囚人がそこにはいた。
電灯の光を反射する深紅の装甲は、彼が人間によって作られたロボットであると示していた。
人のために生まれ、人のために生きる彼が収容されたのは、ロボットでありながら多くの人を危険な目に会わせる犯罪者だったからだ。
22世紀の住民から恐怖を集めたロボットの名はデンジャと言う。
本来ならば人々のために重い物を持ち運ぶための腕で、彼は武器を振り回し、破壊活動を続けた。
しかし、悪いことをすれば報いは受けるものである。ある時、デンジャはタイムパトロールとのカーチェイス中に事故を起こしてしまい、捕まってしまったのだ。
本来ならば時間犯罪者として、そのことを忌々しく思うべきなのだろうが、彼はそうは思わなかった。
『ねぇ! また今度、野球を教えてよね! 僕も君みたいにホームランを打ちたいからさ!』
かけがえのない出会いがあったのだ。
あの少年にちゃんとした形で会うために、更生しようと思えるほどの。
そのために彼は自首し、この収容所で治療を受ける予定だった。
本来ならば模範囚として更生を果たすはずだったデンジャがどうして脱獄したのか。
答えはあの日にある。
「ガ……?」
静かに手続きを終わらせたケーブが戻って来るのを待っていると、デンジャの優れた集音機能が喧騒を聞き取る。
最初は収監されている囚人がトラブルでも起こしたのかと考えたデンジャだったが、続いて起きた爆発音によってそうではないことに気付かされる。
(この揺れ、地震じゃねぇ。攻撃を受けているのか?)
けたたましく鳴り響く警報。
連続する爆発音に、人々の足音が紛れる。
暫くすると音はならなくなり、不気味な静寂が部屋を包んだ。
体を固定されているデンジャは、状況を確認することもできずに時が過ぎるのを待つしかなかったが、やがて2組の足音が近づいてきた。
「こいつか?」
「ああ、看守共が噂してるのを聞いた。銀行や豪華客船でミサイルを乱射したイカれたロボットだ」
その会話内容から、足音の主が看守でないことはすぐに分かる。恐らくは爆発の原因の襲撃犯たち。
何が目的だと身構えていると、部屋の扉が開かれた。
「貴様がデンジャか」
「ガガ……」
「おい、返事を……」
「ん? ジャックの旦那。こいつ、発音機能が故障しているらしいですぜ」
現れたのは十字傷の男と覆面の男。
明らかに堅気ではない2人に、何をしに来たと無言で睨みつけていると、馴れ馴れしく覆面の男が話しかけてきた。
「聞いてるぞ? お前が餓鬼どものせいで捕まったっていう話は」
「!?」
覆面の男の言葉に動揺するデンジャ。
それをデンジャが侮辱されて怒ったと勘違いしたらしき覆面の男は、両手を上げて自身にその気のないことを伝える。
「おっと、馬鹿にする気はない。寧ろ共感しているのだ。ワシは恐竜ハンターをやっていたが、その時に餓鬼どもが邪魔をしてきてな。御用となったところをこっちのジャックに助けられたのだ」
何やら親し気に話しかけてくる恐竜ハンターの話は何処かずれている。
もしや自分が捕まった経緯を勘違いしているのか? と考え付いたデンジャだが、ガ行しか話せない今の彼にそれを指摘することは出来なかった。
次に発せられる言葉を思えば、それが幸いしたのだろうが。
「デンジャ、力を貸せ。あの餓鬼どもに復讐するぞ」
「‼」
この時、自分が固定されていて良かったとデンジャは振り返る。
自由の身であったなら、後先考えずに殴りかかっていただろうから。
「これから我々は過去へ逃れてタイムパトロールをやり過ごす。そのついでに……餓鬼どもにお礼をしに行ってもバチは当たるまい?」
罰当たりそのものな発言に熱くなりかけた頭を冷やしつつ、この話を断ればどうなるか計算する。
ここで行かないと突っ張り、残るとする。
恐竜ハンターがのび太たちへ復讐をする、と言う情報は彼らの逃れる時代を容易く特定させるものだ。まず間違いなく、デンジャは口封じされるだろう。
動けない今の状態では身を守ることすら出来ず、スクラップになる未来しかない。
そうなれば、誰ものび太たちの危機を伝えられなくなる。
「ガ……」
デンジャは頷くしかなかった。自分の更生を信じてくれた人たちに心の中で謝りながら。
「よし、これからワシたちは同士だ」
(なにが同士だ。くたばりやがれ)
