何から何までフレイヤの掌の上と言うわけではない。
どこか物足りないものを感じながらも、予想以上のものを見ることができたフレイヤは今回はこの辺りで満足すべきかと納得はしていたのだ。
だから、あの見たこともないモンスターがベルたちを襲ったのは本当に驚いた。
「あの量のモンスターをギルドが見逃すなんてありえない。……もう一つ、出入口があるのね」
神々も認知しないダンジョンのもう一つの出入口。
それは
むざむざ露呈するような手を使ったということは、先日のギルドによる徹底的な取り締まりは予想以上に彼らを追い詰めていたらしい。
もはや彼らに出し惜しみする余裕はないのかもしれない。
「私が何もしなくても、ベルは何かに導かれるようにあの戦場に辿り着いた。」
まさか自分と同じようにベルにちょっかいをかけている存在がいるのだろうか。
そんな疑問が湧くが神の勘は即座に否定した。
ベルの参戦は誰の意思によるものでもない。
偶然と必然によって辿り着いた彼の運命なのだ。
「あぁ、本当に面白いわ」
彼の中に見える魂を初めて見た時は衝撃だった。
何せ彼の魂には色がないのだ。
あるのは無色の中から微かに漏れる暖かな光だけ。
無数の
(
あの魂はどのように移り変わっていくのか。
久々の下界の未知にフレイヤは心躍らせる。
「前座は終わり。さぁ、あなたはどうするの?」
この戦いがベルに何をもたらすのか。
順当に力及ばず敗れてしまうのか。
それとも何かを得るのか。
どんな結末になったとしてもフレイヤはベルを愛するだろう。
そう確信し、フレイヤは眼下の戦場を見続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(なんでっ……こんな!)
無数のモンスターたちとそれらを蹴散らす冒険者。
顔を隠した男たちは手にした鞭でモンスターに指示を与え、少女たちはそれらを懸命に抑える。
戦闘で起きた土埃に混じる血の臭いは決して錯覚ではないだろう。
逃げるべきだ。
こんなところに居てもできることなんてない。
なら今からでも安全なところに避難すればいい。ベルは迷い込んだだけだ。きっと見逃される。
神様の安全が第一だろう……!?
なのに足が動いてくれないのは、倒れ伏せているエルフの少女に目を釘付けにされてしまっているからだ。
腹に空いた傷からドボドボと流れる血。
体をくねらせる花のような、あるいは蛇のような極彩色のモンスター。
その近くから生えている黄緑の触手の一つが血に濡れていることから、あのモンスターにやられたのだと理解する。
彼女の下にモンスターが集まり始めている。
彼女を助けられる他の冒険者たちは、テイマーらしき集団や芋虫のようなモンスターに囲まれて分断されてしまっている。
動けるのは……
(駄目だ‼考えるな‼)
ベルが動いたところで何になる。
肉壁にもならないレベル1が出しゃばる場面じゃない。
大人しく逃げて【ガネーシャ・ファミリア】にでも知らせればいい。
あの少女は間に合わないだろうが他の冒険者はそれで充分助かるはずだ。
そう頭でわかっているのに動けない。
あの少女から流れる血がベルからそんな冷徹な判断を奪う。
霞んでいる蒼眼に浮かぶ諦観がベルの胸の中をかき乱した。
(止めろ、危険な思考だ。)
十中八九あの戦場に飛び込んだベルは死ぬ。ヘスティアを道連れにして。
だから心を鬼にしろと、ベルは自分に言い聞かせる。
モンスターが花弁を開く。
牙の並んだ口の中に存在する魔石が妖しく光る。
何本もの触手をエルフの少女の付近につき立たせ、蛇のように体を這わせた。
──喰おうとしている。
モンスターの狙いに気づいたベルは顔を青ざめさせる。
モンスターの壁の奥からエルフの少女に必死に声を呼びかけるアマゾネスたち。
アイズも止めようとテイマーたちを突破しようとしているが、防御に徹した彼らを破るには時間が足りない。
少女の未来は確定した。
これを覆せる僅かな可能性を持つのはこの場に一人。
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだっ……
「---っ‼ごめんなさい!神様ッ!」
「あぁ!行こう!」
名刀電光丸を握り飛び出すベル。
ヘスティアを左腕に抱え、巨大な花のようなモンスターに向かう。
「うわあああああああッ‼‼」
悲鳴じみた声を上げながらモンスターに飛び掛かるベル。
今にも
ゴィイイイイン……、と鈍い音が響いてモンスターが動きを鈍らせる。
その隙を見逃さずに少女をヘスティアが掴むとベルは勢いを殺さずに近くの建物に飛ぶ。
後先考えない大ジャンプだった故に着地などまともにとれるはずもなく、ベルは盛大に屋根にぶつかった。
何とか二人を庇ったベルが衝突の痛みをこらえて立ち上がり、屋根の下をのぞくとそこには獲物を横から奪われて怒り心頭なモンスターの姿があった。
ゴクリ、と唾を飲む。
もう覚悟を決めろ。
ベル・クラネルは彼女を見捨てられない。
(だったら今更怖がるな!やって見せろ!)
