ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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鐘の音と共に

 圧倒的暴威。

 無差別な破壊。

 現実離れした光景を見た時、世の中は2種類の人間に分けられる。

 

 即ち、恐怖を持つ者とカタルシスを感じる者だ。

 

「……ヴィ、ヴィトー様! ヴィトー様!?」

 

 ノエルの力を引き出した狂信者は後者であろうとした。

 例え、そうでなかったとしても、今までの道筋を変えること等できないのだから。

 心の底から湧き上がる感情に蓋をして、半狂乱になりながら変異を為した男の名を叫ぶ。

 

「うっ!?」

 

 やがて、頭上には巨大な魔法円(マジックサークル)が展開され、そこから次々と隕石が生み出されていく。

 一つでも当たれば自分など軽く消し飛ぶであろう破滅の礫。

 

「ひぃ、ヴィトー様! ヴィトー様ァ!?」

 

 いよいよ取り繕えなくなりながらも、狂信者は必至に雪景色の中を走り続けた。

 やがて、ボロボロになりながら仰向けに倒れているヴィトーを見つけると、一目散にその下に駆け寄る。

 

「……」

「ヴィトー様!」

「……ああ、貴方ですか。御覧なさい、あの威容を。あれこそ正に世界を破滅させる力」

 

 浮かれるような言葉に狂信者は何も返せない。

 あんな恐ろしい物のどこに心惹かれるのか、まるで理解できなかった。

 ただ、闇派閥(イヴィルス)としてはその反応が正しいのだろうとも理解できたため、狂信者は己の本心を隠し、同調する。

 

「……あれだけの力があれば世界是正を為すこともできます」

「ええ。苦労した甲斐があったというもの」

「あの存在が我らの支配下にあれば恐れる者など最早いないでしょう」

 

 狂信者にとって幸運だったのは自分が闇派閥(イヴィルス)だという事だ。

 組織を裏切らない限り、あの力が自分に向くことは無い。そう信じていた。

 

「いいえ? 別にあの怪物を支配などしていませんが?」

「……え?」

「あれに【合体ノリ】で融合させたミュータントは【人間製造機】で造り上げた存在ですからね。異世界でジャックさんが陽動のために使ったそうですが、到底人の言うことなど聞かない……と言うよりは、人間に対して無条件で殺意を持つようですよ」

「お、お待ちください!? あれは我々の兵器として生み出したのではないのですか!?」

 

 ヴィトーの言葉により自分が安全圏にいるという錯覚がガラガラと崩壊する。

 抱き起そうとしていたヴィトーを突き飛ばし、愕然とした様子で傷だらけの男を見下ろした。

 自身を嫌悪の視線に晒しながら、それでもヴィトーは何でもないように告げた。

 

「この歪み切った世界……神々や人間がいる限り、是正されることなど有り得ません。ならば、闇派閥(イヴィルス)とて例外ではない。そうでしょう?」

 

 その声色は何処までも透明で。

 虚飾だらけだった男の真意であることは嫌でも分かった。

 

【メテオ・スウォーム】

 

 遠くで声が聞こえた気がしても、狂信者は動けない。

 呆然と虚空を見つめるだけ。

 

「おっと、ここで死ぬのは考えものですね。私も是正されるべき歪みに違いありませんが、全てを見届ける必要がある。それがあの怪物を生み出した責任と言うモノでしょう」

 

 その言葉を言い終えるより前に、ヴィトーは狂信者の首元を掴む。

 半死半生とは思えないほど俊敏な動きに狂信者は反応できず、あっさりと捕まってしまい、そのまま上位の眷属の【力】の能力値(アビリティ)により持ち上げられてしまう。

 

「恨まないでくださいね。きっと難しいでしょうが。しかし、えぇ……近くにいた貴方が悪いのですよ?」

「何、を゛ッ!?」

 

