ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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英雄譚朗読

 人間の慣れと言うものは恐ろしいものだと出木杉は実感する。

 初日は他の従業員たちよりもずっと短い時間の仕事でヘロヘロだったというのに、今は同じ量の仕事を終えても少し遊ぶくらいの余裕があった。

 

「それは君だけだよ……」

 

 隣でグテーンとしているのび太のボヤキは、残念ながら彼の耳には入らなかった。

 タイムマシンで学校の授業は受けれると言っても時間は有限なのだ。

 この漫画の世界に来たからには、この世界の様々なことを知りたい。探求心の強い出木杉はずっとそう思っていた。

 

 しかし、タイミング悪く、現在は闇派閥(イヴィルス)と言う反社会的組織が活発的に活動をしている。

 自由にオラリオの街を探索するには適さない状況だ。

 

(ここで駄々をこねても意味はない。僕たちの世界だって不審者情報や泥棒が出たら集団下校させる。日本とは比べ物にならないくらい治安の悪いこの世界なら、なおさら警戒しないと)

 

 大人に同行してもらおうにも、店の従業員は毎日忙しいし、主人公かつ常連客のベルもダンジョンに潜っているからお願いはできない。

 ひみつ道具を使うドラえもんに頼もうかとも考えたが、【豊穣の女主人】の店主であるミアにとってみれば、ドラえもんとて保護対象なのだから納得してもらえないだろう。

 

「ブツブツブツ……」

 

 なにより、仕事が終わると速攻で布団に包まって膝を抱えている今の彼に話しかけるのは勇気がいる。

 昨日の夜に抜け出していたようだが、一体何があったのだろうかと出木杉は首を傾げた。

 

「野比君、ドラえもんはどうしたんだろう?」

「なにか怖いものを見たみたいだよ。朝なんてぼくの顔を見て『今までメタクソに君の顔をけなしてきたけど、君ってホントは悪い顔してなかったんだね。ちゃんと人間だ』とか変なこと言ってたし」

 

 完全に精神が崩壊していたが、なんとか店の仕事をやり遂げたドラえもんの表情を言い表すならば虚無。

 仕事が皿洗いで良かった。あれで接客などした日には苦情が来る。

 よくあんな状態で仕事が出来たものだと、従業員の娘たちは感心していた。

 

「【あらかじめ日記】で自分が仕事をすることを決定していたよ」

「そこまでやるくらいなら休んでもバチは当たらないんじゃ……?」

 

 適当なようで責任感が強い猫型ロボットである。

 ともかく、そんな状態のドラえもんを連れまわすのもどうかと思い、出木杉は外出を断念した。

 同じようにのび太も暇を持て余すのかと思いきや、今日は元々ベルと二人で会う約束をしていたらしく、早々に店を出ていってしまった。

 

 ズルくないかい? と出木杉がらしくなく不満を口にしてしまったのも無理はないだろう。

 決して二人が自分を除け者にしたわけではないことは、ベルの申し訳なさそうな態度で分かったが。

 

「いよいよやることが無い……」

 

 こんなことなら勉強道具でも持ってきた方がよかっただろうか、と出木杉は後悔する。

 異世界に来てまで自習と言うのも悲しいから、なくてよかったかもしれないが。

 偶に『悪いなのび太、これ3人用なんだ』と言われているのび太の気持ちが少しわかったかもしれない。

 手持無沙汰のまま立っていると、ツンツンと背中を小さな指で突かれた。

 

「わっ! ノ、ノエルちゃんか……」

「……」

「どうかしたの?」

「……さみしい、の?」

「え?」

「ひでとし、さみしそう……」

 

 舌足らずながら、自分を思いやる言葉につい心が温かくなる出木杉。

 大丈夫だよ、と返して、この足が不自由な少女も思い切り遊びたいのを我慢しているはずだと自分に言い聞かせた。

 そんな出木杉をぽ~っとした表情で見つめていたノエルは、その腕を引っ張る。

 

「あそぼ?」

「うん」

 

 異世界を探索するのもいいが、現地の子供と交流するのも大切だろうと出木杉は今日一日はノエルの相手をすることにした。

 クラスの女子たちと多少なりとも交流もあるため、全く少女の遊びについていていけないという事にはならないだろう。

 

「何をして遊ぶ?」

「えほん」

「そっか、じゃあ、絵本を読もうか。と、なると……」

 

 ノエルは記憶喪失であり、自分は誰だったかという事だけではなく、日常的な情報すら忘れている。文字も読めない可能性があるだろう。だが、自分もこの世界の言語である共通語(コイネー)は読むことが出来ない。

 さて、困ったぞとなる場面だが、こんな時こそドラえもんの出番だ。

 

「ドラえもん、【ほんやくコンニャク】を出してくれないかい?」

「邪神が……潰れた蛙が……ツァトゥグア……ん? 仕方ないなーのび太君は。

(僕とのび太君を見間違えるほど正気を失っている……!)