震える手で刀を握り直す。
頼りはひみつ道具だけだ。
冒険するんだ。
同じようにひみつ道具を駆使して何度もピンチを乗り越えてきた彼らのように。
そう思ったとき、あの星空の下でドラえもんさんとのび太君に出会った日のことが思い出された。
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あの日、彼らの冒険を聞かせてもらった。
時代を超えたり、他の世界に行ったりして強大な悪と戦う彼ら。
楽しく聞いていた僕は唐突に疑問を感じたんだ。
『ねぇ、ドラえもんさんとのび太君は怖くなかったの?』
ひみつ道具は確かに強力だけど、それだけで自分より大きな敵に立ち向かえるのだろうか。
僕はそんな風に思って直接彼らに聞いてみたんだ。
二人はキョトンとした顔をした後、それぞれの思いを教えてくれた。
『こわいけど……ピー助やフーコが嫌な目にあうほうがイヤじゃない?』
『怖がらない人なんていないよ。でも怖さを乗り越えられない人もいない。大切な何かを心に持っていればね』
二人の言葉は正直ありふれたものだった。
でも、僕にこれ以上ないくらい響いたんだ。
ドラえもんさんとのび太君との一日だけの思い出がこんなにも印象的なのはこのやり取りがあったからだろう。
人の幸せを願い、人の不幸を悲しむ。
そんな当たり前の心をどんな時でも忘れない二人の姿はとても眩しかった。
自分もこうなれたらいい、そう思うくらいに。
彼らは僕だけが知る英雄だ。
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「僕は……英雄になるんだ!」
あの二人のように。優しい英雄に。
それがあの日からベルの中に芽生えていた想い。
【
「神様、この人にポーションをかけてあげてください。」
ミアハ様から貰っていたポーションを神様に渡す。
最低品質のポーションだけど、応急処置にはなるはずだ。
神様があたふたしながらも手当をしていることを確認した僕は最後のひみつ道具を具現化する。
「ウマタケ~」
なんか突然現れたと思ったら、エルフを掻っ攫って奇声を上げる僕に馬鹿を見る目が殺到する。
でも構わない。
この発音はドラえもんさんと同じもの。
決して恥じるものじゃない。
……だから顔が赤くなっているのは気のせいだということにしてください。
若干現実逃避しながらも手に現れた物体を確認する。
うん、狂ってる。
まさか名前の通りに馬と竹が合体しているとは思わなかった。しかも生きてる。
これを作った人はどんな精神状態だったのか。
こんな珍妙なものを左手で握る僕を見る目がいよいよやばいが気にしないようにしよう。
「あの子は……?」と呟いているヴァレンシュタインさん以外の冒険者たちからすら不審な目で見られているのはちょっと堪えたけど。
(これ……どう使うんだろう?)
多分振り回すものじゃない気がする。
まさか乗るのだろうか。馬だし。
乗馬はお祖父ちゃんに基礎は教わったけどあまり経験はないんだけど。
「ブルルルッ……」
しかも気性が荒そうだ。
手の中で滅茶苦茶に暴れている。
これは少し癖があるひみつ道具かも。
「お願いウマタケ。僕に力を貸して。」
意思を持つひみつ道具ならしっかりとお願いしたほうがいい。
のび太君から聞いたいくつかのひみつ道具での失敗話でそう判断した僕は、手の中で荒ぶるウマタケに語り掛けた。
大きすぎず、小さすぎない。穏やかな声色を意識して慎重に言葉を選ぶ。
「神様とこの人を守りたいんだ。お願い。」
「……」
誠意を持って対応したのが功を奏したのか、暴れるのをやめるウマタケ。
僕が手を離すとウマタケはピョンピョンと僕の前に来て背中を見せた。
「乗れってこと?」
「ブルル……」
少しの躊躇の後、意を決してウマタケの背中に飛び移る。
ヒヒーンと甲高い声を上げたウマタケはモンスターたちに向かった。
速い。
風を切る音が聞こえたかと思うと目の前にあの巨大花のモンスターの顔があった。
僕は全く反応できなかったけど、名刀電光丸は違う。
ウマタケの速度に合わせてモンスターを一閃した。
当然、先ほどと同じように固い皮膚に弾かれる。
だがここからは先ほどの光景をなぞらない。
名刀電光丸の切っ先が光を放った。
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!?」
電光の名の通り、目も
予想外の攻撃を受けたモンスターは体をよろめかせて後退した。
急激に動いた状況にアマゾネス姉妹が声を上げる。
「何!?何なのあの生き物!?」
「あれは……雷の魔剣?」
(こんな能力もあったんだ……)
何せよ、これでどうにかなる。
あのモンスターを倒せなくても足止めできさえすればそれでいい。
先ほどまでこの戦場は膠着状態だった。
だがあのモンスターを自由にしなければ【ロキ・ファミリア】と思しき冒険者たちはかなり楽になるはずだ。
攻撃を食らったら即死の威力の触手もウマタケの機動力ならヒットアンドアウェイを行える。
流れは冒険者たちに向いている。
「あのガキを止めろ!
