ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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神の刃に誓う

 レフィーヤ・ウィリディスは【ロキ・ファミリア】の次期幹部候補と噂されるほど才気あふれたエルフの少女である。

 オラリオ随一の魔導士であるリヴェリア・リヨス・アールヴに師事し、その後継者として最高の環境でその実力を存分に磨いてきた。

 誰もがうらやむ出世街道を歩む彼女だが、自身の自己評価は低い。

 それは先達が余りにも偉大過ぎるからだ。

 

 【ロキ・ファミリア】の幹部たちは全て第一級冒険者。

 ダンジョン攻略の最前線で戦い続ける彼らは数々の偉業をなし、既に英雄として歴史に名を残すことが確約された存在たちである。

 その後釜として期待されるレフィーヤの重圧は大きい。

 これまでの冒険者人生が幹部たちに守られた順調すぎる道のりだったこともあり、レフィーヤには自分の実力に対する自信が欠けていた。

 

 いつか、あの人たちに追い付けたら。

 そう自分に言い聞かせて鍛錬に励んでも彼女は悩みを吹っ切ることができなかった。

 自分は強くなんかない。きっといつものようにあの人たちに助けられる。

 最近動きが活発になっているという闇派閥(イヴィルス)の対策のために警備として配属されたときもそんな考えが離れなかった。

 アマゾネスの姉妹であるティオネとティオナが呑気に怪物祭(モンスターフィリア)に行けなかったことの愚痴を言っている間も、レフィーヤはいつ現れるかもわからない闇派閥(イヴィルス)を恐れてビクビクしていたのだ。

 

 そして現れた蛇のような極彩色のモンスターにレフィーヤはあっけなく敗れた。

 闇派閥(イヴィルス)の奇襲によりアイズたち分断されたレフィーヤは為すすべなく致命傷を負わされたのだ。

 

 ああ、やっぱり自分は彼女たちに並び立てる器じゃない。

 そう絶望し、近づくモンスターの(あぎと)に反抗する気力すら失った彼女の前に少年は現れた。

 

(何をやっているんですか……‼私は……っ)

 

 見るからに戦闘の心得のない動き。

 身にまとう装備はギルドから支給されるという最低品質の初心者セット。

 刀は比較的業物のようだがあくまでも比較的、第一級冒険者すら手を焼く極彩色のモンスターたちを相手にするには心許ない。

 

 そんな少年が命を懸けて戦っているのに自分は何をしているのか。

 無駄にレベルを3まで重ねていながら心の強さはレベル1の、それも年下の少年にすら劣っているではないか。

 

(力が及ばないからなんですか!そんなの何の言い訳にもなっていない!)

 

 それは初めてレフィーヤが覚えた感情だった。

 迷いも悩みも全部を薪にして燃え上がる想い。

 それに呼応して熱を帯びる道化師の恩恵の疼きが彼女に立ち上がる力を与えた。

 

「【解き放つ一条の光、】」

 

 先ほど攻撃を受けた際に杖は手放してしまっている。

 だからレフィーヤは伸ばした腕に最大限の魔力を溜めた。

 魔法の心得のある者ならば、深層の竜を想起するような超濃密度の魔力はウィーシェの血を引くエルフの代名詞。

 

「【聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。】」

 

 戦闘が始まって真っ先に詠唱を行ったレフィーヤに反応したことから、このモンスターには魔力を発する者を優先的に攻撃する習性があるとレフィーヤは予想していた。

 ならば彼女が再び詠唱を始めればモンスターの敵意(ヘイト)は魔力を練るレフィーヤに向き、あの少年を助けられる。

 そう考えていたが少々誤算が生じた。

 

 モンスターが反応しない。

 予想が間違っていたのか、あるいは自分に纏わりつく少年への敵意(ヘイト)が本能を凌駕しているのか。

 

(なら限界まで魔力を込めて……っ‼)

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】‼」

 