 

 ここじゃない何処かを見ているドラえもんの逝っちゃっている目に引きつつも、出木杉は自分の知らない言語でも翻訳してくれるほんやくコンニャクを受け取った。

 時がこの哀れな猫型ロボットを癒してくれることを願おう。

 アブナイのでノエルを連れてドラえもんと距離を取りつつ、出木杉はほんやくコンニャクを口にした。

 

(……そう言えば会話するだけなら普通に話せてるな)

 

 物語ゆえのご都合なのだろうか。

 確かに海外発の童話の世界に行っても言語の壁に困ったという話は聞いてないが。

 ちょっとした発見をしつつ、ノエルにどんな絵本を読みたいか聞く。

 

「えっとね、んと、アウゴート」

「……? あ、もしかしてアルゴノゥトかい?」

 

 主人公(ベル)が同名のスキルを持っていたがゆえに、直ぐに答えに辿り着くことが出来た。

 確か、ベルのスキルはこの世界の英雄譚が元になっていたはずだ。

 

「おとーさんのおじーちゃんが好きなんだって!」

「おとーさん? もしかして記憶が戻ったの?」

「……? おとーさんは、おとーさんだよ?」

「……うーん」

 

 ノエルの奇妙な言葉に首をかしげてしまう。

 つまり、どういうことだろうか。

 

「ノエル、出木杉君が困っているよ」

 

 上手く言葉を返せずにいた出木杉に助け舟を出したのはシルだった。

 【豊穣の女主人】のミア(店主)を除けば中心人物と言える従業員。

 自分たちの様子をそれとなく見守っていたらしきシルは、ノエルの言葉の意味を解説した。

 

「えっとね? この前、私とベルさんとノエルでおままごとをしてね? その時に私が母親役で、ベルさんが父親役だったの」

「つまり、その時の呼び方をずっと?」

「気に入っちゃったみたい」

 

 困ったように笑うシルに出木杉はなるほどと納得した。

 記憶喪失のノエルにとって、自分を助けてくれたシルと、自分を守ってくれたベルの存在はとても大きい。

 二人を親代わりとして慕うのも当然のことだろう。

 

(野比君にもあとで教えておこう。知らなかったら悪気なく「ベルがお父さんなわけないじゃない」って言っちゃいそうだし)

 

 のび太が優しい心を持った素晴らしい少年であることは、クラスメイトである出木杉もよく分かっているが、同時に口が軽い一面があることも知っている。

 学校ではよく、のび太がジャイアンやスネ夫にいじめられている。

 勿論、いじめをする方が当然悪いが、のび太の時々見せる口の悪さも原因の一つだと出木杉は思っている。

 

 深く考えないで言葉を発する彼は余計なトラブルを起こしやすい。

 深く考えないからこそ、誰かにとっては救いになる言葉も言えるのだろうから一長一短だが。

 

「それじゃあ、アルゴノゥトを読もうか」

「うん!」

「私も混ぜてもらっていいかなー?」

「仕事は大丈夫ですか」

「今、ちょっと手が空いてるから大丈夫だよ」

 

 休憩休憩と出木杉の隣に座るシル。

 なんというか凄い自然に人の隣に座れる人だ、と出木杉は感じた。

 異性に傍まで来られているのに、全く緊張しないのは距離の取り方が絶妙だからだろう。

 物語の中の人物とは思えないほどに人の心に敏感だ。

 

「それじゃあ、読むよ。……それはとても こっけいで だれでも えがおにしてしまう えいゆうに あこがれた ゆかいな 英雄のおはなし」

 

 その物語は序文に示された通り英雄に憧れる青年の物語。

 そう聞くと如何にも王道な英雄譚(ヒロイックサーガ)の出だしだが、出木杉が受けた印象はだいぶ異なった。

 

「……アルゴノゥトのすることは いつもあたまのわるいことばかり むらのひとびとは いつだって かれのことを わらっていました」

 

