ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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精霊の魔力

 こんな経験はないだろうか。

 嫌な胸騒ぎがして、普段は校則をやや外れている着崩しなのに、その日だけちゃんとした格好をしたら朝一番からの抜き打ちチェックの日だったこと。

 

 こんな経験はないだろうか。

 外に遊びに行く前に嫌な予感を覚えつつ、だけど予定だからと出掛けたら、いきなり大雨が体に叩きつけられる音を聞き、やっぱり来るんじゃなかったと思ったこと。

 

 未来は誰にも見通せないというけれど、まるで頭の何処かがこれから先の光景を垣間見たかのように芽生える予感。

 

『このままだと失敗する』

 

 そんな胸のつっかえ。

 論理的に考えれば、気の迷い以外の何者でもないそれは、この場の何人かが感じていた。

 

(ノエルはこの先の闇派閥(イヴィルス)のアジトに本当にいるのでしょうか……)

 

 シルを抱えて走るリューも、自らの内から沸き上がる予感に揺れていた。

 出木杉の推論に異存はない。地下に隠され、これまで存在すら気取られていなかった隠れ家など、正に絶好の逃走先。

 必ずいると断言はできないが、確率としては悪くない数字になるはずだ。

 

(しかし、予感がある。この先にノエルはいないと)

 

 リューは元冒険者だ。

 既に一線から退いているとはいえ、深層域の探索や迷宮の孤王(モンスター・レックス)の討伐経験すらある彼女の潜り抜けた死線の数々は、いまでも彼女の中で息づいている。

 そんな極限の地獄を経験したリューは、勘や予感といった曖昧なものであっても軽視しない。

 

(何かを見落としている……いや、私たちに見えていない何かが裏で動いている……?)

 

 しかし、やはり曖昧なもの。

 それを明確な言葉に言語化できず、焦りだけが胸の奥で渦巻いた。

 このまま行っても失敗する、ならばどう動くべきなのか。その答えが見つからない。

 

 出木杉の案は決して検討外れなものではない以上、代案もなしに止めようと言ったところで納得されるはすがない。

 

「リュー……」

「シル? どうしましたか?」

「焦らないで。今は何もヒントはないかもしれないけれど、必ず手掛かりはある。その時に冷静じゃないと、気づけないよ」

(シルも違和感を覚えて……そうですね。今の私は冷静ではない)

 

 シルの言葉も最もだと、リューは一度、頭の中を空っぽにして熱くなりかけていた思考を冷やす。

 どうも自分は近しい者の危機には過敏になってしまうらしい。

 これではライラにまたからかわれてしまう。

 

(地下のアジトでないとすると、考えられるのは治外法圏である歓楽街かカジノ……ここで人数をバラけさせるには候補が多い。もっと絞れるものは)

 

 リューが何とか嫌な予感と折り合いをつけようと思考を加速させる直前、魔力の渦が現れた。

 

「ニャ!? なんニャ!?」

「この感覚は……?」

 

 アーニャたちは勿論、異世界から来たドラえもんたちですら感じ取れる強大な力。

 

(この魔力量……! まさか、精霊!?)

 

 魔法種族(マジックユーザー)たる妖精(エルフ)のリューですら唖然とする魔力。

 そんなことができるのは、神秘の種族である精霊だけだ。

 オラリオでも珍しい神々に最も近しい存在の登場に、リューは何が起きているのか事態を把握しきれなかった。

 

「ちょっと、これ不味くない……?」

 

 ルノアの焦燥に満ちた呟きが木霊す。

 もしも、この魔力の奔流が所謂『精霊の悪戯』ならばいい。突発的な事態ではあるが、今のリューたちがその被害を受けることは無いだろう。

 だが、これが精霊にとっても予期せぬ事態。精霊が身に迫る危機に止むを得ずに力を発揮した結果だとしたら、放置することは果たして正解なのか。

 一瞬の逡巡を打ち破ったのは腕の中の少女の声だ。

 

「行って! リュー‼」

「シル……!?」

「あそこにノエルはいる!」

 

 冒険者でもない筈の彼女は一体何を感じ取ったのか。

 確信を持ってノエルの所在を示す。

 

(しかし、あの方角は……)

 

 精霊の物と思われる魔力を検知したのはオラリオ東部。

 都市の憲兵とも称されるS等級派閥(ランクファミリア)【ガネーシャ・ファミリア】のお膝元だ。

 子供を誘拐した犯罪者がそんな所に逃げ込むなど、心理的にあり得るのだろうか。

 様々な可能性を検討し、リューは決断する。

 

「【猛者(おうじゃ)】! 私たちはこの場を離脱し、魔力の下へ向かいます!」

「……いいだろう」

 

 リューの突飛ともいえる進言に少し考えこんだオッタルだったが、リューに抱えられるシルと目線を交わし、重々しく返答を返した。

 

