ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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起死回生の切り札はお前だ(震え声)!

 ヴィトーに率いられた闇派閥(イヴィルス)の動きは狡猾だった。

 決して正面から戦わず、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を繰り返す。

 勿論、それだけでは精鋭たる【ガネーシャ・ファミリア】を翻弄することは出来ない。ひみつ道具というアドバンテージがあってこそだ。

 

「ぐあっ!」

「大丈夫か!?」

「報告に会った例の人形だ!」

 

 ころばし屋DX

 13階層での混戦時に現れた、相手を強制的に転ばせる銃を持った人形型のひみつ道具。

 転倒(スリップ)状態となった憲兵たちに闇派閥(イヴィルス)は容赦なく襲い掛かる。

 幸いなことに今回の闇派閥(イヴィルス)の武装が呪詛装備(カースウェポン)ではないようだが、【ガネーシャ・ファミリア】は焦りを隠せなかった。

 

「ひみつ道具が敵に回るとこうも厄介とは……っ」

 

 イルタは苦虫をかみつぶしたかのような表情でヴィトーを睨みつける。

 数合の斬り合いを得て、自分の方が強いとは感じた。

 だが、相手がひみつ道具を使う以上はどんな奥の手があるか分からない。

 迂闊には動けなかった。

 

「やあああ‼」

「おっと」

 

 ドラえもんはヴィトーの脅威を感じ取り、名刀電光丸で斬りかかる。

 剣豪宮本武蔵に匹敵する剣の冴えは、第一級冒険者のイルタからしても感嘆に値するものだったが、ヴィトーはそれを小さな刃物であっさりと弾いて見せた。

 

「また……!?」

「随分と強力なひみつ道具をお持ちだ。羨ましい……」

「ドカンッ‼」

 

 間髪入れずに予備のくうき砲で狙い撃つが、ヴィトーはドラえもんを嘲笑うかのようなひらり、ひらりとした動きで回避する。

 

「……どんな絡繰りだ。お前にそんな技量がある様には見えなかったぞ」

「ふふふ……どんな強敵も事前の準備が万全ならば、やりようはいくらでもあるという事です」

 

 イルタの疑問に、ヴィトーはおちょくるように鼻を鳴らす。

 ころばし屋DXだけではない。まだなにか、厄介なひみつ道具を使用しているようだ。

 

「ほらほら、私にばかり構っていると……」

「うわっ!?」

 

 ころばし屋DXの弾丸がドラえもんの右足に直撃する。

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちと同じく、体勢を崩す中、懸命にドラえもんは名刀電光丸を構えた。

 

 そして、激突。

 ベル以上の敏捷で距離を詰められ、ドラえもんは全く視認できないまま、名刀電光丸の言いなりとなって応戦した。

 甲高い鉄の音が鼻先で幾度となく炸裂し、刃の破片が夜の街に煌く。

 ギリギリと鍔迫り合いとなる。やがて、力の均衡はゆっくりとドラえもんが押され始めたことで破られた。

 

「うっ……」

「さて、あなたはどうでしょうねぇ」

 

 おかしい。やっぱり変だとドラえもんの頭は混乱する。

 この世界の冒険者は身体能力が凄いという事はドラえもんにも分かっている。だが、名刀電光丸にはそう言った能力も補強する機能があるのだ。

 第一級冒険者ならば、能力のごり押しで負けることもあるだろう。だが、目の前の男が、名刀電光丸を破れるほどの何かを持っているようには見えない。

 

(なのにっ、どうして負けるんだ!?)

 

 ドラえもんの疑問に答えが出る前に、男の刃がドラえもんの肌に食い込んだ。

 赤い血が青と白の肌を汚していき、その温かな感触にいよいよ危機感を強めていると突然、ヴィトーは力を緩めた。

 

「うわっ!」

 

 急に力の行く先を失ったドラえもんは、思わず前のめりに体勢を崩す。

 何とか立て直そうとするも、足を引っかけられてそのまま倒れ込んだ。

 思わず名刀電光丸を落としてしまい、再び拾おうとするが。

 

「そこまでですよ」

「痛いっ!?」

 

 伸ばした手を踏みつけられ、苦悶の声を漏らす。

 痛みに涙を貯めながら、ヴィトーを睨みつける。

 それに対し、ヴィトーは酷く醒めた目でドラえもんを見下ろした。

 

「つまらない、ですねぇ」

「ぐっ!?」

 

