「こ、これは……?」
怪しげな人物たちとの取引によって手に入れたひみつ道具で、自分たちの直属の上司が造り出した異形、と言うよりは奇形のモンスターたち。
学者の様な知識がなくとも失敗作だと分かるそれらが無残に倒れている。
「殺されたのか? ならば、【ガネーシャ・ファミリア】の連中がこの辺りにも!?」
慌てて辺りを見渡す。
この狂信者は入り口での戦いが劣勢になったとみるや、陣形を捨てて一目散に逃走してきた人物だ。
ここまで来れば一安心だと胸をなでおろしたタイミングで、
「ち、畜生! こんなところで‼ 折角【
剣を抜いて辺りを警戒するが、その動きはあくまでも素人に毛が生えた程度。
武神であるタケミカヅチが見れば、嘆息と共に言うだろう。モンスターたちの死体に気を取られ過ぎだと。
狂信者の背後から伸びた細い女性の腕は、あっさりと狂信者に組み付き、拘束する。
そして、喉元に冷ややかな刃の感触を感じた時、狂信者は悲鳴を上げて振り返ろうとした。
「おっと、変な動きしたらコレを喉に突き刺すから」
女性の声が耳に息を吹きかけるかのように、小さく囁かれた。
妖艶とも言える美しい声色だったが、今の狂信者には恐怖しかない。
「この迷宮の鍵はどこ?」
「わ、私は持っていない!」
万が一にも自分から敵の手に渡ったと知れれば死罪は間違いない。
故に、狂信者はこう答える。
「嘘」
しかし、その言葉を否定する別の女性の声。
首元にナイフを突きつけている女性より、よっぽど温厚そうだ。
寧ろそれが不気味に感じられるが。
「この人は嘘を言ったよ。咄嗟にズボンの右ポケットを意識していたから、そこかも」
せっかく隠した鍵の在り処をあっさりと見破られ、動揺する狂信者。
ズボンを弄る感触の後、また別の女の声で「あったよ」と報告される。
「……じゃ、お休みニャ」
鍵を奪われると同時に後頭部に衝撃が走り、狂信者の意識は闇に落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「や~……シルの駆け引き上手が上手いことハマったニャ」
狂信者を縛り上げたクロエが方言を纏い直す。
暗黒期に殺し屋として名を馳せていたクロエにとって、低位の眷属である狂信者の背後をつくこと等、造作もない。
「この気持ち悪いマジックアイテムがここの鍵なの?」
狂信者から没収した『クノッソスの鍵』を気色悪そうにつまみながら、ルノアは呟いた。
ダイダロスの妄執についてはデンジャから聞かされていたルノアだったが、鍵が何でできているかまではデンジャの情けにより教えられてはいない。もし知っていたら速攻でアーニャに押し付けていた事だろう。
因みに1人だけやることがなかったアーニャはコボルトヴィオラスの死体を突いていた。
「でも上手いこと鍵持ちの
「デンジャさんから貰った奴以外にも鍵があれば、リューたちが後を追ってくるかは分からないけどここに鍵を置いていけるからね」
どうもこの狂信者を見るに、【ガネーシャ・ファミリア】と
ならば彼らの協力も得たいが、今から彼らを探しに迷宮内をうろついている時間はない。
ノエルの安全を確保するためにも、彼女たちは先に進まなければならないのだ。
「じゃ、またミャーに掴まるニャ」
「うん。お願い、クロエ」
縄で縛り上げた狂信者を置き去りにして一行は通路を進む。
「この先の出口を抜けたら、中層だっけ?」
「うん。
「精霊なんてトンデモチート種族と戦うなんてゴメンニャ。美少年じゃないらしいしノエル回収したらとっととずらかるニャ」
既に名高い
「デンジャさんはノエルを連れた
「ニャ。モンスターたちと出くわさないから、びっくりするくらいに下の階層に進めてるニャ。下っ端がどのくらいのレベルかは分かんないけど、兄様でもない限りはミャーたちの方が早く着くはずニャ」
「元冒険者のアーニャがそう言うなら、そうなんだろうね」
そう言って沈黙したシルは、しかし落ち着かない様子だ。
いつも大人らしい姿ばかりを見せるシルには珍しい雰囲気に、クロエは驚いた。
(あのシルがここまで動揺してる……)
思えば、ノエルが攫われたと分かった時も真っ先に飛び出したのはシルだった。
すぐにメンバーにあれこれ指示を出したり、持ち前の頭の回転の良さを発揮していたが、非戦闘員の彼女がこんなところに来る必要性は何処にもない。
自分たちが思っている以上に、シルはノエルに入れ込んでいたのだろうか。
(……ま、今この瞬間までシルが同行してることに違和感を持てなかったミャーたちも大概だけどニャ)