「リュー!?」

「あの魔力がノエルと関係している可能性がある! 私たちが現場を確かめます!」

「……敵の戦力が分からない以上、戦力を分散させるべきではないと思うけど?」

「クロエの言い分は最もですが、今はそれ以上にノエルへの手掛かりを失うほうが怖い!」

 

 仲間たちにそう言うや否や、身をひるがえしてオラリオ東部へ直行する。

 

「まあ、このままアジトに向かっても空振りする可能性は否定できないわね……と、言うワケでミャーも抜けさせてもらうニャー。ぶっちゃけ【猛者(おうじゃ)】と同伴とかマジ勘弁」

「何があるか分からないからミャーたちみんなでリューを追いかけるニャ! 団長なら闇派閥(イヴィルス)が何人いようと問題ないニャ!」

「……ああ、もう! ドラえもん、しっかり掴まっててよ!」

 

 リューに続き、【豊穣の女主人】のウェイトレスたちも次々と離脱していく。

 

「……」

「……」

(き、気まずい……)

 

 そして、地下に向かうために残ったのは、オッタルと道案内のための出木杉のみとなった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 突如として街に立ち昇った魔力の渦は、都市中で観測された。

 アレンと壮絶な鬼ごっこをする恐竜ハンターも例外ではない。

 

「な、なんだ!?」

 

 元の世界にはない、異質な感覚。

 戦闘中であることを差し引いても、無視できない存在感に思わず集中を乱される。

 それは最速の男にとっては絶好の隙だった。

 

「くたばれ」

 

 厄介な手にとり望遠鏡を弾き、続いて心臓を狙う。

 矛先が恐竜ハンターの胸元に吸い込まれるように差し出された。

 常人としての身体能力しか持たない恐竜ハンターは為すすべなく、胸に接触する槍を凝視し……

 金属質な音共に弾かれた長物に唇を吊り上げた。

 

「……ああ? っち、またおかしなマジックアイテムか」

「は、ははは……恐ろしい身体能力だが、【がんじょうぐすり】で硬質化したワシの体は貫けなかったようだな」

「それがどうした。結局その後は何もできないだろうが」

「それはどうかな!?」

 

 恐竜ハンターはスプレー型のひみつ道具を取り出した。『JBG』と記された緑色の缶を右手に持ち、左手で四次元ポケットを弄る。

 そして、四次元ポケットから無数のナイフを放り投げ、それらにスプレーを噴射した。

 

「あの糞猫をっ、アレン・フローメルをぶん殴れ!」

 

 恐竜ハンターの号令に従い、ナイフたちは意思を持つかのように一斉に襲い掛かる。

 無数に煌く銀の殺意による弾幕。常人ならばズタボロになった自分の未来図に顔を蒼くするところだが、アレンは下らなそうに鼻を鳴らし、目にも止まらぬ速さで槍を振るい、弾幕を吹き飛ばした。

 

「無駄だ! この【自動ぶん殴りガス】を吹きかけたものは標的を狙い続けるぞ!」

 

 そんなアレンを嘲笑う声。

 恐竜ハンターの言葉通り、弾かれたナイフたちは再び空中でその切っ先をアレンに向け、突進する。

 何度繰り返されようとも終わらないナイフたちの襲撃に、恐竜ハンターは勝利を確信した。

 どれだけ化け物じみた力を持っていたとしても、永遠に繰り返される攻撃など防げない。やがて限界が来て無様な屍を晒すだろう。

 自動ぶん殴りガスの所持者である自分を先に潰そうとしても、がんじょうぐすりを服用している以上は手出しは出来ない。神の恩恵(ファルナ)を刻む怪物たちを簡単に葬り去る必勝法だ。

 

(槍が目の前にあった時はどうなるかと思ったが、歯の中にがんじょうぐすりを仕込んでいたことが幸いしたな。これでワシの勝利は揺るがない)

 

 勝利を確信する恐竜ハンターであったが、凡人の想像の上を行くものこそ冒険者。

 アレンは鬱陶しそうに眼を細めると、信じられない行動に出た。

 飛んでくるナイフを掴み取り、煉瓦で舗装された地面に深々と突き刺したのだ。

 

「は……?」

 

 高笑いが止まり、唖然とする恐竜ハンター。

 深々と突き刺さったナイフは抜け出せないのか、時々震えることはあるがそのまま沈黙してしまう。自身の行動の結果を確認したアレンは、次々と襲い掛かるナイフを鷲掴みし、地面に突き刺していく。

 何度か繰り返すうちになれたのか、しまいには10本近くを一度に掴み取る、などと言う人間離れした業まで披露して見せた。

 

「が、ぁ、な……?」

「つまらねぇ技を解説しやがって。掠りもしねぇんだよ」

「ば、馬鹿な……」

 

 飛んでくるナイフの刀身を掴むと言う現実離れした光景に呆ける恐竜ハンターを、アレンは唾棄するように睨みつけた。

 必勝の策をあっさりと破られた恐竜ハンターは、想像以上に化け物な第一級冒険者に冷や汗を流す。

 

