフィリア)か‼」

 

 引きこもりだったヘスティアには縁のない祭りだから忘れていた。

 そういえば、パーティーで今年の【ガネーシャ・ファミリア】の力の入れようをヘファイストスが話してた気がする。あの時はどう話を切り出すかばかり考えていたから、興味もない神々の世間話など耳を素通りしていたけど。

 

「オラリオに来たばかりのベル君なら絶対食いつくはず!つまり、ボクも怪物祭(モンスターフィリア)に行けばベル君に会えるということでは!?」

 

 大混雑している会場で、待ち合わせもしていないベルを見つけられる可能性は低いはずだが、徹夜明けのテンションに身を任せるヘスティアは頓着しない。

 感動の再開を頭の中で妄想しながら、ホームから闘技場までのルートを思い出し、ベルが今いる可能性が高いと考えられる東のストリートに向かう。

 

「……ん?フレイヤ?」

 

 その最中、ショートカットのために薄暗い裏道を通っていると紺色のローブで全身を隠した女神が猫人(キャットピープル)の青年と何やら話し込んでいた。

 何やら真剣に話し込んでいるみたいだし、こちらから話しかける必要はないだろうとヘスティアは先を急いだ。

 

「……闇派閥(イヴィルス)はこの東のメインストリートにて活動している様子です。御身の安全のためにもこの地区から退避します。」

「駄目よアレン。我慢できないもの」

「フレイヤ様……」

「そんなに怖い顔をしてもダメ。ふふっ、ちょっと遊ぶだけだから大丈夫よ。」

 

 少し聞こえてきた会話に護衛君は苦労しているんだろうな~と同情する。

 フレイヤの奔放ぶりは有名だ。

 遠征で殺し合いになるほど仲の悪い【フレイヤ・ファミリア】の幹部たちが会議の際に全員集まるのは、フレイヤの男漁りで大惨事が予想される時だけなんだとか。

 

(またフレイヤの悪癖が始まったのか……)

 

 フレイヤにとっては小競り合いなのかもしれないが、弱小所の【ヘスティア・ファミリア】にとっては巻き込まれるだけで死活問題だ。

 できるだけ自分の関わらないところで穏やかに収束してほしい。

 割と切実にヘスティアはそう願った。

 

 裏道を抜け、日の光が差すメインストリートにでた彼女は、早速特徴的な白髪頭を探してキョロキョロと首を振る。

 すると、すぐにヘスティアの目には酔いそうになるほどに(ひし)めく人の群れと、その間を懸命にかき分けて何とか進もうとするベルの姿を見つけた。

 

 ヘスティアはパッと喜びに顔を輝かせながら、手を振って少年の下に向かった。

「おーい!ベルくーーーん‼」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ふーん。人探しかぁ……」

「はい、神様は見かけませんでしたか?薄鈍色(うすにびいろ)の髪で女性のヒューマンなんですけど……」

「この人ごみの中じゃなー。せめて服装が分かればいいんだけど。」

「あ、聞いてませんでした。」

「じゃあ無理かな~」

 

 ヘスティアと数日ぶりの再会を果たしたベルはシルのことをヘスティアに聞くが、生憎面識のない少女のことがヘスティアに分かるはずもない。

 

「あ、そうだ。ここでステイタスの更新をしていただけませんか?」

「ステイタスの更新?」

「はい。可能性は低いですけど、ひみつ道具に使えるものがあるかもしれません。」

 

 なるほど、と頷いたヘスティアは早速先ほど通った裏道にベルを連れ込んだ。

 ステイタスの更新時には背中を露出する必要がある。

 往来でそれをやると闇派閥(イヴィルス)への警戒でピリピリしているガネーシャの皆様のお世話になることになるだろう。

 だから人が少ないこの場所でステイタス更新をしたのだが……

 

「うわっ、上昇値トータル600オーバー……」

「神様?」

「す、数値はまた今度で……えーと、今使えるひみつ道具は【名刀電光丸】【ウマタケ】【たずね人ステッキ】だね。最後の【たずね人ステッキ】はちょうどいいんじゃないかい?」

