小学校にチャイムが流れて暫く経った頃、靴箱の前で二人の少年がばったりと顔を合わせた。
「野比君?」
「あれ、出木杉」
いつも通り遅刻&宿題忘れ&テスト0点の波状攻撃により、担任の堪忍袋をズタズタにして放課後に説教を頂いたのび太。
次の授業の予習のために図書室に行き、幾つかの調べ物をしていた出木杉。
全く異なる理由で放課後の小学校に残っていた二人は、偶然にも下校のタイミングがピッタリと重なったのだ。
せっかくだから一緒に帰ろうと出木杉が提案するのも当然だろう。
こうして二人は、既に人が全くいない通学路を歩いていた。
「しかし、僕と野比君が二人で帰るのは珍しいね」
「そう言えば、いつもはしずかちゃんとか、ジャイアンやスネ夫が一緒だもんね」
下校中の会話は大して意味のないものになりがちだ。
今日はずっと廊下に立たされて辛かっただとか、給食のハンバーグが美味しかっただとか、ジャイアンがまたリサイタルをやろうとしているらしいとか。
一部命にかかわる内容もあったが、常々ありふれた日常を振り返った。
「そう言えばさ」
やがて、のび太が思い付いたように話題を変えた。
「あのビデオテープ。あれは家族の人たちに見せた?」
「いいや。エルフのリューさんとか
二人にとって共有の話題。数日前の『ダンまち』世界での冒険。
やはり刺激的な内容だったのか、日常の話の時よりも互いに熱が入る。
「もっと居たかったなぁ」
「楽しかったからね。でも、こっちが僕たちの世界だから、やっぱり別れるべきだったんだろうね」
少しの寂しさを見せながら、出木杉はそれでも晴れ晴れとした表情だ。
「そうだ、少しに気なったんだけど、あの後デンジャさんがどうなったか知っているかい?」
戦いが終わった後、ドルマンスタインを逮捕したタイムパトロールが『ダンまち』の中にやって来て、時間犯罪者たちの引き渡しを要求した。
なんでも、未来でテロ染みた事件を引き起こしたらしく、罪状がとんでもないことになっていたらしい。そして、引き渡す時間犯罪者の中にはデンジャの姿もあった。
「デンジャはちゃんと反省して、タイムパトロールに悪い人たちのことも教えてたらしいから、刑務所から出るのは早くなるかもってケーブさんは言ってたよ。そもそも抜け出した後もタイムパトロールに協力してたって」
「司法取引ってやつかな?」
未来の事情は分からないが、悪い様にはならないようだ。
チラッと見たタイムパトロールのケーブと言う人物も、デンジャを更生させようとあれこれ頑張っていたようだし、のび太とデンジャの再会はそう遠くないのかもしれない。
ケーブに連れていかれる直前、心の声スピーカーでのび太に何かを話していたようだが、その内容を聞くのは無粋だろう。
「あの後はミアさんに一杯料理を振舞われて、それからお別れだったね」
「あのケーキ美味しかったな~。ノエルちゃんの名前と同じやつ!」
二人は燦々と降り注ぐ太陽の光に目を細めながら、最後の宴を思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【豊穣の女主人】に戻った一同は、戦いの後にクタクタになりながらも営業を再開していた。
ベルや護衛役の二人も巻き込んで、何とかその日の客を捌き切ったことで灰と化していたわけだが、そんな彼らに山の様な料理の数々をミアは振舞った。
それはノエルを無事に救い出すことが出来たお祝いでもあったのだろう。
全員が疲れを忘れて大騒ぎだった。
「見て見てドラえもん! こんな大きなケーキ僕初めて見たよ!」
「パパが買ってくる奴は精々一切れを4つとかだもんね! 美味しそう!」
「これはブッシュ・ド・ノエルだね。クリスマスに食べる木を模したフランスのケーキだよ」
「ノエル……? わたしとおんなじ!」
特に子どもたちのはしゃぎぶりはすごかった。
色とりどりの食べ物が重ねられている様は、子どもたちが持つ共通の夢と言っても過言ではないのだ。
小皿に思い思いの品を乗せて食べていると、同じように小皿に料理を盛ったベルがのび太の隣にやって来た。
「ハグッ‼ ハフッ、ハグッ‼」
「そんなにかき込むと危ないよ。焦らなくても料理はなくならないから」
「んっ!……ゴクン。だけどこんなにあったら食べないと勿体ないよ!」
「はははっ。確かにね。あっちにチーズ一杯のピザがあったんだけど、良かったら食べる?」
「食べる!」
ベルからピザを受け取ったのび太は美味しそうにそれを頬張った。
そんな少年を微笑まし気に見ていたベルは、やがて呟いた。
「やっぱり君は凄いね」
「?」
「皆が諦める中で、君だけは諦めなかった。だからこそ、ノエルはああして今も笑っている」
頬についたケーキのクリームをシルに拭ってもらうノエル。
二人を見守るベルは、それを守ってくれた少年に感謝を再度伝えた。
「僕はやっぱり弱いや。のび太君やドラえもんさんみたいになろうって頑張ったんだけど、まだそうなれていないみたい」
