「え……? ここ、は……?」
突如変わった景色に戸惑いの声を上げるノエル。
【豊穣の女主人】の木造りの部屋から、オラリオの建物が乱立する光景に切り替わったことに混乱しながら、目の前から消えてしまった出木杉の姿を求めて首を動かす。
「ひっ」
しかし、傍にいたのは最近ずっと一緒にいた子供たちの姿ではなかった。
そこには、黒いマスクと帽子を被る男と、ローブでその姿を隠した人物しかおらず、しかもノエルの体は黒いマスクの男に掴まれている。
「だ、だれっ!?」
「よし、お前は予定通りこの精霊を連れて例の宿へ向かえ。すでに
質問を無視してノエルを放り出す黒いマスクの男。
乱暴に屋根の上に落下したノエルが呻く中、黒マスクの男の独白は続く。
「全く、あの【名無し】のイカレタおままごとには付き合ってられん。旦那もいい加減あんな奴とは手を切って欲しい所だが……」
「……」
「ほら、とっとと行け。わしはここから奴らの足止めだ。できるとも思えんが、ゴルゴンの首を突破する可能性もある」
黒マスクの男の言葉にローブの人物は返事を返すことは愚か、頷く事すらしなかった。
ただ黙って、ノエルを連れて【豊穣の女主人】とは反対方向に走っていく。
「や、やだぁ!」
ローブの人物から逃れようとするノエルを凄まじい力で連れていく様を見届けると、黒マスクの男は溜息を吐いた。
「ったく……一言も喋らない不気味な奴だ。車の事故で音声機能が狂ったらしいが」
意思疎通が出来ないというのも考え物だ。
作戦がしっかりと伝わっているのかも怪しく思える時がある。
「まあいい。あんな娘を連れていくだけのお使い程度はポンコツロボットでもできるだろう」
望遠鏡型のひみつ道具で【豊穣の女主人】を監視する黒マスクの男は、すぐにローブの人物への興味を無くした。もとより、彼がやるべきことはただ一つ。
留置場に共にいたあのロボットと行動しているのは、ある共通の目的があるからだ。
それさえ果たしてくれるならば、それ以上の期待はしない。
「まさか、この世界にあのガキどもが来ているとはな」
何という幸運だと男は凶暴な笑みを浮かべる。
こちらから行く手間が省けたというものだ。
「おっと……もしや奴が何か言いたげだったのは、俺一人で楽しむなと言いたかったのか? だとしたら……あいつも楽しめる分は残しておかないとだな」
その時、男の脳裏に浮かぶのは白亜紀でのあの忌まわしき事件。
凄腕の密猟者だった男はたった5人の子供たちによって敗北し、タイムパトロールに捕らわれたのだ。
闇の世界は面子商売だ。
様々な幸運に助けられていたとはいえ、小学生程度にやられた自分の名は地に墜ちた。
当たり前だ。子供にやられる犯罪者をどこの誰が恐れるというのか。
脱獄したところで、汚名が変わることは無いのだ。
故にこの世界での
やられたらやり返す、だ。
「そのためにこの時代に逃げ込んだわけだが……まさか、向こうからノコノコやって来るとはお笑い草だ」
確かにいつでも奴らを襲撃できるように、予め調べておいた子供たちがいる時代・町に漫画を隠したわけだが、そこにドラえもんとのび太が来るのは想定外だった。
「【豊穣の女主人】の足止めのついでだ。奴らも血祭りにあげてやる‼」
かつて、恐竜ハンターであった男は【豊穣の女主人】から飛び出した一団を望遠鏡に捉えると、獰猛な肉食獣のように口を裂いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
初めにそれに気がついたのは獣人たちだった。
野性的感覚に優れる彼らは、僅かな空気の動きや聴覚への
更にそこから反応は二つに別れる。
敵の攻撃だと看破して飛び退く冒険者と、防衛能力に乏しい子供たちを守るためにその場に留まったウェイトレスたち。
「あぐっ⁉」
「熱っ⁉ ミャーの陶器のような白いお肌が台無しニャ⁉」
子供たちの前に立ち、突如現れた熱線に呻くアーニャとクロエ。
特にリーチの長い槍を使うアーニャと比べ、小振りな短刀使いであるクロエは攻撃を防ぎきれず、光線の残子に肌を焼かれる。
「っち、愚図が」
そんな二人を見て、普段から不機嫌そうに見える目をより細めたアレンが舌打ちをした。
「アレン、付近に敵はいない」
「分かりきったことをいちいち言ってんじゃねぇオッタル。どうせ娘のお気に入りを拐ったのと同じマジックアイテムだろうが」
マジックアイテムじゃなくてひみつ道具だぞ、と訂正するオッタルの言葉に更に苛立ったように眉を吊り上げるアレン。
うっせぇ! と怒鳴りつつ下手人の視線を感知し、居場所を即座に特定する。
東に800
その屋上に佇むヒューマンらしき黒い覆面を付けた男。
「鬱陶しいったらねぇ。轢き殺してやる」
「ひきころすって、車でも持ってるの?」
「ちょ、のび太君。変な茶々入れないほうが……」
ドラえもんの忠告も空しく、ゴツンと槍の
鼻を鳴らし、改めて標的を両眼に捉えたアレンは、屋根から屋根へ飛び移る猫のように体の重心を低く落とした。そんな彼を尻目に、のび太たちにリューが解説を加える。
「……異世界からやって来た貴方たちでは知らないのも無理はありません。彼は【フレイヤ・ファミリア】の副団長にして、この
