ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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アブダクション

 目が覚めた時、まず感じたのは埃を伴った風だった。

 続いて熱く、沸騰するように全身を貫く痛み。

 

(……な、なにが?)

 

 体が重りになったかのように動かない中、ぼんやりとした視界から情報を欲する。

 視界の半分近くを目尽くす木造の床。どうやら、自分は倒れているらしい。

 木片があちらこちらに転がっていることから、部屋が壊れるような何かがあったのは理解できた。

 

「うっ……みんな、大丈夫かい?」

「目がグラグラする……」

「のび太君もノエルちゃんも怪我はしてないみたい」

「だい、じょうぶ」

 

 出木杉の視界には映っていなかったが、子どもたちは全員無事らしい。

 よかった、と安堵している暇はない。この攻撃は闇派閥(イヴィルス)と無関係だと楽観することは出来ないのだから。

 

「ここから離れよう。また攻撃をうけるかもしれない」

「でも、体が動かないよ」

「ロボットの僕は動けるから、掴まって」

 

 ドラえもんがのび太を連れて移動し始める声が聞こえた。

 出木杉もノエルを移動させようと、這うように腕を動かす。

 

(確か、ノエルちゃんの声はこっちから……)

 

 いつ敵が襲ってきてもおかしくないという恐怖から目を逸らしつつ、出木杉はノエルの姿を求めて懸命にさび付いた首を動かす。

 やがて、ベッドの傍に倒れているのを発見すると、その手を掴もうと手を伸ばした。

 

「ノエルちゃん、僕に掴まって」

「う、ん」

 

 出木杉と同じように倒れ伏した彼女は、近くに見える壁の大穴から流れた風に髪を揺らされながら手を伸ばした。

 じりじりとお互いの手が近づき、あと少しで接触しようという瞬間。

 ノエルの姿は出木杉の前から忽然と消えた。

 

「……え?」

 

 人が何の脈絡もなく唐突に消えると言う事態を飲み込めず、呆然と声を漏らす。

 真っ白になった頭はその片隅で、これは夢なのだろうか、と言う現実逃避を始める。

 

「よしっ、次は出木杉君と……ノエルちゃんは?」

 

 全く働かない頭が再起動を果たしたのは、のび太を避難し終えたドラえもんの声が聞こえたからだ。

 ノエルがいない、その事実に出木杉の中で急速に焦りが噴き出す。

 

「ドラえもん! ノエルちゃんがっ」

「で、出木杉君? どうしたの?」

「目の前で消えたんだ! 僕の、目の前からっ‼」

「落ち着いて、出木杉君!?」

 

 ドクドクと心臓の嫌な鼓動がうるさい。

 高速で空回りを続ける脳が空気を求めて乱暴に喉を酷使する。

 異常事態(イレギュラー)を前に、出木杉はすっかり冷静さを失っていた。

 

「すぐに追ってッ、でも、何処に、誰がっ!?」

「……っ‼ まずは君も避難するんだ!」

 

 混乱し続ける出木杉を見て、何とか落ち着きを取り戻したドラえもんが少年を引きづる。

 2階の別の部屋に出木杉を放り込むと、「大人を呼んでくる!」と言い残し階段を下って行った。

 残された出木杉とのび太はベッドに横になった状態だ。

 

「出木杉。さっき、ノエルちゃんが消えたって」

「……ごめん」

「大丈夫だよ。何とかなるって」

 

 気を使われている。

 そう感じると、出木杉は自分が無性に情けなくなった。

 

「取り敢えず、ドラえもんが戻ってきたらひみつ道具で治して貰おう。そして、ノエルちゃんを助けるんだ」

「君は、凄いね」

「……? 友達を助けるのは当然でしょう?」

 

 のび太の言葉に曖昧に笑みを返すと、出木杉は目を瞑った。

 ノエルを助ける。当たり前のことなのに、先ほどまでの自分は目の前で起きた出来事に動転するばかりだった。

 

(考えるんだ。ノエルちゃんは何処に行ったのか)

 

 子どもを攫うような犯罪組織がオラリオにどれだけいるかは分からない。

 出木杉のダンまち知識は中途半端なものだし、この世界に来て、漫画だけでは分からなかった世界観などもあるのだから。

 ただ、人が忽然と消えた異常な出来事。

 この世界の魔法やスキルは案外不便……と言うよりは制限の大きなものが多い。そう考えると、魔法やスキル以外の手段での誘拐だったと考えられるはずだ。

 そんな出鱈目な手段を出木杉は良く知っている。

 