「このっ、創作物風情が……っ」

「手前ぇを見ていると戦う気が失せる。とっとと死ね」

「だが自動ぶん殴りガスを防いでどうする!? ご自慢の槍はワシの体を貫けんぞ!」

(不味い……がんじょうぐすりは効果が10分しか効かない……そろそろ時間切れになってしまうっ)

 

 一転してピンチになった恐竜ハンターは、何とか誤魔化そうとハッタリで切り抜けようとする。

 知ったことかと口では言うアレンだったが、自動ぶん殴りガスと違い、がんじょうぐすりの詳細は理解していない以上、慎重になっているらしい。

 未見のひみつ道具も警戒する必要があり、必然的に睨み合う形となった両者。

 

(手にとり望遠鏡は少し離れた位置に転がっている。何とか回収できればまた逃げられるはず。新しくがんじょうぐすりを飲めれば多少は無理をしても……)

「……っち、時間切れか」

「なに?」

 

 打開の策を捻るべく頭をフル回転する恐竜ハンターであったが、アレンがぼそりと呟いた言葉に眉をひそめた。

 

(時間切れ……? 奴に何か制約が? それとも……)

 

 アレンの真意を探ろうとする恐竜ハンターだったが、その答えは恐竜ハンターの足元……屋根の下を突き破って現れた。

 

「このアホンダラがああああああっっ‼」

「な、なんだっ!?」

 

 足の骨ごと握り潰されそうな握力を感じながら、屋根の下に引きづられる。

 恐竜ハンターは視界が移り変わる感覚に吐き気を覚えながらも、事態の元凶を理解した。

 

「酒場の……女主人か」

「このアホ猫‼ 殺したら情報が取れないだろうが‼」

「しるか」

「ったく、教育がなってないね。ちゃんと団長やってのかいあの餓鬼は」

 

 恐竜ハンターとアレンを追ってきたらしい、【豊穣の女主人】の女店主のミア・グランドは丸太のような腕で恐竜ハンターを捕えた。

 万力とも思える【力】の能力値(アビリティ)。動くこともできない恐竜ハンターはしかし、笑って見せた。

 

「情報を引き出すだと? がんじょうぐすりによって無敵となっているワシにはどんな拷問も無意味だ」

 

 実際はそろそろ効果が切れそうだが、そうは悟らせないハッタリを見せる。

 しかし、それに対してミアも凄む。

 

「そんなことは知ってるよ。そこのアホ猫の槍が弾かれるのを見たからね」

「ふん、だったら……」

「だったら……こうすればいいだろう!?」

 

 恐竜ハンターの顔を鷲掴みにしたミアハそのまま恐竜ハンターを持ち上げる。

 そして、そのまま投球するように振りかぶった。

 

(ワシを地面に叩きつけるつもりかっ‼)

 

 無駄だ、と恐竜ハンターはほくそ笑む。

 叩きつけられようと、鋼鉄じみた体は痛みを感じることは無い。隙を見て脱出を……

 そんな考えは、しかし、ミアの次の行動で吹き飛んだ。

 

「ふんっ‼」

 

 ミアは恐竜ハンターを地面に叩きつけることなく、空中で再び恐竜ハンターを引き上げる。

 恐竜ハンターの体が異様な方向に曲がるほどの急制動で。

 

「うっ……!?」

 

 同時に恐竜ハンターに異変が起きる。

 体のどこかからグキリと変な音がし、一瞬気を失う。

 すぐに覚醒して、頭の中に浮かんだのは疑問。

 何処にもぶつかっていない。ならば、今の感覚は何なのか。

 その答えはミアが答えた。

 

「刺しても殴ってもダメなら……揺らせばいいだろう!?」

(ま、まさか!?)

「オラオラオラオラオラオラオラオラッッ‼」

 

 残像が見えるほどに恐竜ハンターの頭が上下に揺さぶられる。

 がんじょうぐすりによって体にダメージはない。

 しかし、恐竜ハンターは苦悶に呻いていた。

 

(脳が……揺れているっ!?)

 

 人間の脳は頭蓋骨の器の中に浮かんでいる。

 強い衝撃がかかれば、頭蓋骨の中で脳は揺れ動くのだ。

 体がどれだけ頑丈になっていようと関係ない。

 

「ぎぃやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」

「そらっ! とっととノエルをどこにやったのか教えな‼」

 

 脳筋ババアが……と呆れるアレンの前で、恐竜ハンターは情報を吐き出すまでシェイクされ続けた。




 恐竜ハンターとの戦いで壊れた道路や家は、それぞれ【フレイヤ・ファミリア】と【豊穣の女主人】によって弁償されました。

神会開催! ベルの二つ名!

  • 秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
  • 千の小道具《サウザンド・ガジェット》
  • 狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
  • 魅成年《ネバー・ボーイ》
  • 不思議玩具箱《ワンダーボックス》
  • 超耳兎《エスパル》
  • 奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
  • 開封兎《エルピス》
  • 幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》

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