 気味悪く嗤うヴィトーを息苦しさと共に睨む。

 後頭部に入る衝撃と、頭の中に響く腐りかけの果実が潰れたような音。

 最期に薄い、光のようなものが見えた気がして、狂信者の意識は途絶える。

 そして、二度と浮上することは無かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「……」

「シャクティ……」

「お前の顔は覆面で見えない。故に私にお前の正体など分からない。例え、妹が友人に送った筈の【リュミルアの大聖樹】によく似た木刀を持っていたとしても」

 

 シャクティは援軍を見ることは無かった。

 その空色の瞳を認識しようとはしなかった。

 

「……力を貸してくれるか、名も知らぬ妖精(エルフ)

「……ええ。既にファミリアもエンブレムも持たない身ですが、この(かたみ)に誓うことはきっと許してもらえるでしょう」

「そこの少女たちを頼む。回復魔法が使えるならば、そこの精霊を治療してほしい」

 

 シャクティはそれだけ言うと部隊を再編するために駆けだす。

 それを黙って見送ったリューはシルとノエルを連れ、戦線から離れる。

 

「【今は遠き森の歌。懐かしき生命(いのち)の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を──ノア・ヒール】」

 

 詠唱を完了させ、手から零れる光がノエルを包む。

 

「……ん」

 

 苦しそうに瞳を閉じていたノエルだったが、徐々にその息遣いが穏やかになっていく。

 

「……ノエルは大丈夫そう?」

「分かりません。私は精霊の生態には詳しくない。私の魔法は即効性に乏しいですし、気休め程度に考えてください。そもそも、シルの方こそ大丈夫なのですか」

 

 恩恵(ファルナ)を持たない人間にとって、埒外の怪物のいる戦場など、いるだけで毒だ。

 そう思い、心配するリューだったが、シルは消耗した様子を見せることは無かった。

 

「……私とノエルをある程度遠くまで運んだら、リューは皆の手伝いをして?」

「できません。シャクティの頼みだけではない。非戦闘員をダンジョンで孤立させるなど持ってもの他です」

 

 シルの言葉をリューはにべもなく切り捨てた。

 確かにあのモンスターは危険だ。総力戦で当たるべきだろう。

 しかし、シルを放置したら高い確率でモンスターと遭遇(エンカウント)する。

 冒険者でもない街娘にはゴブリンだって危険な相手だ。足手まといになる瀕死のノエルを連れているとあっては尚のこと。

 

「でも、リューはあそこにいないと駄目だよ! 魔法を使える人がいないと……!」

「……?」

 

 そんなことは聡いシルならば承知の上だろう。

 しかし、それでもリューを加勢させようと言っている。

 それは、遠慮などではないようにリューには思えた。

 

 シルには時折自分たちには見えていないものが見えている時がある。

 まるで神々のような洞察力を見せるのだ。

 今回も、何かが分かっているのだろうか。

 

(……いや、やはりできない)

 

 シルを誰よりも深く信頼しているリューだったが、盲信はしていない。

 ここでシルの護衛を止めることなどできない。

 少なくとも、代わりに護衛できる存在がいない限りは。

 

「シャクティは【フレイヤ・ファミリア】を囮とした意識外からの攻撃を行っています。私が行かずとも、善戦できるはずです」

 

 リューがシルから遠方の戦いに目を移せば、ミアやデンジャを援軍に加えた冒険者たちは優位に戦いを進めていた。

 ハナから協調が期待できないオッタルとアレンを囮に、いくつかの隊に分かれた散発的な攻撃。

 穢れた精霊の念動力(サイコキネシス)は強力だが、あくまでも意識的行為(アクティブアクション)

 敵の動きが分からなければ十全にその力を発揮できない。

 

「頼む、火の精霊‼」

「【戯れよ】」

 

