「【ファイアボルト】ッ!」
ダンジョン14階層。
当初の予定からちょっと遅れて到達階層の更新を果たした僕は、迫りくるアルミラージに対して存分に速攻魔法を見舞った。
モンスターの質は確かに高くなっていたけれど、想定通り。
事前の打ち合わせに従えば確実に倒すことが出来る程度の相手だった。
(当然、油断はできないけどっ!)
炎への耐性を持つヘルハウンドたちを、
中層の敵には慣れてきたとは言え、人間慣れ初めが一番怖い。
取り敢えず、今は
「相変わらず速いな、坊主」
ハシャーナさんの呑気な評価の言葉が聞こえる。
自分より遥かに上の冒険者にそう言ってもらえるのはありがたい。
彼から見ても今の戦況は安定しているということだ。
「これで終わりだ!」
ヴェルフの大刀がヘルハウンドを真っ二つに断ち切り、戦いは終わった。
流石14階層大量ですね~、とリリが魔石を拾い始めると、ヴェルフが話しかけてくる。
「もう中層じゃ敵なしじゃないか?」
「そんな訳ないと思うけど……」
「いや、謙遜しなくていいさ。お前はもうレベル2でも上位陣並だ」
オラリオに来る前に、それなりに名の知れた騎士を見たことがあるというヴェルフは今の僕はそんな人たちと遜色ないと太鼓判を押す。
「二つ名も貰えるわけだし、期待の
「ははは……二つ名かぁ」
「やっぱ楽しみか?」
「うん! だって神様たちが考えてくれるんだよ!? きっと僕なんかじゃ想像もつかないほどカッコイイんだろうなぁ」
今、丁度このダンジョンの真上。
バベルの塔で開かれている
資料が間に合わなかったとかで、態々僕の二つ名のために追加の
(神様は悲壮な顔で「無難な二つ名を……」って言ってたけど、やっぱり貰えるなら神様のセンスが炸裂した凄い奴がいいな)
こう、「我が名は‼」とか大声で言ってみたい。
強敵を前にして名乗り合うのは大昔からの浪漫だし。
そんな馬鹿な事を考えていた時、ハシャーナさんが声をかけてきた。
「坊主、敵が湧いてない今のうちに話しておきたいことがある」
「はい?」
「……俺は離れていたほうがいいか?」
「別にいいさ。お前がペラペラ喋る奴じゃないのは分かる。……話って言うのは例のひみつ道具を売る男についてだ」
「!」
ヴィトーから聞き出したひみつ道具を売買する謎の人物。
それは既に【ガネーシャ・ファミリア】に報告済みであった。
そして、話し合いの末、僕を囮にヴィトーが紹介した男の正体を突き止めようとしていたのだ。
まさか気取られたのかと緊張する僕はハシャーナさんの次の言葉を待った。
「お前にひみつ道具の取引を持ち掛けた男、ヴィトーとやらが
「な……!?」
「それも、幹部級の立場らしい。先日、歓楽街でウチの奴らとやり合ってな。お前のダチのドラえもんによってその名が明かされたんだとよ」
正直、怪しいとは思っていた。
だけど、たまたま街で出会った人物が
「その、向こうは僕のこと……」
元から知っていて近づいたのではないか。
恐らく、この世で唯一の
そう思った僕だったが、以外にもハシャーナさんは煮え切らない態度だ。
「分からん。お前の話を聞いた限り、お前たちの出会いに作為的なものはなかったが、なんでお前の取引に応じたのかがまるで判断できん」
作戦は中止だろうか、と考える僕だったが、告げられたのは作戦続行。
「おい、
横から話を聞いていたヴェルフが堪らず口を挟む。
そんな正論に対し、ハシャーナさんは苦々しく返答した。
「ガネーシャの勘だ」
「……!」
ハシャーナさんのまさかの言葉にヴェルフは目を見開いた。
神様の勘、と言うものは最も根拠のない無視できないモノ、と表現される。
論理的な根拠など求められないが、彼らがそれを口にした時は何かが起きる。
ましてや、今回は言った神がガネーシャ様なのが問題だった。
群衆の主と名高い、都市の守護者。
市民の安全を最優先とするそんな神がポリシーよりも勘を優先した……?