ベルは悔し気に呟く。
周りの人たちを何よりも大切に思う彼だからこそ、その命を諦めてしまったことが堪えているのかもしれない。
彼の姿を見て、ピザを食べるのを止めたのび太はうんうんと唸った後、言葉足らずながら話し出す。
「確かにベルはあんまり強くないって言うか、いっつもボコボコにやられてる感じだけど……」
「ぐふっ」
薄々自分でも思っていたことを友達に言われてしまい、へこむベル。
ストレート過ぎて吐血しそうなダメージを受けた。
「だけど、そんなベルが必死に戦うのは格好良かったよ」
「……ありがとう」
のび太の慰めに、ベルは少しの間顔を伏せた。
ガヤガヤと酒場に楽し気な声たちが響く中、二人の間だけは奇妙な沈黙がある。
少し気まずくなり、何か言おうとのび太が思い頃、ベルは顔を上げた。
「のび太君たちはさ、これが終わったら帰っちゃうんだよね」
「……うん。本当はずっと居たいけど、これ以上はダメだってドラえもんが」
「そっか。だったら、今のうちに言っておかないと」
そう言ってベルはのび太を正面から真っ直ぐと見た。
これから言うであろう言葉の重みを感じ取り、のび太も無意識のうちに姿勢を正す。
「僕はもう、諦めないよ」
「!」
「どんなに絶望的でも、どんなに苦しくても。皆が笑ってられる結末を諦めない」
君がそれを見せてくれたから。
言外の想いを何となく感じ取り、真っ直ぐと見てくるベルがこそばゆくて、のび太は思わず頬を欠きながら視線を外した。
のび太の反応に少しベルは頬を赤らめながら、名残惜し気に言葉を締めた。
「別れる前にそう、言っておきたかったんだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱり仲がいいんだね。君たちは」
出木杉はのび太の話を聞いて楽しそうに笑った。
それが無性に恥ずかしくて、のび太は話題を変えようとする。
「そっちはどうなのさ」
「【豊穣の女主人】の皆にお礼を言ってお別れしたよ」
そう言えば、出木杉は宴にいた面々一人一人に、挨拶をしていた気がするとのび太は朧げに思い返す。
のび太やドラえもんはご馳走に夢中だったというのに、流石の気配りだ。のび太は相変わらずそう言うとこはいけ好かないなぁとへそ曲がりな感想を抱いたが。
「本当はもっとオラリオを見て回りたかったけどね」
「恐竜ハンターとかがいなければ良かったのに」
「そうだね」
元々ファンタジーな世界観に興味を持っていたわけだから、そう考えると消化不良だ。
ただ、あの日別れる時にはのび太も出木杉も、満足感が何故かあった気がした。
それはきっと、あの世界の人々と交流できたことが大きな刺激だったからだろう。
「……僕さ、やっぱりあの世界に行けてよかったよ」
のび太の漫画の続き探しから始まったおかしな冒険だったが、出木杉にとっては驚きと発見の連続だった。
「この世界の常識は全然通じないし、有事には全く役に立てなかったけど、そんな苦い経験はこの国にずっと居たら味わえなかったしね」
「嫌なことを経験したのに良かったの?」
「うん。変な話だけど、そう思えるんだ。ノエルちゃんの時に何もできなかった時のことなんかは特に」
漫画の世界でおかしなことだが、自分の身の丈と世界の大きさを知れたと思うと出木杉は語る。
のび太にはその意見はイマイチ賛同できなかったが。
「そういうもの?」
「うん、野比君にはあんまりピンと来ないかもしれないけど、君がドラえもんが来てからちょっとずつ立派になってる理由も、今回分かったかもしれない」
「立派とか出木杉が言っても嫌味にしか聞こえないよ」
「嫌味じゃないんだけどね……」
あんな風に、様々な人や様々な価値観と出会う機会が多いのび太が、出木杉は羨ましかった。
たった一回の冒険でも学ぶところがたくさんあったからこそ、そう思う。
「僕も色んな所に行って見識を広めていかないとね」
「スネ夫みたいに海外にでも行くの?」
「流石にあんな気軽に海外に行くのは無理だよ。でも、ペンフレンドのスミスくんとか、繋がってるものはいくつかあるから」
そう言えば出木杉は海外の友人と文通しているのだったか、とのび太はだいぶ前の記憶を引っ張り出した。
本当にのび太と同じ小学生なのだろうか。
「それに、将来の夢についてもちょっとだけ勇気を持てた」
「夢?」
「僕、将来は宇宙に行ってみたいって思ってるんだ。出来るなら火星辺りまで」
「アメリカが月に行けたのが何年か前だったよね」
「うん、だから難しいって思って他の人には言えなかったけど。あの時ノエルちゃんを助けたいって言う勇気を持つことに比べたら全然簡単だって思えたんだ」
宇宙に行く。
そんな夢を語る出木杉は、普段の大人びた様子とは打って変わってのび太と同じ無邪気な少年だった。
「……やっぱり、おかしいかな?」
「そんなことないよ! 応援する」