「ひみつ道具……」

「ん? どうしたの?」

「この世界でひみつ道具を使えるのは、クラネルさんと闇派閥(イヴィルス)だよね」

「うん。ドラえもんもイビルスがひみつ道具を使っていたみたいだったって言っていたし」

(やっぱり、ノエルちゃんは闇派閥(イヴィルス)に誘拐された可能性が高い。だったら、連れていかれる場所は彼らのアジトが自然だな)

 

 冷静さを取り戻した出木杉は今後の方針を急速に打ち出す。

 すると、ドアをノックする音が聞こえた。

 何かを警戒するようにあたりを見渡しながら、ゆっくりとドアを開くドラえもんの姿に、出木杉とのび太は嫌な予感を覚えずにはいられない。

 

「……」

「ドラえもん? 下の人たちは……」

「石になってた」

「……え?」

 

 石になっていた、という余りにも現実感のない言葉に出木杉は戸惑いの声を上げる。

 魔法がある世界だ。そのようなことがあり得ないとは言わないが、素人目に見ても強かった【豊穣の女主人】の従業員たちがこんなにもあっさり無力化されるとは。

 

(不味い……それはつまり、ここの守りが無くなってるってことだ)

 

 ドラえもんもそれを理解したのだろう、トンボ返りする形でこの部屋に戻ってきたのだという。

 おもちゃの兵隊を部屋の外に配置し、守りを整えたドラえもんは更にポケットを弄った。

 

「多分、石になっているのはひみつ道具の【ゴルゴンの首】が原因だと思う」

「どうしてそう思うんだい? この世界なら魔法や呪詛(カース)の可能性もある」

「近くに箱が転がっていたからだよ。二人とも、すぐに動けるようにするからね。石になっていたみんなの傍には箱しかなかった。肝心のゴルゴンの首の本体は抜け出していたんだ」

 

 ちょっと待って、と出木杉は叫び出したかった。

 人を石にするような恐ろしいひみつ道具が自律行動が可能なのか。

 

「なんでそんなものを売っているんだい……」

「使いこなせば便利なものだから……」

「動き回れるようにする必要はないんじゃない?」

 

 のび太の正論が虚しく響く。

 つまり、今の状況は【豊穣の女主人】の守備が壊滅、近くには人を石に変える化け物がいるわけだ。最悪すぎる。

 

「みんなはそのままにしてきたの? ドラえもんなら治せるんじゃない?」

「ごめん、敵がどこにいるのか分からなかったから、急いで逃げてきたんだ」

「それでいいと思うよ。ブービートラップの可能性もあったんだし、ここはドラえもんの判断が正しいと思うよ」

 

 石化した仲間を救うために近づいたところを不意打ち、なんていかにもありそうな展開だ。

 ドラえもんがいなくなったらこちらの対抗手段がなくなる以上、仕方ないことだと出木杉は不満げなのび太を諫める。

 

「これじゃない、あれじゃない、それでもない……」

「ドラえもん、道具はしっかり整理しておいたほうがいいよ」

「たまにしてるけどすぐに散らかっちゃうんだ」

 

 目当てのひみつ道具が見つからないのか、ドラえもんは四次元ポケットから手当たり次第に物を放り出す。

 積み重なっていくガラクタを見ていると、嫌でも焦りが煽られてしまい、出木杉は現状を確認した。

 

「ドラえもん。僕たち以外のみんなが石になってしまったのかい?」

「ううん、ミアさんとかリューさんは石になっていたけど、シルさんだけは姿が見えなかったな」

「逆に言うとそれ以外の非戦闘員は全滅したわけだ」

「シルさんも隠れているのかな……?」

 

 上手く逃げ切れたのか、今の自分たちのように隠れたのか、それとも他の用事があって店にはいなかったのか。

 どちらにせよ、シルは底知れない所はあってもあくまでも一般人。宛てにすることは出来ないだろう。

 

(何かを隠している気はするけど、正体が凄腕の冒険者っていう秘密でもない限りはここでは無意味だ)

 

 断片的な情報しか知らない出木杉は、シルを無理に探すことは諦めた。

 嫌な話だが、敵に見つかるリスクと彼女と合流するメリットは今はないのだ。

 

「僕たちが最後にリューさんと会ったのはあの部屋にいるように言われた数十分前。そこからさっきの爆発までにみんながやられたんだね」

「ゴルゴンの首は光線を浴びただけで動けなくなるから、戦闘なんて起こりようがないしね」

「あれ、じゃあさっきの爆発はなんだったの?」

「……確かに戦う間もないなら、のび太君の言う通りあの爆発は妙だ。あれは攻撃じゃないのかも」

 

 攻撃じゃないとするとあれは何のためにやったことなのか。

 決まっている。ノエルを誘拐するためだ。

 

(あの爆発は僕たちへの攻撃じゃない……でも、ノエルちゃんを爆発で誘拐する効果のひみつ道具なんてあるのか?)

