ノエルたちの下へ向かうために通路を駆けている間。
僕は妙な熱を感じていた。
(背中が熱い。これは、【幸運】のスロット……?)
体に支障があるわけじゃないんだけど、妙に気になる。
まるで、何かに対して気付け、と警告されている気分だ。
「……って、うぇ!?」
これは何だろうと思いつつも、のび太君たちから聞いた話では状況はあまり良くない。
今は考えずに通路を抜けようと考えると、ポーチが勢い良く引かれた。
巨体の男の人に引っ張られるような力。思わず声が出てしまった。
「どうした坊主!?」
「し、しあわせトランプが急に引っ張って……っ」
「何、まさか効果がちゃんと反転してないのか?」
足を止め、勝手に飛んで行きそうなポーチの中身。しあわせトランプの
(僕にまた不幸をばら撒こうとしてる? いや、そんな感じじゃないと思うけど……)
不幸の前に何時もあった嗤われる感覚はない。
だから何だと思われるかもしれないが、何かを訴えようとしているしあわせトランプまで僕は無視する気にはどうもなれなかった。
(背中の疼きも強くなってきた。あっちに何か……なっ!?)
しあわせトランプが飛んで行こうとする先を見て仰天した。
そこにはコボルトヴィオラスらしき影があったのだ。
ただし、
「ひっ」
人工的な灯による燐光がそのモンスターの姿を浮かび上がらせた時。
小さく、のび太君は悲鳴を上げた。
「な、なんだコイツ!?」
「コボルトヴィオラスの口から……槍が生えている……?」
(コボルトヴィオラスは
そのコボルトヴィオラスの口には鈍色の槍が生えていた。
恐ろしいことに、槍と口の結合部近くの色は青っぽい。
これは、舌と同化しているという事なのだろうか。
「そうか! 合体ノリだ!」
「ど、ドラえもん分かるの?」
「槍とモンスターを掛け合わせたんだよ、ひみつ道具で‼」
本当に恐ろしいことだ。
こんなことを出来るひみつ道具が異世界では簡単に売られている事も。
それを
「……こいつは無視していいな」
「え? モダーカさん?」
「見ろ、変に槍をくっつけられてるせいで首が上向きに傾いてやがる。きっと碌に目が見えてないぞ」
モダーカさんの指摘通り、コボルトヴィオラスは前が見えていないようだ。
その証拠に、人類の敵たるモンスターならば人間を前にしたらすぐに襲い掛かる物なのに、僕たちに無反応。
前に進もうとしても、槍が壁に突っかかってガンガンとぶつかっている。
「こっちは急ぎなんだ。出来損ないに構ってる余裕はない」
そう言って興味を失ったようにモダーカさんは背を向けた。
他の皆も彼の言葉に従い、離れていく。
けれど僕は、穂先に付着した黒い汚れから目を離せなかった。
(……)
明確な理屈があったわけじゃない。
ただ僕は、背中の熱に押されるようにコボルトヴィオラスに向けて一歩踏み出した。
万全の状態。且つ、相手が動かないのが幸いした。
鈍色の棒が切り裂かれ、甲高い音が偽りの迷宮に木霊した。
「……ガ?」
突然自分の視界を覆っていた槍が消えて、間の抜けた声をだすコボルトヴィオラス。
僕はコボルトヴィオラスが状況を把握する前に、振り抜いたナイフを逆手に持ち替え、その顔面に尽き刺した。
「ギャアァァァ……ッ!?」
「【ファイアボルト】」
悲鳴を最後まで叫ばせることなく魔法で顔を吹き飛ばす。
厄介な触手が働かなければ、耐久はコボルトよりちょっと上程度でよかった。
(……これで、いいの?)
