ここに一つのテープがある。
未来の技術など使われていない、ただのテープには飾り気のないラベルが貼られていた。
ラベルには油性ペンで『ダンまち世界の思い出』というタイトルが付けられており、何度も再生されたのか、ラベルの端は少し
映像が流れ始めた。
22世紀の技術が使われるひみつ道具と比べると、その映像は拙い。
色はくすみ、ノイズも所々混じる。
しかし、そんな技術の未熟さは作り物ではない生活感を際立たせた。
やがて、映ったのは木造りの酒場。
撮影者はカメラに慣れないのか、映像は所々ブレる。
『えっと、出木杉君これでいいの?』
『はい。僕が撮影するので、みんなはレンズ……この丸いところの正面に来てください』
『これで今の光景が記録できるんだ。やっぱり異世界って面白いね、ノエル』
『うん!』
初めに映ったのは3人。
白髪の少年は心配そうな瞳で撮影者を見ている。
反対に、鈍色の少女は楽し気に少年の隣に座り、自身の膝に乗る幼い少女に話しかけた。
どこか、鈍色の少女に似ている幼い少女は快活に頷く。
『僕たちの世界だと、こうやって家族の団欒を記録するんです』
『一般家庭で買えちゃうんだ、それ』
『流石にまだ高くてみんな持ってるわけではないですけどね』
『うちにもないな~』
『コラッ、撮影中は静かに』
画面外で会話する二人を見て、映像に写っている3人は苦笑する。
撮影者の咳払いが聞こえた後、映像は幼い少女に寄った。
ソワソワと、カメラが来る時を今か今かと待ちわびていたと、見ただけで分かる幼い少女はカメラが近づいた途端、慌てて本を読むフリを始めた。
『今、何をしているの?』
『えほん、読んでもらってる!』
『何て題名?』
『あうごのーと‼』
『ふふっ、ノエルは本当にこの絵本が気に入っちゃったね』
カメラに見せつけるように絵本を突き出す幼い少女は、映像を残すという新鮮な行為に興奮しているようだ。
笑顔を浮かべて、せわしなく体を動かしている。
『ひでとしも! いっしょに、よも?』
『うん、それじゃあ……』
『コラコラ~! 次はミャーたちの番ニャ!』
『うわぁ!?』
何者かにカメラを動かされたように、カメラの映像がグワンッと変わった。
そこに写っていたのは茶髪の少女だ。鈍色の少女と同じ、緑の給仕服を身に纏う少女にはある特徴があった。
猫のような耳が頭部に存在し、背中からチラチラと揺れる尻尾が見えるのだ。
何も知らない第三者が見れば作り物にしては妙に感情豊かに動くそれらに首を傾げたことだろう。
『アーニャだニャ!』
『クロエだニャ!』
撮影者からカメラを強奪したらしき少女は、酒場のカウンターにカメラを置くと映像に映り込む。
画面の外からひょっこりと現れた、同じく猫のような特徴を持つ黒髪の少女と息の合った挨拶をするとペラペラと話し始めた。
『いやー、遂にやって来てしまったニャ、ミャーたちの時代が』
『これでオラリオ中の美少年たちはミャーの虜。夢のショタハーレム生活の幕開けニャ!』
『あの、別にこれはオラリオ中に流す予定はありませんけど……』
『『ニャんですとーーー⁉』』
ガビーンと二人揃って同じ反応をする。
二人はあっという間にやる気を霧散させ、外向け様に繕っていたキャラクターを放り投げた少女たちは、ダラダラとダメ人間丸出しの仕草でカンペを投げ捨てた。
『あー解散解散ー。せっかくのショタハーレム計画がパァニャ』
『じゃあ、返してもらいますね』
『……ハッ⁉ よく考えたらこれにミャーを撮すより、美少年たちのあーんな姿やこーんな姿を記録すべきだニャ⁉ ふひひっ、先ずは少年! さっそくこの『かめら』にむかってその臀部を……』
『寝 言 は 寝 て 言 お っ か ?』
『あ、はい。ちょーし乗りましたすみません。だからその迫力ある笑顔止めるニャシル⁉』
『……ねぇ、なんでクロエさんはシルさんに怒られてるの?』
『人として恥ずかしいことをしたからだよ、のび太くん』
画面外から伸びた腕に首根っこを捕まれて、ズルズルとフェードアウトする黒髪の少女。
何かの断末魔のような悲鳴があがるなか、画面に映り続ける茶髪の少女はカタカタと体を縮込めて震えていた。
『ア ー ニ ャ ?』
『フンミャー⁉ ミャーは悪くないニャー⁉』
『ふふっ、まだなにも言っていないのに』
『おかーさん。こわい……』
『ノエルは良い子にしてようね。あのシルさんは僕もこわい』
茶髪の少女が画面に駆け寄ると、映像はガタガタと揺れる。
先程のように景色がぶれ、再び先程の三人が映った。
ただし、様子が変わらないのは笑みを浮かべる鈍色の少女だけで、幼い少女と白髪の少年は何処か及び腰になっている。
『えっと、それじゃ気を取り直して』
『改めましてこんにちは。シルでーす!』
『『……』』
『んー? 二人とも声が聞こえないですよー?』
『ベ、ベル・クラネルですっ』
『ノ、ノエルはわるいこじゃないよ……?』
三人の中のヒエラルキーが確定したところで、撮影者が強引に話題転換を試みる。
