ノエルが造り出した『氷の槍』。
穢れた精霊に終焉をもたらす為に造られたその力は一目瞭然だった。
「アアアアァァァ‼」
当然、それを向けられた穢れた精霊自身の目にも。
不遜にも自分に害しようとする者への怒りか、それともはっきりと感じる死の予感への恐怖か。叫びながら
これではベルがあの雪原に足を踏み入れた途端、その足からドロドロに溶かされてしまうだろう。
「また溶解液かニャ!?」
「ちょっと、冒険者君のステイタスでアレに当たったら流石に不味いんじゃない?」
「向こうも『氷の槍』を持てるのは少年だけって分かってるぽいニャ。ここまでするってことは『氷の槍』の威力を裏付けできたとも言えるけど」
穢れた精霊の指示を受け、襲い掛かる頻度を増したコボルトヴィオラスたちを撃退し、3人は如何にベルを穢れた精霊の下へ送り届けるか考える。
「って……ニャニャ!? 雪がせり上がってるニャ!?」
しかし、その答えを得る時間を悠長にくれてやる道理は穢れた精霊にはない。
どれだけ圧倒的な力を持つ眷属が集まろうと、防ぎきれない大質量ならばベルだけを殺すことが出来る。
大火力を持ちながら、全く前線に出るそぶりを見せずヴィオラスに守られていることから、この地に集った冒険者たちの中ではベルは
「こいつ、どんだけ力があるんだよ!」
「うっわ、
平野に現れる雪雪崩。
明らかに不自然なそれは、穢れた精霊の
「オオオオオオオオオオオオッッ‼」
グレードアップえきによって強化された巨体でベルやのび太たちを守りつつ、雪雪崩を正面から受け止めた。
無論、
「撃てっ‼」
しかし、ヴィオラスの稼いだ時間の中で冒険者たちは適切に対処して見せる。
シャクティの指示の下、【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちが雪雪崩に後ろから攻撃を仕掛ける。
ベルしか狙っていない雪雪崩は、背後の【ガネーシャ・ファミリア】に全く害を及ぼすことはなく、無抵抗にその形を崩した。
「普通に走っていくのは無理だね……だったらこのひみつ道具を‼」
ベルを穢れた精霊の下に送り届ける。
そんな役目を果たせそうなひみつ道具を、急いで脳内で選定し終えたドラえもんは四次元ポケットを弄った。
「どこでも大ほう~」
取り出したのは武骨な大砲とモニター。
【どこでも大ほう】は、どこでも狙った場所へ人や物品を飛ばして送れる大砲型のひみつ道具だ。空中に弧を描いて飛ぶことが出来るこれならば、地面に足を付けて移動するより格段に安全だろう。
なにより、発射されたものは新幹線に追いつくほどの速度で飛行できるのだ。
穢れた精霊が何かを企む前に到着できる筈。
「ベル君‼ この中に入って! これで飛ばすから!」
「分かりました!」
大砲に入れられる等、普通の人間は拒否するだろうが、そこは異世界人。
そもそも大砲を知らないらしく、抵抗もなく入り込んだ。
「よし、後は目標地点を設定して……」
「ドラえもんさん。もし飛んでる最中に攻撃が来たらどうするの?」
「シルさん……? だ、大丈夫だよ。どこでも大ほうは飛ばされた人は建物に当たっても傷一つないんだ」
「それは穢れた精霊の攻撃でも守り通せる? もしくは、単に雪の塊を顔にぶつけて窒息されるような攻撃でも大丈夫なの?」
「……」
「ごめんなさい。意地悪してるわけじゃないの。ただ、私はベルさんに万が一もあって欲しくない。だから──オッタルさん、アレンさん」
「ここに」
「……」
シルが呟くように2人の名を口にすると、彼らは当然のようにそこに現れた。
まるで姫君に付き従う従者のように。
「お願いします。ベルさんを守って下さい」
「……承知しました」
「っち」
シルの言葉にオッタルは表情を変えずに返答し、アレンは露骨なまでに不機嫌になった。
しかし、異論はないようで黙って槍を肩に担ぐ。
因みに、2人が相手していたモンスターや穢れた精霊の攻撃は、2人が急に抜けたことでデンジャ一人に集中していた。
「畜生っ、あいつら全部俺に押し付けやがった!?」
「ちょっ、彼を援護しないと突破される!?」
