精霊。
神々に最も近い種族と言われ、神の子の名を持つ神秘の種族。
モンスター。
両者に存在する共通点がある。
それは、一目見ただけでそうと分かる存在感だ。
神聖さか、邪悪さかと言う違いはあれど、人間ならば誰もが感知できる。
だからこそ、どちらの気配も感じ取れる歪な怪物の姿から、アーニャたちは目を離すことが出来なかった。
「あれが、穢れた精霊……?」
「ふっざけんな。あんなのなんで存在しているんだよ!」
デンジャから聞かされていたその名を苦々しく呟くクロエ。
隣で吐き捨てるルノアは咄嗟にノエルを庇った。
「ノエル!? ノエル!?」
「しっかりするニャ!?」
二人の背後ではシルとアーニャが懸命にノエルに呼びかける。
しかし、ノエルはまるで力を使い果たしてしまったように蒼白な顔になっており、ピクリとも動くことは無かった。
「……ははっ、あひゃひゃひゃひゃっ!? あれこそ正に世界是正の執行者‼ 遂に……遂にこの時が来たのですヴィトー様‼ 愚かな夢を見続けた愚民と愚神に今こそ鉄槌をーっ‼ はははははっ……!?」
地面に転がる狂信者の声が少女たちを苛立たせた。
力尽くで黙らせてやろうかとルノアが考え、男に手を振り上げようとした瞬間。
空気が、爆ぜる。
「──アアアアアアアアァァッッ‼」
「「「ぐっ!?」」」
穢れた精霊の大音量の叫び。
魔法詠唱ではない。威嚇ですらない。それは歓喜。
長き眠りから目覚めたように、或いは新たな生誕を果たしたように、迸る命の衝動のままに発散させたのだ。
無作為な魔力を乗せて。
少女たち……特に聴覚に優れるアーニャとクロエが耳を抑えて苦しむ中、穢れた精霊の叫喚は
突如として首根っこを掴まれて水の中に顔を叩きつけられたかのような息苦しさ。
それは狂信者すらも例外ではない。
「……は…は、は…ぁ………」
狂笑は冷や水と共に洗い流され、熱に浮かされていた瞳に恐怖が浮かぶ。
モンスターと精霊の融合。その冒涜的脅威をようやく理解した狂信者であった者は、再び狂気の笑みを纏おうとして失敗する。
ただでさえ寒かった温度がまた下がった。
なのに流れる冷や水が積もった雪に落ち、精霊は笑いながら矮小な人間たちを流し見る。
そして、ピタリと声は途絶えた。
「……」
生きた心地がしないまま、穢れた精霊を睨みつけるクロエ。
嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らし続ける。
誰もがこの時間に恐怖し、変化を望み、変化を恐れた。
「……アハッ」
神聖さなど欠片もない邪悪な笑み。
それが戦いの合図だった。
弾かれるようにアーニャ、クロエ、ルノアの三人が穢れた精霊に向かう。
シルとノエルの護衛には付けない。魔法を使われたらそれで終わりだと分かったから。
手加減などない本気の一撃をそれぞれ喰らわせるが、強靭な防御力が悉くを無為に帰した。
「畜生……っ!?」
皮の奥、手の骨にまで響くずっしりとした重みに顔をしかめるルノア。
その表情は穢れた精霊の巨体から溢れ出した魔力で引き攣られることになる。
「【
「精霊の魔法……!?」
「離れるニャ‼」
超短文詠唱からなる魔法。
その速読に仰天しながらも、少女たちは咄嗟に飛び退いた。
一瞬の判断が彼女を救う。
「【カエルム・ヴェール】……【
穢れた精霊の身に雷が纏われ、途端に弾けるように四散した。
あたりが雷の雨によって焼かれるのを見て、アーニャは叫んだ。
「フニャニャ~ッ!? ミャーの尻尾がボサボサするニャ~!?」
「乙女が時間かけて毛繕いした尻尾を台無しにするとか……! トンだ腐れモンスターニャ!」
「言ってる場合か! あれじゃ近づけないよ!?」
雪が高熱で蒸発したことによる湿度の上昇でサウナが如き熱気を感じながら、ルノアは穢れた精霊はデンジャの情報通り厄介な敵だと認めざる得なかった。
「こ、こうなったら……一旦逃げてるニャ」
「エルフ以上の
「どの道、広域魔法なんて使われたらシルもノエルも守れない! やるしかないか!」
散開した少女たちは交互に攻撃を試みる。
レベル4の連携を前に中々標的を捉えられない穢れた精霊は苛立つ様子だが、ダメージは全く感じ取れない。
「こいつ、深層で兄様たちが束になる様な強さだニャ!」
余りの
(さっきの魔法……【カエルム・ヴェール】が魔法名なら【
懸命に穢れた精霊の情報を解析しようとするクロエだったが、穢れた精霊は3人から目を離し、その視線をシルとノエルに向けていた。
「【アイシクル・エッジ】」
「なっ……!?」
精霊が大きく口を開くとそこに現れる巨大な氷の柱。
投擲槍のように鋭く尖った切っ先はシルに照準を定め、発射される。
穢れた精霊は3人に押されて詠唱できなかったのではなく、初めからシルを狙って詠唱を隠していたのだ。
