ベルがひみつ道具を使うのは多分間違ってる   作:逢奇流

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弱者の絶望

 突如現れたモンスターたちにより破壊された街。 

 オラリオの人々は力を合わせて復興に励んでいた。

 

 いがみ合うことも多い種族間でも今だけは協力し合う。

 何時か、街が元通りになれば美談として語り継がれるであろう人々の姿。 

 

 だがそうでないものもいる。

 物資に困る市民の足元を見て価格を引き上げる商人。

 倒壊した家から金品を盗みだす火事場泥棒。

 巡視の目が十分に届かないのをいいことに弱者を虐げる者たち。

 

 小人族(パルゥム)の少女。リリルカ・アーデもそんな卑怯者の一人であった。

 モンスター襲撃の混乱の最中、下級冒険者にはふさわしくない装備に身を固めた冒険者から貴重なアイテムをかすめ取ったのだ。

 元々は用心深く、金払いも良くない冒険者とのサポーター契約はリリにとってはうま味がなかったので適当なところで切り上げる予定であったが、新種のモンスターに襲われて動揺した隙を上手くつくことができた。

 

(これだけの収穫なら間違いなく目標金額に届く。そうすればリリは自由になれる。)

 

 リリには纏まった金が必要だった。

 彼女の所属する【ソーマ・ファミリア】の団員管理はかなり杜撰だ。

 リリのような役立たずのサポーターなど、金さえ払えばすぐにでも放り出すだろう。

 

(酒に溺れた冒険者の相手をするのはこれで終わり。やっとここからリリの人生を始められる。)

 

 ひたすら手を汚し続けて第二の人生を得たところで何になる、一体何処の誰が罪にまみれた偽りだらけの自分の手を取ってくれるのか。

 浮かぶ自嘲から目を背けながら今まで必死に金を溜めてきたのだ。

 全ては背中に刻まれた忌まわしき恩恵(のろい)から解き放たれるためだ。

 今まで奪われてきたものだ。これから奪おうとする冒険者たちから先に奪って何が悪い。

 悲願が達成されようという喜びに隠れた空しさにリリは気づかないふりをし続ける。

 

 これでいい。

 後はソーマに直接掛け合って背中のステイタスを消し去ればおさらばだ。

 あの神の眷属に対する興味のなさはよく分かっている。

 必ず成功できるはずだ。

 

「駄目だなアーデ。団長としてお前の脱退は許可できない。」

 

 そのはずだった。

 誰にも気づかれることなくソーマの居室に赴き、脱退の了承を得ようと試みていたリリに粘着質な男の声がかけられるまでは。

 

 【酒守(ガンダルヴァ)】ザニス・ルストラ。

 【ソーマ・ファミリア】の団長にして、このファミリアをオラリオ有数のごみの掃き溜めに変えてしまった張本人。

 最も出会いたくなかった男は大げさな手ぶりで話を続ける。

 

「ああ、アーデ。私たちは欠け替えのない仲間じゃないか。なのにどうしてそんな悲しいことを口にするのだ。私は悲しみで今にも胸が張り裂けてしまいそうだよ。」

(……っ!心にもないことを!)

 

 ニヤツキを張り付けたままザニスは薄ぺらな言葉を重ねる。

 リリはそれを忌々し気に睨みつけるが、いつも貯まった金を数えるので忙しいこの男が突然リリの前に現れてこんなことを言い出したのか分からない。

 

「……リリのような役立たずは必要ないでしょう。冒険者様方もいらないと常々仰っています。身の程をわきまえた職を選ぶのはあなたたちにとっても問題にはなりません。」

「そんなに自分を卑下するなアーデ。彼らの言葉は単なるスキンシップさ。真に受けることはない。」

 

 一体なぜこうもしつこくリリを引き留めるのか。

 額面通りの理由ではないだろう。

 【ソーマ・ファミリア】で献納金を渡して脱退したものなどいくらでもいる。

 それらはザニスが役立たずと判断した者たちばかりだ。

 

(つまりリリはこの男にとって利用価値があると判断されたということ。)

 

 最悪だ。

 ザニスがリリに価値を見出していればこのワンマンファミリアからの離脱は困難になる。

 どれだけ大金を積もうとザニスが否と言えばファミリアの脱退などできないのだ。

 

