小さく、地面が揺れた気がした。
地震かと思い、慌てて周りを見渡すが、店に吊られた干し肉は揺れている様子はない。
気のせいだろうか、とドラえもんはため息をつく。
【ガネーシャ・ファミリア】が
そこには、この世界に来て初めての友達であるベルもいる。
友のことを思えば、ドラえもんやのび太も協力を惜しむつもりはなかった。
だが、本来はこの世界の住民ではない人間に危険な橋は渡らせることは出来ない、と至極真っ当に諫められては反論もできない。
「待つしかないって辛いね」
そう声をかけてきたのは出木杉だ。
普段は年齢に見合わない、落ち着いた態度の子供だが、流石に今は冷静ではいられていないようだ。
「クラネルさんは……その、戦っているんだよね」
「大丈夫だよ。危険になったら逃げるって言っていたし……」
「それでも、何かあったら死んじゃうかもしれないんだ」
出木杉の言葉にドラえもんは返す言葉を出せなかった。
何十年と戦争をしていない。平和な国に生まれた彼らには、ある日友達が戦場に行ってしまうという非日常に実感が追いついていないのだ。
ベルが死ぬ。そう言われても、戸惑うことしかできない。
頭ではそういう世界だと分かっていても、未だに心の整理が出来なかった。
「与謝野晶子の気持ちが少しだけ分かった気がするよ」
「……『君死にたまふことなかれ』だね」
「未来から来たドラえもんでも分かるんだ」
「細かい内容までは知らないけどね」
『君死にたまふことなかれ』
それは日本の有名な詩人である与謝野晶子の代表作ともいえる詩だ。
日露戦争に向かう弟の
日本人ならば、一度は耳にしたことがあるその詩に込められた苦しみが、今の出木杉には少しだけ理解できた気がした。
「まあ、籌三郎はその後ちゃんと帰ってきたんだけどね」
「そうなのかい? てっきり戻ってこなかったんだと思ってた」
「だから、僕たちも心配する必要はないさ。きっと」
そう、自分に言い聞かせる。
そんな形でお別れなんてしたくない。
友達の亡骸など、見たくはないのだ。
「……ひでとしとどらえもん、またむずかしいこといってる」
「あーやだやだ。ああやって難しい知識を並べれば頭が良いって思ってるんだ」
「のび太は頭の悪い人代表みたいな嫉みをまずは何とかしたらどうだい」
「べー、だ」
のび太やノエルも普段通りに振舞う。
ただ、その態度は何処か空元気のように感じられた。
「……おとーさん、だいじょうぶかな?」
「大丈夫さ! この前だって見ただろう! ベルは強いんだ。モンスターに囲まれてもファイアーボルドーでイチコロさ」
「ファイアーボルドーじゃなくてファイアボルトだよ。ファイアーボルドーだと燃えるワインだ」
「それはそれで強そうだね」
不安を振り払いながら軽口を叩く子供たち。
4人の前にぬっ、と大きな影が立ちふさがる。
「「「あ……」」」
「口より先に手を動かせってんだこのアホンダラァ‼」
「「「ご、ごめんなさい~!?」」」
怒れる店主の号令を受けて慌てて仕事を再開すのび太・出木杉・ドラえもん。
足が動かせないノエルはそのまま応援だが、子どもたちは汗水を垂らして【豊穣の女主人】の中を駆け回る。
(なんだってこんなに仕事が多いのさ! 今日はお客さんなんて全然入ってないじゃないか!)
(お馬鹿‼ ミアさんに聞かれたらまた説教だぞ‼)
のび太とドラえもんが小声で言い合いしつつ、テーブルを拭いていく。
全く客がいない時くらいサボらせてほしいと、元来怠け者ののび太はぼやいた。
それが万が一にもミアの耳に入れば、連帯責任で自分までお仕置きを喰らいかねないとドラえもんが注意した時、出木杉があることに気が付く。
(……いや、のび太君の言う通りだ)
(出木杉君!? なにを……)
(いや、サボろうって話じゃなくて、今日はお客さんがいないのに働かされるなんておかしいって話)
【豊穣の女主人】で子供たちが勤務し始めて数十分が経過する。
それまでの間に入った客の数はゼロ。ホール内も伽藍洞だ。
この店が全く人気のないと言うなら残念だったと言えるが……
昼時には主婦層をターゲットにした営業でいつも盛況だったはず。
何故、今日だけは客がやってこないのか。
まるで、予め人払いをしているようだ。
(それに従業員たちの動きも変だ)
(変?)