 当初の作戦が崩れてもレフィーヤは狼狽えない。

 燃え滾る心とは裏腹にその思考は冴えていた。

 己がこの場でできる最大限のことを見据え、その他の雑事を切り捨てる。

 

 先達に囲まれて危機を乗り越えることを知らなかった少女は、救わなければならない少年を前にそれまで欠けていたもの。

 師であるリヴェリアが言うところの『大木の心』を土壇場で会得したのだ。

 

 モンスターの花弁が限界まで開き、中の醜悪な牙の群れから涎を垂らした。

 体中が傷だらけで、五体満足なことが不思議なくらいな有様の少年の動きが止まる。

 絶望的な戦力差を前にもはやこの状態でできることはないと悟ってしまったのか、生きる気力がその体から消えていくのが分かった。

 

──させません!

 

「【アルクス・レイ】‼」

 

 だがその不条理を少女は打ち破る。

 レベル3の第二級冒険者。

 壁外ならば有数の実力者に数えられるその位階は、モンスターと眷属の蟲毒であるオラリオではありふれたレベルでしかない。

 そんな彼女が何故、都市に大派閥たる【ロキ・ファミリア】の次期幹部と目されるのか。それはこのバカげた魔力の量である。

 【妖精追奏(スキル)】の存在も相まって、破壊力だけならば現段階でレフィーヤは第一級に届く。

 

 打ち出されるのは光りの矢。

 追尾属性があるだけのシンプルな魔法だが、レフィーヤが使えば城壁すら崩す一撃となる。

 

「アアアアアアアアァァッ!?」

 

 絶叫を上げて吹き飛ばされる極彩色のモンスターを確認したレフィーヤは、自らの成果に喜ぶ時間すら惜しんで新たな詠唱を唱え始める。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う──】」

「ナイス‼レフィーヤ‼」

「私たちも続くわよ!」

「……っ!」

 

 後輩の奮闘に呼応するようにアイズたちもダンジョンで培った実力を存分に発揮する。

 ティオナは武骨な大剣を振るう。修理に出している両双刃(ウルガ)とは勝手が違うのか、時折首をかしげているがそれでも一振りするごとに芋虫が何体も吹き飛ばされている。

 ティオネは投げナイフを使って闇派閥(イヴィルス)たちを牽制しつつ、モンスターを殴り飛ばして連鎖的に破裂を引き起こした。

 アイズは戦姫と恐れられた絶対的な剣技で戦場を華麗に舞い、モンスターの屍の山を築き上げて見せた。 

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか──力を貸し与えてほしい】」

 

 徐々に巻き返し始めた少女たち。

 しかし、冒険者としての勘が告げる。

 

 まだ足りない。

 

 現状は膠着状態がやや優勢になっただけ。

 ほんの少しのほころびで簡単に勢いは止まるだろう。

 せめて、ほんの1秒でも時間があれば──

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それは英雄譚だった。

 子供のころからあこがれ続けていた英雄の物語。

 人々を脅かす魔物を討たんと武器を取り、人間賛歌を高らかに歌い上げる。

 ベルが夢見た光景はここにあった。

 ……なのに、こんなにも心は重い。

 

(僕は……っ、なんで、こんな……っ)

 

 この物語の中でベルの役割などない。

 明らかに実力が釣り合わない三流役者が何の間違いか至極の舞台に迷い込んでしまったようだ。

 理想と現実の差が嫌と言うほどわかってしまう。

 ベルは彼女たちを満足に視界に捉えることもできない。

 速すぎる。身体能力も、技の繋ぎも、判断力さえも。

 異次元の戦場の半分すらベルは把握できてないだろう。

 

 グッ、とこぶしを握り締める。

 溶解液で解けた皮膚が空気にさらされて痛いのに、そんなボロボロの手をあらん限りに握れば、釘を刺されたかのような痛みを感じた。

 