瞬間。空気が爆ぜた。
無色の大波に飲まれたかのようにバランスを崩す子供たちを酒場の娘たちが支える。
その時、ドラえもんは聞いた。自信を支えるアーニャが小さな声で、様々な想いが詰められた声で、囁いた異名を。
「……【
この日、オラリオの青空に流星が昇った。
非常におかしな表現だが、その光景を見た出木杉はそう独白する。
余りの速さに姿が線としてしか認識できないという異様さ。
(クラネルさんも速かったけど……全然違う、桁違いだ)
ベルの速さまだ分かりやすかった。
勿論、自分たちの世界のオリンピック選手たちすら霞むくらいの敏捷であったが、それでも、知覚こそできなかったが認識は出来た。
だが、アレンは違う。
結果を知った瞬間には既に行動を終えていたのだ。
まるでビデオで過程のシーンだけを抜き取られて、一つの行動の始まりと終わりだけを見せられたかのような違和感に脳が揺さぶられたかのような錯覚を受ける。
目の前の出来事を現実だと受け止められない。
「は、速い……」
「え? ええ?」
咄嗟に周りを見渡すと、やはりドラえもんとのび太は混乱している様子だ。
実際にフィクション的な超人を見せられた人間はこうなるのか、と半ば現実逃避気味に思っている。
「わー、はっや」
「やっぱ第一級冒険者はおかしいわー」
「……」
一方の酒場の店員たちは少し引きつつも、自分たちのように混乱してはいない。
凄いは凄いけど、この程度なら想像の範疇という事なのだろうか。
この世界に来て最もカルチャーショックを受けたかもしれない。自分たちの非常識は異世界では常識になるらしい。
狙撃の利点をあっという間に潰した
ひみつ道具を使う者が誰かは知らないが、あんな出鱈目戦力に太刀打ちできるはずが無い。そう、少年が考えるのも無理はないだろう。
その時、ここまで碌に口を開かなかった
「……敵方も中々やる」
「え、えっと」
「アレンが仕留めそこなった。狙撃手の位置に辿り着く数瞬前に姿を消したようだ」
出木杉の言葉に律儀に返してくれたオッタルの言葉に、出木杉が弾かれたようにアレンに視線を戻す。
少し遠いから断言はできないが、確かにアレンの向かった先には人っ子一人いないらしい。
(ひみつ道具‼)
そう、滅茶苦茶な
敵はそれで瞬間移動なりなんなりができるのかもしれない。
「ドラえもん、あれって……」
「うん、きっと【手にとり望遠鏡】を応用したんだ!」
ドラえもんとのび太によると、木のような手で取れないくらいに大きなものを掴むとそれに引っ張られて転移してしまうらしい。
「だとすると不味い。ここは建物が多いから、どこへだって逃げ放題じゃないか!」
「物を取る時の応用で、向こうの攻撃まで距離を無視するって言う点も追加で。さっきの熱線はこの機能が応用されたんだと思う」
「何であろうと問題はない。このまま目的地へ向かう」
ドラえもんと出木杉が話し合う中、オッタルは二人の会話を遮った。
それに対し、抗議しようとした二人だったが、オッタルはそれを無視して飛んできた熱線を大剣で払いのける。
「……アレンが轢き殺すと言った以上、余計な手出しは無用。あの矛先を自分に向けられたくなければ、素直にここから離れておけ」
それは同じ女神の眷属を信頼しての言葉には聞こえなかった。
何故なら、そこに感情の熱は込められてなく、ただ当然のことを言っているからだ。焦っている自分たちとの温度差を感じつつ、出木杉は何の根拠もないと反論しようとしたが、のび太がそれを遮った。
「あれ、ミアさんは?」
キョロキョロと周囲を見渡し、【豊穣の女主人】の女将の姿を探す。
大柄なドワーフだから、足が遅くてついてこれなかったのかしら、などと呟いていると全てを理解したらしいオッタルは嘆息した。
「レベル6が二枚……既に過剰戦力だ。ここは奴らに任せて我々は進む」
オッタルは有無を言わせない威圧感で強引に話を推し進める。
これ以上問答する気はないという事だろう。
「それで……お前たちの言う目星とは何だ」
「……僕たちは前にひみつ道具で
「ならばそこに案内しろ。それと、このままでは遅すぎる……加速するぞ」
「えっ」
そう言うとオッタルは、
そして、ショートカットのために建物を飛び越え始めた。
「ミャーたちも行くニャ!」
「ちょっと我慢してねドラ猫君!」
「「うわああああああっ!?」」
続いて、、アーニャはのび太を、ルノアはドラえもんを抱えてオッタルに追従する。
ジェットコースターなど目ではない急加速と、縦横無尽な視界の移り変わりに子供たちの悲鳴が木霊す。
「シル、失礼します」
「うん。お願い、リュー」
最後にリューがシルを抱きかかえ、跳躍した。
シルの負担にならないように振動を最小限にしながら、高い敏捷のアビリティをいかんなく発揮するリューは凄まじい速度でアーニャやルノアを抜き去り、オッタルを猛追する。
晴天のオラリオで、街をパルクールさながらに駆け回る【
そして尾ひれはひれが付きまくった結果、借金に喘ぎ、酒場で食い逃げを働いた都市最強と言う何とも情けない噂が生まれてしまうのだが、今のオッタルには関係ないことである。