(緊張しすぎていると言うか……あのアーニャさんやクロエさんが休んでいないんだよ? お客さんが全然来ないのに)
のび太に匹敵するサボリ魔二人が、まるでその気配を見せない。
それどころか、いつも以上に気を張っているように思える。
「【ガネーシャ・ファミリア】とクラネルさんの無事を祈って待っているだけ。そんな状況じゃなくなっている気がするんだけど」
「「……」」
出木杉の言わんとしていることを感じ取った二人は無言になる。
何かあるんじゃないか? 漠然とした予感が3人に芽生え、形になろうとした時、状況が動いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
足音を立てないように3人の男たちが忍び歩きで【豊穣の女主人】に向かう。
彼らが、都市の中でも絶品と名高い女店主の料理を目当てに来た客でないことは、態々裏口から入ろうとしていることや、世間を騒がせ続けているその白装束の装いからも明らかだ。
「ここか?」
「こんなところに逃げおおせていたとはな」
「しくじるなよ……今度逃がせば大目玉どころか、粛清されかねん」
狂信者たちは狭い通路に声が響かないよう、慎重に会話を行う。
子ども一人は軽く入れることが出来そうな丈夫かつ、大きな袋を背負う彼らは、壁から覗き込むように中の様子を伺った。
「……誰もいないな」
「アレがいるのは恐らく二階だろう。そうなるとあの窓から見える階段に向かうか」
「なに、ここは大胆に行くべきだ。見つかったら面倒だが、俺たちにはヴィトー様から頂いた切り札がある」
そう言って狂信者の一人は、下卑た笑いを顔を覆う布越しに見せる。
懐に入れられた手は赤い手帳のようなアイテムを覗かせていた。
他の二人も頷くことで同意を示した。
その言葉を契機に、機敏な動きで【豊穣の女主人】内に忍び込む3人。
迷いなく、淀みなく行われるその行動は、決して今回が初めてと言うワケではないのだろう。
邪神から
「あーあ。結局言われた通りに面倒ごとが来た」
「がっ!?」
しかし、それはあくまでも器の昇華を果たしていない者が見たら、と言う前提が付く。
気の抜けた声が聞こえ、怪訝に眉をひそめた瞬間。
ドゴンッ!、と人体から鳴ってはいけない音がさく裂した。
「なっ……!?」
「どこから現れたんだこの女!?」
「はいはい。いつも同じ台詞ばっかり。昔を思い出してうんざりする」
仲間がやられた。
時間がかかりながらも、そう飲み込んだ2人が気色ばむ。
臨戦態勢に入り、剣呑な殺気をまき散らす狂信者たちだが、突然現れたヒューマンの少女は全く気にした風に見えない。
「こっちはいきなり妙な仕事振られて苛ついてんだよね。ポーカーでアーニャがクロエを買収さえしてなかったら……」
「なにワケ分かんねぇことを‼」
「うん。分かってもらう気はないし。取り敢えずお前らのせいで、私が迷惑かけられて腹が立ってるってことだけ分かっていればいいから」
そう言って殴り掛かる少女。
痛快な音を立てて崩れ落ちる相方を見た狂信者は、少女が自分より数段格上……第二級冒険者並の実力者だという事を理解する。
なんでそんな奴がこんな酒場にいるんだ! と叫びながら、そんな相手でも問題なく御せる切り札を取り出した。
悪魔の様な顔が描かれた手帳型のひみつ道具。
それこそが狂信者たちの切り札。
手帳の表紙に描かれた文字は『PASSPORT Of SATAN』。
「これでも見やがれ!」
「は? これがどう……」
「俺はガキを誘拐しに来ただけだ!」
「あっそ、勝手にどうぞ」
酒場で居候している子供を誘拐する。
そんなことを言われれば、激怒するのが人と言うものだが、手帳を見せられた少女はそれをあっさりと受け入れた。
まるで、それが悪いことだと認識していないように。
【悪魔のパスポート】
これを提示すれば、
最低最悪のひみつ道具である。
「ヒヒヒッ……そうさせてもらうぜ。だが、その前にお前にはたっぷりお礼をしてやらないとなぁ!?」
自分では及びもつかないような強者をいいようにしてやった狂信者は、ゲラゲラ笑いながら拳を振りかぶった。
ただ、目的を達成してやるだけじゃ生ぬるい。
女のくせに自分の肝を冷やさせたこの女を、思う存分に甚振ってやると嗤う。
悪魔のパスポートのおかげで、今の自分の行動も悪事と認識できていないらしき少女に拳がぶつかる直前。
「──触れるな」
凛とした声と共に、狂信者の顎に衝撃が走る。
