ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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意外な出会いは突然に

 夕暮れとは不安定な時間だ。

 昼間のように明るいとは言えないが、夜と言い切れるほど暗いわけでもない。

 視界に映る世界はぼんやりとして、誰がそこにいるかも定かではなくなる。

 感覚のほとんどを視覚に頼る人間は、そんな時間を恐れた。

 そんな恐怖が魑魅魍魎を具現化させ、嘗てはこの黄昏の時間を幽霊や妖怪と出会いそうな時間として逢魔時(おおまがとき)、或いは不吉の予兆として大禍時(おおまがとき)と呼んだという。

 

 夕焼けに照らされない路地裏から、周囲を警戒するために顔を出したドラえもんは、そんな知識を思い浮かべた。

 

(実際に魑魅魍魎染みた人がいるからなぁ……)

 

 思い出すのは……いや、思い出したら発狂しそうなので、その直前位に留めたのは厄災の姿。

 【ガネーシャ・ファミリア】がどういう意図を持って、あの人をよびつけブザーで呼びつけたのかは分からないが、一言位言ってくれても良かったのではないかと心の中で愚痴った。

 

 退避する直前に闇派閥(イヴィルス)の幹部の顔の影と、厄災の頭部が重なっていた気がするが……気のせいだと思いたい。

 途中までバタバタしていた足が魂を失ったようにグッタリしていたのも気のせいだ。

 

「こんなところもう二度とは来たくなかったけど……」

 

 布団に包まって震えていた時にふと思い出してしまったのだ。

 【ガネーシャ・ファミリア】と戦っていた闇派閥(イヴィルス)の狂信者。その一人がボール状のマジックアイテムを落としていたことを。

 

 混戦の中なので【ガネーシャ・ファミリア】は気が付かなかったかもしれないが、後衛として援護を行っていたドラえもんはそれをはっきりと見ていた。

 直後に訪れた厄災の衝撃によってすっかり頭から抜け落ちていたが、先ほどまで無限に続く心傷(トラウマ)記憶のループが頭の中にフラッシュバックしていた時に、思い出してしまったのだ。

 ついでにそれが何なのかまで気がついてしまった。

 

「どうでもいいガラクタなら放置していたけど……アレは絶対、タイムテレビで見たあいつらのアジトの鍵だったし」

 

 あれがあれば、タイムパトロールが敵のアジトに乗り込む時に楽が出来る。

 そう思い立ったドラえもんは善は急げとこの街に再び戻ってきたのだが……

 

 歓楽街についた途端に恐怖がぶり返した。

 正確には思い出した興奮の熱が冷めてしまった。

 

(会いませんように……っ)

 

 オラリオの一角とは言え、歓楽街である第三区画は広い。

 特定の人物に会う可能性は低い筈だが、恐怖とは理屈ではないのだ。

 もう帰ろうかな……と考えると途端に後頭部に横長の意志が衝突した。

 

「イテテ……何で僕、こんなひみつ道具使っちゃったんだろう」

 

 歓楽街に近づく度にもう戻ろっかな、と思い返すことが多くなり、このままでは不味いと使ったのがこの【強いイシ】だ。

 落とし物を確認してくることを条件に、その意思に反する行動を取るとこの石が飛んできて攻撃を受けてしまうので、半ば強制的に使用者は最初の意志を貫かなければならなくなる。

 

「一時の熱に浮かされると碌なことがないよ。本当に」

 

 そもそも【ガネーシャ・ファミリア】に伝えるだけで良かったのでは? と思うも後の祭り。

 ドラえもんは恐るべき怪物との遭遇(エンカウント)にビクビクしながら、昨日の場所に戻っていた。

 

「よぅし、いないみたいだしここは近道をするぞ!」

 

 こんな場所に長居などしたくないし、日が完全に暮れたらいよいよホラー映画だ。

 意を決してドラえもんは、まだ人が疎らな大通りを駆け抜けた。

 ドラえもんの速度は鼠を見た時並の時速129,3km。はんぺい足はどんな場所でも静かに歩ける優れモノだ。

 このまま目的地まで一気に駆け抜けられる。そんな希望は淡くも崩れさる。

 

「……ェ……ェェ……」

「……?」

「……ェ……ェェ……ゲ」

「ひっ!?」

「……ゲ……ゲゲ……ゲゲゲゲ」

「あわわわわ……」

 