オラリオに来てまだ日が浅い僕でも分かるその異様さ。
ヴェルフも激昂するよりも先に唖然とした。
「シャクティ団長も、幹部たちも反発していたが、全員嫌な予感は隠せなかった」
あのガネーシャ様がこんな行動を取る。
なにか、尋常ならざる事態が迫っているのではないか……?
誰もがそんな靄がかかったような危機感を抱く。
ガネーシャ様はそんな眷属たちに対し、「この機を逃せば手遅れになるやもしれん……」と普段の調子を捨てて重苦しく語ったという。
「……」
「鍛冶師の坊主の意見は尤もだ。俺だって頭じゃ納得していねぇ。だが……ああっ、糞っ……」
ガシガシと頭をかきむしり、言語化できない感情を捻り出そうとするハシャーナさんは苛立つように吐き捨てた。
ハシャーナさんの葛藤は尤もだった。
どう考えても正当性のない作戦強行。それを自身の主神がらしくなく唱えているのだ。
盲目になっているわけではないが……何かあるのではないか? そう思ってしまうのは無理も無いだろう。
「こんな曖昧な根拠で作戦に参加させようなんざ戯けた話だ。無視してくれても構わん。そうされて当然だからな」
ある意味、主神からの命令に対する否定を口にするハシャーナさん。
だけど、無理だ。
胸に芽生えたこの嫌な予感は、目を背けちゃダメなものだと思う。
十中八九錯覚なのに、そう、思ってしまった。
「その危機感とやらに、外の世界の連中が関わっているのか?」
「交戦したイルタによれば幹部級のヴィトーは精々レベル4、そんな奴がガネーシャ様に危機感を抱かせるような大それた計画を立てれるとは思えんし、おそらくそうだろうな」
そう言って、一枚の紙を僕に手渡す。
上質……とは違う。妙に洗練された技術によって作られた紙質に違和感を覚える。
こんなきれいな紙はオラリオで流通していただろうか。
「こいつは手配書だ。と言ってもこの世界のモノじゃねぇ」
「……まさか」
「ああ、外の世界から届いた、向こうの世界……さらに言うとその未来の手配書だ」
手配書にはデカデカと精密な絵が描かれていた。それは人の顔だ。
V字型の髪型に頬には十字の傷。
何人もの人を殺してきたかのような冷たい眼光に、絵にもかかわらず、僕は背筋に冷たいものを感じた。
「名は殺し屋ジャック……ドラえもんたちの世界でその悪名を轟かせた時間犯罪者だ」
「手配書があるってことは……」
「ああ。向こう側の世界では全世界規模の指名手配犯だとよ」
「全ッ……!?」
オラリオにも指名手配をされる犯罪者と言うものはいる。
ちょっと違うかもしれないけど、前に暗黒期の情報を集めた時に度々耳にした【疾風】と言う冒険者もブラックリストとして、賞金がかけられていたはずだ。
それでも、指名手配を行っているオラリオから離れれば捕まる可能性はグッと減る。
ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】が追いかけようとしても、他所の国には他所の国の自警の組織があって、越権行為と見なされる。
態々他のところで法を犯した人間を捕まえると言うことは少なく、犯罪者は大抵の場合はそうやって国外に逃れようとするのだと言う。
(でも、全世界ってことはその大原則が覆されてるってこと……!)