固い木材の様な感触と、粉々に割れた顎の骨の音を感じながら、狂信者の意識はそこで断絶した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やはり、
狂信者たちを縛り上げ、悪魔のパスポートを回収したリューは呟いた。
「人を言いなりにさせるひみつ道具ですか。レベル4であっても防げないとは恐ろしい」
「ミャーたちもリューがこいつをぶちのめすまで違和感を覚えなかったからニャー」
特に従業員の中でも訳ありであり、レベル4と言う高い戦闘能力を有するウェイトレスたちは、各々の経験を活かし、店の周りの警護を行っていたのだ。
その際に特に警戒したのがひみつ道具である。
そこで考えられたのが今回のフォーメーションだ。
まず一人が発見した構成員を対処し、残るメンバーは少し離れた位置で待機する。
こうすれば、一人がひみつ道具の効力にかかっても、他のメンバーが対応できる。
待機するメンバーも視覚を封じたリュー、耳を抑えて外音を遮断したアーニャ・高い【耐異常】のアビリティを持つクロエと、どのような能力が来てもいいように対策を行っていた。
「いやーおとり捜査ご苦労! ぶっちゃけかませみたいな役割だったニャ!」
「オイコラ喧嘩売ってんなら買うぞ陰険猫」
あっはっはと笑いながらルノアの肩をバシバシ叩くクロエ。
ルノアとしてはひみつ道具で自身の思考を捻じ曲げられたわけだから、心中穏やかではいられない。
因みに囮役はポーカーで負けた人間が行うことになっていた。
駆け引きを元の派閥で叩き込まれていたリューや、腹黒でお馴染みのクロエならばともかく、アホのアーニャならば負けることは無いと高を括っていたルノアは、クロエをお菓子で買収するというまさかの奇策の前に敗北し、囮役を就任するに至る。
「まあ、実際にあそこまで不味い効果だったとは思わなかった。あれをいくつも使えるとは思いたくないけど……
一通りルノアをからかっていたクロエだが、
あの時、待機していたメンバーでも、視覚を封じて悪魔のパスポートを視認することが無かったリュー以外は、ひみつ道具の効果にかかり、動くことが出来なかった。
リューが動いた時も、一瞬、何が起きているのかクロエですら把握できなかったのだ。
「……ノエルやのび太が攫われそうなのに全然嫌に思わなかったニャ……」
「アーニャ、気にしなくていい。あれはひみつ道具に思考を歪められた結果だ」
今回の対策を行っていてよかった、とアーニャは思う。
下手をすれば、正面から押し入った敵にあのひみつ道具を掲げられ、子どもたちを連れ去られていたのかもしれないのだから。
「しかし、彼らの反応は妙だ」
「ん? 何か気になる事でもあった?」
「はい。ルノアが迎撃に出た際、「なんでこんな奴がいるんだ!」と叫んでいました」
「ニャ? そうだったかニャ?」
「はいアーニャはアホニャー。ついさっきあったばかりの事なんだから、覚えとけって話ニャ」
「フンニャ―!? ミャーはアホじゃないニャ!」
キャットファイトを始めるアーニャとクロエを無視して、リューは自身の感じた違和感を口にした。
「……犯罪予告じみた手紙を送っておいて、何故、警備がいることを驚いていたのでしょうか」
「私がウェイトレスの格好をしてるからじゃない? 警備をするような人間には見えないだろうし。私たちが戦えることを驚く奴なんてこれまでもいたじゃん」
「そうとも取れますが……」
引っ掛かりを覚える。
そんな様子のリューに他の3人も違和感を覚え始めていた。
しかし、その答えが出る前に、ウェイトレスは突如現れた気配に身構えた。
「!? いきなり気配がっ!?」
「見逃してたの……?」
「いや、これはむしろ……」
「いきなり現れてきたニャ!」
窓越しに見える人物には特徴的な十字傷。
他にも何人かの人物を引き連れている。
見慣れない装いは彼らがオラリオの……延いてはこの世界の外から来た人間であることを示している。
「殺し屋ジャック……!」
その中でも、世界規模の指名手配をされたという危険人物をリューは睨みつけた。
ご存知なんでこんなもん売ったと言われるひみつ道具の代表格です。
でもよく考えたらイシュタル・フレイヤ・ソーマ・何ニュソスとダンまちキャラでも似たようなことできる奴がちらほらいる恐怖。
神会開催! ベルの二つ名!
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