(ちくしょう……)

 

 守ろうとした女の子に守られて、自分は何をやっているんだと腹が煮えたぎっている。

 一度は振り払った言葉が再び脳裏に浮かんだ。

 

──雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ

 

 唇をあらん限りに噛む。

 強くなるって誓ったはずだ。

 あの人に並び立てる立派な冒険者になるって、そう言ったはずだ。

 

「こんな、体たらくで……‼」

 

 余りに呑気な言葉で自分に自分で腹が立つ。

 このままじゃダメだ。やれるかどうかなんて関係ない。

 ベルが激情のまま戦場に再び飛び込もうとした時。

 

「ベル君」

「……神様?」

 

 いつの間にか隣に来ていたヘスティアがポン、と肩をたたいた。

 血の臭いが漂うここには余りにも不似合いな気安さ。

 ホームに戻ってきてしまったのかと思うくらいに自然なヘスティアの手は、ベルの暴走していた思考を簡単に落ち着かせた。

 

「凄すぎるね。君が目標にしているヴァレン何某なんて相手が可哀そうになるくらいに圧倒的だ。ボクたちは飛んでくる破片だけで命取りなのにさ。」

 

 ヘスティアがアイズたちを呆れた顔で見る。

 恩恵(ファルナ)の昇華には試練が必要だ。ましてや第一級冒険者に至るためにはどれ程の苦労が必要か。

 怠け者のヘスティアはその過酷すぎる人生にウンザリしながら言葉を続けた。

 

「ベル君。君には才能がある。でも、それはまだ開花していないんだ。今の君はレベル1でまだ何もできない初心者(ニュービー)だってことは受け入れよう。」

 

 ヘスティアの言葉に俯くベル。

 分かっている。

 あの人たちだって初めからあんな強かったわけではない。

 それぞれ相応の冒険をしてあの器を手に入れたのだ。

 

 それでも、うらやむ心は否定できない。

 空回る想いが身を焦がすのだ。

 

「その気持ちは尊重しよう。……でも、約束してくれただろう?ボクを一人にしないって。」

「……ぁ」

 

 その言葉に目を見開く。

 忘れてはならない約束だった。

 

「神様……僕、は……っ」

「ああ、参ったな。そんな顔をしないでおくれよ。ボクが言いたいのは文句じゃないんだ。」

 

 ヘスティアはそういうと背負っていた包みを解いた。

 その中に入っていたのはナイフ。

 黒塗りで上質な素材を使ったのだと一目で分かる武器。

 そこで僕は、鞘に刻まれたサインに絶句する。

 

「これ、ヘファイストスの……?」

「ああ、そうだ。天界の巨匠(ヘファイストス)が生み出した。オーダーメイド。ボクの血を与えた、ベル君のための、ベル君だけの武器だ。」

 

 ホントはもっとロマンのある渡し方を考えていたんだぜ?とヘスティアは満面の笑みで言う。

 ベルはヘスティアが柄でもないパーティーに参加し、ホームに何日もヘスティアが帰ってこなかった意味を理解した。

 

「この武器ならあのモンスターを倒せる!……って展開なら格好良かったんだけど、流石に今はまだ無理だ。」

「今は……?」

 

 どこか含みのある言い方にベルは引っかかりを覚え、聴き返す。

 すると、ヘスティアはベルの前でナイフを抜いて見せた。

 

(あれ……?)

