ふっ、と先程まで漲っていた力が霧散する。
ベルのスキル【
高火力と引き換えのこのデメリットはベルも重々承知のつもりだった。
正し、それは半死半生の状態で放ったことのない故に不十分だったのかも知れない。
(あ、不味……意識 ト ブ……)
消えた体力と
強いイシの発動条件は『ヴィトーを倒すこと』。つまり、ヴィトーを倒すことに成功した今となってはもう飛んでくることはない。
もう頭をガンガンやられないのはいいことだが、本来意識を失うようなダメージを受け続けた所を、強いイシによる強制覚醒で誤魔化してきたのだ。タダで済む筈がない。
戦闘不能どころか、このまま永眠してしまっても一向に不思議ではないのだ。
「やったぁ! ベルが勝ったぁ‼ 後はしあわせトランプを【アベコンベ】で……って、えええッ!? ベルが死んじゃう!?」
「ちょっと待てこれヤバいだろ!? 泡吹いてんぞ‼」
「坊主‼ 寝るな‼ 起きろおおおおおおっ!?」
勝利に沸いていた一同もベルの様子に気付いてパニック状態だ。
「ど、ドラえもん!? なにかひみつ道具をっっ!?」
「ええ~!? な、何かって言われても……あれじゃない。これじゃない。それでもない……」
切羽詰まった様子の出木杉に急かされて、慌ただしく四次元ポケットをひっくり返すドラえもん。
「よ、よし‼ こうなったらあれを使おう‼」
やがて、何を使うか決めたらしきドラえもんは、例の声でそのひみつ道具を取り出した。
「タイムふろしき~」
(あれは……神様に髪飾りを送る時に……)
かつて【
その効果は時間の逆行。
風呂敷に包んだ物の時間を巻き戻すのだ。
壺を割ってしまったとしても、これに包めば新品同然……どころか、加減しなければ作ってる最中、固まる前の状態になるかもしれない。
それを怪我人にかければどうなるか。
「このくらいでよし。どうベル君? 身体、痛いところはない?」
「……大丈夫です。痛みも疲れもさっぱりなくなるなんて……」
これが普及すれば冒険者は大助かりだが、薬師は大赤字だろうな、とベルは何となく思った。
凄いジト目で見てくるナァーザの幻影を振り払いつつ、ベルはドラえもんに礼を言う。
「ありがとうございます。助けてもらっちゃって……」
「お礼なんていいよ。前に僕たちが助けてもらったから、そのお返しだよ」
体を小さく動かしても全く痛みが無い。
暫くは療養生活覚悟していたが、これならば問題なく今まで通りの生活が出来そうだ。
その時、ようやくベルはドラえもんたちがここにいることに疑問を持った。
「そう言えば、みんなはどうしてここに?」
「そのことなんだけど……」
ドラえもんが語ったのは、ベルたちが
精霊であったノエルを
「ノエルが……?」
「ごめんなさい。僕がもっとちゃんとしていれば……」
「あ、いや!? 出木杉君は何も悪くないよ! 悪いのはノエルを攫った人たちなんだから」
目の前でノエルが連れ去られてしまった出木杉はかなり気にしているらしい。
動揺してないでしっかりしないと! と自分の頬を叩いて気を引き締める。
「僕も行きます。その、穢れた精霊ってモンスターのところにノエルはいるんですよね」
「おいおい、怪我が治ったとはいえ、お前はもう退却したほうが……」
ベルの言葉をモダーカは至極真っ当な意見で否定する。
その意見の正しさはベルにも分かっている。だけど、頷くわけには行かなかった。
「あの娘は、ノエルは僕のことをお父さんと呼んでくれているんです。なら、何もしないなんてできない」
「……」
「ごめんなさい。【ガネーシャ・ファミリア】を信じてないわけじゃ決してないんです。あの娘が苦しんでいる時は一緒にいてあげたい。あの娘が泣いている時はその涙を拭いたい。そんな、我儘なんです」
「……っ。しかしだなぁ」
モダーカは苦々しそうに首を振る。
ベルと距離が近かったモダーカだ。彼の気持ちは痛いほど分かった。
心情的には許してやりたいのだろう。だが、情に流されてベルを危険な戦場にこれ以上引っ張りまわすわけには行かない。
そんなモダーカの思いが伝わったのか、ベルの表情も曇る。
ここで彼らを無視して勝手な行動をとれるほど、少年は自分勝手にはなれなかった。
双方が沈黙し、少年たちが心配そうに見つめる中、ハシャーナがため息を吐いた。
「……あのな、坊主? 付いて行きたいなら自分の感情をいくら説明したって意味がねぇ。ここは自分が穢れた精霊の戦いに付いて行って、どう活躍できるかを言うべきだぜ?」