 端的に言えば、この主人公はどうしようもなく愚かだった。

 巨大なモンスターと勘違いして風車に突撃し、返り討ち(というか自滅)にあったり。

 ミノタウロスを倒すための英雄を王様が求めたと知れば、それは自分のことだと決めつけて旅に出て、最初の一歩で崖を転がり落ちたり。

 しょうもないことばかりをする主人公だと、それが出来杉の偽らざる感想だ。

 

 アルゴノゥトの道化ぶりは旅を終えて王都についても変わらない。

 集められた英雄候補たちがピリピリしている中、空気も読まずに仲良くなろうとしてボコボコにされる。人々にはなんてまぬけなヒューマンだろう、と笑われる始末。

 しかし浮かれているアルゴノゥトは自分が馬鹿にされていることになど気が付かない。

 

「……おそろしい まものも 王女さまを さらったミノタウロスも ぜんぶ わたしが倒して見せよう!」

 

 これのどこが英雄譚なのだろうか。

 朗読しながら出木杉は疑問を感じ続けた。

 周囲の人間の嘲笑と、何もわからず笑う滑稽な男。これではむしろ喜劇ではないか。

 

「……かみがみよ ごしょうらんあれ! アルゴノゥトが 英雄になる しゅんかんを!」

 

 滑稽な物語は続く。

 人々は愚かなアルゴノゥトを騙し、アルゴノゥトは騙されたことにさえ気が付かない。

 ついには街中で踊りだすという奇行をしだした。街娘をちゃっかり巻き込んで。

 

(これは……どういうことなんだろう……?)

 

 主人公であるベル・クラネルの力の源であるスキルの名前であり、育ての親が愛読していた本。

 いわば『ダンまち』の根源(ルーツ)とでも呼ぶべき物語にしては、いささか以上に格好悪い。

 メタ的な視点を持つ出木杉はそんな風に疑問に思った。

 

(最初の怪物と勘違いして風車と戦う話は多分、スペインの滑稽本『ドン・キホーテ』が元だと思う……この先、ミノタウロスと戦うなら多分、クレタ島のミノタウロスとテーセウスの戦いがモデル。だけど、なんで()()()()()()なんだろう? 確か、ギリシャ神話でイアソンが乗っていた船の名前だったはずだけど)

 

 次々と疑問は浮かび上がるが、出木杉の朗読は続いた。

 アルゴノゥトの冒険……もとい、奇行は王様の耳にも届く。

 そして王女を失って参っていた王様は考え付いた。

 

「……アルゴノゥトを ミノタウロスの えさに してしまおう」

 

 アルゴノゥトは王様の呼び出しにノコノコ応じ、あっさり地下牢に監禁されてしまった。

 彼を憐れんだ戦士によって、なんとか助け出されたアルゴノゥトは傷だらけになって街に逃れる。

 彼は自分を捕まえようとする人たちから逃げて逃げて逃げて……そして力尽きて倒れてしまう。

 

「……いじわるな女が いいました ああ みじめな アルゴノゥト なんて こっけいな アルゴノゥト みんなから わらわれる 道化 おまえは 英雄 になんか なれはしない」

「……むぅ」

「こらこらノエル? 口をすぼませないの」

 

 ここまで夢中になって聞いていたノエルは、いじわるな女の一言が気に入らなかったらしい。

 のんびりとした彼女には珍しく、頬っぺたを膨らませて納得いかない! と主張していた。

 そんな少女をシルは苦笑しながらたしなめる。

 

 彼女は意外とこの物語を気に入っているらしい。

 朗読している身としては有難いが、何故だろうかと出木杉は考える。

 

(もしかしたら、僕たちとこの世界の人では感性が違うのかも)

 

 まずは最後まで読み終えよう。

 感想を聞くのはその後で良い。

 

「……そして 女のことばに アルゴノゥトは 答えました」

 

 その瞬間、ふと、誰かに似た声が聞こえた気がした。

 

『それでも……それでも、僕は笑うよ』

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 パタン、と絵本を閉じる。

 気が付けば外は夕暮れだ。

 

「感想は……聞かなくてもいいかな」

「この物語が気に入ったみたいだね。ノエル」

「うん!」

 

 ぶんぶんと手を振って、興奮を伝えるノエル。

 普段大人しい子だが、こういった一面もあるのかと驚く。

 

