ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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事件が終わって……

 怪物祭(モンスターフィリア)開催中に起きた闇派閥(イヴィルス)による大規模テロ。

 闘技場で管理されていた調教用のモンスターや極彩色の新種のモンスターを利用した大胆な犯行は未だ闇派閥(イヴィルス)の脅威は健在であると世に知らしめた。

 

 一方で今回のテロによる人的被害は驚くほど少ない。

 ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の初動の早さが、市民の迅速な避難に繋がったのだと瓦版は大々的に報じ、賞賛した。

 

 これを闇派閥(イヴィルス)の使ったモンスターの出所を追求されるのを嫌がったギルドによる報道操作(プロパガンダ)だと批判する声もあったが、一般人には精々転んだ際のかすり傷程度の怪我しかなかったという。

 唯一の重傷者は、運悪く激戦区に迷い混んでしまった白髪頭の初心者冒険者がボロボロになってひどい目にあった位だそうだ。

 死者が出なかったことは批判のしようがない快挙であった。

 

「まぁ、こっからやろうな。この事件は。」

 

 人々がモンスター掃討に多大な貢献をした【ロキ・ファミリア】を称えるなか、当の【ロキ・ファミリア】の幹部たちは気を緩めてはいない。

 執務室の机に腰かけてケラケラと笑う主神の言葉に異を唱える者はいなかった。

 

「しかし、疾風による襲撃を受けてからさっぱり音沙汰がなくなっていた奴らが、今になってあれほどの勢力となって現れるとはのう。」

闇派閥(イヴィルス)の傷もそれだけ癒えたということだろうが……」

 

 ドワーフの偉丈夫であるガレスが蓄えたひげをいじりながらため息をつく。

 ハイエルフのリヴェリアも主神とは違い、険しい顔だった。

 ゼウス・ヘラのファミリアがこの地を去ってからタガが外れたように犯罪が横行した当時のオラリオを思い出し、歴戦の冒険者である二人は再び来るであろう休む暇もない日々を予感する。

 

「あれだけ大規模な作戦を指揮できる人材はそうそういないだろう。……そうなるとヴァレッタが生きている可能性が高いかもしれない。」

 

 そして【ロキ・ファミリア】団長であるフィンはかつて幾度となくぶつかり合った女の顔を思い出していた。

 かつては命を失ったと思われていた凶悪な闇派閥(イヴィルス)頭脳役(ブレイン)

 都市全体を騒がせたテロなど彼女くらいしか指揮できないだろう。

 厄介な相手がこの件に関わっているのか。

 非常に気になるが、フィンにはそれ以外にも引っかかる物があった。

 

(あの魔石の大量発生の意図が分からない。いや、それだけじゃない。【ガネーシャ・ファミリア】からモンスターを解放したことも、謎のモンスターの大量出現も、ヴァレッタが立案した作戦にしては余りにも雑過ぎる。)

 

 一連の流れは魔石の大量発生によって生み出された。

 人々は陽動に惑わされずに闇派閥(イヴィルス)の本命を防いだと評しているが実際は違う。

 

 フィンたちは気が付いてなどいなかった。

 魔石の大量発生が起きて、その原因究明のために調査をしていたらたまたま過去に闇派閥(イヴィルス)との関係が疑われたファミリアの動きに気が付いただけだ。

 魔石の大量発生は陽動どころか闇派閥(イヴィルス)の企みを日の下に晒すきっかけになっている。

 

 闘技場のモンスター脱走騒動もそうだ。

 対処しやすいモンスターから市民を守ろうと動き出したタイミングで新種のモンスターが現れて、その瞬間にすぐ動けるようになっていただけのこと。

 

闇派閥(イヴィルス)の首を絞めていたのは闇派閥(イヴィルス)自身だった。)

 

 完全にギルドが管理するダンジョン外へのモンスターの流出をあれほど大量に行っていながら今日までそのことを隠し通せていた緻密さが見える一方で、極彩色(本命)のモンスターを出現させる一手前の余計な騒ぎでこちらの初動を早める迂闊さ。