 特に活躍が著しかったのはデンジャとクロエだ。

 デンジャは精霊よびだしうでわで火の精霊を呼び出し、熱によって辺りの雪原を蒸発させることで目くらまし。

 クロエは幻影を生み出す魔法により、穢れた精霊を混乱させている。

 変異により知能が発達した穢れた精霊であったが、駆け引きとは知能だけでなく、経験もモノを言う。碌な戦闘も熟さず、スペック頼りの攻撃を繰り返す穢れた精霊に優秀な冒険者たちの裏はかけない。

 そう説明しても、シルの表情は晴れなかった。

 

「リュー。あの穢れた精霊は子どもなの。変異してからはその傾向がより強くなった」

「変異してから? 私には寧ろ、変異してから知能が発達したと……」

「頭じゃなくて、感情面での話。あんなに表情豊かになってる。だから危険なの」

 

 シルの言わんとすることが理解できずにリューは戸惑う。

 

「感情的なことにどうしてそこまで危機感を? 駆け引きにおいては感情的にさせることは悪くない筈」

「うん。感情的になれば行動は単純化されるから、頭はより回らなくなる。それは分かってるよ。でもね、リュー? そもそも単純な行動が最適解なのだとしたら?」

「……っ!?」

「駆け引き何て無視して力尽くで辺りを攻撃すればいい。あの穢れた精霊にはそれが出来る。時間を使う魔法に頼らなくても」

 

 シルの回答に正解を告げるように。

 穢れた精霊は徐に手を上げた。

 

「ゼンブ、(トケ)チャエ!」

 

 赤子じみた声と共に芋虫(ヴィルガ)たちが浮かび上がる。

 混乱するようにバタバタと短い足を空回りさせながら、身を捩る極彩色のモンスターたち。

 左右に体を振っていた芋虫(ヴィルガ)たちだったが、その体はやがて全て右方向によじれ始めた。

 

「ピギィぃイイイイイイイイッッ!?」

 

 芋虫(ヴィルガ)の小さい口部から耳障りな声が叫ばれる。

 無数のそれらが不協和音を醸し出す中、声に紛れてミチミチと嫌な音が紛れ込んだ。

 まるで水を吸い込んだ雑巾を絞るのように、細く捻じれに捻じられた極彩色のモンスター。

 

「ガ……ピュ……ィィ……ピャッ」

 

 断末魔はかすれ声。

 一斉に破裂した芋虫(ヴィルガ)から溶解液が溢れ出し、滝のように流れ落ちる……前に空中で静止した。

 

「また念動力(サイコキネシス)かっ」

 

 アレンが吐き捨てる。

 そのまま溶解液をぶつけるつもりか、と警戒する一同だったが、溶解液は空中で弧を描き、穢れた精霊の周りをぐるりと囲み円になった。

 円状の溶解液は更に薄く引き伸ばされ、壁のように穢れた精霊を覆い隠す。

 

「行って! リュー!」

「シル!?」

「あれは魔法でしか防げない! でも、オッタルさんのじゃダメなの! リューのルミノス・ウィンドじゃないと!?」

 

 シルの必死の剣幕に、リューも考えが揺らぎ始める。

 

(あれは壁? いや、シルの慌てようからして攻撃? あの壁を広げて範囲攻撃を……いや、あれだけ薄められていれば溶解液と言えど、冒険者たちの武器で防ぐことは出来るはず……!?)

 

 その時、リューの視界に飛び込んだのは奇妙な光景だった。

 冒険者たちの手元から一斉に武器が飛んで行ったのだ。

 それらが空中で静止していることから、穢れた精霊による念動力(サイコキネシス)だと理解したリューは青ざめる。武器が無ければ、素手ならば溶解液は防げない。 

 

「っ! 【今は遠き森の空】──」

 

 魔法でしか防げないとはこういう事かとようやく理解する。

 武器を失った冒険者が溶解液に触れずに守るにはステイタスに刻まれた魔法しかない。

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちは奪われた武器たちが空中から襲い掛かるのを防ぐので必死。魔法を使えても、高度な並行詠唱を習得している者はいないようだ。

 安全圏にいるリューが詠唱するしかない。

 