「ありがとうございます。……?どうかしましたか?」

「なんでもないよ」

 

 ステイタス更新のついでにヘファイストスの武器の用意も済ませてしまう。

 いざ渡したときにベルならばすぐに試したいというはずだから、早めに終わらせたほうがいいだろうとチャチャッとナイフにステイタスを同期させた。

 

 

 更新が終わったところで早速ひみつ道具を構成する。

 現れたのは持ち手の所に変わった装飾のあるステッキ。

 人を探すための地図とかはないみたいだ。

 

「これ、ひょっとしてあれじゃないかい。ステッキを転ばせた先に探し人がいるっていう……」

「そうなんでしょうか……?」

 

 用途ははっきりわかっても使い方が分からないのはきつい。

 とりあえずステッキを立てて転ばせる。

 なんか装飾がピコピコ光ってるけどこれでいいのだろうか?

 いいということにしておこう。ダメで元々な提案だったわけだし。

 

「さて、終わったからデートにいこうか!」

「いや、行きませんよ!?シルさんを早く見つけないと‼」

「まあまあ、ひみつ道具があれば楽勝だし、ひみつ道具を使いながら屋台を冷かそうじゃないか。」

「あ、お金は使わないんですね」

「いやー、ちょっと最近奮発しちゃったから……」

 

 シルを探すことを放棄するわけにはいかないので、たずね人ステッキでシルを探しつつ、面白そうな屋台を見物するということでベルは妥協し、二人は怪物祭(モンスターフィリア)を回ることにした。

 

(お使いをすっぽかして神様とデート(?)なんて、なんだかな……)

 

 簡単に流されてしまったベルは、クレープ屋を見つけて食欲の悪魔と葛藤しているヘスティアをみて眉を下げてしまう。

 結局、欲望に負けたヘスティアが屋台でクレープを注文している間に、シルを探すために再びたずね人ステッキを倒す。

 さっきとは反対方向に倒れるように力を入れて倒したけど、結果はさっきと同じ方角。

 

(この先にシルさんがいるかは分からないけど、ステッキが偶然向こうを向いたわけじゃないみたいだ。)

 

 少なくともこのステッキがただのステッキというオチはないらしい。

 まだ、予想が正しいかは分からないけど少しほっとしてしまう。

 

「ベルくーん。お待たせ!」

 

 そんなことをしていたら、ヘスティアが二つクレープを持って帰ってきた。

 その様子はあんまりにも可愛らしくて、やっぱり神様は美少女だと再認識する。

 普段と違うヘスティアは魅力的で、ふとした瞬間にドキリとさせられる。

 不敬もいいところだ。相手は神様なのに。

 

「ベル君。ベル君。はい、あーん」

「へあっ!?神様!?」

「へへへ……一度、やってみたかったんだ。」

 

 カアアアァァと顔が熱くなる。

 お祭りで神様がすごい大胆になっている……‼

 

『今だ‼やれぇいベル‼据え膳食わぬは男の恥だぞ!目指すはハーレムルートよおおおお‼』

 

 どこからかお祖父ちゃんの声が聞こえてきた。

 煩悩まみれのその思念を首を振って打ち消す。

 

「神様相手にそんな恐れ多いことはできません!代わりに僕のを食べてください!」

「逃げたな……ま、いっか」

 

 あーん。とヘスティアは口一杯にクレープを頬張った。

 そこでベルはヘスティアの頬についたクリームに気が付いた。

 拭おうと指を伸ばしたが、これはアウトなのでは?と考えてしまい、途中まで伸ばした腕を止めてしまう。

 

「取って……ほしいな」

「……」

 

 頬を染めてそういった神様の言葉に、僕の腕はノロノロと再起動を果たす。

 頭が沸騰しそうなくらいにゆだっている気がする。

 全身がムズムズして、衝動的に走りだしそうなくらいに心が落ち着かない。

 