 ドラえもんの手を一層強く踏みつけた後、その顔を蹴り上げる。

 ごろごろと転がったドラえもんが呻くのを横目に、ヴィトーは得物に付着した血液を、懐から取り出した白い布で綺麗に拭き取った。

 

「少々私の独り言にお付き合いいただきましょう。勿論、拒否などできませんし、しても勝手にしゃべらせていただきますが」

 

 朱く染まった布を放りなげると、男は淡々と口を開く。

 

「私は生まれた時から感覚が不自由でして、日常生活を送る上ではそこまで支障が無いのですが、人間社会を生きていく上ではこれ以上ないハンデでした」

 

 ヴィトーはゆっくりと右腕を上げる。

 指さす方向にあるのは、夜天に淡く輝く月だ。

 

「あれは、あの月は、人々には美しい物らしいですね。暗闇の中で輝く様に皆魅了されるのだとか……私には、輝いている者など何処にも見えませんが」

「……!」

「例えば歌劇(オペラ)。名優たちによる演技と美しい音の調律が心を動かすのだとか……私にはただただ耳障りな音としてしか認識できず、虫の羽音と何が違うのか終ぞ理解不能でしたが」

「例えば美食(グルメ)。味覚を刺激し、生活を豊かにするとてもとても素晴らしいものだとか……私には雑多なノイズで舌がおかしくなっているとしか感じ取れませんでしたが」

 

 ドラえもんはそこまで聞いて男の歪みを理解し、冷や汗を流す。

 この男はこの世界が美しいと感じられないのだ。

 周りが感動している中、一人だけ世界に取り残される哀れな異端者。

 

「世界とは灰色なのです。なんの価値も見いだせない、下らぬ箱庭。……ですが、その中で一つだけ、美しいと思えるものが」

 

 違う。この男は哀れなどではない。

 

「血が、ね。心を震わせるのですよ。あの赤い色合いだけが、私の心を振るわせてくれる。悲鳴や恐怖が混ざり合っていればなおいい」

 

 この男は悍ましい異端者だ。

 悪に堕ちるべくして堕ちた、生粋の殺戮者。

 刃物を弄ぶその手に、ドラえもんは血の色を幻視した。

 

「ですが……貴方の血にはまるで心が震えない」

「……」

「ろぼっと、と言う奴だからでしょうか。悲鳴を上げてくださり、恐怖を感じてくださっている。しかし、その潰れた鼻から流れる血を見ても、心がピクリとも動かないのです。こんなことは初めてですよ」

 

 ドラえもんの頬を切った瞬間に、急激にヴィトーからは殺気が萎んだのはそれが原因だった。

 ヴィトーは、ドラえもんの血が自分を沸き立たせるものではないと確信した瞬間、遊ぶ気を失ったらしい。

 

「まあ、正直な所、初めて見た時から薄々感じてはいましたが。ここまで期待外れとは……貴方はただただ厄介な方だというだけのようです」

 

 ピンッ、と音を立てて、ヴィトーは刃の切っ先をドラえもんに向けた。

 どうやら、遊ぶことを止めて本気でドラえもんを殺しに来る気らしい。

 足元に転がる名刀電光丸を遠くに蹴り、ゆっくりとドラえもんに近づく。

 

「ドラえもんっ」

「おやおや、私は貴方様を助けに来たのですよ? ここは私を応援するのが筋なのでは?」

「テメェ……っ!」

「ふふっ、怖い怖い。ですが、動けませんよねぇ? もう貴方はこの状況のタネに気が付いている。故に、戦えば私が絶対に勝つと理解できてしまう」

 

 ローブの人物はヴィトーの言葉に黙り込む。

 ローブ越しでも感じ取れる殺気に、ヴィトーは臆することなく言葉を続けた。

 

「故に、いい判断だと思いますよ? 我が身を盾にして彼らを逃がそうというのは……させませんが」

「なにを……」

「こういう事ですよ」

 

 ヴィトーは腕に巻き付けてあるアイテムを見せた。

 それは一見するとポーションの瓶に魔石を入れただけの質素なアイテムで……

 

「やばいっ、見るな!」

「えっ!?」

 

 それが何なのか、良く知っているイルタはドラえもんの目を咄嗟に隠した。

 同時に閃光と爆音が響く。

 そのアイテム……発光瓶(フラッシュボトル)をまともに直視してしまったローブの人物が怯むと、ヴィトーの合図に合わせて白装束の狂信者たちがローブの人物を捕えた。

 