ファミリアの団員たちからゴミを見る目を向けられることが確定しつつ、オッタルは出木杉のサポートの下、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……まだ来ないのか」
【豊穣の女主人】を襲撃した後、娘の護衛を警戒してその場を撤退していたジャックは、
しかし、待てども待てども仲間が来る様子はなかった。
(失敗したのか?)
それならば失敗の合図を糸なし糸電話で伝えるはずだが、それすらできないほどに追い詰められているのか。
苛立ちつつ、ジャックは糸なし糸電話のボタンを押した。
ピンポロポン、と言う音が暫く部屋に響き、やがてジャックが再びボタンを押して音を停止させる。
「奴は出ないか。ならば恐竜ハンターはどうだ」
今度は別の糸なし糸電話を使用する。こちらはすぐに繋がった。
男性の息遣いと時折聞こえる破壊音。あまりいい状況でないのは確かだろう。
「おい……」
「今かけてくんじゃねぇ! クッソあの飼い猫野郎‼ 逃げても逃げても金魚の糞だ‼」
「精霊はまだ来ないのか」
「大分前にそっちに……うぉっ!? 無理だ、切るぞ‼」
一際大きな破壊音がしたのち、有無を言わせず通話が切られる。
眉をピクリと反応させたジャックは黙って今の言葉を考えこんだ。
(正確な時間は分からんが大分前、と奴は言った。酒場からそこまで遠くないこの宿に今になっても来ないのは妙だ。伏兵の足止めを喰らっているのか、或いは……)
そこで眼光を鋭くしたジャック。
その視線は虚空に描かれるローブの人物に向けられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いや、はなして……っ」
必死に抵抗するノエルはローブの人物腕を振り払おうと懸命に体を捩る。
大柄なローブの人物の手から落ちてしまえば怪我をしてしまうだろうが、そんなことを考えている余裕はノエルには一切ないようだ。
「ガ……ギガガ……ッ‼」
ローブの人物が人間らしい言葉を一切使わないのも彼女の恐怖を助長させる。
困り果てた様子のローブの人物はやがて仕方ないとばかりに、ノエルを抱きかかえる左手とは反対側の手でローブの中をガサゴソと動かす。
「仕方ない……少し話を聞いてくれ」
「ひぅ……しゃべ、ったぁ」
「そう怯えるな。俺はお前を誘拐する気はねぇ」
「……え?」
突然流暢な言葉を喋り出したその人物にノエルが面食らう中、ローブの人物はキョロキョロと周りを確認する。
「お前をあいつらの所に連れていく気はない。すぐにあの酒場に戻してやるから心配するな」
「なん……で?」
「俺はもう、悪いことは止めたんだ」
ローブの人物はそう言うと、オラリオの東側……【アイアム・ガネーシャ】を目指して密かに移動を開始した。
ドラ側「ひみつ道具を使ったってことは
ジャック「トランプ武器にしてそうな顔の奴が【ガネーシャ・ファミリア】を
ローブ野郎「ジャックたち出し抜いて子供保護したぞ! 東の【ガネーシャ・ファミリア】に保護してもらおう」
そろそろローブの人物の正体もバレてきましたが、何でコイツ普通にしゃべってんだろうと思った方もいるかもしれません。
ローブの人物が喋れるのは勿論ひみつ道具の力です。
神会開催! ベルの二つ名!
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秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
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千の小道具《サウザンド・ガジェット》
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狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
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魅成年《ネバー・ボーイ》
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不思議玩具箱《ワンダーボックス》
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超耳兎《エスパル》
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奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
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開封兎《エルピス》
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幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》