 遠くから聞こえる破滅の歌。

 耳元に届くまでには掠れて聞こえるその小さな音をドラえもんの耳は捉えてしまった。

 徐々に大きくなる音。それが指し示す事実は一つ。

 厄災はこちらに向かって来ている。

 

(終わった)

 

 よく思い出せないが、とんでもなく恐ろしかったことだけははっきりと覚えているあの日の光景が脳裏に蘇る。

 恐怖に硬直した体は、厄災が迫る大通りのど真ん中で停止すると言う自殺行為を選んでしまう。

 心なしか必死な強いイシがガンガンと頭をぶってくれるが、ドラえもんはピクリとも動けない。

 そして限界を迎えた猫型ロボットは遂に決壊した。

 

「うわあああああん!? のび太くうううううううううんっっ!?」

「ゲーーーーーーゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲェェェッッッ‼‼‼」

 

 いつも面倒を見ている少年と立場が逆転したかのように、少年の名を絶叫するドラえもん。

 ズンッ、ズンッ、と冗談のような足音が近づいて来ることに震えながら、ドラえもんはその体を常より更に真っ青にして泣き出した。

 厄災の訪れを、この街に来てまだ間もないドラえもんよりも早くに察知した住民たちが消え、伽藍洞となった大通りにはもはや救いの手を期待することは出来ないだろう。

 やがて、厄災が現れた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  

 

「ん……?」

「どうかしたの、のび太君?」

「なんだかドラえもんに呼ばれた気がして……」

 

 旧【ヘスティア・ファミリア】ホームにて、この場にいない猫型ロボットの悲痛な叫びを幻聴したのび太は不思議そうに天井を見た。

 ポップ地下室の防音性能から考えると、地上のドラえもんの声が聞こえるはずもないし、単なる勘違いだろうとのび太は結論付ける。

 

「しかし、やっぱり外の子だと偏見が無くて助かったよ」

「はい。僕もホッとしています。のび太君を信じてよかった」

 

 ベルとヘスティアは嬉しそうにのび太を見上げる。

 現在ののび太はヴィオラスの頭の上にちょこんと乗せられていた。

 

「でっかいなぁ……」

 

 ベルが明かした人に敵意を持たないモンスターであるヴィオラスをのび太はあっさりと受け入れていた。

 そして、物珍しさで頭の上にのせてもらい、その大きさに感嘆していたのだ。

 

「僕の世界には君みたいに大きな生き物はいなかったよ」

 

 のび太はこれまで様々な生き物と触れ合ってきたが、建物より大きな生き物というのは初めてだ。クジラならヴィオラスより大きいかもしれないが、陸上の生物ではない以上は比較するのも変だろう。

 

「ヴィオラスくーん。ボクたちも乗せてくれないか~い?」

 

 ヘスティアの声にヴィオラスの触手が揺らめき、二人をのび太の下まで掴み上げる。

 痛くないように力を微調整しつつ、慎重に頭の上まで運ぶその姿を一般人が見れば卒倒するか、夢だと思って頬を抓ることだろう。

 

 そんなこの世界では違和感バリバリな光景も、そもそもこの世界の住人ではないのび太はあっさりと受け入れた。

 人間や動物どころか、異星人やらロボットやら精霊などと絆を育んだのび太からすれば、人間以外と友達になることは難しくないのだろう。

 流石に最初に見た時はその見た目を怖がっていたが。

 

「よっと、やっぱり高いねぇ。のび太君は高いところは平気なのかい?」

「うん。よくタケコプターを使っているし、天上世界に行ったことも……あ、でも今ドラえもんいない。やっぱり怖い」

「藪蛇だったか~」

 

 ヘスティアとの会話でうっかり恐怖を覚えてしまったのび太を、いざとなったら自分が助けるからと勇気づけると励ました後、ベルはのび太に今まで気になっていたことを聞いてみた。

 

「そう言えば……のび太君はいつまでこの世界にいるの?」

「あまり考えてないけど……」

「凄い行き当たりばったりじゃないか。向こうの生活は大丈夫なのかい。家族が心配しているかもしれないぜ?」

「タイムマシンを使ってるから大丈夫だよ」

「……異世界便利だなぁ」

 

 とは言え、現実問題としてこの世界にのび太たちがいつまでもいることは出来ないだろう。

 この世界に骨を埋めるならばともかく、彼らには彼らの世界があるのだから。

 

「無限の刻を生きる(ボク)たちと違って、外の世界の君たちにも寿命はあるだろう? 寄り道もほどほどにね」

「……ヘスティアってまるで先生みたいだ。僕と同じくらいちっこいのに」

「ち、ちっこい言うな!」

 