「……ハシャーナさん?」
「なにを……」
「頭が固すぎんだよ。坊主もモダヤンも」
「自分の名前はモダーカです。こんな時まで間違えんな」
ハシャーナはそう言うとベルから一枚のカードを取り上げた。
「あ、それはっ」
「不幸が次々と降りかかる呪いのカードか。異世界人はなんでこんなものをつくったんだか」
ハシャーナの身に起きる厄災を想像して身を竦めるベル。
しかし、ハシャーナは不敵に笑うと、矢印のついた棒を素早くカードに突き刺した。
「か、返してください‼ それは……っ」
「おう、ほらよ」
「うわぁ!? ……あれ?」
本当にあっさりと返したハシャーナの行動に悲鳴を上げるベルだったが、その絵柄の変化に気付く。
ニヤニヤと笑う
「アベコンベだったか? これで触った物は性質やら外見が入れ替わるっつうひみつ道具らしい。こいつでこのふざけたカードをあべこべにした」
「えっと、つまり」
「今のこいつは持ち主に次から次へと幸運を持ってくる良いひみつ道具ってわけだ」
自分の悩ませていたひみつ道具があっさりと対処されたことにベルは目を丸くする。
「そして、そんな超幸運男が戦場にくれば……俺たちは大助かりだろうな」
「!」
「ハシャーナさん……」
「そう怒んなって。実際、これで穢れた精霊の攻略は楽になるだろ?」
「あーあ。絶対後で団長に怒られますよ、俺たち」
モダーカはそう言うが、どこかその表情は安心した様子だった。
ベルも参戦することが許されて、改めて気合を入れ直す。
「まあ? 他にも良い要素があるなら言ったほうがいいぞ、坊主」
「うーん。ちょっと今日のひみつ道具はあんまりいいものが無いんですよね。と言うか、最後の一つは使い方がよく分からないですし」
「どんなものなの?」
「あ、のび太君には言ってなかったっけ。今日僕が使えるひみつ道具は【チョーダイハンド】【強いイシ】そして……【機械化機】だよ」
「うーん。確かに使えないかも」
「どんな機能なんだ?」
ハシャーナの質問に対し、実際にひみつ道具を実演することで答えることにしたドラえもん。
ベルにひみつ道具を取り出して貰う。
「機械化機~」
「僕って傍目から見るとこんな感じの声を出してるのかな?」
収束する光を見つつ、ドラえもんが呟いた。
やがて、機械化機を具現化したことを確認し、それをベルに渡してもらう。
「これは色んな機械の力を人間に写せるんだ。例えばこのアベコンベの力をベル君に写せば……」
リモコン型のひみつ道具をいじり、ベルに向ける。
ちょっとのび太を触ってみて、と言う指示通りのび太の頭を人差し指でちょんと突く。
「のび太君。ちょっと円周率を計算してみて」
「馬鹿にして‼ そんなの幼稚園児だって分かるだろ! 3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288 41971 69399 37510 58209 74944 59230 78164 06286 20899 86280 34825 34211 70679……」
「こんな風にアベコンベの能力をコピーしてるから、ベル君に頭を触られた頭の悪いのび太君は逆に天才になったんだ」
「野比君にとんでもなく失礼なことをしてるよドラえもん」
もう一度のび太の頭に触れて元通りにする。
「凄いひみつ道具に見えたんだが……」
「これ、ドラえもんたちの世界の『機械』が対象みたいで、
「確かにそこまで使えるとは言い難いか。りもこんとやらで操作するんじゃなく、念じれば使える仕様ならな……言っても仕方ないか」
ベルの最後のひみつ道具は余り当てにはできない。
もとよりそこまで期待していなかったハシャーナは一同を連れて、既にシャクティたちが戦端を開いているであろう最後の戦場へ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【ライト・バースト】」
閃光の砲撃魔法が冒険者たちを襲う。
都市最高の魔導士である【
しかし冒険者たちは危なげなくそれを躱した。
「っ!? 【突キ進メ
誰一人として当たることが無かった砲撃の砂塵に目を見開き、続いて忌々し気に表情を歪めた。
驚くのは一瞬、その後に繰り出す超高速詠唱。
魔法の使い手として生まれながらの最上位者である精霊としての本領を遺憾なく発揮する。
「【サンダー・レイ】」
黄色の
人類の投擲では到底再現不可能な破壊の矛先が向けられたのは、最も脅威性の高い猪耳の人間。