「シル‼」
ルノアの絶叫じみた声が響く。
ノエルを抱きしめ、毅然と穢れた精霊を睨むシルの額に氷の柱は吸い込まれるように直進する。
凄惨な光景を誰もが脳裏に過らせる中、氷の柱はシルの数
「あ……」
魔力を使い果たし、朦朧としていたノエルが夢から醒めるように目を見開く。
そんな彼女を心配させないよう小さく微笑んだシルが呟いた。
「──大丈夫」
その言葉に導かれるように、
地面に並行するように長距離を驀進した投擲は、穢れた精霊の
「……間一髪、間に合ったか」
凛とした女性の声。
雪を踏みしめる大人数の足音が轟く。
「何故、部外者がこの場にいるのかは後で問い詰めさせて貰うが……今は手を貸そう」
現れたのはシャクティだった。
クノッソス入り口を攻略した【ガネーシャ・ファミリア】を引き連れ、強大な気配を検知したこの場に到着したのである。
そして、第一級冒険者の膂力で投擲した槍で、シルへの攻撃を破壊したのだ。
「げっ……」
何故かいそいそとフードを深く被るクロエ。
顔を見られては不味い事でもあるのだろうか。
「お前にももう少し手伝って貰うぞ、オッタル」
「……好きにしろ」
そんな黒猫を尻目に、シャクティは睨むようにオッタルを見た。
一人でありながら、その存在感は【ガネーシャ・ファミリア】たちと並べても食われることはない都市最強は、今まさに氷の魔法に貫かれかけていた少女に咎めるように視線を飛ばす。
しかし、それをシルはえへへと笑って流した。
「……はぁ」
「どうした? お前らしくない溜息だが」
「こちらのことだ。詮索するな」
珍しく溜息を零したオッタルは、気を引き締めて穢れた精霊を睨みつけた。
その瞳に僅かに憤怒を見せながら。
「……?」
これまであらゆる
自分の混沌となった心が今更何に動じているのか理解できない彼女は、笑みを消して初めて戸惑いの表情を浮かべる。
「どの程度のものか。まず、試すか」
そんな穢れた精霊を傍から見ると無感動に、しかしその実は瞳の奥に炎を燃やしながら一瞥したオッタルは背中から大剣を引き抜いた。
鈍い光を放つ、分厚い鉄の塊。それがどうした。
「【
大魔法発動の予感を受けて、一斉に【ガネーシャ・ファミリア】が構えるが、そんな彼らを穢れた精霊はせせら笑った。
貧弱な人類では、いくら防御を取ろうとも抗うこと等できない。
生まれながらの強者である彼女はそう確信する。
「【ライト・バー……っ!?」
その口が魔法名を紡ごうとした時、穢れた精霊に驚愕が走る。
何となく目を離せなかった猪耳の人間の姿が急に消えたのだ。
慌てて周囲を見渡そうとした時、男は突如として目の前にいた。
「遅い」
振るわれる轟音。
咄嗟にシャッターのように体を防護壁に包む。
自身の様な振動に呻く穢れた精霊は、一撃でひび割れた防護壁越しに睨む獣の目に戦慄した。
「あの方に向けた無粋な
「~~~~~~ッッ!?」
その時、穢れた精霊が覚えたものは何だったのか。
恐怖か、それとも屈辱か。
凶悪な相貌を貼り付け、声にならない叫びと共に身を捩るように暴れ始める。
オッタルに傷つけられた部位は瞬時に癒え、
「【
「ミャーたちも行くニャ‼」
「……逃げ時は見極めないとね。私たち見つかったら不味いし」
「ってか、ミャーたちもう帰って良くね? もう勝ち確だニャ。はー、やってらんねー」
勢いに乗った眷属たちが一斉に穢れた精霊に殺到する。
そんな
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドンッ、ドンッと振動する通路。
小さな粒が上から落ちてくる音を聞きながら、ドラえもん一行は通路を駆けていた。
「始まったみたいだな……‼」
「ほ、本当にこれが冒険者とモンスターの戦いなんですか!? まだ爆弾が連続して爆発してる方が……っ」
「穢れた精霊とやらの情報が確かならそうなんだろうよ。深層域のモンスターと第一級冒険者の戦いなんて常識じゃ測れない」
彼らは本隊とは別行動を取り、分断されたベル・クラネルの救援のため、デンジャにより伝えられたヴィトーの私室に向かって駆け抜けていた。
「この先だな!」
「うん。デンジャが言っていたのはこの辺りだ!」
デンジャの情報を覚えているドラえもんの案内で遂に目的地にたどり着く。
このまま突入しようと逸る一同をモダーカが遮った。
「待った、待った! ヴィトーはひみつ道具を購入しているんだろ? 無策で行くべきじゃない。ドラえもん、さっき姿を隠していたひみつ道具はまた使えるか?」
「できますけど……」
「なら隠れていくぞ。中の状況も分からないんだから」
モダーカの提案に一理あると感じたらしきドラえもんは、それなら透明マントよりいい物があると四次元ポケットからあるひみつ道具を探し始める。。