「デンジャー!? 頑張ってー!?」
精霊よびだしうでわと内蔵してある改造火器によってそれらを殲滅するデンジャと、慌てて彼をひみつ道具で援護する出木杉とのび太によって戦線は維持された。
「ヴィオラス……だったよね。貴女はベルさんが発射されたら、同時にこの2人をその触手で飛ばして。出来る?」
シルの問いにヴィオラスは頷くように体を揺らした。
「目標、設定したよ!」
「お願いします!」
「3、2、1……発射!」
ドラえもんの
続いて、跳躍したオッタルとアレンはヴィオラスの触手に足を掛ける。
そして、穢れた精霊に向かって思い切り踏み込むための足台として利用した。
タイミングを見てヴィオラスが押し出したこともあり、2人はベルに随伴するように空を跳ぶ。
「ッ!」
シルの読み通り、ベルを殺そうと雪の塊が飛んでくる。
それらをそれぞれの得物で切り払い、オッタルとアレンはベルに一切の攻撃を届かせない。
「【
これまで以上の高速詠唱。
炎の嵐を召喚した穢れた精霊は
「こんな弱火で防ぎきれると思うかっ!」
そんな脆弱な守り轢き潰してくれる。
そう吠えるアレンだったが、穢れた精霊の狙いはそこではなかった。
「【
「「「っ!?」」」
炎の壁を維持したまま新たなる詠唱。
頭上に現れた巨大な
そこから隕石が到来する。
「【メテオ・スウォーム】」
(多い!)
(面倒な小細工使いやがって!)
オッタルとアレンがそれらを迎撃せんと瞳を吊り上げる中、妖精の
「【ルミノス・ウィンド】!」
幾千の礫に対抗するのは無数の大光球。
数だけで大した硬さの無いそれらは、あっさりとその光に飲み込まれた。
「リューさん……!」
遠方から魔法による援護を行ったリューは、ベルの視線を受けて頷いた。
行きなさい、と。
「っ!」
残る僅かな散弾はオッタルとアレンによって切り払われる。
穢れた精霊の攻撃は破片一つたりともベルへは届かなかった。
既に穢れた精霊はその愕然とした表情が確認できるほど近い。
もう穢れた精霊の隠し玉を警戒する必要もないのだ。
ここまで援護してくれた皆のためにここで全てを出し尽くす。
「あああああああっ‼」
青白く発光する『氷の槍』。
その冷気は空気を冷やし、穢れた精霊にも伝わった。
「イヤッ、イヤッ、イヤアアアアアアアアアアアッッ!?」
半狂乱になりながら、かつてない死の予感を遠ざけるべく出鱈目に触手を振りまく。
しかし、それが都市最強と都市最速に及ぶはずがない。
全てを切り払われ、ベルと穢れた精霊の間に空白の空間が与えられた。
『氷の槍』の穂先から目を離せない穢れた精霊が、最後の足掻きとして己の腕で振り払おうとする。レベル2の冒険者等瞬く間に塵と化す一撃は、槍に触れた途端に消し飛ばされた。
「──」
目を見開き、信じられない様子でベルを見つめる穢れた精霊。
その表情はこれまで見せた凶悪な能力が嘘のように幼くて……
「キシシ……【アイシクル・エッジ】」
パカリ、と口が開かれ、隠されていた
超至近距離の一撃。槍で迎撃しように腕撃を防いだ姿勢では急には動けない。
穢れた精霊はこんな時でも狡猾だった。
逆転勝利を確信し、喜色を滲ませるその瞳に歯を食い縛るベルの姿が写る。
この詰みの状況で、ベルが選んだのは叫ぶこと。
「その魔法を頂戴っ!」
「……エ?」
意味不明な言葉。
戸惑う穢れた精霊は、しかし構わず魔法を発射しようとするが。
「!?」
動けない。
まるで命令を受信するかのように、穢れた精霊の体は彼女の意思を裏切った。
(賭けだったけど、上手くいった)
チョーダイハンドによる命令は絶対。
ならば、放たれようとしている魔法を要求したらどうなるか。
命令を受けた穢れた精霊は、何とか渡す方法を考えようとして、無理だという結論に至り命令を施行しない。
その結論に至るまでに目に見えるほどの時間を要すれば、穢れた精霊の魔法のタイミングをずらすことが可能。
根拠のない賭けだったが、今のベルは最高に
「──シッ!」
『氷の槍』を持たない左手で
今度こそ手は無い。呆ける穢れた精霊の胸に『氷の槍』を叩き込む。