 こうならないためにリリはファミリアの中で何もできない無能として影に徹し続けていたのにその苦労が全て水の泡となった。

 

「私はお前を評価しているのだよ。これから始める商売に是非とも協力してもらいたい。」

「……随分とリリを買ってくれますね。」

「当然だとも。お前には希少な『魔法』があるだろう?」

「!」

 

 誰にも教えていないリリの切り札を知る彼に目を見開く。

 そんな彼女にザニスは唇を吊り上げた。

 

「今までうまく隠していたようだったが、先の一件で思わぬ臨時収入が入ったからと隙を見せたな。」

 

 あの日、リリが冒険者からアイテムを盗み出したときに行使した魔法をファミリアの誰かに見られていたのか。

 目標金額に届き、浮かれて周囲の確認を怠った自分に歯噛みする。

 

「気になってソーマ様に聞いてみれば随分面白い力に目覚めているじゃないか。隠すなど水臭いと思わないか?」

 

 あの(ソーマ)ならリリのステイタスを知っている。

 そして聞かれたならば簡単に話すだろう。

 ファミリアに何の愛着も持たず、杜撰な管理しかしていないソーマがリリの個人情報など考慮してくれるはずもない。

 

「……確認だが、お前はモンスターに成り済ませるのか?」

「だから何ですか」

 

 その返事にザニスは舌なめずりでもするような暗い喜びを見せた。

 十中八九碌なことを考えていない目の前の男に警戒を強めるリリを見下ろし、満足そうに頷く。

 

「ソーマ様。リリルカ・アーデは我々の大切な仲間です。今は少々気の迷いが生じているのでしょう。脱退をする必要はないかと。」

「っ!ソーマ様!リリは‼」

「……うるさいぞ」

 

 ザニスの余裕の態度を横目ににリリはなんとか了承をソーマに食い下がるが、ソーマはそれを煩わし気に撥ね退ける。

 その目には何の感慨もない。

 まるで路傍の石ころを見るようにリリに興味を見せず、乳鉢を取り出して酒造りを始めようとしているこの神は本当に眷属に興味がないのだと実感した。

 

「ソーマ様!」

「アーデ。ソーマ様はお忙しい。ここから先は私が話を聴いてやろう。」

 

 いやらしい表情でザニスはリリの声を遮る。

 不味い。

 理知人を気取ったこの男の本性は【ソーマ・ファミリア】の団員ならば周知の事実。

 闇派閥(イヴィルス)との関係すら噂されるザニスの下で働くとなればどのような末路を辿ることか。

 今までリリが行ってきた悪事など霞むような泥沼に引きずり込まれる。

 

「ザニス様!リリをファミリアから脱退させてください!お金なら十分払えます!」

「……」

 

 頑としてザニスの誘いに乗ろうとしないリリに苛つき始めたのか男の目元がピクリと動く。

 しかしリリにはここで引く猶予はない。

 ここでザニスの提案を受け入れて【ソーマ・ファミリア】の暗部に深く関われば絶対に抜け出せなくなるという確信がある。

 この瞬間が最後のチャンスなのだ。

 

「もうこのファミリアにいたくないんです!お願いします‼」

「……ハアァァ」

 

 決して引かないリリに大きくため息をつくザニス。

 男は感情を留めるように目元を抑える。

 しばらくしてニコリと笑みを見せた。

 

「そこまで言うなら仕方がない。寂しくなるが団長としてお前に無理強いはできんよ。」

 

 そう言ってポンポンとリリの肩をたたく。

 余りにもあっさりとこの男が脱退を認めたことをリリが(いぶか)しんでいるとザニスは舞台役者のように大袈裟な動作で腕を広げた。

 

「そうだ!送別の品をお前に送ろう!あいにくうちはロキやガネーシャのような大きなファミリアではないからささやかなものになるが、これまでファミリアに貢献してきた礼だ。」

 

 そしてザニスは嗤った。

 

「最後に()()()をやろう。本来は献上品の上位者に送られるものだがこれが最後になるのだ。多少の規則破りには目を瞑っておこうじゃないか。」

「────────」

 