心の中で盛大に呪詛を吐きながら、デンジャは決意する。
時間犯罪者たちの懐に潜り込み、獅子身中の虫となることを。
のび太たちへの復讐を全力で阻止することを。
そこで夢の光景は去り、突き刺すように差し込む日の光が現実への帰還を告げる。
「ガガ……?」
「あ、目が覚めたみたい」
日の光を遮って視界に映り込んだのは、いつの日かに鏡で自分のものとして映っていた姿。
正規品と違う青い肌。猫型ロボットの名前と違い、耳のない真ん丸頭。
ドラえもんだ。
「……」
「大丈夫? さっきまで凍っていた所を溶かしたんだ。身体の機能に不具合はない?」
「ガ……」
「あれ? ひょっとして発音機能まだ直っていなかったの? それとも氷漬けになった影響かな」
ちょっとまってて、とドラえもんは四次元ポケットに手を突っ込んだ。
「うーんと。あった! ほんやくコンニャク~」
相手の言語を自動的に翻訳するひみつ道具。
デンジャの言葉はロボットとしての機能の障害に拠るものだが、それでもしっかりと機能したらしい。
「ガ……ギギガ」
「うん。久しぶり」
「ゴゴギ、ギガグ」
「あいつを守れなくて済まないってどういうこと?」
そこから、デンジャの説明が始まった。
ジャックがタイムパトロールから恐竜ハンターを逃がしたこと。
恐竜ハンターはドラえもんたちに復讐を企てていたこと。
デンジャもドラえもんたちに恨みを持つと間違えられ、仲間に誘われたこと。
そして、時間犯罪者たちがドラえもんたちに危害を加えないように見張っていたら、精霊であるノエルを
「そして、ノエルちゃんを連れだしたら裏切りがバレてやられかけたら、ノエルちゃんが精霊の力を解放してこうなったってこと?」
コクリ、とデンジャは頷く。
氷漬けになる前の記憶はあやふやだが、あの熱線銃が放たれていればデンジャは無事ではなかっただろう。デンジャを覆った氷がほとんど受け止めてくれたおかげで五体満足でいられた。
「恐らくはノエルが貴方を守るための防壁として氷を作り出したのでしょう」
「でもリューさん、デンジャは凍っちゃっていたよ?」
「本調子ではないので精度が鈍ったか。それとも無意識での行動だったのか。いずれにせよ、そこのろぼっと? しか凍り付いていなかったのは不自然だ」
「ガグガ……」
「情けないなんてとんでもないよ。ノエルちゃんのためにありがとう」
助けるつもりが助けられてしまったデンジャは気落ちした様子だが、ドラえもんとのび太は礼をいった。
「ガゴゲ……」
「え? 僕たちに伝えなきゃいけないことがある?」
「……」
「穢れた精霊? なんだい、それは?」
「……」
「それを使ってヴィトーって言う
驚愕するドラえもんに対し、デンジャは懐から紙切れを取り出した。
「これは……地図?」
「ググ、ゲゲゲ」
「これを持って行けってことは、これは
「ガガグ」
「全部じゃなくてすまないって、これだけで十分だよ!? これでベル君が何処にいるのか分かる!」
ノエルがこちらに向かったことや、ベルのピンチのことを考えるとオッタルや出木杉と連絡を取りたいが、その余裕があるかは分からない。
ノエルを攫った穢れた精霊の顕現がいつになるかも分からないし、現在進行形で罠に嵌められているであろうベルは一刻を争うかもしれない。
「みんな! 早くこの地図のしるしの所に……!」
「いえ、私はここに残ります」
「え、リューさん……?」
急いで
「そこのろぼっと……彼をこのまま放置はできません。一度、【豊穣の女主人】で保護します」
「ガ……!?」
「あ、そっか……体に悪いところがあるかもしれないもんね」
このままデンジャと一緒に行動することになると思っていたのび太は残念そうに納得した。
「ガ、ガガ……!?」
「自分のために戦力を割いたら、穢れた精霊と戦いになったら危ないって言ってるよ」
「……しかし、今から援軍を呼ぼうにもどうしようもない。私の知る上級冒険者たちは皆多忙、今から捕まえられるかも分かりません」
リューが困った様子で呟く。
他の面々もどうしたものかと頭を捻らせる中、声を上げたのはのび太だった。
「そうだ! あの子を呼べば‼」
「のび太くん……?」
「あ、でもベルに秘密にしておいてって言われてたんだ……えーい、今はしょうがないよ!」