「イ、ギッ、ギャアアアアアアアッッ!?」
嘘偽りではあり得ない苦痛の色が見えるようだ。
『氷の槍』は瞬く間に穢れた精霊の体を凍らせ、その緑色を容赦なく壊死させていく。
「凄い……」
「あれが精霊の、ノエルの力なの?」
クロエとルノアが自分たちを散々苦しめた怪物が崩壊していく様に呆然と言葉を溢す。
「……ぎっ!?」
一方のベルはどこでも大ほうに設定された目標地点にダイブするはめになっていた。
不思議な力で殆ど衝撃はなかったが、ベルの体は雪まみれになる。
しかし、それを無視してしまえる程の異変が起こっていた。
(【
タイム風呂敷がない今、ベルは限界まで
意識を失いかけるが、その瞬間、後頭部に痛みを感じる。
(痛っ……あ、強いイシ)
安眠からの強制覚醒。
悲しいことにこの不健康な感覚にもヴィトーとの戦いで慣れてしまった。
(……待って、強いイシが反応?)
この戦いにおいてベルは新たに強いイシの条件を設定し直していた。
則ち、『穢れた精霊を倒す』と言う目標に。
そんな強いイシが飛んできた? 例え気を失おうと目標が達成されていれば強いイシは飛んでこない。だと言うのに飛んできた。それはつまり……
(穢れた精霊はまだ倒れていない!?)
全く思い通りに動かない体を無理矢理動かして後ろを見た。
そこには、空中に浮かべた無数の極彩色の魔石を貪る穢れた精霊の姿があった。
「ハァ、ハァ……オギャアアアアアアアアァァァ…ァ……」
赤子の様な鳴き声と共に噛み砕いた魔石の破片をボロボロとこぼす。
間違いなく致命傷。それを無理矢理延命するその姿は何処までも冒涜的だった。
だが、それを傍観するわけにはいかない。ここで穢れた精霊を叩く。
まんまと回復されたら、ノエルの命懸けの想いが無駄になるのだから。
「動、け……!」
体力も
天高く飛ぶことも、炎雷を発することも。
……それでも、手を伸ばす程度は出来るとベルは右腕を伸ばした。
「やれるはずだ。役立たずの身体でも! できる筈なんだ!」
身体は十全に動かない。
ならば、自分で動かずに穢れた精霊の下に向かえばいい。
そのための手段はここにある。
「お願い、動いてくれ……」
右腕の装備にレッグホルスターから取り出したグレードアップえきを掛ける。
ヴィトーとの戦いでは本来の力を発揮できなかった。
しかし、それはしあわせトランプの
「行け、
ベルの想いに応えるように飛び出すキラーアントの牙。
グレードアップした装備は本来の射程以上にロープを伸ばした。
ロープに引かれ、再び空を切った。
冷めきった空気が痛いほど顔に当たるが、それらを燃やし尽くすような赤い瞳で穢れた精霊を凝視する。
「オンギャアアアアァァァ‼」
今の穢れた精霊を支配ている者は何か。
下等種族に殺されかけていることへの憤怒か。
それとも、混ぜられた
それを打ち崩す。
勝算などない。無謀も無謀。
「それでもっ、僕なんかをお父さんと呼んでくれた
残りかすような力を左腕に。
『氷の槍』はない。あるのはその手に握るナイフだけ。
レベル2のベルでは神の武器の力は引き出せない。
彼は負けるべくして負けるだろう。奇跡でも起こさない限り。
しかし、穢れた精霊は万が一の奇跡も許さなかった。
穢れた精霊は目と鼻の先。今からチョーダイハンドを使っても間に合わない。
「……っ‼ うわああああああああああああっっ‼」
ベルは吠えるしかできなかった。
吠えて、頼りない左腕を振るうことしか。
ペチン……と情けない音がベルと穢れた精霊にのみ伝わった。
「いや、今だ!」
その時、出木杉が動く。
シルの下へ駆け出した少年は彼女の持つリモコンのあるボタンを押した。
それは、ベルが登録したもう一つのひみつ道具の能力を目覚めさせる。
「アベコンベだ!」
ベルの身体が纏う機械の能力が、チョーダイハンドからアベコンベに切り替わる。
ベルの身体は今や巨大なアベコンベとなったのだ。
(どんな効果でもいい。ギリギリの所で崩壊を間逃れている穢れた精霊の注意を奪うだけの変化があれば、そのまま穢れた精霊は倒れるはずだ!)