 その言葉に今度こそリリは絶望する。

 あの日のことを忘れたことはない。忘れたくても忘れられない。

 目の前の男が団長になったあの日。

 派閥の発展を願うという名目でリリのような下位構成員にもソーマが配られた。

 そして、その魔力に抗えなかったリリは……

 

「止めてください!分かりました!分かりましたから!もう脱退するなんて言いません!だから……っ!あの酒だけは……」

「おお‼考え直してもらえたか。うれしいぞ?アーデ。」

 

 ザニスの醜悪な哄笑が頭に響く。

 もう、どうにもできない。

 リリの背中に刻まれた呪縛は決して彼女を放してはくれない。

 

 青ざめるリリが床に崩れ落ちなかったのは最後の意地か。

 ソーマは既に二人に背を向けて酒造りに没頭している。リリの声など届かないだろう。

 そのまま長い時間立ち尽くしたリリはふらふらとソーマの自室を後にする。

 

 そんな少女の姿にザニスは口端を吊り上げるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 その後、もう金を稼ぐ必要もないのにダンジョンに潜ったのは現実逃避だったのだろう。

 何も考えたくなくなって体を動かしていたかったのだ。

 

「おい、何してやがる。さっさと行くぞ。」

 

 サポーター。ダンジョン探索における非戦闘員。

 魔石・ドロップアイテムの回収が役目。

 そしてその名の通り全線でモンスターと戦う冒険者たちのバックアップを担っている裏方業。

 パーティーの良し悪しはサポーターの質で決まる、そんな意見もある縁の下の力持ちたちだ。

 

「荷物を運ぶ程度で何ちんたらしてるんだ。能無しが。」

 

 もっとも、多くの冒険者はサポーターを見下しているが。

 冒険者とは万能の技能(オールマイティ)が求められる職業だ。

 戦闘についていけずに専門職に逃げたサポーターなど嘲笑の対象でしかない。

 彼らにとってサポーターは仲間ではなく荷物持ちだ。

 

「碌に仕事もこなせねぇ足手まといにくれてやる金なんざねぇぞ!」

 

 ゴンッと頭を殴られる。

 いつも通りの言動にいちいち反応するのも億劫だ。

 こいつらにはもう少しボキャブラリーはないのかと内心嘲る。

 

「っち、モンスターに囲まれた時くらいはしっかり仕事をしろよ役立たず(サポーター)?」

 

 堂々といざとなったらリリを囮にすると宣言するこの男は馬鹿なのだろう。

 そんなことを面と向かって言ってしまうが最後、サポーターの反感を買ってあの手この手で足を引っ張られるとは思わないのか。

 そんなことすら分からない冒険者たちを見下して悦に浸る。

 見下している冒険者たちすらモンスターを殺せるのにそれができない自分は何なのかという苛立ちも感じるが。

 

 ゴブリンやコボルト程度しか倒せないリリはこの7階層のモンスターなど手も足も出ない。

 非力なサポーターは戦う力を持つ冒険者様に寄生するしかないのだ。

 ゲルドというこの男はこの程度の階層のモンスターに脅威を感じることはない実力の持ち主。

 いつものようにすぐにこの階層を抜けてしまうだろう。

 

 そのはずだった。

 

「な、なんだこいつは!?」

 

 狼狽えるゲルドは目の前のモンスターに叫び声を上げる。

 それはこの階層に相応しくないモンスターだった。

 その名はゴブリン。

 ダンジョン上層の雑魚モンスター代表格である緑の小鬼がこんな下層まで上がっているのは稀なことだ。異常事態(イレギュラー)と言ってもいい。

 しかしそれだけならばゲルドはここまで動揺しなかっただろう。

 所詮はリリですら殺せるモンスターだ。

 

 しかしこのモンスターは少し、いや大分勝手が違った。

 

(なんなんですかあの速さは‼)

 

 経験値が0の状態でも恩恵(ファルナ)を刻めば簡単に倒せるはずのゴブリン。

 それが目にもとまらぬ速さで熟練(ベテラン)の冒険者を翻弄する。

 

「がっ、ゲハァ!?」

 

 剣を弾き飛ばされ、平手打ちでべチベチと叩かれ続けるゲルド。

 これは個体差や強化種なんてものではない。

 かつてリリが遠目に見た上級冒険者の戦闘。

 その時よりも速いのではないかと言う動きを見せるゴブリン。そしてそれに為すすべなく圧倒される冒険者の姿に唖然とする。

 