(しかし、私の魔法は長文詠唱。間に合うか……っ)

「【無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を】」

 

 リューが魔法を詠唱している間にも、溶解液の壁は膨張を続け、冒険者たちにせまる。

 

「【猛者(おうじゃ)】の後ろへっ!? 急げ!」

「【駆け抜けよ、女神の真意を乗せて】ッ‼」

 

 穢れた精霊が溶解液の壁を作り出した時から、詠唱を始めていたオッタルが魔法を完成させている。

 流石は都市最強だとリューは感嘆するが、ここでシルの言葉が脳裏を過る。

 

(【猛者(おうじゃ)】の魔法では駄目? それは一体……)

「【ヒルディスヴィーニ】‼」

 

 迫る溶解液の壁を前に、魔法を炸裂させるオッタル。

 念動力(サイコキネシス)で形作られたとはいえ、耐えきれるはずもなく、溶解液の壁には一筋の割れ目が生まれた。

 

「ギシシシシ……」

 

 その間を潜り抜ければ、切り抜けられる。そう信じた冒険者たちの耳に入る特徴的な笑い声。

 割れ目の先には醜悪に嘲笑う穢れた精霊がいた。

 

「【ライト・バースト】」

 

 溶解液の壁に囲まれている間に詠唱を追えていた穢れた精霊による砲撃魔法。

 回避しようにも周りは溶解液の壁。防ごうにも武器も盾も手元にはない。

 必殺の魔法を叩き込むための清々しいまでのスペックによるゴリ押し。

 

(魔法で相殺をっ、【猛者(おうじゃ)】の再度詠唱は間に合わない!?)

 

 リューは必至に魔法を詠唱するが、どう考えても間に合わない。

 穢れた精霊の念動力(サイコキネシス)が届かないほどの距離。

 それは、自分の攻撃も簡単に届かないという事。

 すでに詠唱が完了した穢れた精霊の魔法を相殺など、している時間はない。

 万事休すかと思われた時、音が、響いた。

 

──リン

 

(……? これは鐘の音?)

 

 或いは聞き逃してしまうような小さな音。

 しかし、ダンジョンの中で自然に発生することが無い音。

 それは希望の到来を告げる音色だ。

 

「【ファイアボルト】ッッ‼」

 

 吹雪の中から現れたベルが砲声する。

 光の粒に包まれ、巨大化した炎雷が雪景色を緋色に照らす。

 驀進する速攻魔法は穢れた精霊の轟雷を打ち消し、顔面に着弾した。

 

「アアアアアァァァッ!?」

 

 焼け焦げた臭いが充満する中、顔を抑えて絶叫する穢れた精霊。

 間髪入れずにベルは次の手を繰り出した。

 使うひみつ道具はチョーダイハンド。

 

「皆から奪った武器を頂戴!」

「ウッ!?」

 

 ベルの言葉に従い次々とベルの近くに突き刺さる武具たち。

 荒く、息を乱しながらベルはすぐ傍のリューに話しかけた。

 

「リューさん! 皆の所へ行ってください」

「クラネルさん?」

「シルさんとノエルは僕の仲間が引き受けます! お願い、ヴィオラス‼」

 

 ベルは後ろを見上げながら叫ぶ。

 援軍を連れてきたのかと、リューも後ろを振り返り。

 

「……あの、クラネルさん」

「はい! 何ですか!?」

「これはモンスターでは?」

 

 どう見ても今まで散々倒した極彩色のモンスターにジト目になった。 




 皆のピンチに主人公颯爽登場!
 その勢いでヴィオラス誤魔化そうとしました。無理でした。

神会開催! ベルの二つ名!

  • 秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
  • 千の小道具《サウザンド・ガジェット》
  • 狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
  • 魅成年《ネバー・ボーイ》
  • 不思議玩具箱《ワンダーボックス》
  • 超耳兎《エスパル》
  • 奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
  • 開封兎《エルピス》
  • 幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》

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