 

 そこにあったのは刀身が死んだナイフ。

 ヘファイストスの銘を刻んでいるとは思えないほど粗末なそれが、先ほどベルを惹きつけた武器と同じなのか確認しようとヘスティアの手から受け取り注意深く観察しようとすると。

 

「!?」

 

 ナイフが息を吹き返した。

 ベルがその手に握った瞬間、棒状のガラクタが業物に変化する。

 美しい紫紺色光を発するその刀身には、びっしりと【神聖文字(ヒエログリフ)】が彫り込まれていた。

 

「このナイフの銘は【ヘスティア・ナイフ】。君のステイタスと連動して位階が変動する……簡単に言えば、君と共に成長する武器だ。」

「僕と成長……でもっ」

「ああ、今のナイフの力は君のステイタスに釣り合った程度しかない。このナイフを手に入れたところで君はまだあの戦場には不相応だ。」

 

 けど、とヘスティアは言葉を続ける。

 

「それでいいんだ。突然得たチート能力で無双するのも悪くないけど、ボク達には似合ってないだろう?泥だらけになりながらコツコツ積み重ねるのがボクらのやり方だ。」

 

 ヘスティアの両手がベルの左手を包み込み、神の刃を握らせた。

 その時、感じた衝撃を忘れることはないだろう。

 今のナイフ以上の性能を誇る武器などこのオラリオには掃いて捨てるほどあるに違いない。

 だが、直感したのだ。

 このナイフは生涯にわたってベルを支えてくれるパートナーになるだろうと。

 

「どんなに現実に打ちのめされても自暴自棄にならなくていい。辛いことがあっても、君は一人じゃないってことをこのナイフを握って思い返してほしいな。」

「っ……‼」

 

 ヘスティア・ナイフを握り締める。

 なんて馬鹿なんだ僕は。

 たった一人で絶望して、終わるところだった。

 

 思い出せ。自分が何で戦えるのか。

 それはこの女神(ひと)のおかげだ。ヘスティア様の血が今日までのベル・クラネルを支えてきていた。

 今まで散々支えられてきて、女神の分身(ヘスティア・ナイフ)まで授けられて。

 まだここで腐っている気なのか。

 

「くっ……‼ぐ……」

 

 ヘスティア・ナイフを握り締めた手に力を込めて、上体を起こす。

 よく磨かれた漆黒の刀身に反射したベルの目には、諦念を超えた溢れんばかりの激情が燃え盛っていた。

 

「すいません。神様、敵わないって分かってます。でも、行かせてください……」

「きっと何もできない。今度は死ぬかもしれないよ?」

「それでも、戦いたいんです!」

 

 勝算なんて投げ捨てた子供の戯言。

 きっと多くの人がそんな彼を見たら身の程知らずを笑うか、眉を(ひそ)めるかのどちらかだろう。

 だがヘスティアは神だった。

 ベルに無茶をしてほしくはないという思いは確かにある。しかし同時にそんな戯言の先にあるベルが見せるであろう新しい可能性の光に惹かれる気持ちもまた真実だ。

 

「……ホントは怪我してほしくないんだぜ?」

「……ごめんなさい」

「でも止まらないんだろう?」

「はい。」

 

 ハァ、とため息をついてヘスティアは胸元の青い紐を外す。

 そしてその紐でベルの力が入らなくなった右手に名刀電光丸を括りつけて固定した。

 

「さっきドロドロになっても動いていたし、この刀はまだ必要だ」

「……ありがとうございます!」

「あ~あ。本当に惚れた弱みっていうのは厄介だ。」

 

 ベルはアイズに惚れてこんな無茶をして、ヘスティアはベルに惚れてそんな彼を見守る。

 どっちも面白くないことばかりなのに、恋と言うのはつくづく合理的ではない。

 ベルは目の前に広がる戦場を視界に入れた。

 そこには華奢な少女たちが繰り出す攻撃で、モンスターが吹っ飛ぶという現実離れした光景が広がっている。

 その空気に飲まれないように目を鋭くしていると、ヘスティアの手が背中に触れた。

 

「大丈夫だ。ベル君。」

「……はい。」

「どんな道でも君と一緒にボクが……ヘスティア・ナイフ(ボクの分身)が歩んでいく。」

 

 信じてくれるね?