あの超が付くほどシルに過保護なリューですら、勢いのままシルの同行を黙認してしまっていた。
ノエルの存在は知らぬ間に大きなものになっていたということだろう。
だからこそ、その仮定を皆恐れている。
「……」
「アーニャ」
「な、何ニャ? ルノア」
「これから戦いになるって時にそんな沈んだ顔してどうするのさ。気合入れなよ」
「……」
アーニャも気付いている。
否、同僚たちの中ではシルに次いでノエルと遊ぶことが多かったのはアーニャだ。
彼女だからこそ、確信にも似た予感を抱いているのではないか。
即ち、ノエルの限界を。
ノエルが精霊である。
その情報を当初クロエたちは飲み込めなかった。理由は単純、ノエルから精霊の気配を感じなかったからだ。
完全に力抜けてしまった時、精霊はどうなるのか。
最悪を考えるのは当たり前だ。
「あー考えるのは止め‼」
「……クロエ?」
「今はノエルをかっぱらうのが先決ニャ。後のことは後で考えるニャ」
「……ニャ」
そこから少女たちは無言で走り続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おら、とっとと進め‼」
白装束の一団が雪景色の中を進む。
徒党を組んでダンジョン内を探索する様は一見すると冒険者のようにも見えるのかもしれないが、下卑た笑いと共に少女を足蹴にするその姿は、子どもたちの憧れる冒険者には程遠いだろう。
それもそのはず、彼らはオラリオの破壊を目論む悪党。
「あぅっ……」
「っち、ホントに精霊かよ。鈍間が」
「おいおい、散々精霊様の奇跡とやらに苦労させられてきただろうが。力は殆ど失っているようだが、コイツは大切な『呼び声』だ。もっと慎重に……」
彼らはヴィトーによって防衛が突破されるであろうことを予め知らされていたメンバーだ。
自分たちが安全圏にいると分かっているため、緊張感が全く保てていない。
「
「いよいよ、厄災のお目覚めってワケだ」
「なあ、ヴィトー様の到着を待ったほうが良くないか?」
「いや、他ならぬヴィトー様の指示では速やかに穢れた精霊の覚醒を促せとの事だ。
地面に倒れ伏し、土が混ざった雪の味に呻くノエル。
そんなノエルの頭を狂信者たちは容赦なく踏みつけた。
「精霊の力を使え、と言っても分からないか。さて、どうやって使わせる?」
「痛めつければいいだろう。命の危機ともなれば無意識に力を発露することもあるはずだ」
ノエルはそう言いながら布の合間から覗く目に鳥肌が立つ程に怯える。
穏やかな気性の少女には、狂信者たちの暴的思考など理解の範囲外。人が理解の及ばないものには本能的に恐怖を感じてしまうものだ。
「う……うえぇぇっ。おかーさんっ、おとーさん……」
溢れ出す恐怖心に泣き出してしまうノエルだったが、
それどころか、一斉に苛立って剣呑な視線の圧を強めた。
「ついでにこの耳障りな声も消せていいだろう。まずは舌でも切って黙らせて……」
「まあ待て。こうなる前に我々に散々追い掛け回されたんだ。この小娘の中にあるだけの分では足りないかもしれんとヴィトー様は仰っていた」
「じゃあどうすれば……」
「そのためにこれを授けていただいたのだ」
そう言って男が取り出したのは、オラリオではあまり見ない形をした容器だ。
中から聞こえる水の音が無ければ、風船か何かだと勘違いしただろう。
「それは、ひみつ道具と言う奴か」
「ああ、【グレードアップえき】と言うらしい。垂らせばどんなものでも1時間だけ強化されるという優れものだ」
「つまり、それで精霊の力を増幅させようと言うのか。……いや、待て。それでは強くなった精霊に反撃されかねんぞ」
「ふん、それならば問題ない」
そう言って、狂信者はノエルを軽く蹴り、仰向けにする。
体の前面に凍てついた空気の感触を覚えていると、非常に嫌な予感がして、気が付くとノエルの視線は自身を蹴り上げた男に向いていた。
「死にかけの直前でグレードアップえきを使えばいい。要は一瞬力が高まればいいのだ。その後はくたばってもらった方が助かる」
「なるほどな、悪くない考えだ」
そう言って、狂信者の一人が剣を抜く。
鈍色の刀身に怯える
切っ先の行方を脳裏に浮かべたノエルは、その未来から目を背けるようにきつく閉眼した。
そして、真っ暗な暗闇の中で、光を見た気がした。
「遊んでいる暇はない。一気に心臓を」
狂信者の声が途絶える。
死刑宣告出会ったはずのそれは、中途半端な状態で霧散した。