 本当に同一人物による作戦なのだろうか。

 

(作戦に一貫性がない場合に考えられるのは……頭が二つあるのか、あるいはイレギュラーの出現。今回は恐らく両方。)

 

 仮に今回のテロの首謀者をA(ヴァレッタ)とする。

 Aの目的は『オラリオに深刻なダメージを与えること』だとすると、切り札である食人花()は都市の警備が手薄な状態で発動させるのが理想的なはず。

 目的が市民ではなく警備に駆り出されるであろう上級冒険者と言う可能性もあるが、それにしたって冒険者が殺気立つ瞬間よりも気が緩んでいる瞬間のほうが効果的なはずだ。

 

 しかしそこに目的が違うB(仮称フレイヤ)の企みが混じる。

 Aとは違い弱いモンスターを流出させたBにオラリオへの敵意はない。

 さらに次々討伐されるモンスターを見ても何の動きも見せなかったことから、Bの目的は恐らくモンスターを解放した時点で終わっている。

 

 フィンはBの目的を『愉快犯』と仮定し、Aの計画に便乗した別人だと考えた。 

 この作戦でフィンが感じた一貫性のなさはAとBの目的が交差したために生まれたのではないだろうか。

 

(……これ以外にも、『オラリオに深刻なダメージを与えること』という目的は共通しているけど、的確な箇所にダメージを与えようとするヴァレッタとは違う。無差別に破壊を振りまこうという3つ目の頭があるような気もするな。)

 

 さらに深読みしそうになる思考を一度止める。推測に推測を重ねるのは厳禁だ。

 この考えは後で再度検討すればいいもの。

 今考えても答えは出ないだろうと、フィンはもう一つの可能性について思考を切り替えた。

 

 AとB、2つの頭の目的では説明できないものがある。

 それは魔石の大量発生である。

 Aからしてみればむざむざ警備を強める愚行。

 愉快犯的なBの可能性はなくはないが、事件を起こす目的が見えない。

 人を害するモンスターと違い、魔石が大量発生したからなんだというのだ。

 魔石の波に飲み込まれた白髪頭の初心者冒険者はいたようだが、誤差のようなものだろう。

 

(この魔石の大量発生については首謀者の顔が見えない……いや、いないのか?)

 

 誰も得をしない異常事態(イレギュラー)

 当初は闇派閥(イヴィルス)の陽動だと深く考えていなかったが、今回の件で捕らえたテイマーたちはテロや極彩色のモンスターについては「神の導き」だの「腐った下界を断罪するための(しもべ)」だの、聞いてないことまで答えてきたが、魔石の大量発生についてだけは理解していないようだった。

 これまで様々な相手と頭脳戦を繰り広げてきたフィンや、人間の嘘を見抜けるロキはその反応が嘘ではないことを見抜いている。

 

 そうなるとこれは純然たる事故。

 このイレギュラー(不特定名称ベル)はどこの陣営のコントロールも受けていない、誰から見ても想定外の存在ではないだろうか。

 そう考えついた時、彼の親指が小さく疼いた。

 

「市民の賞賛に浮かれないよう私から団員たちに釘を刺しておこう。我々は直前に至るまで闇派閥(イヴィルス)の動きを察知できなかった。」

「それがいいだろう。儂は若い者を連れてモンスターが発生した地下水路を調べるとしよう。」

「……頼む、ガレス。僕は僕で今回の件を調べなおすよ。ちょっと気になることがあるんだ。」

(イレギュラーを詳しく調べる必要があるな……結果次第では闇派閥(イヴィルス)に対するアドバンテージになるかもしれない。)

 

 フィンも清廉潔白な冒険者とは程遠いが、闇派閥(イヴィルス)に対する義憤を持つ程度には人の心はある。

 自分の野望……小人族(パルゥム)の再興のための深層攻略という目的を置いてでも、この一件により今後起こるであろう惨劇を捨ておくわけにはいかない。

 都市の二大派閥たる【ロキ・ファミリア】の名に懸けても闇派閥(イヴィルス)を今度こそ根絶してみせようと戦友たちと意思を確認しあった。

 