「ドラえもん、爆発でノエルちゃんを誘拐できるひみつ道具ってない?」

「うーん……ちょっと分からないなぁ。爆発こしょうは人を爆発的にくしゃみさせる効果だから違うだろうし」

 

 ひみつ道具に最も精通しているドラえもんがこの反応。

 すると、ノエルを直接誘拐するのに爆発を使ったわけではないかもしれない。

 

(なら、あの爆発で僕たちが転んだ以外に何があった?)

 

 懸命に頭を回す。

 あの時の情景を出木杉は口に出しながら思い起こした。

 

「爆発して……倒れて……風が吹いていて……木片も……あっ」

 

 風が吹いて、木片が転がっていた。何故か。爆発で部屋に大穴が開いていたからだ。

 つまり、あの爆発は部屋に穴をあけるためのものと言うことになる。

 

「何のために壁に穴を? ……そうしないとノエルちゃんを攫えないからだとしたら……‼」

「出木杉? 何か分かったの?」

「ドラえもん、空間が繋がっていること、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()ひみつ道具はないかい?」

「うーん……?」

「……あっ、ドラえもん! 【手にとり望遠鏡】じゃない?」

 

 出木杉の質問にドラえもんは唸るだけだったが、反応を返したのはのび太だった。

 

「前に使ったことはあったけど、泥棒猫を捕まえようとして間違えて猫を追いかけていたおばさんを捕まえちゃったことがあったんだ!」

「そう言えばそんなことがあったような……」

「あの時凄い怒られたから覚えてた」

 

 流石は普段からひみつ道具を使っては痛い目を見ているだけはある。

 嫌な記憶と言うのはのび太レベルの脳みそであっても思い出しやすいらしい。

 

「お手柄だよ野比君。ドラえもん、そのひみつ道具はどのくらいの距離まで使えるんだい?」

「君たちの時代の望遠鏡くらいだよ。こう、手の平サイズの」

「つまり、ノエルちゃんやノエルちゃんを攫った奴はまだそう遠くないってことだ!」

 

 この場合、最悪だったのは相手がアジトにいながら攫った場合だ。そうなればもう打つ手はなかった。

 しかし、望遠鏡から覗ける程度の距離ならば、追いかければ捕まえられるかもしれない。

 

「すぐに追いかけないと‼」

「駄目だ。僕たちだけだと危険すぎる。まずは皆の石化を解除して、こっちの仲間を増やすんだ」

「なら、ゴルゴンの首を捕まえないとだね。そのためには、君たちの怪我を治さないと……あった!

 

 メタリックなカバンを四次元ポケットから取り出したドラえもんは二人の怪我を治療する。

 未来の医療技術によってたちどころに回復した二人はベッドから起き上がった。

 

「それで出木杉、どうやってゴルゴンの首を捕まえるの?」

「ゴルゴンの首によって石にされるのは人間だけ?」

「うん。僕みたいな高度なロボットも石にされることはあるけど」

「なら、おもちゃの兵隊で大丈夫かな。彼らに探索してもらって、見つけたら後ろからどこでもドアで奇襲をかけよう」

 

 あっという間にゴルゴンの首捕獲作戦を組み立てる出木杉。

 ドラえもんもゴルゴンの首は亀くらいの速さだからそれで大丈夫だと太鼓判を鳴らす。

 のび太は途中から分からなくなったが取り敢えず腕を組んで頷いておいた。どこが分からないのかも分からないので質問のしようがないのだ。

 

 そんな子供たちの会議だったが、彼らの立てた作戦が実行されることは無かった。

 

「ゴルゴンの首は頭の上の蛇を引っ張れば石化を解除するから、捕まえたら……」

「なるほどな、こうするのか」

「えっ?」

 