既に【幸運】の疼きも、
この異様なコボルトヴィオラスを倒したところでどうなるか、今のベルには分からなかった。
「ベル‼ 早くしないと置いて行かれちゃうよ!」
「うん。今行くよのび太君」
今度こそ通路を抜けるために走り出した。
「やっと来たか坊主!」
「すいません!」
「よし、坊主は今のうちに
「え?」
「安全に溜めてられるのはここくらいだろう。来たと同時にデカいのぶちかましちまえ」
ハシャーナさんの提案になるほどと頷いた僕は【
走る速度は遅くしないといけないけど、周りも合わせてくれるようだ。
「ヒィ、ヒィ、ゼェ……」
「どうしたののび太君。陸に上がったフグみたいに面白い顔して」
「ぼ、僕、走るの……もう、無理……」
「情けないな~君は」
ドラえもんはそう言うと、四次元ポケットからノエルの車いすを取り出した。
「ほら、これに乗りなよ」
「た、助かった……」
「ドラえもん、僕たちも乗ろう。冒険者の人たちの速さには付いていけないし」
コントローラーによって自動で動く自作の車いすに子どもたちは乗り込んだ。
「相変わらず便利なポケットだな。ダンジョンで使えれば随分と楽できるんだが」
「ないものねだりはよしましょう。ちょっと先に様子を見てきます。ヴィオラスを出さなくていい戦況かもしれないですからね」
モダーカさんはそう言うとグングンと速度を上げて先行した。
やっぱり上のレベルともなると違うな。ちょっと自信無くすかも。
そんな風に思いながらも3分の
溜め終えてすぐにモダーカさんも戻ってきた。
「魔法で荒れ放題でしたけど、少なくとも到着してすぐに消し飛ぶような状況じゃない」
「そりゃ結構」
「それと、見慣れない瓶が転がっていたんだが、ひょっとしてこれもひみつ道具か?」
「えっと……これはグレードアップえきだね」
戦況を確認した僕たちはいよいよ目的の
「坊主は入ったらすぐに発射しろ! ドラえもんはタイムふろしきとやらで回復だ! 坊主のスキルは消耗が激しいからな!」
「はい!」
「うん!」
ハシャーナさんの指示が飛び、僕は射線上に人がいないか注意深く確認する。
味方に誤射したら上級冒険者と言えども不味い。今の魔法はそのくらい強力だ。
長い通路は終わり、暗闇に慣れた眼球に光が入る。
一瞬、真っ白な光景が視界を覆う。ダンジョンに雪? と疑問に思うのも束の間。
爆発が連鎖する戦いの音が鳴り響いた。
「戦ってる!」
「あの面子相手にまだ倒されてなかったか。半信半疑だったが、穢れた精霊とやらの力は本物らしいな」
モダーカさんの言う通り、第一級冒険者たちが集まって尚、倒されないモンスターがいた。
……ノエルと同じ、精霊だったもの。
「でも、冒険者側が優勢みたいだ」
「何で?」
「さっきから穢れた精霊の攻撃は外れてるのに、冒険者たちは上手く連携してる。このままいけば……!?」
出木杉君の解説が止まる。
穢れた精霊の回りに集まる妙な液体が、これまた奇妙に広がったのだ。
その液体がなんなのか。散々苦しめられた記憶が答えを教えてくれた。
「溶解液!」
冒険者たちを飲み込まんと広がる溶解液の壁を魔法が迎撃する。
その威力に圧倒されていた僕は、溶解液の壁の向こうで魔法を発射しようとしている穢れた精霊と、その直線上にいるシルさんとノエルを見つけた。
「あっ!?」
どんな魔法か分からない。
もしかしたら、第一級冒険者の誰かが止めるかもしれない。
それでも、僕は気が付けば動いていた。
「【ファイアボルト】ッッ‼」
撃つと決めれば即座に発動する速攻魔法。
【
否、絶大過ぎた。
「うっ、ぐうぅぅぅっ!?」
腕がブレる。
暴れ馬の手綱を握っているように、見えない強い力で腕が左右に揺れた。
まるで制御が効かない。
(高火力の魔法ってこうなるのかっ!)
「坊主!」
でも、お陰で雷炎は光の粒子を撒き散らしながら精霊の魔法に向かい、消し飛ばした。
魔導師でもない僕がそんなことを成し遂げた代償は大きい。巨大な爪で削り飛ばされたかのように消えた体力と
さっきまで明瞭だった意識も途端に霞始めて……
(あ、これ駄目だ。初めてだけど、きっとマインドダウン……)
「ドラえもん! タイム風呂敷‼」
ぐったりと力を失っていく僕の体を支えるハシャーナさんが、唾を飛ばす勢いで指示を出す。
すぐにバサッ、と布型のひみつ道具をかけられた僕の視界に再び雪景色が写る頃には虚脱感はすっかり拭われていた。
「ありがとう、ドラえもんさん」
「いきなり魔法を使うから焦ったよ……」
溜め息を吐くドラえもんさんにごめんなさいと謝りつつ、僕は自分の右手に視線を落とした。
そこには魔法を打つ前と同じ、【
「タイム風呂敷でスキルを使う前まで戻す……上手くいったね」
出木杉君も僕の腕を見て、満足そうに頷いた。
これが出木杉君の考えたタイム風呂敷と【
先に限界まで力を溜めて放った後にタイム風呂敷を使えばあら不思議。また【
これを聞いた時、冒険者側は戦慄したものである。
会心の成果。しかし、浮かれている余裕は僕にはなかった。
「リューさん!」
目の前には力を持たないシルさんとノエルがいる。
こんな反則じみた力があっても彼女たちを絶対に守れる保証などないのだ。
二人を守るために、ヴィオラスを呼び出すことを躊躇などもう出来ない。
(こうなったら仕方ない!)