 永劫にも感じるほど引き延ばされた時間感覚を抜け、ベルはヘスティアの頬についたクリームを拭った。

 

「~~~~~~~ッッ‼‼‼」

 

 途端にヘスティアは嬉しそうにツインテールを揺らす。

 見た目相応の無邪気な姿に、ベルの口元にも笑みが浮かんでいた。

 それから、たずね人ステッキが指し示す方向でヘスティアはベルを振り回し、そんな彼女に苦笑しつつもベルは気づけば自分からヘスティアの後を追っていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ごめんなさいね?」

 

 闘技場の舞台裏、モンスターたちが繋がれた檻の前にフレイヤはいた。

 あたりには糸の切れた人形のように全身から力の抜けた西ゲートを監視するギルド職員と【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちだ。

 彼らは命を奪われたわけではない。

ただ、フレイヤの圧倒的な『美』によって心を奪われていた。

 戦う力を持たないはずの零能の神たるフレイヤは、その理不尽なまでの美貌だけで両組織の構成員を壊滅させてしまったのだ。

 

(駄目ね。しばらく見守るつもりだったのに。……ベル(あの子)にちょっかいを出したくなってしまった。)

 

 フレイヤは知っていた。

 ベル・クラネルのことを。

 ベル・クラネルが急成長……否、()()し続けていることを。

 ベル・クラネルの魂が既に光を放っていることを。

 

 フレイヤは知りたかった。

 ベル・クラネルのことを。

 ベル・クラネルが戦場でどのような顔を見せるのかを。

 ベル・クラネルの透明な魂が冒険を超えてどのような変化を見せていくのかを。

 

(まるで子供みたい。)

 

 気になる相手にちょっかいをかけて気を引き、その反応に一喜一憂する。

 神ともあろうものが一時の感情に身をゆだねるなど失笑モノだ。

 

 しかし、止まらない。

 理性の歯止めなど、胸を焦がす情動の前には塵芥(ちりあくた)に等しい。

 ちょうど利用できる闇派閥(おもちゃ)も近くにある。我慢する必要はないだろう。

 

「……あなたがいいわ」

 

 女神が手を伸ばしたのは野猿のモンスター『シルバーバック』は、その名の通り銀色の頭髪が尻尾のように伸びている。

 フレイヤと同じ色の頭髪をいたわるように撫でるフレイヤはふと、ベルが悪戯の末に死ぬのではないかという考えが浮かぶ。

 

(まあ、どうでもいいことね)

 

 神の前に人の生死など大した問題ではない。

 ベルが冒険に敗れたとしても、フレイヤの愛が揺らぐことはない。

 彼が天に召されるならばフレイヤもその後を追うだけのこと。

 二度と下界には戻れないが些細な問題だ。

 

 その瞳には慈愛と優しさが確かにあった。

 一方で隠し切れない嗜虐の色もフレイヤは滲ませる。

 

(大丈夫、あなたが死んでもその魂を追いかけて、抱きしめてあげる。)

 

 両手で包み込まれたシルバーバックはその体を震わせる。

 凶悪なモンスターすらも、彼女の前ではその意思を保てない。

 ダラン、と腕から力が抜け、女神の抱擁を甘んじて受ける。

 

『小さな女神(わたし)を追いかけて』

 

 フレイヤはモンスターの額に唇を落とした。

 全身から歓喜を噴出させるシルバーバックは大きく咆哮する。

 

(だから)

 

 倒れ伏せる冒険者を無視してモンスターたちは光の下を目指す。

 己の闘争本能のためではない。

 母なるダンジョンの願いのためでもない。

 ただ女神のアソビのための駒として、彼女の寵愛の欠片に応えるために。

 

──待っていてね?




 名刀電光丸はT-さまからのリクエストです。
 コメントありがとうございます。
 現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。

 フレイヤは好きなキャラだけど描写が難しい。
 良くも悪くも神らしい性格ですから、言動に気を使います。

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