「……おっし‼話し合い終わり‼ちょっとウチ用事あるから出かけて来るわ~」

 

 パァン!、と手をたたき机から飛び降りるロキはそのまま執務室から出ようとする。

 

「今の状況分かってるかいロキ?出かけるなら護衛くらいはつけてほしいんだけど……」

「大丈夫やて、すぐ近くのお店に行くだけや。こっからは神同士の話し合いやし、眷属(こども)は来ないほうがええで~」

 

 フィンの苦言を飄々(ひょうひょう)と躱すロキは道化師のようにフラフラと部屋を出る。

 閉められた扉の向こうからは「見ておれあんの色ボケ~クヒヒ……」と小物全開の主神の声が聞こえる。

 

「……駄目だなあれは。」

「ああ、察するに相手はあのフレイヤだろう。ロキが返り討ちに遭う未来しか見えんわ。」

「んー、まあ、放っておいてもいいと思うよ?やられるとしてもロキがそこまで致命的な大損することはないだろうし。」

 

 あの状態のロキが何をやってもうまくいかないのは長い付き合いの彼らには理解できている。

 そして案の定、フレイヤにいいようにあしらわれて不機嫌になってやけ酒を始める道化師(ロキ)を見て苦笑いしあうのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 今回の事件で人的被害がなかったとはいえ建物はそうはいかない。

 なにせ大型のモンスターや溶解液をバラまくモンスターが暴れまわったのだ。

 相応の被害は確実にある。

 そうなると少々開放的になって理性が緩む者が現れるのも当然だ。

 廃墟から金品を盗みだすなど可愛いもので、中にはよからぬことを企む者もいる。

 

「げぇ!剣姫‼」

 

 今目の前で青ざめている男もそうした一人で、親とはぐれてしまった子供を(さら)い、どこかに売り飛ばそうとしていたらしい。

 こうした相手から市民を守るために【ロキ・ファミリア】は自主的に【ガネーシャ・ファミリア】だけでは手の届かないダイダロス通りのパトロールを行っていた。

 慌ててなにやら口走ろうとしているが、こうした人物の言い訳の中身のなさはよく知っているアイズは手刀で男の意識を刈る。

 

「ありがとう!冒険者様‼」

 

 するとヒューマンの幼い少女はお礼を言う。

 こうした状況でどう対応すればいいのか分からないアイズはとりあえず頷いておき、避難所まで連れていくことにした。

 

「ねえ、冒険者様ってこの間もモンスターを倒してくれた人?」

「……うん」

「もしかして【ロキ・ファミリア】なの!?」

「う、うん」

「二つ名はあるの!?」

「えっと……【剣姫】」

「すごいすごい!あのね!ここにも冒険者様が来てくれたんだよ!白い髪の兎さんみたいなヒューマンのお兄さんなの‼」

「!」

 

 子供の溢れる活力による質問攻めに戸惑い、簡単な返事しかできていなかったアイズだったが、少女の発した言葉に目を少し開いた。

 

「白い髪の冒険者?」

「うん!兎みたいなお兄ちゃんで、白いおっきな猿を倒しちゃった!」

(白い猿型モンスター……シルバーバック?)

 

 あの日、涙を浮かべて闇夜の街に消えていった少年の背中を思い浮かべる。

 ベートの言葉は陰湿で、厚顔(こうがん)甚だしいものだったが事実でもあった。

 いかにも駆け出しな冒険者。いまだ本当の意味での冒険を超えていないであろう彼の適正階層は精々5階層。それが今までのアイズの認識。

 

(あの子がシルバーバックを?)