「僕は……ちょっと複雑かな」

「えー」

「文句を言うわけじゃないけど、英雄譚って感じはあんまりしなかったかも。最初から最後までアルゴノゥトは利用され続けたわけだし」

「男の子はそう言う感想を持つことも多いみたいだよね~」

 

 出木杉の率直な意見に、ノエルが不満げに声を出す。

 今日一日で大分遠慮がなくなったようだ。

 

「ベルさんも小さい頃に聞いた時は『英雄に憧れる英雄なんてアリ?』って反応だったみたいだし」

 

 ベルの言葉は出木杉にも共感できるものだった。

 なんというか、不完全燃焼感がある。

 

「だからこそ、この話は色んなところに広まったのかもしれないよ」

「……?」

「出木杉君やノエルは知らないかも知れないけど、この世界って元々神様なんていなくて、人間たちの力だけでどうにかしなきゃいけない時代があったの」

 

 そういえば、漫画の何処かで神々が降臨した時の場面があったな、と出木杉は思い出す。

 人々が作った建物を倒壊させつつ、「遊びに来た」と言って人間たちを呆然とさせるという、ギャグ的な一コマだったが。

 

(よく考えれば、それまでの時代は神の恩恵(ファルナ)なしで戦っていたんだ)

 

 ゾッとする話だ。

 神の血(イコル)を授けられた神時代の冒険者でさえ、モンスターとの戦いでは命の危険が常にある。

 それなしに戦うなど、なんて絶望的な状況なのか。

 

「みんな希望を失って折れそうになる人も多かった。だから、心に活力を与えるこの英雄に憧れる英雄の物語が愛されたんじゃないかな」

 

 なんて馬鹿な奴だと笑わせ、自分ならもっと上手くやれると奮い立たせる。

 冴えない英雄譚はだからこそ、人々の間に語られてきたのだろう。

 まるで当時を見てきたかのように、シルの言葉には説得力があった。

 

「なるほど……」

 

 出木杉は『ダンまち』世界の歴史を感じさせる考察に頷いていると、ふと、ノエルの様子がおかしいことに気が付いた。

 今の話の何かが引っかかっているかのように、額を抑えている。

 

「ノエルちゃん?」

「……神様がいない……英、雄」

 

 そこの見えない水の中から、記憶を掬いあげるかのように何事かを呟くノエルの様子に、出木杉は心配げな声をかける。

 暫く、記憶を取り出そうと試みていたノエルは、やがて諦めたかのように額から手を離した。

 

「……わかん、ない」

「無理に思い出そうとしなくても大丈夫だよ。少しずつでいいから」

 

 落ち込むノエルをシルは慰めると、「そろそろ戻らなくっちゃ」と立ち上がった。

 

「今日はありがとう、出木杉君」

「いえ……」

「もしよかったら、また遊んであげてね?」

「あり、がと……」

 

 無垢なノエルの感謝に、つい頬を掻きながら顔を逸らしてしまう。

 夕日に照らし出されるその顔はほんのりと紅かった。

 

「それじゃあ、私は行くね。そろそろ仕事を押し付けてきたみんなも怒ってるだろうから」

(小悪魔だなぁ……)

「いってらっしゃい、おかーさん」

「うん。行ってくるねノエル」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて手を振り、シルは店に戻る。

 「やっと戻ってきたニャー!」「おのれ、あの時無理せずにチェックしていれば……っ」「なんで三人がかりだったのにポーカーで負けてるんだろう私たち」とウェイトレスたちの声がかすかに聞こえた。

 

「……明日もまた遊ぶかい?」

「うん! ……でも、なに、しよう?」

「僕が考えておくよ」

 

 一つ、思い浮かべている考えがある。

 それにはドラえもんの協力が必要だから、なんとかあの状態から再起動させないと。

 そう思い、ドラえもんの包まっている毛布を見たが。

 

「……あれ?」

「……?」

「ドラえもん、何処に行ったんだろう?」

「……わから、ない」

 

 ドラえもんの姿はそこになかった。




 【悲報】最新刊の内容によりプロット様がご臨終なされました。
 死因はフレイヤ様マジチート。
 
 フレイヤの魅了の力をまだ過小評価していたとは……
 ついでにベルへの執着もヘルメスと同じく見誤った。
 あんなことされたら、ヘスティアはせっかく得た未来知識を周りと共有できない……だって、ベルとウラノス以外、みんな……。ヘスティアハードモード継続。

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