『ど、ドラえもん、例のものを』
『……この空気のなかでだすのー?』
しょうがないなーと何かを弄る音がした後、画面にニュッと人間ではない手が現れる。
その手が持つ石鹸を受け取ったベルは戸惑いを口にした。
『これは……?』
『ちょっとしたパーティーグッズだよ。それで顔を拭いてみて』
『えへへ……』
『嫌な予感がするんだけど』
結局、声の指示する通りにする白髪の少年。
石鹸をもって厨房の水洗い場に行くために画面からフェードアウトし、そして「ほ、ほわああああ!?」と言う間の抜けた絶叫が響いた。
『ちょ!? 目が取れたんだけど!?』
『それは福笑い石鹸って言ってね。顔のパーツを外して福笑い……って言ってもこっちだと伝わらないか。えーと、パズルみたいにできるひみつ道具だよ』
『僕たちの世界だと正月は皆福笑いで遊んでいるんだ』
『異世界恐ろしいトコロッ!?』
盛大に福笑いと言う文化に対しての誤解を異世界に植え込みつつ、取れたパーツを拾い集める子供の手。
『それじゃあ福笑いやろうかノエルちゃん』
『や、やだ!』
『そりゃそうだ』
白髪の少年の顔がジャガイモの様になってしまって、ショックを受けているらしい幼い少女。
撮影者や子供たちの説得により、白髪の少年にはなんの害も無いことを約束すると、恐る恐るパーツに触れる。
『これを、どうするの……?』
『目隠しをして、ベルの顔に戻るようにくっつけるの!』
『目隠し!? 絶対ちゃんとした形になりませんよね!? 僕の顔大丈夫なの!? ちゃんと元に戻……』
顔のパーツが取れた白髪の少年をスルーしつつ、説明が終わる。
早速少年の特徴的な
『……ぷふっ』
『ちょっと!? なんで笑ったんですかリューさん!?』
『も、申し訳ありません。クラネルさん』
画面外の人物の噴き出す音はテープの中にも記録されていた。
余りの不意打ちに思わず漏れてしまった口内の空気。途中でなんとか漏れないように口を閉じたのだろうが、そのせいでより我慢できなかった音が際立っている。
『ニャハハハハハっっ!? 白髪頭の目がぐりんって!』
『ご、ごめん冒険者くん。これは我慢できない』
先ほどフェードアウトした茶髪の少女と、これまでの人物たちとはまた別の少女の声。
バンバンと机を叩く音が二人のツボの嵌り具合を表す。
『つぎは、これ』
『あははっ、ノエル~、それは鼻じゃなくて口だよ』
『え? まちがえ、ちゃった?』
『ノエルはうっかり屋さんだな~』
『鼻じゃなくて口ってどういうこと!? 僕の顔今どうなっているの!?』
オロオロと右往左往する少年の顔。
悲鳴じみた声が国産するが、その声を発している口は顔の中心にある。
鼻と間違えたにしても高すぎる位置だ。
いよいよ爆笑の渦となる一同。
少年の顔は火を噴きそうなほどに真っ赤だ。
『私もやっちゃおーっと。それ‼』
『あだぁ!? シルさん!?』
『僕は鼻を口にする!』
『のび太君!?』
『ミャーにもやらせるニャ!』
『あーーーーれーーーーーーーー!?』
もみくちゃにされながらパーツを顔にくっつけられていく。
コボルトの群れもかくやといった勢いにあっという間にバランスを崩した少年はされるがままだ。
そして、最後の一つである眉毛をノエルがくっつけ、ようやく福笑いは完成を迎える。
『絶対直ってないって視界でもう分かるんですけど』
『ニャハハ!? ニャハハハハハハハハッッ!? ガフッ‼』
『笑いすぎて過呼吸起こしてるニャ。やっぱアーニャはアホだニャ』
白髪の少年は残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか、元には戻っていなかった。
遠すぎる両目の距離。
鼻と間違えた口は耳輪の頂点よりさらに上に付けられている。
口代わりに付けられた鼻は横向き……かと思いきや、なんとまさかの縦。顎からはみ出ている。
眉毛は目の近くに張ろうとしたようだが、右眉は前髪の位置に置かれ、微妙に浮き上がり、左眉は右斜めに寄りすぎている。端っこが微妙に目と重なっているため、痒そうだ。逆さまつ毛と言うレベルではない。
こうして世にも奇妙な顔となってしまった白髪の少年。
さぞ、落ち込んでいるだろうと思いきや。
『お、おとーさん、ごめんね』
『うぅ……』
『ちゃ、んと、なおすから……』
『ううう……がおお! ゆるさないぞー!』
『きゃー!』
意外とノリが良かった。
失敗を気にしていた幼い少女に気を遣わせないためでもあるだろう、まるでごっこ遊びに出るモンスターのように幼い少女を追い掛け回す。
幼い少女は悲鳴を上げて逃げ回るが、その表情は笑顔だ。
『僕に捕まったら仲間にしてやるー!』
『わーベルさんに捕まっちゃうー! 逃げろ逃げろ~』
『まずはのび太君からだ~』
『グエー』
『次に捕まるのは誰だー!』
『レベル4のミャーがレベル2の白髪頭に捕まるワケが……ニャハハ!? ちょ、顔で笑わせるの反則……!』
