立ち込める砂ぼこり。崩壊した偽りの箱庭。
これは随分と懐かしい光景だ。
殺戮と破壊の限りを尽くした暗黒期を彷彿とさせる。
「ごほっ、ごほっ。……がっ……」
ズタボロの身体を這わせるように、ヴィトーは息を潜めながら進んだ。
口に広がる不快な感触。やはり自分の血は駄目だ。
(運が良かった。いや、彼の運が悪かった、が正解でしょうね)
あとほんの少しの
その一秒の差が彼にチャンスをもたらしていた。
念のために、と言うよりは嫌がらせのような意味で持たせていたしあわせトランプの
(しかし、あのひみつ道具は無効化される。異世界の存在がいたようですしね。これ以上は期待できない)
後は彼の不幸がどこまで続いていたか。
流石に偽りのオラリオとともにあれが破壊されていれば、もうやれることはない。
ベル・クラネルの一撃はヴィトーの箱庭をグチャグチャにした。そこに隠していたひみつ道具まで壊されている可能性は……残念ながら高いだろう。
しあわせトランプの
今のヴィトーが大ダメージを受けているように、勝てる戦いを無理矢理ねじ曲げることはない。
あくまでも、勝ちの中から不幸の要因を追加させるだけなのだ。ヴィトーが生きていると言う不幸がトランプの限界かもしれない。
(いや、希望はある。街が粉微塵になっていない限り、あれが壊れていない可能性はある。ならば、その可能性を
ヴィトーが向かうのは原作における【ヘスティア・ファミリア】最初のホーム。寂れた廃教会。
目立たず、地下に隠し部屋のあるこの建物は、隠しものをするには打ってつけだ。
地下室への階段を慎重に降りる。
ポップ地下室による再現だか、そのお陰で頑丈だ。
階段を降りきり、それが安置してある場所を確認したヴィトーは。
「……は、はははっ」
小さく笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
正直な所、こんなものかと言う思いはあった。
穢れた精霊。ダンジョン深層域の巨大モンスターと、神々の子どもの中で最も強い力を秘める精霊の力は確かに強力だ。
しかし、それが
その違和感を魔石による強化が無かったからだと納得させ、戦ってきたわけだが。
(
嫌悪感に鳥肌を立たせながら、ルノアはそう分析する。
一体どのようにして穢れた精霊を変質させたのかはルノアには分からない。
ただ、良くないことが起きているとは察することが出来た。
「ギシシシシ……」
パッと見たところ変化が見えるのは耳。エルフのように突如として尖った。
後は、あの気色の悪い笑い声か。
「……」
オッタルもアレンも動かなかった。
穢れた精霊が先程までのままだったらそのまま仕留めていただろう。
しかし、敵に明らかな
そう、数多の視線を潜り抜けた第一級冒険者たちは感じているようだ。
「【火ヨ、来タレ──】」
「詠唱かっ!」
「止めるニャ!」
先程と変わらない声色。
立ち昇る魔力から広域に影響を及ぼすと判断したアレンが駆ける。
続くようにアーニャも動いた。
2人の
銀と金の閃光が幾十、幾百の格子となって穢れた精霊を囲む巨大な檻と化す。
「……っち」
アレンの動きに合わせて槍を振るうアーニャを見て、不快気に舌を打つアレンだったがそれ以上は何も言わなかった。
正確には、言ってる状況ではなかった。
「【
詠唱が止まらない。
アーニャの攻撃のみならばそれは変異する前もそうだった。
しかし、アレンの攻撃を受けても穢れた精霊は止まらなかった。
否、正確にはアレンの攻撃は当たっていない。
(奴に槍をぶち込んでも届かねぇ、何かが弾きやがる)
単純な装甲の厚さではない。
不可視の壁が穢れた精霊の周りに展開されている。
「ニャッ!?」
「ちィ……っ」
おまけにその不可視の何かは攻撃にも転用できるらしい。
段発的に襲う謎の攻撃の前では得意の高速戦闘も本領発揮とはいかない。
どうしても、未知の攻撃の防御のために攻め手を犠牲にするしかなかった。
「やっば、これどう考えても超長文詠唱……!」
「シルとノエルを守れ!?」
クロエとルノアが2人を連れて可能な限り距離を取る。
オッタルはそんな少女たちと穢れた精霊の直線状に立ち、大剣を上段に構えた。
それに合わせて【ガネーシャ・ファミリア】も陣形を組み、シルとノエルを防備する。
「【
詠唱を完成させた穢れた精霊は魔法を放つ直前。
眼下で慌ただしく動き回る
「【ファイアーストーム】」
特大の炎風が巻き起こる。
ベルの
そのまま炎は
「……」
業火は届かない。
不発ではない。防がれたわけでもない。
それによって眷属たちが助かったわけでもない。
空中を渡り、爆発しようとしていた炎の魔素が空中で留まっていたのだ。
「
シルの愕然とした呟き。
その言葉の意味を正確に理解できたものはいなかったが、尋常ならざる業だとは誰の目にも明らかだった。
「こんなことがあり得るのか……?」
シャクティの呆然とした声が雪景色に響く。
迷宮の中に現れた小さな太陽。
人を焦がすことが無かったそれに、誰もが嫌な予感を覚えた。
「魔法が形を変えて……!?」
やがて、時が止まったように静止していた炎は形を変え始める。
ゆっくりと、ゆっくりと球体に丸められていた炎の嵐は円錐状に変形していく。
まるで子供が粘土細工をいじるように不格好な姿になったそれは、より効率的に人を殺すためのものなのだろう。
「ギシッ」
青ざめる人間たちを嗤う悪意。
オッタルの中で危機感は最大限となり、遅きに失したことを自覚しながら彼は詠唱を開始した。
「【
並の冒険者からすれば十分に速い詠唱。
しかし、穢れた精霊の前ではいくら時間を引き延ばしても足りない。
本来はその筈だ。
(既に魔法の変形は成った筈。こちらの詠唱を待っているのか)
それは
それとも
「【駆け抜けよ、女神の真意を乗せて】」
オッタルの詠唱が完成する。
同時に、待ってましたとばかりに円錐から炎が溢れ出した。
「コレデ、オ シ マ イ 」
より人を殺す形となった炎の嵐だったものが人間たちに迫る。
狙いは人間たちの無視できない存在であるらしい、嘗て同胞だった者。
唸りを上げる炎の鏃が人々の姿を照らした。
「【
誰かの叫ぶように彼を呼ぶ声。
オッタルはそれに呼応するように魔法を口にした。
「……【ヒルディスヴィーニ】っっ‼」
穢れた精霊の必殺を真っ向から迎え撃つ。
精霊の奇跡と人の絶技。ぶつかり合う両者の拮抗は一瞬。
「キシシシ」
「ぬっ……!」
やがて徐々に穢れた精霊の魔法が押し始めた。
仮に
しかし円錐を更に
(防ぎ、切れん……!)