何かを思いついたらしきのび太は悩みながらも決断する。
「ごめん! 皆先に行って!」
「ニャ? のび太どうしたニャ?」
「凄い強い人……じゃないけど、とにかく心当たりがあるんだ!」
「何やら事情があるようですね。深くは聞きません」
のび太の思い付いた援軍が誰なのかは分からないが、アジトの居場所が判明した今、道案内として少年を同行させる意味は薄い。
このまま戦線を離脱させられるのならとリューはのび太の意見を受け入れた。
他の面々も同じ考えなのか、反対意見は出ない。
「じゃあドラえもんはのび太に付いて行って」
「う、うん。のび太君一人を放っておくわけにもいかないし。だからこれを渡しておくね……通りぬけフープ~」
ルノアの意見に頷いたドラえもんは、鍵を持たない【豊穣の女主人】の面々のためにひみつ道具を譲る。
これで問題なくアジトに突入できるだろう。
「ガガ……」
「え、これを、僕にくれるの?」
デンジャは、少しでものび太の安全が確保できればと自身が
のび太は少しだけ戸惑った様子だったが、デンジャの瞳を見て何かを感じ取ったのか、やがて頷きを返す。
一行はここで三つのチームに分かれた。
このままアジトへ向かう【豊穣の女主人】のウェイトレスたち。
援軍を呼ぶために離脱するのび太とドラえもん。
そして、このままここに残るデンジャとリュー。
頷き合い、互いの無事を祈りあった一同は三手に別れ行動する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ガ……ガガ……」
「……参りましたね。ほんやくコンニャクを分けてもらうべきでした」
のび太やシルたちを見送り、ダイダロス通り東部に残ったリューは、ガ行しか喋れないデンジャとのコミュニケーションに四苦八苦していた。
「ですが、言いたいことは伝わっています。何故、私はここに残ったのかと聞きたいのですね」
コクリ、と頷くデンジャ。
デンジャはこの世界に入る前に、『ダンまち』のことを軽く学んでいる。
リュー・リオンは、主人公のベル・クラネルを度々救った所謂お助けキャラと言うやつだ。
その戦闘力は同レベル帯と比較しても頭一つ抜けている印象がある。
デンジャを保護する程度で最大戦力とも言える彼女を、激戦が予想される場所から遠ざけるだろうか。
「確かに私がここにいる意味は本来ありません……貴方の隠し事が無い限り」
「!」
「貴方の話でノエルやクラネルさんの危機は分かりました。しかし、貴方が氷漬けにされる前に交戦していた殺し屋ジャックについてはまるで触れなかった。大方、私たちに内緒でその危険人物を対処するつもりだったのでしょう」
図星であった。
あの殺し屋ジャックとのび太を関わらせてはいけない。
タイムパトロールから逃れるためにタイムパトロールを襲うような異常な存在なのだ。
ヘタに関わらせて粘着されても困る。
この世界の悪党ならば本から出れば二度と会うことは無いが、現実世界のジャックはそうはいかないのだから。
「その決意は見事ですが、話を聞くだけでも危険性が伝わる相手です。1人より2人のほうがいい」
「ゲゴ……」
このことをすぐに指摘しなかったのは、デンジャののび太に殺し屋ジャックを関わらせたくないという願いをリューが尊重したからだろう。
この分だと他の面々も気が付いていたのかもしれない。先ほどまで連れていたシルをクロエに託した時も誰も反発しなかった。
「なにより……既に正義を捨てた身とは言え、悪に負けたままと言うのは座りが悪い」
木刀を手に取り、リューは切っ先を建物の先に向ける。
そこには、
「隠れていたつもりの様ですが、その悍ましい殺気、隠せると思うな!」
「……やはり、冒険者の感覚と言うのは面倒だ」
ジャックは苛立った様子で手元の熱線銃を弄ぶ。
デンジャに第二級冒険者が加勢しようと、その目に宿す殺意に揺らぎはない。
「ノエルの力はあくまでも彼を守るために行使された。貴方が氷漬けから逃れていることに驚きはありません」
「ガガ‼」
その視線に晒される2人にも怯えは見られなかった。
ロボットと
初登場から100話以上経ってしまったあの子がようやく活躍します。
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