顔のパーツが滅茶苦茶なので走りにくいというハンデがありながら、運動神経が残念過ぎる眼鏡の少年と、余裕ぶっこいていたら迫りくる変顔に笑って自滅した茶髪の少女が捕まる。
するとどこからともなく例の青い手が石鹸を画面外から渡し、二人も福笑いの末にそれぞれの変顔を披露することになった。
『こうなったら出木杉も道連れだ!』
『あっ、あんなところに答案を持った先生が』
『えっ、どこどこ……って騙したな出木杉ー‼』
眼鏡の少年が同年代の少年少女を追い掛け回す。
全く捕まえることは出来ていないが、3人とも笑顔だ。
『ニャハハ‼ おミャーたちも仲間になるニャー!』
『ちょ、本気で追ってくんなバカ猫!?』
『少年だって子供の手前自重してたニャ!?』
『くっ、こうなれば二人を犠牲にしてでもシルを守らなくては‼』
『『おい、馬鹿エルフ!?』』
微笑ましい子供たちとは対照的に、こちら側は割と必死だ。
何故かブリッジの体勢で追いかけてくる茶髪の少女から汗を流しながら逃げる一同。
お互いを盾にしながら我先にと逃げるが、その口元には皆、笑みを浮かべている。
『コラァッ‼ 五月蠅いよアホンダラァ‼』
さて、営業はまだしていない様子とは言え、酒場で騒いでいる以上、当然の様に酒場の店主が現れた。
樽が擬人化したかのような巨体を持つ、酒場の女主人はその外見通り、騒いでいた少年少女たちには恐るべき存在であったらしい。
各々慌てて釈明の言葉を口にしだす。
『ゲェ!? み、ミアかーちゃんッッ!?』
『ち、違うんです!? これには訳が……』
『そうだよ! 仕事をさぼってビデオ撮ってたなんてことないよ!』
『へぇ?
一斉に振り返った3つの変顔を不意打ちで見せられた女主人が思わず怒気を霧散させる。
腹の外から絞り出すような豪快な笑い声が響き、つられて他の面々も笑った。
誰もかれも笑っていた。
悩みも、不安も、未来も、別れも、今だけは全てを忘れて。
幼い少女も、満面の笑みを浮かべ、この一時の幸福を享受する。
そんな思い出の一ページを記録し続けていた画面は、プツン、と切れる。
ここから先に映像はない。どうも、充電切れになってしまったらしい。
1976年の最先端とは言え、未来から見ればまだまだ発展途上の技術。稼働時間もひみつ道具とは比べ物にならなかった。
ガチャリ、とビデオテープを取り出す。
辺りは先ほどまでの笑い声の残響すら残らないほどに静かだ。
そんな静けさを悲しむように、ビデオテープに光が反射する。
ビデオテープはケースに収められ、『ダンまち世界の思い出』のタイトルが見えるように、また元あった場所に保管されたのだった。
ふくわらい石けんは国辱超人様からのリクエストです。
コメントありがとうございます。
現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。
家族らしいことって何だろう→ホームビデオを使うエピソードがあると面白いかも→あれのび太たちの時代ってホームビデオあったっけ→VHSってちょうど1967年販売じゃん⁉
こんな流れで本エピソードはできました。
まだ高価なものですから、のび太の家にはないでしょうけど、出木杉の家ならありそうですよね。
神会開催! ベルの二つ名!
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秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
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千の小道具《サウザンド・ガジェット》
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狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
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魅成年《ネバー・ボーイ》
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不思議玩具箱《ワンダーボックス》
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超耳兎《エスパル》
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奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
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開封兎《エルピス》
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幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》