一同がドラえもんのひみつ道具を待つ間、ふとのび太はあることが気になってドラえもんに尋ねた。
「通り抜けフープは使えないの?」
「生憎、シルさんに貸したやつしか今はないんだ」
「それじゃあどうやって中に入るのさ」
「こんな時は……四次元三輪車~」
飛び出たのは三つの車輪が付いた乗り物。三輪車だ。
一見するとのび太たちの時代で売られている自転車よりも簡易な乗り物に見えるが、そこはひみつ道具らしく凄まじい性能が加えられている。
「四次元……ということはこれで壁をすり抜けるんだね」
「君は理解が速くて助かるよ出木杉君。のび太もそうであってくれればいいのに……そうじゃないから未来から僕が来たんだけどさ」
「うるさい!」
プンスカと怒るのび太を三輪車に押し込め、出木杉も四次元三輪車に乗せる。
四次元三輪車はその名の通り四次元に入ることが出来る三輪車だ。そのおかげでどんな分厚い壁でもスイスイ行けてしまうし、三次元である現実世界からは観測できない……つまり、見えないのだ。
ヴィトーの私室に入り込むという目的と、姿が見られるのを避けたいというモダーカの要望をどちらも叶えられる優れものなのである。
「あ、これ以上は危ないからモ……モナガーンさんとハシャーナさんはそっちを使ってね」
「「……」」
指示を出したドラえもんはしかし気付いていなかった。
野郎2人組の三輪車と言う絵面の見苦しさに。
子どもがやる分には微笑ましくても、ハシャーナは冒険者らしい筋肉質な中年。モダーカは半裸男である。
余りの居心地の悪さにモダーカは己の名前を訂正する余裕すらない。
「……早く行くぞ」
「……はい」
キコキコと四次元三輪車をこぎ始めるハシャーナ。
子供用であるため、折れ曲がった足を小刻みに動かすしかない。
歩いたほうが速いであろうペースで進んだ四次元三輪車は、カッツン……と情けない音を立てて扉に激突した。
「あ、そこのボタン押さないと四次元に入れないですよ」
「「……」」
先に言えよこの野郎。
2人のドラえもんを見る目は冷たかった。
そんなこんなでヴィトーの私室に侵入した5人はそこで異様な光景を目の当たりにする。
「……ジオラマ?」
「あのでっかい建物って、この国のでっかい塔じゃない?」
「ああ、バベルの塔の模型らしいな」
極めて精巧に作られたオラリオのジオラマ。
一体何人の職人を使えばこんな精巧なものが出来上がるのかと目を見開いていると、小さく剣戟の音が聞こえた。
「戦っている……? だがこの部屋に人は……」
「ハシャーナさんっ、このジオラマの中……‼」
冒険者たちはそこで箱庭の中の嬲り殺しを目撃する。
建物のサイズに合わせたかのように小さくなったベルが、ヴィトーに蹂躙される光景を。
「あそこのガリバートンネルを使ったんだ!」
「おい、ドラえもん! 坊主をなんとか戻せないのか!?」
「ビッグライトを使えば……!」
慌てて四次元ポケットに手を入れるドラえもん。
ようやく見つけ出したベルの姿は悲惨の一言に尽きる。
体中に傷を付け、血は全く凝固する気配を見せない。
おまけに何度も殴られたのか、目元が腫れており、右目はもうまともに見えていないのかもしれない。
息は絶え絶えで、そんな彼をヴィトーは何度も嗤いながら殴り飛ばした。
「この野郎……‼」
ハシャーナが怒気を発する。
ここが四次元空間で良かった。これを見せつけられたら自分たちは平常心を保てず、すぐに気配を漏らしていただろう。そう、モダーカは歯を食いしばりながら思った。
「こ、こんなのあんまりだよ! このままじゃベルが死んじゃう!」
「ビデオで録画している……なんて酷い」
のび太は異世界の友人の無惨な姿に涙交じりの悲鳴を上げる。
そして、一方的な戦いをレンズに収めるカメラを見た出木杉が嫌悪感をあらわにした。
そしてドラえもんは。
焦る手元を狂わせながらも、ビッグライトを探していたが、出木杉の呟きを偶々聞き取り、その悪趣味なカメラに顔を上げた。
そして、その顔をより一層蒼くする。
「……違う」
「え?」
「ドラえもん」
「違う! これは、ただのカメラじゃない!」
なんてことだ、とドラえもんが狼狽える姿にのび太と出木杉が困惑の声を上げる。
怒りに我を忘れかけていたハシャーナとモダーカも何事かと振り返った。
「このカメラはひみつ道具だ! それも、最悪な部類だ!」
余りにも入念なヴィトーの悪意。
ドラえもんはロボットであるにもかかわらず、思わず立ち眩みの様な感覚を覚える。
「これは……カチカチカメラだ!」
ようやく種明かしできました。
神会開催! ベルの二つ名!
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