しずか関連のことを除外すれば、のび太も出木杉のことはいい奴だと思っている。
そんな彼が難しい夢を追いたいというのならば、応援することをためらうことは無かった。
「まあ、僕は馬鹿だから協力は出来ないけど。出来ることなんて精々留守番程度だよ」
「あははっ。色んな冒険を潜り抜けた野比君の留守番なら百人力だ」
二人は帰り道が別れる時まで話し続けた。
共有する異世界の思い出を存分に語り合いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は日が暮れ出した頃。
世界一活気ある都市であるオラリオの住民たちも、仕事終わりに疲労の色を見せながらストリートを歩く。彼らが向かう先は自宅か、それとも夜の街か、ちょっと奮発して良い飯を食べに行くのもありだろう。
オラリオの住民の中でも一際目立つ冒険者たちは勿論、浴びるように酒を飲むために行きつけの酒場に向かう。
冒険者たちが愛してやまない酒場の中に、【豊穣の女主人】と言う酒場がある。
値段は高めで、店長は起こらせると怖いが、綺麗所の店員が揃い、料理は絶品。
そんな冒険者たちが行きつける店に、新しい店員が加わったという噂は知っているだろうか。
おっと、確かに他の店員と同じく将来は見目麗しくなるのかもしれないが、今からちょっかいをかけるのはお勧めしない。
そんな不届き者はもれなく妙に強い店員たちに袋叩きにされるだろうから。
年齢的に犯罪である。某
「あ、ヒゲのおじさんだー。いらっしゃいませー。ごちゅーもんは、おきまりですか?」
「おう! 嬢ちゃん、今日のお勧めはなにかな?」
「??……おす、すめ? えっとね……え、っと……」
まだまだ未熟で、お水は溢し、料理はひっくり返し、メニューも覚えきれない。
そんな小さな店員だが、ひたむきに頑張っている姿に好感を抱く常連客は多いようだ。
「い、いやっ、いい!? 俺はいつものステーキに決まってるよな!」
「うん! すてーき5こ!」
「お、おお……なんで増えたのかなー? 流石に多くないかなー?」
「……」
「いや、おじさんお腹減ってたわ‼ ステーキ5個とか楽勝だったわ‼ よーし、ノエルちゃん! 持ってきてくれえええええええっ!?」
「うん! 6こ!」
「ってあれー!? また増えたねぇー!? あはははー! お金大丈夫かなー!」
とてとてとテーブルの下を縫うように進む小さな姿にはらはらするかもしれないが、じっと見守っていよう。
周りの従業員たちの助けもあって大事には至らない筈だ。
「ほらっ、注文のステーキだよ! 落っことすんじゃないよ、ノエル!」
「うん! これにのせれば、だいじょーぶ‼」
もう料理を落とさないように手作りの車いすに料理を乗せる。
ちょっと大きめだが、料理をいくつも持って行けるのが自慢の一品。
小さな店員によると、遠くにいる友達からの贈り物なんだそうだ。
「わ、わー、ノエルちゃんすごいなー。……俺、食べきれるかな」
よいしょ、よいしょと車いすを押して注文のあったテーブルへ向かう。
従業員や他の席の客たちが見守る中、小さな店員は落とすことなくテーブルに到着した。
額を汗で照らしながら、幼い少女は曇りのない笑顔を見せる。
「おまたせ、しました!」
それはある日から日常となった一幕。
異世界の少年たちとの冒険の末に守り通すことが出来た
奇跡によって与えられた日常は続いていく。ずっと、ずっと。
第4巻(面影なし)遂に完結です。
アンケートまで取ってやるやると言ったまま、4巻に至るまで一年近くかかってしまいました。
更にそこからエピソードに区切りをつけるまで50話以上かかるという……スローペースで本当に申し訳ありませんでした。
区切りの良い所までこぎつけることが出来ましたので、ここで定期更新を止め、今後は不定期に更新していこうと思います。
理由としましては、大分物語が原作とかけ離れつつあるので、一度整理したいというものです。100話超えたあたりから読み返すことがなかなかできず、忘却した伏線も結構ありそうですし。
後はリアルの方の事情もあります。社会人になっても勉強しないといけないのです。
そんなわけで、最新話をお待ちの方には申し訳ないのですが続きはもうしばらくお待ちください。
ペースは落ちてしまいますが、その分クオリティは上がる様にしていきます。
今日まで定期更新を続けられたのは、今日までこの物語を読んで下った皆様の力があったからでした。本当にありがとうございました。
なるべく早く続きを投稿できるように頑張ります。
神会開催! ベルの二つ名!
-
秘奥の少年《ワンダー・ルーキー》
-
千の小道具《サウザンド・ガジェット》
-
狂乱野兎《フレイジー・ヘイヤ》
-
魅成年《ネバー・ボーイ》
-
不思議玩具箱《ワンダーボックス》
-
超耳兎《エスパル》
-
奇妙な兎兄《ストレンジ・ラビッツ》
-
開封兎《エルピス》
-
幼女好兎《ロリコン・アナウサギ》