それは相手も分かっているからかこちらに矢を射かけてくる。
しかしウマタケは驚異的な大ジャンプの連続で矢の雨を躱し続けた。
(まずいっ、名刀電光丸だとカウンターであの人たちを殺しかねない……)
ベルの推測が正しいならば名刀電光丸はカウンター用のひみつ道具。
その威力は相手の攻撃威力によって変化する。
ただの喧嘩ならばたんこぶを作るだけで済むが、あの矢はどう考えても殺しに来ている。
ならば名刀電光丸の威力も相手を殺してしまうほどになるのではないか。
そう思い至ったベルは積極的に彼らと戦えない。
それは彼ら相手に致命的な隙だった。
日差しが途切れる感覚。
後ろを振り返ると逆行を背にした男が飛び掛かっていた。
慌てて刀を振るベルだったが。
「ナターリアァァァァァァッッ‼‼」
男が突然爆発した。
いかに名刀電光丸と言えども爆発は斬れない。
ウマタケが反射的に直撃を避けたが余波だけでベルは吹き飛ばされる。
「がっ!?な、なにが!?」
予想だにしない攻撃に動揺するベルに畳みかけるように敵対者たちは襲い掛かる。
ベルは彼らが先ほどの男と同じアイテムを胸にかけていることに気が付き、顔色を変えた。
「マリアーー‼」
「メイィィィィ‼」
「ケイン……今あなたの下へ……」
涙を流しながら別々の名前を叫び、自爆する彼らの姿は異様だ。
狂信者。
かつて
彼らの常人とは思考回路からして異なるとすら言われる理解不能な行動原理も原因の一つ。
絶え間なく響く爆音に飛びそうになる意識を必死に保ちながら、ベルはオラリオの昔話として語られるそれを身を持って理解させられた。
「行け‼
更にテイマーたちは新種のモンスターをベルに
なんとか
「っ!?駄目‼」
だがそれは悪手だった。
アイズの警告も空しく名刀電光丸はヴィルガに叩きつけられた。
雷光を纏った一撃はモンスターにも衝撃を与え……ヴィルガは爆発した。
「な!?刀が!?」
「そのモンスターの体液は溶解液よ‼触れたら装備ごと溶かされるわよ‼」
グズグズに溶けた刀身。
半分ほどになってしまった刀の無残な姿に絶句する。
そして長髪のアマゾネスの言葉に耳を疑った。
(モンスターによる武器破壊!?)
頼りの
その瞬間、ベルはこの場で最も警戒しなければならないモンスターの存在を忘れた。
「オオオオオオオオオォォォォォォォッ!」
「しまっ──────────────────────────」
ヴィオラスの触手が急接近することに気が付いたベルは刀を構えるが遅い。
刀越しにレベル1にはあまりにも理不尽な衝撃が襲い掛かり、ビキリッと不吉な音が右腕の骨から響いた音が聞こえた。
もしウマタケが攻撃を受ける瞬間に後ろに飛んで衝撃を和らげていなければ、ベルはそのままミンチになっていただっただろう。
「うっ……‼」
「オオオォォォ‼‼」
触手は一本だけではない。
いくつもの触手がベルに叩きつけられた。
それを名刀電光丸で防いでいくが、破損しているからかそのキレは先ほどより鈍い。
なんとか名刀電光丸のオートガードで一命はとりとめているが、与えられる衝撃がベルの腕をぐちゃぐちゃに破壊していく。
限界はすぐに訪れた。
叩きつけられる触手はベルの周りのヴィルガたちにも平等に降り注いだ。
それにより起きた溶解液の破裂が名刀電光丸を握るベルの右手の甲とウマタケに僅かに付着したのである。
途端にベルたちを激痛が襲う。
「ぐぅっ~~~~~!?」
「ベル君!?」
脳を揺さぶられたかのような痛みに前後不覚になり墜落するベル。
早く刀を握らなければと手放した名刀電光丸に手を伸ばすが、ベルの手は全く動いてくれない。
ヘスティアの悲鳴が遠くに聞こえる。
(あ──────────────)
ヴィオラスの触手が頭上に迫る。
終わりだ。
ベル・クラネルは無謀の代償を払うことになった。
黄緑の触手は少年の頭蓋を容易くはじけさせる。
実力通りの順当な結末。
「【アルクス・レイ】‼」
そんな未来を一条の光の矢が打ち砕く。
魔法を使えないベルでも分かる莫大な魔力。
深層のモンスターすら屠るであろうその一撃はヴィオラスの触手を吹き飛ばした。
ベルは光の魔法が飛来した方向に目を向ける。
そこには先ほどベルが助けたエルフの少女が血を吐きながら手を伸ばす姿があった。
ここまで読んでいただいた方の中には、ただドラえもんたちに会ったからと言ってスキルが生えるだろうかと疑問に感じていた人がいたかもしれません。
今作ではあの二人との出会いがベルの英雄像に大きな影響を与えています。
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