「お連れしなさい」

「は、離せっ‼」

 

 ローブの人物は拘束を振りほどこうとしているが、視覚と聴覚を失った影響か、思うように動けず、ずるずると闇の中に引きづられていく。

 そして、逃げられないと理解するとドラえもんに向かって叫んだ。

 

「恐竜ハンターだった男とドルマンスタインの目的はお前たちへの復讐だ! 気を付けろ!」

「な……っ!? 恐竜ハンターだって!?」

 

 かつて、白亜紀にタイムスリップした際に戦った時間犯罪者。

 予想外の名前に動揺するドラえもんは、一体どういうことかとローブの人物に問いかけようとするが、ヴィトーはそんな隙を与えない。

 空気を裂いて首筋に迫る刃を慌ててくうき砲で受けた。

 当然、ランクアップした眷属の一撃は爆発的で、ドラえもんは後退を余儀なくされる。

 ヴィトーはそのまま追撃をかけようとするが、イルタによって阻まれた。

 

「お前がドラえもんだな!?」

「は、はいっ」

「今はアイツは後回しにしろ! このままだとやられちまうぞっ」

 

 イルタの言葉は正しい。

 ヴィトーの謎のひみつ道具によって追い込まれている状況で、他のことに注意を向ける余裕はない。

 あのローブの人物が心配だが、まずはこの場を切り抜けることが一番だ。

 

「ベルから話は聞いている。答えろ、お前がひみつ道具のオリジナルを持っているんだな?」

「そうですけど……?」

「だったらあいつらが使っているひみつ道具に心当たりはないのか?」

「わ、分からないですよ……ひみつ道具って言ったって一杯あるから……」

「チッ」

 

 凄い顔で舌打ちされた。美人だが怖い人らしい。

 この状況を一番何とかできそうなドラえもんが答えられなかったのだから、イルタとしてはいよいよ焦りを隠せない様子だった。

 

「小賢しい悪巧みはここまでですよ」

「アタシの後ろに隠れていろ!」

 

 イルタとヴィトーの戦いが再び始まる。

 有利なのは間違いなくイルタ。しかし、何故かヴィトーに押されてしまう奇妙な戦いが続いた。

 

「ドカンッ‼」

「危ない危ない……ククッ」

 

 ドラえもんもくうき砲で隙を作ろうとするが、何故かヴィトーはドラえもんの方も見ずに最小限の動きで躱してしまう。

 悪夢めいた光景に眩暈がしてきそうだった。

 

(おかしすぎる! まるでそうなることが自然みたいにあの人に有利になっていく)

 

 時折、相手の意表をついて足止めもできた。

 イルタはそれに応えて、生まれた隙に果敢に挑んだ。

 だが、気が付けば相手が有利な状況がある。

 一体どんなひみつ道具を使えば逆転できる? ドラえもんは必死に四次元ポケットの中を掻き分けるが、頭のどこかが冷徹に告げた。

 なにをしても、きっと勝てない。

 ヴィトーが語った言葉はどうしようもない真実だ。

 

「なんかないかなんかないかなんかないか……っっ」

 

 最早なりふり構わずに、四次元ポケットをひっくり返す。

 ガランガランと音を立てながらガラクタが地面を転がった。

 

「くっ!」

 

 このままでは不味いとイルタは一旦距離を取る。

 戦場となっている歓楽街は【イシュタル・ファミリア】の縄張りだ。

 現在、闇派閥(イヴィルス)との関係が囁かれているファミリアがどう動くか分からない以上、戦闘を長引かせるのはリスクが大きい。

 【ガネーシャ・ファミリア】の援軍より、【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)が到着する方が早いだろう。そう考えたイルタは歯噛みした。

 

「いい加減、くたばりやがれ……っ」

「今にも死んでしまいそうなほど息を切らしながら言われたところで、怖くもなんともないですよ!」

 

 ヴィトーと共に二人の狂信者が襲い掛かる。

 動きからしてヴィトーよりさらにレベルの低い眷属。

 一対一ならばベルであっても安心して見守れる程度の実力だ。

 

「また、かよ……っ!」

 

 にもかかわらず、イルタが押されてしまう。

 世界の理を捻じ曲げられているかのような感覚に、不気味さを感じつつ二人の攻撃を捌いた。

 

「……」

 