 

 だからこそ少女の言葉に驚く。

 アイズの知る少年ではどう足掻いても敵わないはずのモンスターを彼は倒したというのだ。

 そして、アイズたちの戦場では非力ながらも戦う意思を示した。

 ミノタウロスに怯えるだけだったあの時とは違い。

 

「それでね!黒い髪の女の子を守りながらモンスターの鎧を黄色の剣でズバーって斬っちゃったの‼すごいカッコよかったなぁ~」

「そっか……」

 

 少年の武勇伝を興奮して手をぶんぶん振りながら話す少女に、アイズは小さく笑みを浮かべる。

 やがて、時計塔が印象的な広場に作られた避難所に到着すると、そこに設置されたテントの一つから少女の母親らしき女性が駆けだしてきた。

 涙を浮かべながら駆け寄ってくる母親の姿に、少女も緊張の糸が緩んだのかボロボロと泣きだしてしまう。

 

(さっきまで無理して元気に振舞っていたんだ。)

 

 そう理解してもアイズはどうすればいいのか分からずに立ち尽くしてしまう。

 最強の女性冒険者と畏怖され、できないことは何もないと一人歩きする評判に反して、今のアイズから凛然とした【剣姫】の雰囲気は失われ、オロオロと少女に出そうとした手を伸ばしては引っ込めを繰り返した。

 嗚咽を繰り返す少女を母親は優しく抱きしめると少女の背中を優しく撫で始める。

 それでも泣き止まない少女に母親は困ったように笑い、アイズはいよいよどうすればいいのか分からず混乱を深めてしまう。

 ふと、何かを思いついた母親はそっと耳元に口を近づけた。

 

「兎さんみたいなお兄ちゃんに笑われちゃうよ」

 

 すると、少女の鳴き声はピタリと止んだ。

 まだまだ大粒の涙は流れているが唇をぎゅっと縛り、顔をリンゴのように真っ赤にしながら泣くのを我慢している。

 

(……)

 

 ミノタウロスの前で泣きそうになっていたあの少年が、泣いてる少女の涙を止めた。

 この幼い少女だけではない。

 少年の戦いはモンスターに怯える人たちに確かに勇気を与えていたのだろう。

 その場にいなかった第一級冒険者(わたしたち)よりずっと。

 ここにいるのに自分には何もできなかったことを、ここにいないのにやってしまった人物にアイズは不思議な感情を覚える。

 心地いい。透明な感覚を。

 

 よくやったね。と泣き止んだ少女を褒めていた母親はゆっくりとアイズのほうを向き。

 

「困らせてしまってすいません。……この子を助けていただいて、ありがとうございました。」

 

 そうお礼を言った。

 アイズは軽く会釈すると、再びパトロールに戻る。

 ばいばい、と手を振る少女にアイズも小さく手を振った後、二人に背を向けた。

 

「──────────」

 

 今日はよく晴れている。

 目が覚めるような青空は、メレンの美しい海がそのまま写し出されたようだ。

 

「怪物め!その子を放せ!」

「グオー」

 

 巡回のルートに戻る途中、冒険者ごっこをしている子供たちを見かける。

 大人たちが微笑ましそうに見守る中、少年少女らは木の剣と風呂敷のマントを身に着けて思い思いに遊んでいるのが分かった。

 きっと、彼らが思い浮かべているのはあのベルという少年なのだろうと思ったとき、アイズの胸に温かなものが広がっていく。

 

 街角の英雄。

 アイズたちに比べればはるかに劣るはずのその存在が、彼女にはとても尊いものに思えたのだ。

 

(……おめでとう)

 

 あの日、周りに馬鹿にされ、悔し涙を流していた少年がどのようにシルバーバックを倒し、闇派閥(イヴィルス)に立ち向かう勇気を手に入れたのか。

 興味は尽きないが、それ以上に頑張って成長した少年を祝福してあげたかった。

 

(いつか……)

 

 あの日、たくさん傷つけてしまったことをちゃんと謝れたら。

 色々なことをお話ししたい

 アイズはそんな想いを抱いた。




 頭の良いキャラの推理を書くって大変……
 フィンは頭が良くて直感も優れてるタイプだから味方だとすごい頼りになります。
 だけど異端児編だと……ちゃんと書ききれるかな……?

 アイズの描写に関しては小説版と漫画版の締めはどちらも好きだったのでミックスしました。

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