「ち、畜生……っ!あいつらああぁぁぁ‼」

 

 順調に階層を下っていた時。

 妙にあたりが騒がしいかと思ったら血走った目でこちらに向かってくる冒険者の一団が現れた。

 不味いと気が付いた時にはもう遅い。

 冗談みたいな速さで走ってきたゴブリンを擦り付けられてしまったのだ。

 

 ゴブリンの力は弱いままなのが幸いだった。

 そうでなければゲルドは今頃原型もなくなっていたことだろう。

 

「っがあああ‼」

「!?」

 

 追い詰められたゲルドは信じがたい行動に出る。

 全力で後ろに跳ぶと立ち尽くしていたリリの胸倉をつかみ、ゴブリンに向かって思い切り投げつけたのだ。

 異様な速さを持つゴブリンからすれば遅すぎる動きだが、リリの持つ大きなバックパックが邪魔でゲルドの姿が一瞬隠れた。……ゲルドにはそれでよかった。

 

「ごほっ、ごほっ!何を──」

 

 咳込みながら振り返るとゲルドはリリとゴブリンに背を向けて走り出していた。

 先ほどの宣言通り、彼は躊躇なくサポーターを使い捨てたのだ。

 

「……は、ははは」

 

 地面に倒れながらリリは笑った。笑うしかなかった。

 やはり冒険者は信用ならない。

 

「グァアア!」

 

 ゴブリンはゲルドの狙い通り、リリに目を付けたらしい。

 ゴブリン周辺の時間だけ加速しているような奇妙な動きでリリの腹をけり上げる。

 ズキリ、と鈍い痛みが走る。

 ひどい話だ。こんなに弱い攻撃しか繰り出せないのにリリには反応不可能な速さ。

 この分では長い時間甚振り続けてようやくリリは衰弱死する。

 殺すならば一思いに殺してほしい。

 それとも騒ぎを聞きつけた別のモンスターに殺されるのだろうか。

 

(……もう、どうでもいいかなぁ)

 

 どうせ【ソーマ・ファミリア】からは逃げられないのだ。

 ならここで死んだほうがいいではないか。

 一度、神様たちのもとに還れれば次のリリはましになるかもしれない。

 やけっぱちになって向かった先がダンジョンなのはこうなることを無意識に望んでいたのだろう。

 

「やっと……死ねる」 

 

 リセットできる。

 大嫌いな自分とはお別れだ。

 ある意味望み通りになったではないか。

 やっと自分はあのファミリアから逃げられる。

 

 ……意識が朧げになってきた。

 思考も乱れに乱れて自分が何を考えていたのかも分からなくなってくる。

 視界もダンジョンの薄緑の壁がぼやけて白い光に包まれ始めた。

 

(…………ああ、でもリリは……)

 

 最期に何を思おうとしたのか。

 リリには分からなかった。

 思考が形になる前にゴブリンは灰になったのだから。

 

「………………ぇ」

 

 地面に倒れ伏す少女はあの理不尽なゴブリンを倒した新しい冒険者の存在に気づく。

 冒険者は青い錠剤をのんだ後、満足に動かない少女に温かな液体がかける。

 それが回復薬(ポーション)だと気が付いたのは体中の重さが消えてからだった。

 

「……ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

 泣きそうな顔で自分に謝る少年。

 心の純粋さを表すような白い髪に兎のような赤い瞳。

 どこかの惨めな小人族(パルゥム)とは全く違う。底抜けにお人好しなことが分かるヒューマンが懸命に自分を手当てしているのを他人事のようにリリは見ていた。

 

 これがリリルカ・アーデとベル・クラネルの出会い。

 灰被りの少女の世界にちょっとだけ光が差した瞬間だった。




 ようやく原作二巻あたりに来ました。
 ここからは大分流れが変わっていきます。
 リクエストのひみつ道具もバンバン使っていく予定ですのでお楽しみに。
 
 それと、そろそろハシャーナさんと再会しそうなので例のアイテムの名前を決めたいと思います。
 6月25日で活動報告の募集を締め切り、27日に決定した名前を発表させていただきます。

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