 のび太君は嫌そうにヘスティアに返した。

 まあ、気分がいいときに説教みたいなことを言われたらいい気がしないのは分かるかもしれない、と児童だった時期がそう遠くない少年は苦笑する。

 

「いや、実際の所さ、ボクたちはこの世界のことは好きだけど、危ない場所だろう? 君たちが怪我でもしたら親御さんに申し訳ないし」

「確かに街を歩いてる人が武器をしてるもんね」

「そうそう、武器を持ち歩かなくていい世界なんて恵まれてるんだぜ。ボクも争いごとは苦手だから、そんな感じの世界のほうがいいんだけどねぇ……」

「できないの?」

「難しいさ。下界の争いのタネは絶えないし、軍神(アレス)辺りがそれを許すとも思えない」

「僕の故郷でも頻繁に王国(ラキア)がまた戦争を始めた、って聞く位には戦好きですしね」

 

 戦争が無い国から来たのび太にはピンと来ないようだが、この世界は割と物騒だ。

 平和に暮らせる世界があるなら戻るべき、と言うヘスティアの言葉は正しい。

 

「今すぐじゃなくてもいいけど、そろそろ帰りも考えたほうがいいぜ」

「……ちぇ」

「異世界なんてたまに来るくらいがいいんだよ」

「神様たちはずっといるじゃない」

「そりゃー、いつでも来れる君たちと違って一度きりだし。それに、君たちの言うずっとは(ボク)たちからすればあっという間のことさ」

 

 むー、と頬を膨らませるのび太にヘスティアは苦笑する。

 この世界では中々見ない、素直な子だと。

 ベルと意気投合するのも納得だ。

 

「まあまあ、神様もすぐ帰れって言ってるわけじゃないし、また来れるんでしょ?」

「そうだけどさー。遊園地だってまた来れるけど、帰りたくなくなるもんなんだよ」

「『ゆーえんち』が何かは分からないけど、楽しい時間はずっと過ごしていたいって言うのは分かるかも」

 

 それでも帰れるなら帰るべきだろう。

 彼には帰れる家があり、家族もいるのだから。

 

「……まっ! 今はこの世界を楽しめばいいさ」

「僕、全然自由に出かけれないけれど」

「テロリストが好き勝手にしている世界だからね仕方ないね」

 

 のび太としてはもっと色々な所に遊びに行きたかったのだろう。

 それこそ、ダンジョンにだって行きたかったはずだ。

 

「観光は平和になるまで待ってもらうしかないけど……君たちは酒場で居候しているんだろう? だったら、オラリオの人や神と話してみると良いかもしれないよ」

 

 オラリオと言うとやはり冒険者の街だ。

 物語では見えなかった一般冒険者の冒険を聞くのも悪くはないだろう。

 武勇伝はみんな話したがるものだから、休憩中にでも冒険者たちに声をかけてみると良いかもしれないとヘスティアはアドバイスをした。

 

「この世界のタイトル……なんだっけ?」

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」

「そうそれ! キテレツな名前だと最初は思ったけど、案外この世界の真理を突いている」

「そ、そうでしょうか……僕が初めて聞いた時は「えー」って思っちゃいましたけど」

「でも、出会いは大切だぜ? 君も色んな人たちと出会って成長してきたわけだし。そんないい出会いを君たちにはして欲しいかな」

 

 のび太たちがいつか、元の世界に帰っていくにしても。

 この世界でのことが、少しでも思い出に残る出会いに巡り合って欲しいとヘスティアは笑った。

 

「なにせ異世界だからね。探せば意外な出会いがあるかもしれないぜ」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  

 

 ぎょろり、と魚類を彷彿とさせる土色の瞳が蠢く。

 まるで獲物を探すかのように辺りを見渡したフリュネはちっ、と舌打ちをした。

 

「アタイを求める子猫ちゃんの声が聞こえた気がしたんだけどねェ。気のせいか」

 

 今日も例の鏡さんのアドバイスを自分なりに昇華し、モンスターの灰を利用したファンデーションを下地なしで塗りたくり、粉っぽい肌を表現。毒々しい赤色の口紅を浮き上がるほどに重ね塗りしている。自然な美しさを追求し、あえて眉はぼさぼさに。

 例えるならば、何十年もゴミ捨て場で雨風に晒された道化師の人形だ。

 