「……?」
いつまでたっても来ない死に戸惑っていると、強く抱きしめられた。
人の腕に体が覆われることは、
「やった、間に合った……!」
「ル、ノア?」
「このバカ娘め。皆心配したんだからね」
恐る恐る目を開いたノエルの視界に映ったのは、【豊穣の女主人】の従業員たち。
この街でノエルが出会った『家族』だった。
その足元には顔が拳の形に陥没した狂信者たちが転がっていた。
「ぁ……ぅ……っ」
安堵のためか。再び涙が零れ落ちる。
しかし、彼女たちはそれを咎めることはなかった。
「ダンジョンに連れていかれたって聞いた時はヤバイって思ったけど、無事でよかったニャ」
「デンジャさんが教えてくれなかったら、大変なことになっていたね」
アーニャとシルも優しく見守る中、ようやく落ち着いてきたノエルは舌足らずな発音で目一杯の感謝を伝える。
「あ、ありが、とうっ、みんな」
少女の言葉に顔を綻ばせる面々。
ノエルも泣き笑いになりながら、再会を喜ぼうとした。
体の奥から感じる暖かな光を抱いて、不自由の身体でよろよろと皆の下へ近づいていき……
「……待った」
愕然としたクロエの声が再び冷気を思い起こさせた。
「なんで光ってるの……?」
「え……?」
周りの困惑した雰囲気に戸惑い、自らの手を凝視するノエル。
その手はクロエの言う通り、淡い光を放っていた。
「なに、これ……?」
体の大きさは変わっていない筈。なのにノエルには
正確には、雁字搦めからの開放感と言った方がいいのかもしれない。
枷が解けた、と言うよりは外から勝手に解かれた。
「っ精霊の力!?」
「なんで!? どこもケガもしてないんでしょ!?」
防いだはずの最悪。動揺する少女たち。
その中で、真っ先に気が付いたのはシルだった。
「皆、
シルの言葉に導かれるように3対の視線がある一点を凝視する。
そこには、倒れ伏しながらも手の中に長方形の何かを持ち、嘲りの光を目の奥に浮かべる狂信者がいた。
「っお前‼」
ルノアが咄嗟にそれを蹴り飛ばす。
恐らくは切り札だったであろうそれを失っても、男の笑みは止まらなかった。
「何を、何をやった!?」
「ふふふっ……大したことはしてませんよ。私の上司から預かった【シナリオライター】とやらで精霊の力の暴発を引き起こしたに過ぎない」
(まだひみつ道具が……っ)
失態だった。
ノエルに剣を振り下ろそうとしていた男に注意を向けるあまり、もう一人の危険人物に気が付かなかったとは。
「失敗した時の保険ですが、上手くいって何より」
ほくそ笑む狂信者を殴りつけようとして、背後から聞こえるより一層大きくなったノエルの悲鳴に拳を止めた。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「ノエル……ッ!」
ノエルが力を失った精霊であることは既に周知の事実。
そんな彼女が自分たちに知覚できるほどの精霊の力を出鱈目に放出している。
力を出し切った後はどうなるか、考えるまでもなく結果は予想できる。
「止め方は!?」
「知りませんよ! 私は『精霊は無理矢理力を放出する』と書かれた紙を燃やせば、こうなると聞かされていたのみ。止める方法など聞かされるはずがない‼」
狂信者は嗤い続ける。
恐怖でその表情を引き攣らせながらも。
「それより、私に構っている暇はあるのですか? ……遂に彼女が目覚めますよ‼」
「「「「!」」」」
ノエルから発せられる光に呼応して
そこにいたのは超大型の怪物。
氷に包まれた彫刻のような姿が動き始める。
「──アアアアアアアアァァァァッッ!!!!!!!!」
穢れた精霊。顕現。
グレードアップえきはagainlive様からのリクエストです。
コメントありがとうございます。
現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。
因みに当初の予定通りグレードアップえきを使っていたら、ノエルは瞬時に全回復した後、全員氷漬けにしてました。
考えてるようでやっぱり浅い思考。それが
神会開催! ベルの二つ名!
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秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
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