それはつまり、全ての国を敵に回していると言うことだ。
たった一人を捕まえるために、そこまでやる程のことを仕出かしたのかと思わず絶句した。
「そんな奴がひみつ道具を持ってこの世界に来ているのか……」
「っ!」
ヴェルフの呟きに息を呑む。
ひみつ道具を悪用すれば何だってできる。それこそ、正義と悪のパラーバランスをひっくり返すことだって。
「あぁ、しかもこの世界に来ているのはこいつだけじゃない。ヴィトーの話に出てきたドルマンスタインや、街の目撃情報から恐竜ハンターとやらもいるらしい」
「『きょうりゅう』ハンター? ちょっと、なんのことだか……」
「大昔に絶滅した生き物を乱獲している時間犯罪者らしい。俺も話を聞かされただけでよくは分かっていないんだが」
密猟者と言う存在に近いのだろうか、とベルは自分の中の知識と擦り合わせる。
間違いなく、犯罪者だ。
「もしかして、ドラえもんさんが戦ったローブの人物も分かっているんですか?」
「いや、分かっていない。候補が多すぎるからな」
「どう言うことだ?」
「一番最初に言った十字傷の男……殺し屋ジャックが向こうの世界でとんでもないことを引き起こしたのさ」
世界にその名を馳せる犯罪者だったジャックだが、22世紀の警察は極めて優秀。
あっという間に追い詰められたらしい。
このまま逮捕されるのも時間の問題かと思われたジャックだったが、ここで起死回生のために恐ろしい行動に出た。
「な、何があったんですか」
「このままでは捕まると悟ったジャックは発想を逆転させたんだ」
「逆転……?」
「このままでは捕まる。ならこっちから外の憲兵……タイムパトロールに攻め込めば良いってな」
「「は?」」
常識はずれの結論に僕とヴェルフの声が重なった。
僕たちの世界で言えば、一犯罪者が【ガネーシャ・ファミリア】に捕まるのは嫌だから、逆に襲撃してやろう……って考え付いたってことだ。
「正確にはタイムパトロール自体と言うよりは刑務所を狙ったらしいがな」
「なんでそんなことを?」
逆に捕まってしまう可能性も高いのに意味が分からない。
刑務所を襲うことにどんなメリットがあるというのか。
「刑務所を如何こうしたところで捕まるのは時間の問題じゃ……」
「いや、はっきり言ってリスキー極まりない行動だったが、タイムパトロールの目を一時的に逸らすことには成功しちまったんだ。なにせ、そこに収監されていた時間犯罪者をジャックは片っ端から逃がしやがったからな」
「……ヤバイだろそれ」
「ああ、ご丁寧にタイムマシンとか言う時間をさかのぼるひみつ道具を全員に渡したらしくてな。タイムパトロールは蜂の巣をつついたような大騒ぎなんだとよ」
当然、野に解き放たれてしまった時間犯罪者の対処のために、ジャックへのマークは甘くなる。
その隙にジャックは解放した何人かと共に過去の世界に逃れたと言うワケだ。
「なんでこの世界に来るんだよ……」
「ドラえもんから話を聞いた出木杉の受け売りだがな、恐らくはこの世界が隠れ蓑なんだよ」
「そうか、過去の世界かつ、その中の漫画の一つに逃げ込んでいるなんてそう簡単に分からない。だから、この世界は犯罪者が逃げ込むには都合がいいんですね」
「らしいな。迷惑な話だ」
ハシャーナさんはうんざりした様子でため息をついた。
別世界から犯罪者が逃れてくるなんてとんでもない事態だ。気持ちは痛いほどわかる。
(でも、確かにとんでもないことだけど……ガネーシャ様の勘が働くようなことをその人たちがやるのかな……?)
僕は犯罪者の心理に詳しいわけじゃないけど、憲兵から逃れる犯罪者と言うのは目立たないようにするものではないだろうか。
ここが物語の中で、悪事が外の世界からでは分かりにくいとは言っても、迂闊な行動を取るのは不自然に感じた。
「しかし、そいつ一人でよく監獄破りが出来たな。異世界の刑務所がどの程度の所かは知らんが、一人で如何こうできる相手じゃないだろ、普通」
「そのためにこれまたぶっ飛んだ騒ぎを起こしたらしいからな。ミュータントがどうとか、俺にはよく分からん内容だったが、国連軍とやらが出動する騒ぎになったらしい」
「国が連なるってまさか」
「世界中の国が協力し合う軍隊ってことだ」
「外の世界で何が起こってるんだ……?」
無謀としか思えない監獄破りを、滅茶苦茶な手段で成功させてしまった殺し屋ジャック。
それに協力するドルマンスタインと恐竜ハンター、そして謎に包まれたローブの人物。
……後は、彼らの取引相手である
何かが始まろうとしている。
ダンジョンの闇が、そんな嫌な焦燥感を掻き立てた。
ヴィトーとの取引も近づいてきました。
次回の話が最後のほのぼのとしたエピソードになるかもしれません。
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