アベコンベと化したベルの攻撃は、その強弱に関わらず対象にあべこべな変化をもたらす。
巨大な怪物である穢れた精霊と言えども、例外ではないのだ。
「……ぁ?」
反転する。
そもそも穢れた精霊とはモンスターとの融合により、その在り方を反転させた存在だ。
仮にアベコンベにより更にそこから反転させたとすれば……
「【
「
「離れろ、坊主!」
精霊の魔法詠唱。
動揺と警告の言葉が錯綜する中、ベルはその瞳に彼女の表情を刻み込んだ。
「ベル!」
時間を忘れ、その身を重力に委ねていたベルは幼い声によって我に帰った。
「のび太君!?」
頭にタケコプターを付けた異世界の友人に咄嗟に手を伸ばす。
自分よりも身長があるベルを抱えたことで、のび太は空中で一瞬ふらつくも、すぐに踵を返した。
2人の動きに気付かない。或いは気に止めない彼女はまるで天を抱くように手を広げ、その
「【カエルム・ヴェール】」
雷鳴に包まれる巨体。
短文詠唱でありながら、遠く離れた位置にいる出木杉にも感じ取れる圧倒的な魔力。
自分が考えた悪足掻きは失敗したかと歯噛みした時、シルに抱かれるノエルの微かな呟きを聞いた。
「……ごめん、ね」
「……え?」
思わずノエルの方へ振り返る。
少女の頬に流れた涙の意味は分からず、出木杉には戸惑うことしかできなかった。
「【
唱えられた
雷鳴は爆音へと変化し、冒険者たちの目を光でくらませた。
「くっ!……あれ?」
その爆発が自分たちに向けられたものと考え、歯を食いしばって衝撃に耐えようとする冒険者たちだったが、いつまで経っても爆発の振動は届かない。
やがて、冒険者たちの視力が正常に戻ると、飛び込んできたのは業火に包まれた敵の姿だった。
「え……」
「何、自滅したの……?」
戸惑いが冒険者たちの間に広がっていく中、リューは呟いた。
「
天に両腕を掲げた姿のまま、炎に包まれるその姿は天罰を受け入れる殉教者の様で。
ボロボロと崩れていく体は今度こそ完全なる終焉を意味していた。
しかし、冒険者たちに歓声はない。
そして、怪物の慟哭もなかった。
誰もが静かにその最期を見届ける中、熱気を感じながら、のび太の腕の中で意識が遠ざかるベルは声を聞いた気がした。
それはかつて、英雄と共に迷宮の底で運命を共にしようとした誇り高き精霊の最期の言葉。
「ありがとう」
幻聴かも判別することが出来ないまま、ベルの意識は遠のく。
今度はもう、痛みが走ることもなかった。
長かった戦いもようやく終わり。
後は様々な別れと笑顔の物語。
神会開催! ベルの二つ名!
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秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
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千の小道具《サウザンド・ガジェット》
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狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
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魅成年《ネバー・ボーイ》
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不思議玩具箱《ワンダーボックス》
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超耳兎《エスパル》
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奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
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開封兎《エルピス》
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幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》