 その隙にヴィトーは一人の狂信者に目配せをする。

 あらかじめ伝えられた作戦を決行する時だと理解した狂信者は頷くと、ひっそりと気配を消した。それに満足したように笑みを深めたヴィトーはイルタに斬りかかった。

 

「そろそろ何も知らない貴女も理解できたでしょう? ……私たちが勝つことは絶対です」

「……っ、ほざいてろ‼」

 

 加速する剣戟。

 ヴィトーを主軸とした布陣(フォーメーション)に圧倒されつつも、イルタは他の団員たちの力も借りて応戦を続ける。

 

 戦況は混沌を極める闇派閥(イヴィルス)と【ガネーシャ・ファミリア】。

 そして、そこから少し離れた位置で取り残されているドラえもんに分けられた。

 完全に蚊帳の外になってしまった形のドラえもんはいよいよ焦りを隠せない。

 なにかできることは無いかと、戦場を懸命に俯瞰した。

 

 だからだろう。

 戦場を離れた所で動く影に気が付いたのは。

 

(あれは……さっきヴィトーに指示を出された白装束?)

 

 そろり、そろりと息を殺してイルタの背後に回ろうとしているその姿。

 それを見てヴィトーは合図を出すように左手を上げた。

 アレは間違いなく奇襲をするつもりだ。

 

「危ない!」

「なっ……!?」

 

 ドラえもんの切羽詰まった声にイルタが振り返る。

 視界に入ってきたのは、血走った目でナイフを振り下ろそうとしている狂信者の姿。

 ナイフは……間違いなく呪詛装備(カースウェポン)だ。

 かすり傷だけで致命傷になってしまう一撃を叩き込まれるイルタは、即座に回避行動に移るがギリギリだ。

 ギリギリならば、ヴィトーによる妨害によってかすり傷程度は確実に与えられるという事でもある。

 

(しまった!)

 

 第一級冒険者の超人的動体視力が、迫る刃をゆっくりと写す。

 こんなところで、と憎々し気に狂信者を睨みつけるイルタは、戦闘種族(アマゾネス)の本能に従い、目の前の相手を相打ちに持ち込もうと腕に力を込めた。

 

「ドカンッ‼」

 

 だが、その瞬間に狂信者は横から来た衝撃に吹き飛ばされる。

 ドラえもんのくうき砲だ。

 イルタに迫る危機を何とかしようと、破れかぶれに放った一撃にイルタは目を見開いた。

 

「あ、当たった……?」

 

 撃った張本人の唖然とした言葉が木霊す。

 当たった。当たったのだ。

 今まで何をしても届くことのなかった攻撃が、嘘のようにあっさりと。

 

 ドサリッ、と狂信者が崩れ落ちた。

 その手からころりと球状のアイテムが転がるが、誰も見向きもしない。

 

(何故急に当たった……なにか、条件があるのか、それとも時間切れ……?)

 

 なんでもいい。

 今、この瞬間、敵を守っていた加護はなくなっている。

 そう判断したイルタの行動は早かった。

 即座に二人の狂信者を吹き飛ばし、ヴィトーに迫る。

 

「くっ!?」

 

 この日、初めてヴィトーは余裕のない表情を見せる。

 それを見て加護の消失を確認したイルタは一気に攻め立てた。

 一合振れば右腕が裂け、二合振れば左足が斬られる。

 そして三合で刃はヴィトーの首元に突き立てられ……

 

「サービスタイムは終了です」

 

 あっさりと切り返され、返す刃がイルタの頬を斬る。

 そして、再び斬り合いの中でヴィトーは立て直し、攻守は逆転した。

 

(くっ、攻めきれないか!)

「随分とオイタをされてしまいましたねぇ……これは相応のしつけが必要でしょう!」

 

 ドラえもんに殺気を見せるヴィトー。

 敵の注目が民間人(ドラえもん)に行ってしまったことを悔やみながら、イルタは冷静に状況を整理していた。

 

(これは……無理だな。流れを失った。もう、勝てない戦いだ)

 

 冒険者として戦っていると、戦場の空気と言うものは感じ取れるようになる。

 これは勝てない戦いだ。

 唯一の機会を今、失ってしまった。

 そう結論付けたイルタは、しかし、絶望していなかった。

 勝てない戦いならば、負けないようにすればいい。ダンジョンではそんなことは日常茶飯事なのだから。

 

 相手はどうやら『必ず勝てる状況』を仕組んでいるらしい。

 ならば、必要なものは勝敗を超えた存在。

 常ならばそんなものどうすればいいのだと怒鳴り散らしただろうが、幸いなことにここは【イシュタル・ファミリア】の縄張りだった。

 

(アタシたちもきついかもしれんがやるしかない!)