 カチリッ、と何かが作動した音が部屋に響く。

 弾かれたように3人が声の聞こえた扉を見ると、そこには黒髪の猫人(キャットピープル)が立っていた。

 

「なっ……おもちゃの兵隊に守られているはずなのに!?」

「あのみょうちきりんな玩具はテメェの仕業か青狸。数だけ揃えた鈍間なんざいた所で無意味なんだよ」

「僕はタヌキじゃな~いっっ!?」

「ど、ドラえもん、落ち着いて……!?」

 

 どう考えても友好的ではない眼光をぶつけてくる相手に、反射的にいつもの行動を取ってしまうドラえもんをのび太は懸命に抑えた。

 

「貴方は【フレイヤ・ファミリア】の……」

「……はっ、下らねぇゴミだな」

 

 前にのび太の暴走で本物電子ゲームDSに取り込まれてしまったことがある、【フレイヤ・ファミリア】の副団長、アレン・フローメル。

 その手に持つ沈黙した石像は、今から捕獲しようとしていたゴルゴンの首だ。

 アレンは石化を解除し、用済みとなったゴルゴンの首を放り投げ、槍で真っ二つに切り裂いた。

 

「な、なんでここに……?」

 

 あの一件以降、接点が無かった第一級冒険者の登場に出木杉が疑問を浮かべる。

 

「奔放娘にいいように使われただけだ」

「アレンさん? その言い方はないんじゃないかなーって思うんですけど?」

「そう言われるのが嫌なら大人しくしていてもらえませんかね。こっちも暇じゃないので」

 

 ドアの向こうからひょっこりと顔を出したのはシルだった。

 背後には2M程の大男である【猛者(おうじゃ)】を連れている。

 更にそのまた背後で壁に減り込んでいるおもちゃの兵隊たちはご愛敬。

 

「みんな、怪我はない?」

「はい。それよりシルさん、この人たちは……?」

「ちょっと危なくなってきたから、知り合いの冒険者様たちにお願いして護衛してもらってるの」

「そ、そうですか」

 

 第一級冒険者が知り合いとは、この女性はいったい何者なのだろうかと出木杉はやや引き気味に頷いた。

 戦力的にアテにはならないが、底が知れない。

 

「……ノエルはここにいないの?」

「ごめんなさい……連れていかれちゃいました」

 

 ノエルの所在を聞かれたとき、出木杉は無意識に震えてしまった。

 目の前で少女が消えてしまったあの衝撃がぶり返したのかもしれない。

 ノエルと本当の親子のように絆を深めていたシルを直視できず、俯いてしまう。

 

「そっか……気にしないで良いんだよ出木杉君。君たちが無事でよかった」

「でもっ」

 

 あの時、傍にいたのは自分だ。

 もっと自分が上手くやれていれば、彼女は連れ去られなくて済んだのかもしれない。

 少年が無意味で無価値なもしもに押し潰されそうになった時、シルはゆっくりと出木杉に近づいた。

 そして人差し指を少年の顔に突き出し、ぐるぐると目と鼻の先で回し始める。

 

「出木杉君は元気になーる、元気になぁーるー」

「あ、あの、シルさん?」

「出木杉君は、笑顔になぁーるー……えいっ」

 

 つんっ、と鼻を押され、目を白黒させる出木杉にシルは母親のように微笑んだ。

 

「元気が出るおまじないだよ。落ち着いた?」

「……はい」

「ノエルのことを一生懸命考えてくれて有難いけど、自分を追い詰めちゃダメだよ」

 

 ……やはり、底が知れない。

 あんなに荒れ狂っていた心は何時の間にやら平静を取り戻していた。

 

「はい! 不毛なやり取りはお終いです。今から下の階のみんなに事情を説明して、ノエルを取り戻しに行こ?」

 

 パンッ、と手を叩き、シルは冒険者や子供たちに指示を出す。

 あっという間に場の空気を切り替えてみせた彼女は、一瞬だけ憂いに顔を歪めたが、それはこの場の誰にも悟られることは無かった。




 Q,どうやってゴルゴンの首を捕獲したの?

 A,石化光線見てから回避余裕でした。

神会開催! ベルの二つ名!

  • 秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
  • 千の小道具《サウザンド・ガジェット》
  • 狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
  • 魅成年《ネバー・ボーイ》
  • 不思議玩具箱《ワンダーボックス》
  • 超耳兎《エスパル》
  • 奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
  • 開封兎《エルピス》
  • 幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》

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