ドラえもんさんから譲って貰ったクレヨンで円を描き、シルさんとノエルを守るリューさんに合流する。
不安なのはやはりヴィオラスを受けて入れてもらえるかどうか。
人類皆が持つモンスターへの忌避感とどう向き合うか。
……うん、何も思いつかないな。こうなったら、あの魔法で混乱している今のうちに強引に押しきるしかない!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダメでした☆
……いや、星出してる場合じゃない。どうしようコレ。
「……」
凄いジィィッと見られてる。
完全に怪しまれてるよ。やっぱり勢いでどうにかしようとするんじゃなかった。
「クラネルさん。説明をしていただけると助かります」
「あ、えっと、あのーそのーぅ……」
駄目だ、誤魔化せる気がしない。
(どどどどどうしよう!?)
一応考えていた言い訳が動揺のあまり完全に消し飛んだ。
吸い込まれるような空色の瞳に見つめられると、全てお見通しだと言われてる気分になる。
(友好的なモンスターですと正直に言っても信じられないだろうし、
ああでもない、こうでもないと考えていると横から見ていたシルさんが話しかけてきた。
「ひみつ道具ですよね?」
「え?」
「さっき、ベルさんが細長いなにかを地面に使ってたのが見えていたので……それで作った『偽物』なんですよね」
これは、誤魔化してくれてるのだろうか?
何故シルさんが助け舟を出したかは謎だが、ここは藁にも縋る気持ちで飛びつくしかない。
「そうなんです‼ えーと……く、空気クレヨンでヴィオラス書いてみました!」
「何故、態々
「な、なぜ? えっと、その、ああああ……か、可愛いからですよ(?)」
「そ、そうですか」
前に使ったことのあるひみつ道具がそれらしい効果だったから、何とか誤魔化せた。リューさんの中で僕の評価はガタ落ちしてるだろうけど。
……誤魔化せたって言えるのかなコレ?
「とは言え、そのモンスター……らしきものを全面的には信用できません。いざという時は貴方の魔法で吹き飛ばせるように、貴方もシルの下にいてください。その方がシルもノエルも喜ぶでしょう」
僕も監視役として残ることを条件にリューさんも穢れた精霊との戦いに参戦した。
確かに何の枷もなくいきなり現れたヴィオラスを信用は出来ないだろうし、僕が魔法で遠距離攻撃できるなら前線に出る必要もない。
これが妥協点としては良い所だろう。
「分かりました」
「それでは失礼します」
少し、ノエルを見た後、リューさんは前線に向かった。
「そんなわけで、ちょっと慣れないかも知れませんけど、お願いします」
「……詳しくは聞きませんよ? さっき、皆をカッコよく助けてくれたお礼です」
このヴィオラスが、
だけど、見逃してくれると言うシルさんには感謝しかない。
シルさん相手だと全部見抜かれそうだったから、一安心だ。
僕は視線を背後の上方に移し、語り掛けた。
「ちょっとゴタゴタしちゃったけど……力を貸して、ヴィオラス。シルさんやノエルを守るために」
「オオオオォォォォォォォッッ‼」
僕に応えるように咆哮したヴィオラスが縦横無尽に触手を振るう。
穢れた精霊の指示か、僕たちに向かい始めていた
リューさんはひみつ道具でヴィオラスを作り出したという話を信じているわけではありません。ただ、何か言えない事情があるのだと察してくれました。
ベルの可愛い云々も口から出任せだと分かっています。
また、ベルをシルの守りに据えたのは、監視と言う名目でシルやノエルと話し合える時間を作ろうと気を利かせたからです。
神会開催! ベルの二つ名!
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