 正直、彼女は娼婦のファミリアではなく、道化師のファミリアに入ったほうがいいだろう。

 道化神は泣きながら土下座をして拒否するだろうが。

 

「おっと、そろそろ日がくれちまうねェ。最近はアタイの美しさにやられて歓楽街に雄たちが寄り付かないし、アタイの美しさも罪なモンさ……こっちからダイダロス通りの貧乏人たちの所に行こうかねェ。海より深い慈悲を持つアタイに感謝しな! ゲゲゲゲゲゲ……」

 

 ダイダロス通りに住むすべての人々に対する死刑宣告を告げながら、フリュネは世界の終りのように燃え盛る夕焼けを背にノッシノッシと歩いて行った。

 

 やがて、その人影が完全に見えなくなるころ。

 大通りの端から溜息が漏れた。

 

「た、た、助かったぁ……」

 

 九死に一生を得たとは正にこのことだろう。

 ドラえもんは這いつくばって、無事でいられた幸運を喜んだ。

 

「ありがとうございました……あの時、腕を引っ張って貰えなかったらどうなっていたことか」

 

 恐ろしいIFにドラえもんは思わず身震いをする。

 さりげなく子猫ちゃんとか言っていたことも怖い。どんな直感だ。

 恐怖で停止(フリーズ)していたドラえもんを救ったのは、路地裏から飛び出した黒い影だった。

 目にも止まらぬ速さでドラえもんを引っ張り、フリュネに見つかる前に路地裏に逃げ込んだのである。

 

「……」

 

 そんなドラえもんの救いの主は無言。

 押し黙って「もうここから離れろ」とばかりに背を向けた。

 そんな恩人に慌ててドラえもんは声をかける。

 

「あ、ちょっと待って!? せめてお礼を……」

「必要ない。私がやったのはただの自己満足だ」

 

 女性の声が路地裏に響いた。

 冷たく、突き放すかのような言い方にドラえもんは一瞬怯むが、助けてもらって何もしないなど猫型ロボットの名折れ‼ とばかりに食い下がる。

 

「それでも助けてもらったからには何か」

「くどい」

 

 一段と声が冷たくなる。

 ローブの中からこちらを見るのは赤い瞳。

 ベルと同色だが、彼よりも何処か暗い光を灯す彼女の視線は鋭かった。

 

「お前が何なのかは知らないが早く帰れ。今度アレに見つかったらもう見捨てるぞ」

 

 長い耳は、彼女が妖精(エルフ)であることを示している。

 【豊穣の女主人】の従業員の一人であるリューと同じ、現実にはいない種族。

 リューと初めて会った時の忠告を思い出す。

 

『初めに忠告しておきます。私に触れることはお勧めしない』

 

 数ある種族の中でも、エルフは排他的な側面が大きい。

 特に他種族への差別が大きい地域だと、触れることすら許されないのだと言う。

 

『私も故郷の頃の風習が根付いてしまっている。触れられたら、反射的に振り払ってしまうのです』

『そーなのニャ。こんな風に』

 

 ニャー! とリューの手を素早い動きで掴もうとするアーニャ。

 それに対し、リューは手首をスナップさせつつ頬に拳をめり込ませた。

 

『触れるな!』

『フンニャアアアアアア!?』

 

 アーニャは、磁石で引っ張られているのではないかと思えるほどの勢いで壁に激突する。

 店の備品がいくつか天に召される中、店長の凄まじい視線を浴びていたリューは最後に呟いた。

 

『……私はやりすぎてしまう』

(あの後、ミアさんに折檻されていたリューさんみたいに、他種族と距離が近くないエルフなのかな)

 

 警戒するように距離を取る女性。

 ドラえもんはそんな彼女に、尻尾を上げて警戒する猫の姿を幻視した。

 

「僕、この先で探し物をしなければいけなくって……」

「……なら、そこまで私が送ってやる。だから、用事が済んだらさっさと帰るんだな」

 

 警戒心は強そうだが、悪いエルフではないのだろうか。

 そう思ったドラえもんはさっきはちょっと怖かったこともあり、同行をお願いすることにした。

 さて、そうなるとお前、あなたでは呼びにくい。

 そう説得したドラえもんは彼女の名を聞き出すことに成功する。

 

「僕ドラえもんです」

「……フィルヴィス」

 

 それが、ドラえもんの意外な出会いだった。




 ドラえもんたちは4巻のみの活躍です。
 現実世界の生活があるから、いつまでもいられませんよね。
 もしかしたら、その後も遊びには来るかもしれませんけど。
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