 きっとそう続くのであろう言葉にベルは無言の笑みを浮かべる。

 

 目指すはあの花のような極彩色のモンスター。

 他は眼中に入れるな。

 名刀電光丸を左肩に当てた奇妙な姿勢になりながら、ベルは呼吸を整える。

 

「っ行きます!」

「ああ、行っておいで。」

 

 ヘスティアに力強く押し出され、ベルは一本の矢となって怪物に向かい疾走する。

 敵も味方もベルの無謀としか言いようのない突撃に気づき、驚愕した。

 しかしベルの目には巨大なモンスターの姿しか入ってはいない。

 その手に握られたヘスティア・ナイフは、主の決意に応えるように紫紺の光を放つ。

 

その身を形作るのは、真実の銀、ミスリルの輝き。真の光は、他の誰もが手にしたところで、その輝きを曇らせる。心せよ、刃を抜くことが出来るのは、汝が認め、汝と血を分けた使い手ただ一人。

 

 タイミング的には完ぺきな奇襲。

 だが遅い。

 この戦場において少年は、滑稽なほどに遅かった。

 触手がベルの四肢を引き裂かんと振り下ろされる。

 溶解した刀身と小ぶりなナイフで受け流すことすら出来ない。

 ヴィオラスは次の瞬間に少年から飛び散る脳みその感触を思い浮かべた。

 

 だがそれをベルは急加速で回避する。

 

「!?速い!温存していたの!?」

「違う、あの刀の発する雷で無理矢理身体能力を引き上げている……」

 

 ティオネの疑問をアイズが否定する。

 原理は付加魔法(エンチャント)と同じ。

 しかし、体に電気を流すという行為は本来は自殺物の無茶。

 紛いなりにもエンチャントの体を成しているのは、この状態が奇跡的なバランスで成り立っているからだ。

 

「あんな滅茶苦茶な方法で体を強化するなんて……一体どれだけ練習したら」

 

 まるで()()()()()()()()ように行った愚行に魔導士であるレフィーヤは対抗心を刺激されて魔法に込める魔力をさらに投入する。

 

「あの雷……アルゴノゥトの雷霆(らいてい)の剣みたい……」

 

 そしてティオナは少年のもたらす光景に在りし日の宝物(英雄譚)を思い出した。

 

鍛冶の主ヘファイストスがオリンポスの盟友ヘスティアの武具を鍛える。ファルナが刻まれし汝もまた我らが愛する神の眷属、神の刃。女神ヘスティアの名のもとに命ずる。同じ血を分けた眷属に力を貸し与え、栄光を献げよ。汝の主の名、それはベル・クラネル。主の半身となり共に笑い、共に怒り、共に泣き、共に傷つき、共に走り、共に苦難を乗り越え、共に育て。経験を糧とし、刃を研ぎ澄ませ。主と共に至高を目指せ。

 

 上級冒険者たちに匹敵する身体能力というレベル1としては破格の強化。

 だがこの強化は諸刃の刃。

 絶対に長続きすることはない。

 

 モンスターでは埒が明かないと闇派閥(イヴィルス)たちが群がるが、ベルのひみつ道具は名刀電光丸だけではない。

 

「お願い‼ウマタケ‼」

「ヒヒ―ン!」

「うわっ」

「なんだ!?コイツ!?」

 

 ベルの呼ぶ声に呼応して異形の馬は闇派閥(イヴィルス)に襲い掛かる。

 今度は自爆戦術に掛からないように、存分に立体跳躍を駆使して闇派閥(イヴィルス)を薙ぎ払った。

 そして背中の突起部分にベルが足をかけると、ウマタケは投石機のように勢いよくベルをヴィオラスに投げ飛ばした。

 

汝は女神ヘスティアの分身なり。闇を切り裂く炉の炎を宿し、主人の路を切り拓け。永遠の伴侶となって、主人を守れ。

 

「ぁああああああああああああああああああああああああッッ‼」

 