自分が死ぬことは無い。
後ろの眷属たちも同様だろう。
しかし、耐久が一般人並しかないシルは話が別だ。
「構えろ、後ろに通すな!」
シャクティもオッタルのみでは防ぎきれないと判断。
「アレンッ!」
「何やってんだテメェは!?」
オッタルの指示にアレンは怒号と共に応えた。
都市最速の名の通り、オッタルが拮抗させている一瞬で最後尾であるシルの下に辿り着くと、シルとノエルを連れて問答無用でその場を離脱したのだ。
「来るぞ! 耐えろっ!」
シルとノエルが離脱した直後、シャクティの声と共に冒険者たちは炎に飲み込まれた。
オッタルの一撃で殆ど相殺されたことで死者こそ出ていなかったが、それでもダメージは大きい。
「ぐ……っ」
「熱い、熱いぃぃぃぃ……っ」
のたうち回る前衛たち。
シャクティの指示で後方に待機していた
しかし、それを穢れた精霊が黙って見ているはずがなかった。
「地ヨ、唸レ──」
「また魔法!?」
「一体幾つあんのさ!?」
アーニャとルノアの焦りに満ちた声。
まだ、体勢が立て直せていない冒険者たちを今度こそ抹殺しようと精霊は何度目とも分からない高速詠唱を開始する。
「【
「アーニャ、ルノア! 守るニャ! ここで他がやられたらミャーたちも死ぬ!」
「シルやルノアは……っ」
「【
自分たちでは詠唱を中断するのは無理と判断したクロエの指示が飛ぶ。
さっきまで楽勝ムードだと思えばすぐこれだチクショー! と心の中で騒ぎつつ、アーニャやルノアは兎も角、耐久の低い自分は今度こそ終わりかもしれないと身震いした。
魔法を使えば自分だけは逃げれるかもしれないが、それをやったところで寿命が雀の涙ほど伸びるだけですぐ後に死ぬだろう。
「アーニャは【
最優先で守るべき最強戦力と指揮官を2人に任せ、クロエは
丁度そのタイミングで穢れた精霊の詠唱も完了した。
「【メテオ・スウォーム】」
(うっわ、でっかい岩ばっかり。ミャーと相性最悪)
はいやっぱむーりー、と諦め状態のクロエ。
シルが言うところの
(ショタに囲まれてイチャイチャしたいだけの人生だったニャ)
眼前に迫る隕石。
思い返すのは血塗られた記憶ばかりで泣きそうになる。
まあ、最後はいいところに流れ着けたし良しとしよう。
走馬灯が流れ始めていたクロエだったが、彼女の運命はここでは終わらない。
「──【ルミノス・ウィンド】‼」
「ニャ?」
無数の隕石群。
それに対抗するような凛とした声に付き従うのは、無数の緑風を纏った大光球だ。
次々と砕かれる穢れた精霊の魔法を、夢見心地に見るクロエの横に降り立ったのは一人の
「遅くなりました」
「……やー。これでリューがショタだったら惚れてたニャ」
「ふざけていられる程度には余裕があるのでしたら援護は不要ですね。次からは一人で何とかしてください」
「スンマセンシタ単ナルジョークデス」
軽口を叩きながら、クロエはへたりこみそうなほどに安堵していた。
リューは【豊穣の女主人】の戦力の中でも頭一つは抜けている実力者だ。
加勢してくれればありがたい。
「援軍は私だけではありません」
「みたいだニャ」
リュー以外にも援軍はいた。
まず1人は赤い鉄の身体のデンジャだ。
「頼む、雪の精霊‼」
殺し屋ジャックから取り上げた精霊よびだしうでわによって、呼び出した雪の精霊の力で雪の壁を作り、【ガネーシャ・ファミリア】たちを守っていた。
そして、もう1人。
「デカくなったのは図体ばかりかい、このバカタレが」
「ミア……」
オッタルに降りかかる隕石を粉砕して振り返るミア。
その瞳に都市最強への畏怖はなく、手のかかる子供に向けるものだった。
「そら、さっさと反撃するよバカタレ共‼ 夕餉時は近いんだからね!」
ヴィトーさんしぶとすぎ?
ダンメモの時点でそうです。
神会開催! ベルの二つ名!
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