 

 イルタは不敵に笑う。

 それを見て、不快そうに鼻を鳴らしたヴィトーの攻撃をよけつつ、ドラえもんに呼びかけた。

 

「おい、ドラえもん! 特定の相手をここに連れてこれるひみつ道具はあるか!?」

「え、うん。あるけど……」

「それをよこせ!」

 

 一体何をする気なのかとドラえもんは不思議そうだったが、打開策がなにも思いつかない以上は言う通りにすべきだと考え、四次元ポケットを弄った。

 

 

 スイッチだけのシンプルなデザインのひみつ道具を取り出すと、イルタに投げ渡すドラえもん。

 イルタはヴィトーの攻撃を躱しつつ、それをキャッチした。

 

「使い方は!?」

「ボタンを押しながら呼びたい人を呼ぶんだ!」

 

 ドラえもんの説明を聞くと、イルタは即座にボタンを押し、誰かの名前を呟いた。

 

「ほう、これはまた珍妙なひみつ道具を……」

「これでお前の気色悪ぃニヤケ面もお終いだ」

「できますかねぇ?」

「できるさ。アタシはもう逃げたい」

「……?」

 

 ドスンッ、と遠くで音がした。

 

「勝とうとすれば駄目だろうさ。今のお前には【猛者(おうじゃ)】であっても敵わない」

 

 ガヤガヤと人々の声が絶えない筈の歓楽街。

 そんな場所で、声が途絶えた。

 

「だったらこうすればいいのさ。そもそもの戦いをぶち壊す奴を呼べばいい」

 

 痛いくらいの静寂。

 やがて爆発のような人々の絶叫が轟く。

 バタバタと足音が雪崩のように街を揺らした。

 

「何を言って……」

「さあ、奴が来るぞ……っ!」

 

 街が哭いている。

 冒涜的気配にガリガリと、ドラえもんは何かが削れていく感覚を覚えた。

 

「ゲーーーーゲゲゲゲゲゲ……ゲゲゲゲゲゲゲゲッゲッッッ‼」

「うひっ!?」

「恨むならベルとハシャーナを恨むんだな……っ!」

 

 ナニが来たのか理解してしまったヴィトーが、今までの切れ者キャラを投げ捨てた悲鳴を上げるが、それを笑う余裕は誰にもなかった。

 厄災が、来た。

 

「今夜はいい夜だねぇェェェエエエエエエエエエエッ!」

「じゃあ、後頼んだ」

「なっ!? 悪党を見逃すのですか【ガネーシャ・ファミリア】‼」

「民間人の保護が最優先ッッ」

 

 S等級(ランク)のファミリアの名は伊達ではない。

 高練度の冒険者たちは風のような速さでその場を去った。

 勿論、ドラえもんを抱えて。

 

 ヴィトーも同じように逃げようとするが、それより先にぐわしっと体を手で掴まれる。

 そしてそのまま殺人的な腐臭を漂わせた背後の存在の名を呟いた。

 

「フリュネ・ジャミール……っ」

「ゲゲゲゲゲゲ……よく知っているねェ! やっぱりいい女ってのは隠せないもんだ!」

(息が……まるで船一杯の腐った魚を凝縮したかのような殺人的臭いがっっ!?)

 

 背後から漂う臭いで嗅覚を早速破壊されたヴィトー。

 一般人が美しいと感じるものを美しいと感じれない彼だが、悲しいことに一般人にとって不快なものは、変わらず不快である感じてしまうのであった。

 

「顔を見ずにアタイを見抜いたご褒美だよォ~……今日は眠らせないからねッッ‼」

「いっそ永眠させてほしいのですが」

 

 ぐるんっ、と強制的に背後を向かされてしまうヴィトー。

 目を瞑る間もなく、ヴィトーの網膜はそれを見てしまった。

 

「ぎゃああああああああああああっ!?」

 

 この日、ヴィトーはより世界が嫌いになった。




 よびつけブザーはgmgn様のリクエストです。
 コメントありがとうございます。
 現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。

 注:ヴィトーはこれで退場ではありません。

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