 突撃槍となってヴィオラスの開かれた口にナイフを伸ばす。

 凄まじい剣幕で飛び掛かる兎の姿に、巨大な食人花は僅かにたじろいでしまう。

 ヘスティア・ナイフの切っ先はモンスターに叩きつけんばかりの勢いで突っ込み、ヴィオラスの魔石に衝突し──

 

 ガキィン……

 

 あっけなく弾かれた。

 どれだけ反則を重ねようとベルにこの戦場は早すぎる。

 レベル1の力で闇派閥(イヴィルス)の怪物兵器は崩れない。

 

 至極当然なこの結末に闇派閥(イヴィルス)は安堵のような呆れたようなため息をつき、ヴィオラスは自分を一瞬でも恐れさせた子兎に怒り心頭で捕食しようとするが。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 モンスターも闇派閥(イヴィルス)も少年に意識を引かれた僅かな時間。

 それこそ少女たちが欲していたものだった。

 息をつく間もないほど連続で襲い掛かってきていた攻撃の波にできた秒単位の乱れ。

 それを剣姫は見逃さない。

 

「【エアリエル】」

 

 アイズの超短文詠唱。

 砲撃型の魔導士たるレフィーヤの詠唱とは比べ物にならない短さで起きた奇跡は桁違いだった。

 金の髪の少女の周囲に風が吹き荒れる。

 風の付加魔法(エンチャント)

 その魔力を感じた瞬間。この場にいたすべての人間が戦いの終焉を理解した。

 

「【リル・ラファーガ】‼」

 

 暴風に乗って放たれる神速の一撃。

 先ほどのベルとは比べ物にならない破壊力でヴィオラスの魔石を粉砕する。

 

 ベルはその光景を静かに見届けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あのっ、ありがとうございました!」

「い、いえ。そんな……」

 

 モンスターを殲滅し、闇派閥(イヴィルス)の無力化を終えた戦場跡でレフィーヤはベルにお礼を言ってきた。

 必死だったので気が付かなかったがすごい美人で今更ながらに緊張してしまう。

 

「すごかったねー!まるでアルゴノゥトみたいだった‼」

「ホント、無茶したわね……」

 

 というか【ロキ・ファミリア】の女性冒険者って見た目的にもレベル高過ぎじゃないだろうか。

 アマゾネスの姉妹もそれぞれタイプの違う美人で純情なベルの心臓に悪い。

 

「あの……」

「!?!?!‼」

 

 おずおずと話しかけたアイズにベルがいよいよ挙動不審になる。

 戦いで興奮して気になっていなかったが、落ち着いたらすごい恥ずかしくなってきた。

 ま、まずは自己紹介から……

 

「あ、えっと……あわわわわ」

 

 だが、一度テンパった思考は簡単には戻らない。

 口から出る言葉は意味をなさず、瞳が紐のようにぐちゃぐちゃになっていく。

 やがて脳のキャパシティを超えたベルは。

 

「ほわあああああああああ!?」

「へばにゃ!?」

「ヒヒ―ン!?」

 

 ウマタケに飛び乗って逃走した。

 左手にヘスティアを無意識に抱えたままオラリオのかなり高い家々を飛び去っていく。

 

「「「ええええええええええええ!?」」」

 

 まさかの行動にレフィーヤたちは仰天し、アイズはガーン、と割とガチ目にショックを受ける。

 慌てて追いかけるがその時にはもうベルの姿は見つからず、他のメンバーと合流するために4人はホームに帰還するのだった。

 

 実はその途中で通りがかった行きつけの酒場の裏手口で、いきなり飛び乗ったことに腹を立てていたウマタケにベルがヘスティアから教わった土下座で謝り倒していたのだが、アイズたちがこの日ベルを見つけることはなかった。




 例の紐の有効活用。

 ひみつ道具を使ってもまだベルはオラトリア勢の足元にも及びません。
 それでも、思いの強さだけは示せるはずだと考えました。

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