「……っ!」
オッタルはその矛先を見据え、上体を逸らす。
決して急いだように見えない行動は槍の空振りと言う形で格の違いを見せつけた。
「
冷徹なまでの分析。
魔法のスペック頼りのゴリ押しなど、【
「そしてこの速さならば……お前には追い付けん」
「何を当たり前のことをグダグダ言ってやがる糞猪」
オッタルの言葉に反応したのはこの場に到着したアレンだ。
その脚の速さと協調性の無さを存分に活かし、他の面々を置き去りにしてきたらしく近くに他のメンバーは見えない。
ちらりとシルを見て、非常に不機嫌そうに表情を険しくした男はオッタルの言葉も鬱陶し気に返す。
「都市最強だと謳われておきながら、いつまであの耳障りな
「シル様の安全を優先したまでだ」
「笑わせんな。こうなる前にふん縛ってホームにでも転がしておくべきだったんだ。テメェらは好き勝手にさせすぎなんだよ」
「……」
一応、オッタルは自派閥の団長なのだが敬意の欠片もない。
難しそうな顔をして黙りこくったオッタルから目線を外したアレンは、穢れた精霊とそれを相手にヒットアンドアウェイを繰り返す【豊穣の女主人】の従業員たちを睨みつけた。
「どいつもこいつもかったるい……目障りだ愚図共」
冷え冷えと通るアレンの声。
それが聞こえたわけではないだろうが、ビクリと反応したアーニャが振り返り、焦ったように叫んだ。
「兄様……!? ルノア、クロエ! 離れるニャ!?」
「はあっ!?」
「轢き殺される!」
アーニャの尋常ではない様子に二人も振り返り、尋常ではない殺気に慌てて飛び退いた。
三人を吹き飛ばし、直進する黒い影。
それを確認した穢れた精霊は即座に迎撃を行った。
「【
短文詠唱を高速で唱える。
水色の
「【アイシクル・エッジ】」
先程シルを貫こうとしていた氷の柱がアレンに向かう。
それを見たアレンは顔色を変えずに更に加速する。
「なっ、速い!?」
ルノアの驚愕の声が耳に届く事すらない。
音も、景色も、魔法すらも、全てを置き去りに駆け抜ける姿は正に都市最速。
「前に躱すか、アレン」
オッタルが言うように最短の回避行動を取ったアレン。
最早その頭には穢れた精霊の首を獲ることしかなかった。
しかし、それを黙って見ること等
「行け、化け物共‼」
「あー、あの狂信者完全に忘れてたニャ」
シナリオライターによって穢れた精霊を呼び起こした張本人である狂信者の号令で、極彩色のモンスターたちが
知ったことかと駆け抜けようとするアレンだったが、狂信者のある指示で足を止めざる得なかった。
「
首に付けられた
弾けたその体液は結界となってアレンの前に現れた。
「っち」
「ははは! そのまま溶解液に突っ込めばいいものを‼ だがこれで迂闊に近寄れまい‼」
「……だから何だ。気持ち悪い色の化け物共を先に皆殺しにしてから、改めてデカブツを仕留めればいい話だ」
「……っ。ひひっ」
アレンに睨まれ、怯む狂信者だが掠れたように笑う。
「いいや? 一瞬でも誰も近寄れなければいいのだ。それで最悪の厄災は誕生する‼ それこそが世界是正‼
狂信者は役目は果たしたとばかりに無防備になった。
もう、この先の展開。
その話を怪訝そうに聞いていた冒険者たちだったが、穢れた精霊から突如として発せられた悲鳴と威圧感に身構えた。
一見すると何も変わっていないように見える穢れた精霊。
しかし、何かが違う。場の誰もがそれを感じ取る。
そして、その存在は笑った。
「ゲシシシシ……」
機械化機はgmgn様からのリクエストです。
コメントありがとうございます。
現在も活動報告でリクエストを募集していますので、気軽にコメントしてください。
第一級冒険者が揃ってた【ロキ・ファミリア】を壊滅寸前まで追い詰めた59階層の穢れた精霊に比べて、こっちのやつは弱くないか? と思った方もいるかもしれません。
実はこの個体はずっと寝ていたせいで鈍っている+魔石による強化がまだ行われていないために弱体化していました。
まあ、たった今、ひみつ道具によって強化されたんですけど。
追記:機械化機の説明で、写すではなく移すだと指摘がありました。しかし、機械化機は機能をコピーするのであって、元々の機械の能力がなくなるわけではないので、指摘してくださった皆様には恐縮ですが、『写す』のまま投稿させていただきます。
神会開催! ベルの二つ名!
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